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青草俳句会~命のよろこび

結社「青草」 主宰 草深昌子

WEP俳句年鑑 2021

2021年01月31日 | 俳句

 

           

自選七句〈青草〉 

草深昌子 

   一家みな一つ間にゐる良夜かな

   子規の面構へが好きでさくら餅

   窓といふ窓に縛つて簾古り

   涼しさの縁の下など覗きけり  

   梅雨出水あれは中洲か鉛色

   日本のぐるりは海の明易し

   一服の野菊きれいなところかな

 

川北廣子

力士らの直球を受く年の豆

目に見えぬものを蹴上げよ半仙戯

鱧汁に供養のをはる奥座敷

母のことまた考へる遠花火

子の背丈それとなく見る九月かな

短日の厨剝いたり刻んだり

百段の磴の一歩や今朝の冬

 

佐藤昌緒

もの言はぬ日も十日目や春の水

母の手やふと止まりたる団扇風

ゆすらうめ含めば今朝の曇りかな

金網にやんまの貌の黒きこと

急坂を這いつくばつて瀑布かな

月満ちて松の梢に草の蔓

寒禽の声の高さや竹箒

 

間 草蛙

城垣のここに崩るる花吹雪

春眠や二度寝三度寝四度の寝

夏草のあはひを蝶のひらといづ

甘樫の丘やそよ風柿日和

蜘蛛の囲のしかと組まれて秋の風

鴨渡るこれより酒のうまくなる

冬鵙のこゑはいづくぞ子ら遊ぶ

 

二村結季

初雪の山を向うに玉葱植う

山浮いて家並動かぬ朝霞

天窓に透けて青空朝寝かな

雀の巣我に一難三女あり

二年目の京の暮らしや新豆腐

木犀や招待状に金の封

大年に届く大鯛退院す

 

松尾まつを

水甕に大寒の水満たしけり

春泥に一直線の轍あり

自転車に腰を浮かすや春一番

飛花を手に受けて香りを確かめぬ

万緑や君とキスせむ丘の上

令和元年皐月朔日鹿島立ち

色変へぬ松やはるかに即位礼

 

WEP『俳句年鑑』2021年版自選7句所収)

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草深昌子を中心とする句会、選後に 令和3年1月

2021年01月24日 | 俳句

 去る1月7日、新型コロナウイルス感染拡大に対し緊急事態宣言が発出され、青草」の活動拠点である厚木市アミュ―他の句会場が一切使用中止となりました。

 幸い、青草本部句会と花野の初句会はすでに実施され、カルチャ―教室の「俳句入門」と「楽しい俳句」も開催することができました。以下は、その折の注目句です。

  俳句のさまざまの季題は、自然の中にいきいきと息づいています。コロナ禍下にありましても、移り変わる季節のありように、日々思いを凝らし、共々楽しんで参りましょう。またお会いできますように。

草深昌子選      

                             

  硝子戸に比叡はるかやヒアシンス     二村結季

 ヒアシンスは水栽培か鉢植えか、ガラス窓のそばに置かれてあるのでしょう。そしてはるか向こうには比叡山が見えるのです。青々としたヒアシンス、比叡山はまだ雪をかぶって真っ白ではないでしょうか。

 比叡の「ヒ」が、ヒアシンスの「ヒ」に密着するように響きあって、透明度の高い一句となりました。

 

   失策の笑ひ福とす猿廻し       川井さとみ

  「猿廻し」は新年の季語。昔は、人々の繁栄を寿ぐための縁起ものとして猿の舞や芸を戸毎に披露したといいいます。 獅子舞などは記憶に残っていますが、猿廻しはどうであったか?そうそう、 いつだったか、やはり初春の頃、湯島天神で猿廻しを見ました。 猿曳きの思う通りにいかないことで大笑いしたことも思い出しました。それも一つの芸だったのかもしれませんが、失策こそが「福」であるという捉え方が何より嬉しいではありませんか。

 「福」という席題ですかさず出されたものです、めでたしめでたしを皆で分かち合いました。

 

                             

 

   小肥りの母のエプロン小正月      石本りょうこ

  1月15日(地方によって日程は違うでしょう)は小正月です。 お正月のさまざまの儀礼的行事が一段落してほっと一息入れるのは、ことに女性です、 そこで女正月(おんなしょうがつ)ともいいます。 

 あれほど甲斐甲斐しく動き回って痩せもしないのが不思議なぐらい、わが母も間違いなく「小肥り」でした。 小肥りの「小」という一文字に母への親しみと尊敬がこもっているように思えてなりません。そしてエプロンはいつも真っ白。 何の飾り気もなく、何も言わないこの句ほど読者に多くを思い出させてくれるものはないのではないでしょうか。 俳句は「寡黙」こそが雄弁なのだと教えられます。 

 

