令和3年8月、「青草」10号が発刊されました。
いつ収束するとも思われないコロナ禍の影響で、句会の中止を余儀なくされることもありましたが、春には吟行句会を開催することが出来たのは幸いでした。
このような時節にもかかわらず、青草会員の俳句に対するたゆまない熱意の一部をここに紹介いたします。


青草往来 草深昌子
句会ほど楽しいものはない。次々と回ってくる清記用紙はめくるめく絵巻のようである。緊張感のうちに佳き句を選出し得たときの、喜びは大きい。
折から、女優の吉行和子が日経「私の履歴書」に、句会に嵌まった理由を「終われば解散で、どれだけ貶(けな)されようと、恨みっこなしだ。参加者の肩書や社会的立場を忖度する必要もない」と書き、句会に出るたびに酷評されながら「それでもめげないから偉い」と、おかしな褒められ方をしている、という、このくだりは身に沁みるものであった。
四十数年昔、初めて俳句の手ほどきを受けたのは、和服姿の美しい植村通草先生であった。拙句に対する選評には、キッとなって「それがどうしたのっ」と手厳しかった。だからこうです、なんて説明しようものならとことん追い詰められた。一方で「ああ、私にはもうこんな句はできないわ」とのけぞって褒めてくださることもあった。四十歳も齢が違ったから、幼稚なる発想に対する驚きであったことをその時は知る由もなく、嬉しさに跳び上がった。全身これ俳句という気魄の先生であった。ある時「俳句の上手な先生はいっぱいいますが、俳句を教えられる人はあまりいませんよ」と言われた。その言葉は、なぜか頭にこびりついて離れなかった。今ならしみじみとよく分かる、選句において、何と真剣なる向き合い方であったろうかと。俳句は謙虚と同時に自負も持ち合わさねばならないのであった。
過日、高浜虚子著『進むべき俳句の道』の新版を読んだ。岸本尚毅氏の解説もまた一つの読み物となっていて、本書の深みに引き込まれた。虚子のような偉大な読み手のいない俳句の時代が半世紀以上続いているのだという。
思えば、我が初学の師は飯田蛇笏の高弟であった、命がけともいえる選句は蛇笏ゆずり、ひいては虚子ゆずりのものであったろうことに気付かされている。
青山抄 草深昌子
十薬に松の聳ゆる避暑の宿
椎の花見えてにほはぬ朝ぐもり
草庵に郵便受けやかたつむり
夜明かしの眼に遠く蓮の花
橋に見て島はそこなる茂りかな
由比ケ浜七里ケ浜や雲の峰
お屋敷は涼し風鈴ことのほか
風鈴の鳴つて入母屋造かな
雲の峰水口あれば堰のあり
玉苗を積みて今来るダットサン
蛾の飛んでここらは富める家ばかり
早苗取る雲の綺麗な日なりけり
椎の香のどつと大塚凱来たる
船の腹見えてかすみて簾かな
箒目に竹の落葉のなきはなき
鎌倉の小町の辻の草刈女
卯月野や一つ家族に一と筵
君が忌の卯の花峠まで来たる
蜘蛛の囲や押売りゆすりお断り
そのへりに虞美人草や墨田川
紙魚となく黴となくただ形見なる
晩年の襖外せば風とほる
空に虫垂らして五月来たりけり
桜蕊降るや磐石やや斜め
天清和水無川を水流れ
肥溜に屋根しつらへて長閑なり
園丁にとがめられたる鳥の恋
とびきりの友は子規なる土筆かな
坐るとこなければふらここに坐る
川の幅川原の幅の長閑なり
芳草集 草深昌子選
昼顔や風が運びし浜の砂 佐藤健成
秋の日の大講堂に一人ゐる
装ひの思ひ思ひの街小春
短日や一駅ごとに暮れてゆく
霧深き強羅の宿のランプかな
春光の箔なす海や一望す
下駄履きに通ふ坂道卒業す
集まりてぱくつく鯉や水の秋 菊竹典祥
鰯食む骨整然と皿の上
月の夜の橋弁慶の謡かな
筋トレや敬老の日の昼下り
老松を謡ふ白寿や文化の日
着ぶくれてせつせと励む堆肥かな
事もなき我が家の庭や青木の実
青草集 草深昌子選
秋の日のポルカに靴を鳴らしけり 奥山きよ子
講演のしばし立見の小春かな
自転車のカーブ膨らむ芒原
干し物を取り込む西に山眠る
レッスンの曲の切れ目を冬の鵙
寒明くる鏡の裏に日の充ちて
ひそやかに蜂の来てゐる梅見かな
感染のピクトグラムか茎立ちぬ 伊藤欣次
ニン月の無人売場に山の芋
宮古より早やマンゴーの便りかな
癒えし身に垂水のごとく蝉の声
浴衣着て切り絵のやうに佇めり
