京都府立東舞鶴高等学校同窓会【青葉嶺会本部】

京都府立東舞鶴高等学校同窓会 青葉嶺会 のホームページ(ブログ)です。

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第7回関東青葉嶺会総会に参加して

2013-08-25 15:02:35 | 会員からのメッセージ

第7回関東青葉嶺会総会に参加して
木下研作(18期)20130822

 7月6日に第7回関東青葉嶺会総会が東京市ヶ谷にあるアルカディア市ヶ谷(私学会館)で
開催されました。 別途本総会を企画された方々からも投稿があるかと思いますが、
同窓会ホームページ(ブログ)の管理人からの依頼もありましたので、小文を寄稿させて
いただきます。

 出席者は160名で昭和20年卒業者から平成4年卒業者まで、同年卒業者ごとにテーブルが
割り当てられており和やかに歓談できました。

 今回のトピックとしては、まず、フォークダンスが余興として盛り込まれていたことで
した。

 会場の一角にスペースが確保され会の終わり頃に久々に和気あいあいと参加者と踊れた
ことです。事前に練習された「指導員」に倣い見よう見まねで思い出しながら踊りようや
く慣れた頃に終わったという感じでした。
 体育祭で工夫をこらした仮装行列のダシモノや苦労して組み立てた応援席を最後にキャ
ンプファイヤのように燃やしてそれを囲んで恥じらいながらフォークダンスをしたことを
思い出しました。

 いまひとつのトピックは、配布資料として松岡邦彦さん(昭和28年卒)が書かれた
「校歌誕生ものがたり」にめぐり合えたことです。その中に、東校校歌は昭和26年に当時
3年生だった葭田義勝(よしだよしかつ)が作詞され今も0舞鶴にてご健在とのことでした。
常々東高の校歌は曲も詞も、男女共学を詠い土地柄をうまく表現した素晴らしい校歌と
おもっていましたので、その生立ちをを知ることができ嬉しく思いました。

 このような会が今後も引き継がれて会員の思い出の糧となることを心より祈念しており
ます。


第7回関東青葉嶺会総会・懇親会の報告

2013-08-20 11:04:49 | 会員からのメッセージ

第7回関東青葉嶺会総会・懇親会の報告

 2013年7月6日(日)、アルカディア市ヶ谷(私学会館)「富士の間」にて、16時30
分~19時まで、『関東青葉嶺会総会・懇親会』が行われました。出席者は160名で
した。ご来賓として、青葉嶺会本部会長・古森輝彦様、府立東舞鶴高校校長・竹内
浩様、双鶴同窓会東京支部長・山口文明様、同事務局長・澤田謙二様に、ご参列い
ただきました。

 総会は、今回で退任される柳田陽子支部長のご挨拶、それから事務局長による活動
報告および会計報告の承認後、支部役員として左中規夫氏が新支部長に、そして24
名(左中氏も含めて)が幹事に選任されました。

 その後懇親会に入り、久しぶりにお会いした同窓会の皆様方の歓談が続きました
。宴もたけなわになった頃、アトラクションのフォークダンスが始り、皆様、高校
時代に戻って楽しいダンスに興じました。最後は校歌斉唱をして、楽しかった高校
生時代を思い出しつつ、「第7回関東青葉嶺会総会・懇親会」は盛況のうちに終了
いたしました。(第7回関東青葉嶺会総会事務局長・村井直人記)


支部長挨拶


会場風景


フォークダンス!


校歌斉唱


校歌誕生ものがたり

2013-08-16 10:57:09 | 会員からのメッセージ

 前書き

     東舞鶴高校関東支部 前支部長 柳田陽子(昭和35年卒)

 松岡邦彦さんに校歌誕生の由来を書いていただき、
このホームページに掲載していただく経緯を少し説明させて下さい。

 わたしたちが大きな愛着を抱く東舞鶴高校校歌は、
青葉嶺の青、白き舎(や)の白、紫のかがよいわたるの紫、と色も豊か、
さらに、朝つゆ、水たま、若きいのち、若き泉、とことばもさわやかです。
と同時に、メロディーも、この響きのいい歌詞を生かしたメリハリのよさ、
若々しい力強さを持ち、それでいて繊細さを秘め洗練されています。
こうして、歌詞も曲も、歌うたび聞くたびに、わたしたちの心を大きく
揺さぶります。

 それにしても私の長年の疑問は、応募して入選した高校生生徒の作詞に、
当時はまだそれほど有名でなかったにせよ後には高名になられる
東京芸大の先生が、どうして作曲して下さったんだろう、ということでした。

 そうしたら、私の前の支部長(初代)の松岡さんがそのいきさつを
ご存知でした。そこで早速書いていただいたのが、
「校歌誕生ものがたり」です。

 この貴重な証言は、東舞鶴高校関東支部の第7回総会(2013年7月6日)
の折、プリントしてみなさんに読んでいただきました。
しかし、この会への出席の機会のなかった方々にも是非読んで
いただきたいと思うのです。