   奥までも届く日差しの淑気かな     田中朝子

  何の解釈も要らない、そのまんまの句ですが、しみじみと静かに味わいたい一句です。日ざしのありがたさ、そこにこそ目出度い気が満ち溢れているのです。何よりも「奥までも」というところに瑞気を見届けています。 何気ない言い出しですが、言えそうで言えないことに気付かされます。

 

  下ろしたる赤きコートや知らぬ街     川北廣子

 下ろし立ての、初めて着る真っ赤なコートです。赤という色彩は、気合がかかります、元気が出ます。それだけにちょっと、気恥しくも、誇らしくもあることでしょう。

 中七「や」で小休止を入れて、「知らぬ街」に着地しました。さあ、堂々とこの赤を楽しみましょう、と言外に語っています。

 

   東より下萌始む空地かな       神﨑ひで子

  「東より」はよくぞ見届けられました。 さあ、草萌えの広がる四方八方の空地がこれからの楽しみです。

                                                       

                                                   

 

   初手水薬師の甍静まれり      東小薗まさ一

  「初手水」、いいですね、ここで先ずピシッと威儀があらたまった感じです。 お詣りは日向薬師でしょうか、甍の美しさがまさ一さんの心意気となってしいーんとするのです。

 

   撫牛の初日射したる鼻柱        宮前ゆき

  天神さまにはゆかりの牛の座像が門前に大きく据えられてあることが多いです。これを撫でると病気が快癒するとて、もうピカピカです。 今年の初日が撫牛の鼻柱に威勢よく弾かれているのでしょう。

 「撫牛の鼻柱」とは見事な詠いあげです。 「撫牛の」という上五と「鼻柱」という下五の間に「初日射したる」という中七がはさまっているのです。

 

   雪国の白の恐怖や立往生       永瀬なつき

 「白」の席題で、即吟です。 「白の恐怖」とは迫力があります、「雪の恐怖」では恐怖という言葉が生きてきません。 ただ恐怖という抽象的な言葉が危ぶまれます、 そこを下五の「立往生」という事実そのままの臨場感をもって納得のいくものに締めくくられていることに驚きました。

 作者にとっては何も計らったものではないでしょう。一句に成って誰よりも作者自身がはっとされた雪の実感ではないでしょうか。

 

                       

 

   松の木に小梯かかる淑気かな     坂田金太郎

   一音に全集中や初稽古        石野すみれ

   日だまりの大山独楽の唸りかな    松井あき子

   蓮池の底をあらはに冬日かな     奥山きよ子

   読初や三島文学新装版        関野瑛子

   冬晴や屋根屋が屋根で仕事する    中原初雪

   年新たあなたまかせの福の神     鈴木一父

   あかあかと冬満月や地平線      菊地後輪

   ひよつこりと雀来たるやお元日    濱松さくら

   虫喰ひの廻廊きしむ淑気かな     伊藤波

   小正月餅の一つを一人食べ      矢島静

   日の当たる岩にはりつく冬の蝶    中澤翔風

   白雲は天女の舞ひや初御空      河野きなこ

   寄せ来たる小さき波の淑気かな    渡邉清枝

   初御空流れゆく雲一つなる      間草蛙

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2021年1月第1回 青草通信句会

2021年01月11日 | 俳句

草深昌子選

兼題「注連飾」

      

 

  縫初や調子はづれの数へ歌       松井あき子

「縫初め」は、正月に、その年初めてのお裁縫をすることですが、その心弾みに数え歌を口ずさむのでしょう。遠い昔の歌はもう忘れてしまってうまく歌えません、その外れがめでたいのです。

 

  日輪や元朝の身をうち晒し        佐藤昌緒

 ひねった詠い方ですが、素直に巧いと唸らされます。力強い初日、また力強い我が身です。

  磨り減りし石段登る二日かな         昌緒

 飯山観音へ御詣りでしょうか。長年の光陰に擦り減った石段を一段また一段、味わいのある二日の気分です。

 

  アイロンを当てて暖簾や春支度      奥山きよ子

 丁寧な仕草に新年を迎える気構えが整ってゆきます。「暖簾」が春の一字によく呼応しています。

  千両や垣低くして三宅坂           きよ子

三宅坂は桜田門から半蔵門へ至る坂ですが、この固有名詞は俳句にのせると、もうそれだけで一種の雰囲気を醸し出すところがありますね。この句も何気なさがいいです。

  中洲より白鷺立つや年の空          きよ子

 名残りの空を白鷺が飛び立っていきます。

 

  ひよいと乗る人日のエスカレーター     山森小径

 私の好きな句に〈人日や人の香ほのとわれを過ぐ 原コウ子〉がありますが、先に乗っていた人にふとこんな感じを抱かせたような一句、弾みがあります。

  冬木の芽小町ゆかりの小野神社         小径

 大山の裾野には小野神社も小町神社もあってゆかしいところです。冬木の芽が光ります。

 

