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青草俳句会~命のよろこび

結社「青草」 主宰 草深昌子

2021年3月 青草通信句会     

2021年03月12日 | 俳句

草深昌子選

兼題「遅日」

        

 

  鉢植ゑに土足してゐる遅日かな      石堂光子

 「土足してゐる」という措辞は作者独自の感性であって、一読共鳴を呼び覚まされます。鉢植えのものに日々心を尽されてあればこその所作が遅日に揺るがない臨場感をもたらします。

 

  特訓の泥にまみるる遅日かな       中澤翔風

 言い得て妙です。部活でしょうか、何の特訓でしょうか、とにかく泥を物ともせずに取り組んでいる、暮れそうで暮れない、これでもかという特訓には遅日のリアリティーがあります。

 

  何も無き春田に雨の降りにけり      佐藤昌緒

「何も無き」という打ち出しが、春田に降る雨をあますなく描写しています。雨筋までもが見えるよな端正な俳句です。

 

  小さき家の雛と向きあふ仏かな     奥山きよ子

雛の間とも仏の間ともなく、ひとところにあって、仏は雛を、雛は仏を見つめているようなあたたかにも安らぎのある空間が描かれています。作者の顔を投影したようなお雛様のお顔です。

 

  千歳空港銀翼の雪下し         松尾まつを

 簡潔そのものの一句ですが、こういう場面に出食さないとなかなかこうは詠えません。「銀翼」もここではよく効いています。

 

  春光の箔なす海や一望す         佐藤健成

 キラキラと眩しくてならない春光の海を見事に言い止めました。

 

  海苔粗朶の棒高跳びの角度かな     松井あき子

 海苔粗朶に棒高跳びとは意外性満点です。「角度」というのは、どう捉えていいのか、傾き加減だとは思いますが。要は、

〈海苔粗朶の棒高跳びのその角度〉、〈海苔粗朶の棒高跳びの棒のやう〉ということだろうと察しています。

 

  障子上げて玻璃に映るは雛かな      二村結季

 雪見障子でしょう。硝子の映ったのは雪にあらずして雛であるところにいっそう鮮やかなイメージが結ばれます。

 

  箒もて見遣る阿夫利嶺あさ霞         結季

 箒は竹箒でしょうか。無理のない表現が清々しい朝の大山の霞みを見せています。

 

  春昼や瓶に透けたる石榴の実        伊藤波

 石榴酒というものでしょうか。その真っ赤な色彩を瓶の内にとどめて、春の昼の駘蕩たる感じが納得させられます。

 

  変装は深きフードにマスクかな       間草蛙

 確かにフードを深く被ってマスクでは誰とも判明しがたいでしょう、私なども帽子を目深にかぶってますので、皆行き過ぎてしまいます。「変装は」という打ち出しが面白く、俳諧味を醸し出しています、辛いマスクの世ながら。

 

  お屋敷の高き垣根や枝垂梅        渡辺清枝

 上から下へ読み下ろす感じがごく自然で、感動がそのまま素直に読者に届きます。梅の木の枝垂れ振りの見事さが思われます。

 

  霞む山歩道橋から眺めをり        市川わこ

「眺めをり」とありますと、どういう風に眺められたのであろうかと読者もまた歩道橋に立った気分に想像させられます。遠くに見える山の霞みがことのほかよく見渡されるのです。

 

  暮れかぬる厚木一番街の角        黒田珠水

 厚木一番街の、それも「角」がいいです。一番街の「一番」という言葉のイメージが遅日に作用していそうです。

 

             

  道ばたの石に坐れば春めける       草深昌子

  春風や買うてすぐ履く下駄の音

  絶壁を波の洗へる遅日かな

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草深昌子を中心とする句会、選後に 令和3年2月  

2021年03月12日 | 俳句

   令和3年2月に予定しておりました青草新春句会、並びに全ての句会はコロナ禍下にあって中止となりました。

  ただ定例句会の一つ「花野」は幹事の肝煎により通信句会が開かれました。             そこで2月は「花野」と「カルチャー教室」の佳句を掲載いたします。(尚、定例の青草通信句会の選評は青草俳句会のブログ「青草俳句会~命のよろこび」に順次発表しております)

 

             

 

     下萌の日向にやまぬラジオかな     奥山きよ子

   あたたくなりますと、草の芽があちらこちらから萌え出してきます。この二月の自然現象の明るさほど幸せをもたらすものはありません、それというの「下萌」というと星野立子の句が口ずさまれるからです。〈下萌えぬ人間それに従ひぬ〉です。