秋海棠うすくれなゐに雨しづく
黄落や石榴は幹のねぢれのみ
秀句集 草深昌子
下駄履きに通ふ坂道卒業す 佐藤健成
卒業にあたって思うのは、校門までの坂道の急であったこと、それも下駄の音をカランコロンと鳴らしながら通ったことだったなあ、という回想の一句。
大地を踏みしめて、たかだかと鳴り響かせる下駄の音は、刻苦勉励の日々の郷愁のようでもある。
さしずめ厚木市には名門厚木高校があって、今もなお坂道を寡黙に通う学生の列が続いている。もとより下駄履きは見かけないが。
干し物を取り込む西に山眠る 奥山きよ子
作者の所作を通して捉えられた冬山であるが、西方に大山のある厚木では、多くの人々に「山眠る」の実感をもたらすものではなかろうか。ただ、この句の山は何も大山に限定するものではない、山里の高からぬ山を想像する方がいいだろう。自然を傍観するだけでなく、自身の日常に引き付けて詠いあげたところに、やや西に傾いた冬日の温もりをも感じさせるものである。
事もなき我が家の庭や青木の実 菊竹典祥
青木の葉はみどり濃く、実の色は真っ赤である。それほど美しい青木の実でありながら、庭の片隅にひっそりと存在している。そんな青木の実に心を寄せていると、何気なく過ぎゆく日常の有難味がひしと認識されたのである。「事もなき」が出色、その心の背景にコロナ禍の緊張があるのではなかろうか。
感染のピクトグラムか茎立ちぬ 伊藤欣次
思わぬ疫禍によってパンデミック、ロックダウン等々、耳慣れぬ言葉にいちいち戦々恐々とした。だが作者はいたって冷静。でなければ、ピクトグラムという絵文字のありようを、まるで感染の拡大を模したかのように眼前の茎立に着地させることはできないであろう。一句は茎立ちを見せながら、新型コロナウイルス感染に寄せる嘆きをも象徴してみせるものである。
転がして選ぶ反物冬座敷 古舘千世
「転がして」、見事な描写である。さあーと展開された反物の模様が目に見えるようではないか、ものを見るとはまさにこのように丁寧に見届けることであった。
夏座敷ならぬ、「冬座敷」の奥行が広がっている。来たるべきお正月に備えて晴着の選択であろうか、静けさの、冷たさのなかの華やぎはまこと鮮やかである。
三反の畑は穀雨の黒さかな 間 草蛙
「穀雨」は二十四節気の一つ、陽暦では四月二十日頃にあたる。雨が百穀を潤し、芽を出させるという意味であって、天文の「春雨」のように実際に雨が降っているわけではない。だが、この句には穀雨という頃の雨の印象が「三反の畑の黒さ」にゆくりなくたっぷりと浸透している。ちなみに一反は学校の体育館ぐらいの広さとすれば、その三倍分、結構広く見渡されるものであろう。
黒きもの庭走り行く秋の雷 伊藤 波
雷光に身の竦(すく)む思いでいると、ふと庭を過ぎってゆくものがあるではないか、何ものであったろうか。黒猫であったかもしれない、だが、ここは「黒きもの」と不明のままに詠うことによって、過ぎゆく影を妖しくし、その閃光を際立たせる効果を引き出している。
稲妻でなく、「秋の雷」と抑えたところもいい。
いつしかに戻る食思や今年米 川北廣子
秋思というものであろうか、何故か一向に食欲のわかない日々を過ごしていた。そんなある日、故郷から、あるいは地元の産であろうか新米が届いたのである。ふっくらとしかも艶々のご飯をいただくうちにいつしか食べたいという気力が戻ってきたという。これぞ我らが命を養う日本の米というものの有難さである。
「今年米」には、ことのほか今年の収穫への賛辞がこめられているように思われる。
一升餅背負ひ一泣きクリスマス 松井あき子
一歳の誕生日を祝う一升餅である。これを赤子に背負わせるという、いささかユーモラスな儀式ではあるが、当の赤ん坊にとっては何のことかも分からず大泣きしたのであろう。折しもキリストの誕生を祝祭する日であったというゆかしさ。作者は愛らしいこの子の前途に目を細めているのである。
あたふたと日は沈みたり山眠る 中原初雪
「あたふたと」何と実感のある措辞であろうか。日の沈み方がアタフタであるのだが、人の世もまたアタフタと沈みゆくがごとくに感じられるものになっている。