  注連飾る小さき表札隠れけり        中澤翔風

 慎み深く生きている日々の象徴のような表札、そして注連飾り。控えめに詠ってかえってめでたさの幸せが思われます。

  湯豆腐や曇るアクリル遮蔽版            翔風

 

  父が読み弟の泣く歌留多取り          古舘千世

 「母が読み妹の泣く」では平凡ですが、この「父」また「弟」はいきいきと感じられます。

  初風呂や小さく校歌口ずさむ            千世

 ご機嫌の湯加減、なつかしさがこみあげてきます。

 

  懸巣来て鵯の真似する藪椿       東小薗まさ一

 面白いですね。ただの椿でなく「藪椿」であるところに臨場感がよく出ています。

 

  仮の小屋建てて売らるる注連飾     日下しょう子

 「年の市」といって、年の暮れに注連飾りなどが売られますが、この句のような光景はいっそう素敵ですね。思わず大きいのを買ってしまいそうです。

 

  静けさの浜の小舟の注連飾り         川北廣子

 「の」「の」「の」と一と続きに繋げて、最後に「注連飾り」。余情を引きつつ、浦の正月が偲ばれます。

  一升瓶抱へくる子の御慶かな           廣子

 

  大発会飾りの多き鏡餅          長谷川美知江

 「大発会」とはよくご覧になりましたね、びっくりしました。豪華な鏡餅をもって、株価上昇を願うばかりです。

 

  老いの身も呼ばれて遊ぶ二日かな       堀川一枝

 「老い」ながら誘っていただいてゆったりできるなんて本当に幸せです。元気をいただかれたことでしょう。

 

  寺ぢゆうに注連を飾りて父とお茶       鈴木一父

寺のどこにもきっちり注連飾りをかけられたのでしょう。祈りをこめて、ほっと一息ですね。

 

  初買の色紙の額や世界堂            二村結季

 新宿の世界堂でしょう、私もよく行きます。ここでの買初とはうらやましいですね。世界堂の「世界」という字面が広やかな気分を誘います。

 

  那智滝の注連縄飾る僧の面            平野翠

 座五に「僧の面」と言い切ったところで、那智の滝の凄み、注連縄のあらたかが見えるようです。

  せはしげに枯るる木の葉の声聞こゆ            翠

作者独自の心象的な感受ではありますが共感できます。一行に言い切ったリズムがいいのです。

 

  ハチ公の首に掛かるや注連飾             石堂光子

 じっと動かぬハチ公の顔が見えるようです、その周辺もまためでたく。今年の平穏を皆で祈りましょう。

 

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草深昌子を中心とする句会、選後に 令和2年12月

2021年01月10日 | 俳句

草深昌子選

       

 

  転がして選ぶ反物冬座敷         古舘千世

転がして」、何とも見事な描写である。さあーと展開された反物の模様が目に見えるようではないか、「よく見る」とはまさにこのように丁寧に見届けることであった。夏座敷ならぬ、「冬座敷」ならではの端正に奥行が広がっている。来たるべきお正月に備えて晴着の選択であろうか、静けさの、冷たさのなかの華やぎはまこと鮮やかである。

 

  干し物を取り込む西に山眠る       奥山きよ子

 まるで私の感じ入った情景をそのまま代弁してくださったような「山眠る」である。西方に大山のある厚木では、多くの人々にこのような実感があることであろう。今では家々が建て込んで遠方までみはるかすことは困難かもしれないが。とまれ、冬山を自然の中にただ傍観するだけでなく、我が日常に引き付けて詠いあげることの喜びを感じさせていただいた。

 

   気を抜けば歩幅せばまる師走かな     中原初雪

 その語の成り立ちからして、師走イコール忙しいという常識があって、とにかく何やかやせっせと動き回らなければならないというのが、「師走」の印象である。 御多分に洩れず頑張っていたところ、ある時ふっと歩みの鈍い自分を認識されたのであろう。「気を抜けば」という自身に引き寄せた発見はいかにも新鮮である。

 

  あたふたと日は沈みたり山眠る         初雪

 「あたふたと」何と実感のある措辞であろうか。 日の沈み方がアタフタであるのだが、人の世もまたアタフタと沈みゆくがごとくに感じられるものになっている。

 俳句にはこういう「臍」になることばを発見するともうそれだけで一句は成功する。 掲句は見るからに「冬山惨淡として眠るがごとし」である。

 

  遠目にも堂々たるや冬木立         石堂光子

 「堂々」というような抽象的なことばを使わないで、具体的なありさまを言いましょうとは、いつも力説する「俳句は写生」ではあるのだが、この句は何度読み直してみても、明らかに堂々たる冬木立が立ち上がってくる。まさに堂々たる一句としか言いようのないものである。作者のゆるぎない感受をストレートに打ちつけられたのであろう。