   俳句の写実をつきつめていくと、こんなスケールの大きな、人間と自然の真理までをも描くことができるのです。天地の運行に従って人間も生きているのです、籠りがちな日々ですが、草萌とともにやがて外出も増えていくのではないでしょうか。この句を読むと「そうだ!素直にやっていこう」という気持になります。

  「下萌」の前置きが長くなりましたが、きよ子さんの句からも、この時期の人の世のありようがうかがわれて想像力がふくらみます。ラジオはどこに置かれているのでしょうか、ベンチでしょうか、地べたでしょうか。聞いているのか聞いていないのか、とまれ、「下萌」がムズムズと動き出しそうです。どこかしら冬のシバリがほどけて明るさが蘇ってきそうな感じがします。「日向にやまぬ」、中七の的確なる描写は秀逸です。

 

     ひそやかに蜂の来てゐる梅見かな      きよ子 

  「ひそやかに」が素晴らしいです、すっと引き込まれます。蜂のありようながら作者の見方、感じ方があって、そこここに咲いている梅の花のよろしさが匂い立つようです。まだ冷たい空気感が想像させられます。

 

      春耕のまた傘雲を振りかへる       二村結季 

   田畑の土を鋤き返して柔らかくするという「耕」。まさに春の農事の始まりであって、私のように何もしない、何も知らない者にも何かしら心の潤いをもたらしてくれる季題です。そんな耕しのありようが、しみじみと臨場感をもって感じられます。                                                       富士山とか、大山には傘雲(笠雲)をよく見ますが、雲の成り行き次第では作業の計画も余儀なくされるのでしょう、それにしても明るさが横溢しています。

 

      鳶の声なほも聴きゐる二月かな         結季

   鳶の声をまるで音楽のようにほれこんで聴かれているのでしょう。「なほも」という強調が、二月という時節の感受を個人的なものに終わらせず、読者に共感をもって迎えられる一句に仕上がっています。

 

      春月夜異国の人の泣き叫び            平野翠 

   一読、〈露人ワシコフ叫びて石榴打ち落とす〉という西東三鬼の句を思いました。三鬼の句と同様、「異国の人の泣き叫び」の理由や状況は一切わかりません。望郷の思いでしょうか、単なる痴話喧嘩でしょうか。でも何故か春月夜のもたらす情念の濃さがあります、偶然の必然が感じられます。

 

     日溜りのベンチにこくり老の春             

  〈忘るるが故に健康老の春〉など、「老の春」は虚子の専売特許のようです。作者もまた衒いの無い老いのありようを詠われました。「眠る」でなく「こくり」が巧いです。

  

     白梅や単車の上のヘルメット       中澤翔風

   「単車の上のヘルメット」、ただそれだけのことですが、ただそれだけのことが多くを語るのです。シンプルに詠って何も言わず、あとは想像にお任せというのが俳句の一番すばらしいところです。この句の白梅は決まっています。白梅の清らかな世界を、読み手は自由に想像したいものです、それだけの空白のある句です。

 

      春一番蛇口の水を飛ばしけり          翔風 

   一句に勢いがあります、その力強さそれこそが「春一番」の風の荒さです。

   

      盆梅を据ゑて老舗のかまぼこ屋     宮前ゆき 

  「盆梅を据ゑて」とありますから、これはもう相当大きな盆栽の梅でしょう。「老舗」ですから、いぶし銀のような重厚なる店構えが思われます。「蒲鉾」というシコシコのいやプリプリの噛み応え、その美味なる白さがたまりません。紅白に彩っているのもあるでしょう。これらは一瞬に感じたことです、一字一句が無駄なく働いているのです。読み直して、盆梅の美しさが印象的です。

 

                                       

 

     春寒やバス停までの八百歩              中原初雪

   私も毛利台入口というバス停までが八百歩なので、実感です。でもそんな個人的はことを持ち出すまでもなく、春寒には八百歩が丁度いいなと思ってしまいます。「何で八百歩がいいの?」と聞かれても答えにくいですね、俳句には数学のように、これが正解というようなものはないからです。「春は名のみの風の寒さや」という早春の感じがよく引き出されています。

 

     竹串の焦げる匂ひや目刺焼く              初雪

   竹串が焦げるまで焼いたら、それはおいしいでしょうね。食べ物の句は「おいしそう!」と思わせたら、それでもう満点です。

 

