草深昌子選

ぽきと折り揉んでがりがり氷菓かな 石野すみれ
氷菓とは即ちアイスキャンデーと言いたいところだが、今やソフトクリーム、アイスクリーム、トロピカルなフルーツ等、さまざまに飾り上げたものが夏の涼味を演出してやまない。
さて、「ぽきと折り」、「揉んで」、「がりがり」とは、いかなる氷菓であろうか、思いめぐらしているうちに氷菓は溶けてしまいそう、「あっ、あれだな」とさっとイメージできるのはキャピキャピギャルであろう。
もう一度上五、中七と順々に噛み砕いているうちにすっかり楽しくなってしまった、これぞ氷菓の持ち味ではなかろうか。すみれさんは、こんな面白い句や、格調高い句、さり気ない句など、自由自在に写生句をものにされている。 日常身辺から打ち出された、作者独自の視点に詩情が漂うのである。
リフトよりひらりと下りる草刈女 森田ちとせ
草刈女というと私などは野暮ったい風体でただコツコツと炎天に耐えて作業するという姿を思い浮かべてしまう。だが掲句は、意外や意外、何と文字通り「ひらりと」と颯爽たる草刈女である。眼下には大草原が広がっているのだろうか、読み手の想像力も広がってくるものである。
えご散るやチェンバロの音聞え来て 末澤みわ
「えご散るや」と打ち出されて、「チエンバロの音」と来ると、もう一瞬にしてその情景に嵌まってしまった。あの清楚なえごの花、そう咲くよりも散りやすい、その散りようのまた何ともいえぬ静かなる佇まい、そんなありようが、チエンバロの穏やかにも繊細なる音色にありありと浮かんでくるのである。ちなみにチエンバロはピアノの祖先、バッハの曲にぴったりのもの。 作作者自身にとって出会いがしらの一句であろう、その詩的直感には作為も何もない、そこに読者は魅了されるのである。
熟麥のにほひを知るか鳶来たる 伊藤 波
黄金色に熟した一面の麦畑、麥の収穫期である。さっきから鳶のさっそうたる飛翔がいくたびも見られるのであろう。ダイナミックにも明るい光景を表出するのに、リズムそのものに弾みをつけたところさすがである。
墨汁に筆の馴染まぬ夏書かな 山森小径
夏書は、夏安居の間に行われる写経のことである。したがって、もともとは僧侶の仏道修行であるが、在野の人々もこれにならって写経を行い、納経をする。硯でもって墨をする静寂のいとまも、ある種の瞑想があるものであろう。だが今や、手際よく墨汁というシロモノがあって惜しみなく使える。
一字一字に精魂込めながらも、ふと筆の馴染みに違和感を覚えられたのである。 夏「夏書」という本来の季語のありようを思い起させて、供養の心がこもっている。

めまとひを連れて虫除け買ひにゆく 古舘千世
「めまとひ」は蠛蠓のこと。文字通り、目や口にあたらんばかりしつこく人についてくる夏の夕べの虫である。まったくこの蠛蠓はうるさいわと思うところではあるが、作者はいと軽やかに「めまとひを連れて」と言い表した。そこに一句の軽妙洒脱がかもしだされている。たまたま殺虫剤を買いにいくのだが、蠛蠓にも一吹きしたいところという気分がないはずはないのだが。
梅雨晴や隣の部屋の青畳 佐藤昌緒
「梅雨晴」がまこと清々しく詠いあげられている。「隣の部屋の青畳」とは、きっと取り替えたばかりの新調の畳、藺草の匂いもするだろう。「隣」というこの一文字が、いかにも予定調和になりそうな雰囲気を打ち捨てて、作者の視線までもが晴れやかである。
甘井や夏の朝の始まりぬ 松井あきこ
「甘井」というよき井戸の周辺から人々の一日が始まる、わけても「夏」の朝が鮮やかである。「井」なる席題で即刻に仕上げられた句である。席題は身辺のみならず、昔の体験、情景なども総動員して、思わぬ新味をもらすものである。
夏草や唸る刃に討ち取られ 栗田白雲
芭蕉の〈夏草や兵共が夢の跡〉を彷彿させる句である。 草草草刈機の「く」の字も出さずして、現世の夏草の繁茂が見えてくる。
ドローンめく飛翔と着地あめんぼう 宮前ゆき
弱小なるあめんぼうに対して、「飛翔」と「着地」という大層なことばもドローンの見立てならばこそ、そこが面白い。

雨蛙一つ跳んでは考へる 佐藤健成
「うーん、雨蛙って本当にそうだな」って誰しもが思うことであろう。それは、「一つ跳んでは」の中七の写実が「考へる」に紛れなきリアリティーを付加しているからである。
貧しくも家族揃つて一つ蚊帳 松尾まつを
今どき、こういう蚊帳をみかけない、という理由でこの句を採らない方がいるかもしれないが、私はそうは思わない。この句は、一つの家族の理想像のようなものを、何ともささやかなる一つの「蚊帳」というものを通して詠いあげられているのである。 地地球上のこの世のどこかしらに、いつまでも、こんな幸せのありようがあってほしいと願っている。
弟は喧嘩に強し葛茂る 木下野風
夏草の藪の内なる羽音かな 平野 翠
波の如百足虫の肢の正しけれ 川井さとみ
水薄き日向に揺れて目高かな 奥山きよ子
夏服は少し派手目がよろしけれ 関野瑛子
逃げながら振り向く猫や花擬宝珠 田淵ゆり
もうすぐに梅雨青梅線青梅駅 中原初雪
やつちや場の蠅や天井黒づくめ 冨沢詠司
梅雨晴や深く釘打つ音のして 澤井みなこ
校庭のキャベツや夏の露しとど 石原虹子
梅雨晴や始発電車の軋む音 石本りょうこ
崖下に波の音あり月涼し 河野きなこ
石垣や吹き出るやうに夏の草 堀川一枝
単衣着て緑の風の吹くことよ 渡邉清枝
図書館のこの席が好き濃紫陽花 川北廣子