 

  国道の時雨るる先は街の景         市川わこ

「国道の時雨るる」までは誰彼がいうかもしれない、だが続けてその先を見届け「先は街の景」と言い切った把握の確かさに感嘆する。こう詠われてみてはじめて国道の時雨が臨場感たっぷりに感じられるものである。

 

  丹波から二つ蕪を背負ひ来し        二村結季

 丹波の蕪とはどのようなものであろうか。丹波を故郷とする細見綾子に、〈洗ひ上げし蕪若しと思ひけり〉という句を思えばまこと美しく青みがかったほどの真白さであることだろう。また、「背負ひ来し」というからには、さも大きく貴重なもののように思われる。

 

  帰り花役行者の像古び             結季

「帰り花」の席題で生まれた句。厚木市の荻野神社には修験道の開祖なる役行者の石像がある。古い宮居に咲いた季節外れの桜の花に、ふっと役行者の息が降りかかったようなぬくもりを感じるものである。

 

  オリオンや見上げればそこ目の前に     石野すみれ

オリオンを詠って何と素直にそのまんまであろうか。その直截が思わず読者の目をオリオンへ向けさせる力を持っている。星座に全く弱い私ではあるが、〈帰郷して冬三つ星の粒揃ふ 福永耕二〉を思い出し、あらためて確かめてみようと思う。

 

  お歳暮やいなか酒とはゆかしき名      関野瑛子

「いなか酒」という言葉を初めて知った。作者に聞くと、田舎酒とは田舎で醸造した酒のこと、つまり地酒のことだという。実は、作者自身もそのことを知らなかったものの「田舎酒ですがどうぞ」とお歳暮にいただいて言葉もろともに感激したのだという。厚木には「盛升」という大吟醸もあるが、これらもまた田舎酒ということになる。俳句はつくづく「人に会う、言葉に会う」、有難いことである。

 

  国際線搭乗を待つおでんかな       松尾まつを

 おでんというと縄のれんをくぐって一杯傾けるという日本的庶民の気安さが思われるものである。ところがこの句は何と、外国へ旅立つ飛行機に乗り込む前の束の間をおでんをもってくつろいだというのである。 おでんを侮ってはならない、何かしらおでんの世界も大きく開けたような感じである。かにかく俳句は常識でなく「意外性」であることを再確認したものである。

 

  山火事とまがふほどなる寒夕焼      濱松さくら

 夕焼けはいつの季節のものであっても真っ赤としか言いようがない。だが、寒さの最も厳しいころの夕焼けとなると、その赤には畏れにも似た思いを抱かれたのではないだろうか。その気持ちが山火事ほどのものという表現になったのである。

        

           

 

  南国の風に北窓塞ぎけり          石本りょうこ

  一升餅背負ひ一と泣きクリスマス      松井あき子

  冬至湯や底の抜けたる桶一つ        伊藤波

  魚鼓の腹打たれて白し寺の冬        米林ひろ

  法螺貝の響き渡るや山眠る         田中朝子

  十二月何もせぬ日のありてよし       佐藤健成

  数へ日の階段二段飛ばしかな        間草蛙

  靴下を重ねばき爺煤払ひ          漆谷たから

  数へ日や父と連れだち夜の市        堀川一枝

  枯芝に憩ふ人あり千代田城         川井さとみ

  小屋の戸を封印したる蔦葛         佐藤昌緒

  豆腐屋の空気甘しや冬の朝         木下野風

  ぽつぽつと雲浮かびけり冬ぬくし      菊地後輪

  数へ日や魚河岸抜けて玉子焼        森田ちとせ

  座卓まで届く日差しや年忘れ        川北廣子

  村役が御札配るや事始           神﨑ひで子

 

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青草本部句会 令和三年一月八日(金)

2021年01月10日 | 俳句

兼題「初鴉」  席題 「福」

 

    

 

日だまりの大山独楽の唸りかな      松井あき子

一天にバリトン鳴らす初鴉          あき子

初御空流れゆく雲一つなる          間草蛙

日溜りの岩にはりつく冬の蝶        中澤翔風

失策の笑ひ福とす猿廻し         川井さとみ

ぷるるんと丹田動く弓始           さとみ

白雲は天女の舞ひや初御空        河野きなこ    

楪や濃淡の色合はせもち           きなこ

年新たあなたまかせの福の神        鈴木一父

新春の友の笑顔や初将棋            一父

 

       

 

門松や太平洋をまのあたり                   草深昌子

夜も昼も机に凭るや春を待つ

昼過ぎや明石からなる初電話

福笑これは岡本太郎作

初鴉遠きところを見据ゑたる

 

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