      豆撒や暦のずれに宇宙知り             石野すみれ 

  豆撒は立春の前日ですから、本来なら2月3日ですが、今年は立春が2月3日となりました、これは124年ぶりのこととか。ネットで調べて了解しておりましたが、このようなことを俳句にしようなんて、思いもよらなかったもので、これを苦労のあとかたもなく575音に仕上げられたことに感心いたしました。何はともあれ、新鮮なる季節の到来を喜んで、盛大に豆を撒かれ、存分に邪鬼を払われたことでしょう。

 

      下萌や「デビューしたい」と小さき声   永瀬なつき

  誰の選にも入りませんでしたが私はいただきました。中七下五が「下萌」という季題の持っている世界を象徴しているように思います。難しいことを言わないで、俗世界から拾い上げた、小さな声はいま土に芽をふいたばかりの意欲そのもののようではありませんか。

   なつきさんの俳句工房の大方はユーチューブのようです、あるいはテレビかラジオでしょうか。この句も誰か芸能人の声かもしれません。もとより自然詠もものにされますが、俳句は何をどう詠ってもいいのです、日々の見たもの感じたものを自由に発露する形式として、俳句を活用してほしいです。なつきさんの、目下の「下萌」が、これから先、どう花を咲かせ、実を結んでいくか、どう成長してゆくか、一緒に楽しんでいきたいものです。

 

  剪定の二人のリズム続きけり        川北廣子

   リズムが心地よく響いて、なんと春らしいあたたかさ、長閑さだろうかと感じ入ったものです。剪定は美事に仕上がることでしょう。二人は、夫婦でしょうか、父子でしょうか。私には、親方と弟子のように想像させられました。

 

    病院の向かひ病院風光る            廣子

 病院という大きな建物の向いにも病院があるという、ある種切迫したような情景には、何も夾雑物のない「風光る」が、有効です。その風の微妙な肌感覚を伝えてあまりあります。

      退院の手荷物にして年の豆           廣子 

 

      凍てし竿拭くやその布じゃりじゃりと   神﨑ひで子 

   「じゃりじゃり」という擬音がお見事。質感がよく出ています。

 

     鎌倉に白浪立つや春一番            田中朝子

   余分なことを言わずに簡潔明瞭に、「春一番」を詠いあげています。                                 春を呼ぶ風は、かなり荒々しいものなのですね、「鎌倉」にそれを感じます。

 

     生垣の椿にあそぶ雀かな              朝子

 

                     

 

 

     スケートや共にころんで息合はす     東小薗まさ一

  楽しさが溢れています。 ことに下五の「息合はす」がいいです、白息が見えるようです。

 

     一瞬に飛び出て行くや恋の猫          まさ一

 

     梅林やときに鳶の低く来る              伊藤波

   鳶は海の上空をゆうゆうとたかだかと舞っているのをよく見かけますが、この句は梅林です。 あまりに低く来たのであっと驚いた感じが「梅林」を際立てています。早春の寒さも感じられます。

 

     寒雀今宵の宿を決めあぐね         山崎とくしん

   今夜は泊まろうか、それとも帰ろうか、まだ泊まるべき宿が決まっていません。そんな作者の逡巡のほとりに、寒雀があちこちしています。その迷いはまるで寒雀そのものの悩みのようではありませんか。寒さに震えながら、食べ物を求めて軒先近くにやってくる雀に作者の気分が乗り移ったようです。

 

    水門の浮標のぬめりや冴返る          坂田金太郎

   冴返る日にこれを見届けた、それをきっちりと表現されて手堅い一句です。ただ語感として「ぬめり」というものが、「冴返る」という季題にピンと響いてくるものがあるかどうか、また日を置いて考えてみるのもいいでしょう。とにかく、このように物を見るということから俳句は始まります。

 

     駅遠くありてをちこち忘れ霜         石本りょうこ

   暖かくなってきたころに、また急に霜が降りることがあります。茶の新芽が霜害をうけたりするのですが、「八十八夜の別れ霜」というように、このあたりが霜の終りのようです。冬の霜とはちょっと違う、少しばかりはかなげな霜ですが、遠くの駅をさしながら、名残りの霜の小道を静かに歩まれているのでしょう。

 

     梅蕾む殺風景な老木の             濱松さくら

  「殺風景」という措辞がいやみなく一句におさまっています。殺風景ながら、老木ながら、ここには「梅蕾む」という救いがあります。 これから先が楽しみなのです。

 

 

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