俳句にはこういう「臍」になることばを発見すると、もうそれだけで一句の味わいが深くなる。
見るからに「冬山惨淡として眠るが如し」である。
梅林の中を走るや青梅線 森田ちとせ
青梅線は東京都立川駅から東京都西多摩郡奥多摩町の奥多摩駅を結ぶ鉄路である。そしてこの青梅と言えばたちまち梅の花、梅の林を思い浮かべる。
一句はそのことをそのまま述べたようであるが、中七の「中を走るや」は、そのスピード感もろともに梅の花咲く林を目の当たりにさせる。馥郁たる梅の香りもよぎるようである。
懸巣来て鵯の真似する藪椿 東小薗まさ一
作者のゆったりとした日常をほのぼのと垣間見る思いである。鵯は大好きな蜜を吸わんとして椿の花を離れない。そこへ懸巣がやってきて、鵯の甲高い声を真似たりする。今や懸巣だか鵯だか、こもごもに囀っている、何といっても鮮やかなのは椿の花の色である。
大根を一本卸し秋刀魚かな 川井さとみ
脂ののりすぎというほどの秋刀魚であろうか。塩焼きには付き物の大根卸しであるが、なんと一本丸ごと摺り下ろしたという。秋刀魚のおろし煮かもしれない、とまれ最高の秋の味覚である。単刀直入の表現がウマイ。
数へ日や父と連れ立ち夜の市 堀川一枝
もうじきお正月がやってくる、その日まで指折り数えて待っている数日間が「数へ日」である。夜の市は年の市と限ることもない、地方それぞれにある独得の夜の市を思い浮かべていいだろう。なにがなし回想めきしなつかしさを湛えて、「数へ日」という季題の人情味をよくうちだしている。
国道の時雨るる先は街の景 市川わこ
「国道の時雨るる」までは誰彼がいうかもしれない、だが続けてその先を見届け「先は街の景」と言い切った把握の確かさに感嘆する。こう詠われてみてはじめて国道の時雨が臨場感たっぷりに感じられるものである。
つぼみ毛羽立つ寒明の花辛夷 富沢詠司
寒が開けて立春がやってきた、その日の辛夷の花の蕾を確と見届けたものである。やがて白々とひらき初む蕾が微かにも毛羽立っているということは、春到来の人のよろこびの投影のようでもある
鎌倉に白波立つや春一番 田中朝子
余分なことを言わずに簡潔明瞭に、「春一番」の情趣を詠いあげている。春一番の白波は「鎌倉」の風土を見せ、鎌倉の歴史を思わせるものでもある。
大鍋におでん仕込んで煤払ひ 漆谷たから
正月の準備の大掃除が煤払であるが、お寺の住職であられる漆谷さんの作と知れば、その大掛かりにして丁寧なる作業のさまが想像されるものである。清めの後のおでんに般若湯はさぞかし乙なる味であろう。
大菊の並ぶ廊下や参観日 神﨑ひで子
万障繰り合わせてのぞんだ参観日、学校の廊下には大菊の鉢がいくつも美しく咲きそろっていたのである。
先生の指導が生徒に行き届いているのであろう。俳人はこんな日の、こんな足元にも、季節の実感を得ているのである。
朗朗と給水塔の初鴉 芳賀秀弥
「朗朗」がいかにも晴れやかである。俳句に難しい言葉は使わないようにと常々心掛けてはいるものの、例外もあっていい。そして朗朗の初鴉は「給水塔」であればこそのもの、めでたさがゆきわたっている。
その他、注目句。
ボール蹴る枯野はやがて山の影 中澤翔風
清明やはだしであるく山頭火 鈴木一父
硝子戸に比叡はるかやヒアシンス 二村結季
山吹のひとひら落ちぬ魚籠の中 坂田金太郎
日輪や元朝の身をうち曝し 佐藤昌緒
うす墨の水のうねりや都鳥 山森小径
空港の展望デッキ小春かな 松尾まつを
猿を追ふお役人かな春の山 石原虹子
山羊笑ふ雀隠れの只中に 栗田白雲
剥き出しの根のあらあらと冬紅葉 石堂光子
散りやまぬ紅葉のガラス美術館 平野 翠
江戸城の石の鑿跡冬に入る 加藤洋洋
早春や土嚢袋に草生えて 黒田珠水
傘持つか持たぬかけふは芭蕉の忌 湯川桂香
豆腐屋の甘き空気や冬の朝 木下野風
魚鼓の腹打たれて白し寺の冬 米林ひろ
十字路やひと固まりの新社員 渡邉清枝
山間の二軒を前や稲を干す 日下しょうこ
大発会飾りの多き鏡餅 長谷川美知江
寒晴のハンター揃ひのベストかな 泉 いづ
雲まるで海豚の群や寒明くる 加藤かづ乃
残月や綿虫ひとつ手に留めて 河野きなこ












