エリゼ宮の女たち フランス政界の女性たちを青地イザンベール まみが論じます

フランスのファーストレディや女性閣僚。大統領官邸、エリゼ宮の女性達のキャリア、信念、ファッション、そして恋。

Vol.3 フランス大統領の不倫:ゴシップと政治は混ぜない

2017年09月12日 15時41分36秒 | フランス政治

【ゴシップはゴシップとして楽しむ:オランド大統領の在任中の不倫】

2014年の1月、『クロゼCloser』誌がフランスのオランド大統領(François Hollande)の不倫をスクープしました。美貌の女優、ジュリー・ガイエ(Julie Gayet)宅で一夜を過ごした証拠写真を掲載したのです。スクーターで夜のパリの街を走り抜けて彼女の家に通っている、と。ファーストレディ、ヴァレリー・トリールヴァイレール(Valérie Trierweiler)が雑誌を見たショックで睡眠薬で自殺未遂を図り、入院。結局、オランド大統領は在任中にファーストレディと別離しました。

日本の総理に、いや、野党の政治家にすら、同じことが起こったら説明責任や辞任が問われます。では、この「大統領の恋」にフランスの世論はどう反応したのでしょうか?政治風刺番組、ギニョール・ダンフォ(Gignol d’infos)の人形アニメをみてみましょう。「プレイボーイ」と題され、ミュージカル仕立てになっています。オランド大統領役の人形が歌う歌詞を意訳してみます。プレイボーイと程遠い大統領のルックス(失礼!)と比較して視てみると面白いでしょう。

Les Playboys par François Hollande - Les Guignols de l'Info


動画『オランドのプレイボーイ』

♫チュチュチュチュ、チュビドゥワー
モデルのようにスタイル抜群で
ファッションをばっちり決め
フェラーリを乗り回し
行きつけの店はカルティエ
そんなプレイボーイを僕がやっかんでると思うかい?
さにあらず
さにあらず
女たちが堕ちるのは僕という罠
僕こそが女どもに危険な罠
僕こそが女どもの最高の玩具
女どもは皆、僕にひざまずく
♫チュチュチュチュ、チュビドゥワー

シャンパンとブラックタイ、ドレス、オランド大統領を撫でまわすたくさんの白い手袋…このビデオに登場している人形は女性も含めて皆、当時の現役政府高官たちです。ゴシップはゴシップとして楽しむ。フランス社会にはそういう文化が根付いているように思います。

政治家の私生活をメディアは報じない。これはシラク大統領までのフランスの鉄則でした。エリゼ宮で芸能人との再婚パーティを開いたサルコジ大統領以来、少し変わってきたように思います。インターネットの発達も影響があるでしょう。オランド大統領とジュリー・ガイエの関係も始めはネットで噂になっていたものでした。かつて、報道陣との朝食会でミッテラン大統領が女性問題を問われ「Et alors?(それが何か?)」と答えたという有名な逸話は、そんなことを聞く記者がいるのか?政治と関係ないじゃないか、と顰蹙を買ったのです。今は報道されるようになってはいますが、不倫を報じられたオランド大統領はメディアが政治と私生活の「公私混同」をすることを抑え、ミッテラン同様の矜持を守りました。


オランド大統領と女優ジュリー・ガイエの不倫をスクープしたCloser誌の表紙


2013年、国賓として来日し国会を訪問したオランド大統領とファーストレディ。事実婚であることも日本では少し話題になりましたがフランスでは異性間、同性間を含めてカップルの形は自由に選択できます。


大統領の恋の相手、ジュリー・ガイエ。


【大統領公式記者会見は不倫問題を問う場ではない】

 スクープ後、2014年1月14日の大統領定例記者会見では「ヴァレリー・トリールヴァイレールは今もフランスのファーストレディなのか?」という質問が出ました。
「一線を越えたのか」
という露骨な質問をする記者は流石にいません。
 オランド大統領は少し沈黙した後、こう答えました。
「誰もが私生活で人生の困難に直面することがあります。今、私たちはまさに苦悩の時を過ごしております。しかし、私にはひとつ原則があります。
私生活のことは私生活の中で解決するということです。今回の件は親密な人たちそれぞれと私との間で解決いたします。
公式記者会見は私生活を語る場でも時間でもない。


記者会見の動画のURLは以下です(フランス語):

http://www.programme-tv.net/news/people/47237-vie-privee-la-reponse-de-francois-hollande-a-la-fameuse-question-video/

会見の時点では、スクープ写真にショックを受けた大統領の公式パートナーが倒れ、入院中でした。彼女に対してひどいことをしているのは確かですが、それでもオランド大統領は「大統領公式記者会見は私生活を語る場ではない。」と断言しました。

ゴシップに関心があるのは日本人もフランス人も同じだと思います。ただ、日本ではゴシップをゴシップとして単純に楽しむことがない。説明責任や辞職を迫る結末になるのですが、それは我々日本人が生真面目だからだとよく言われています。本当にそうでしょうか。

【フランス人は不真面目で政治家でも不倫をやりたい放題なのか?】

確かにフランスでは政治家の私生活を問題にしない。しかし、フランス人は政治にも恋愛にも真面目なのです。おそらく、われわれ日本人よりもずっと。

 フランスの大統領選の投票率は日本より高く、80%以上です。今回はマクロン、ルペン両候補とも人気がなかったため、75%にダウンしましたが、それでも高い数値です。日本の場合、衆議院選挙が結果として首相を決めますが、前回平成26年衆議院選挙の投票率は52.66%でした。もしかしたら、国民の過半数が投票に行かない事態に陥るかもしれないほどの低い数値です。フランスでは、家庭での夕食のテーブル、友人と過ごすカフェ、職場の同僚と政治に関する熱い議論を交わすことが日常です。左右全ての運動で議論やデモも盛んに行われています。

 不真面目だから浮気が是認されているのか、それも違います。フランス人は恋愛には命がけで真剣です。オランド大統領とファーストレディは破局し、ヴァレリー・トリールヴァイレールはエリゼ宮を去りました。在任中のお話です。その後も今年の5月まで3年数ヶ月、フランソワ・オランドは大統領職を続けました。日本では信じられないかもしれませんが、浮気という恋はありません。恋はいつでも真剣な恋です。いくつになっても(オランド大統領は当時、60歳)。日本で言う不倫関係になった人々が奥様やご主人に謝って許してもらって「元の鞘に収まる」ということはむしろ、少ないのです。


日本から見ると変わった国のように見えるフランスですが、このブログは違いから何かを学びとることを目的としています。政治はその国の国民のレベルを反映します。

一線を越えましたか?」

こんな質問を政治報道だと思っている私たちの現状を考え直してもよいのではないでしょうか



メディアコンサルタントの境治氏の記事『私たちは「人の不倫をなじること」に侵されている~テレビは何時間不倫を報じたか~』によると、2015年まで毎年30時間に満たなかった不倫報道が、2016年以降6倍以上に急増し、2016年の「不倫報道」の合計は170時間05分、2017年は8月27日までで120時間54分に達しているそうです。(https://news.yahoo.co.jp/byline/sakaiosamu/20170830-00075044/)

投票率は過半数を割りそうなのに、不倫報道だけが激増している現代の日本社会にとって、フランスの例が現状を考える一つの資料になればと思っています。