 そこで、同窓会本部のホームページにも掲載をお願いした次第です。
この掲載をきっかけに、他の先輩方からも校歌誕生にまつわる証言、
思い出がさらに寄せられれば、望外の喜びです。
(2013年8月3日記)




 校歌誕生ものがたり

                    昭和28年卒   松 岡 邦 彦


 東舞鶴高校の校歌が制定されたのは昭和27年2月のことですから、
60年が経ちました。皆さんご承知のとおり、この校歌は同窓生にも
長く愛唱され続けてきています。

 しかし、校歌制定に尽力された先生方も多くは故人となり、当時の
経緯や作詞者、作曲者のことを知る人も少なくなってきましたので、
この機会に、私の知る「校歌誕生ものがたり」を記しておきたいと
思います。

 東高の開校は昭和23年10月ですが、26年になって校歌を作ろう、
との気運が出てきて、まず、教職員、生徒、父兄から歌詞が募集され
ました。

 多数の応募作品のうち、選定委員の先生方の圧倒的賛同で選ばれた
のが、当時三年生だった葭田義勝(よしだよしかつ)さんの作品
でした。緑と泉に恵まれた学舎に集い学ぶ若人たちの瑞々しい情感に
満ちた詩です。

 私は葭田さんの一年後輩ですが、同じ文芸部員として、葭田さんの
読書量と卓越した文才、詩才には畏敬の念を持っていましたので、
当選は当然と感じました。

 一方、作曲は公募によらず、東京芸術大の講師で、まだ30代半ば
少壮気鋭の作曲家でもあった石桁真礼生(いしけたまれお)さんに
委嘱されました。

 これは、当時東高の音楽の先生をしておられた
林(旧姓富永)浅子さんが東京音楽学校(芸大の前身)のご出身で、
同校のクラスメートだった石桁先生に校歌の作曲を引き受けて
貰えないかと打診をされたのがきっかけです。

 葭田さんと同期の奥本勝明さんの述懐によると、曲が完成した時、
浅子先生は音楽の授業で、自らピアノを弾きこれを歌われるとともに、
石桁先生が将来を嘱望された作曲家であること、このメロディが
斬新で、歌詞の意図を存分に表現していることなどを熱っぽく
語られたそうです。確かに、石桁先生に作曲を託された林浅子先生の
目に狂いはなく、ここに、清々しさと躍動感に溢れ、葭田さんの歌詞に
ぴったりマッチして、歌いやすく聴きやすい名曲が誕生しました。

 石桁先生は、のちに芸大教授、音楽学部長も務められたほか、
管弦楽曲、オペラ、声楽曲などの分野で多大な業績を遺され、
平成8年に80歳で永眠されました。

 作詞の葭田さんは、昭和27年3月の卒業式で、前月誕生した
ばかりの校歌に送られて、母校を巣立って行かれました。
 今や葭田さんも傘寿を迎えられましたが、舞鶴でご健在と聞きます。
ご長寿を祈る次第です。

 東高校歌は、今や母校の誇れる文化遺産のひとつとなりました。
これからも皆さんと声高らかに歌い継いでいきましょう。
(平成24年6月記)

(前書き、本文とも原文まま)

お断り:読みやすさを考慮し、適宜折り返し、段落分け、
段落字下げ等を入れさせていただきました。 管理人

故石桁真礼生(いしけたまれお)先生(平成8年没)


青葉嶺23号

2013-08-15 14:08:53 | 会報誌「青葉嶺」

青葉嶺23号(平成25年度)

お詫び
 1ページ目の赤で囲った部分に誤記がありました。 下記のように訂正させていただきます。
 真に申し訳ございません。 心からお詫び申し上げます。
 ご迷惑をお掛けいたしますが、ご了承をお願いいたします。

(赤字表記)
 関西支部においては、新制12回の柳田陽子氏が退任され、
 新制18回の加藤博昭支部長のもとに活発に活動されています。
 また、関東支部にあっては、新制17回の中規夫支部長を
 中心に活動されることになりました。

青字表記
 関西支部においては、新制18回の加藤博昭支部長のもとに
 活発に活動されています。また、関東支部にあっては、
 新制12回の柳田陽子氏が退任され、新制17回の中規夫支部長を
 中心に活動されることになりました。

画面をクリックすると拡大できます。









会報を発行いたしました

2013-08-12 15:01:48 | 本部活動(総会他)
 会報 青葉嶺 を発行いたしました。 そろそろお手元に届き始めているのではないかと思います。 是非とも開封いただきご覧くださいますようお願いいたします。

 また、運営協力金の払込み用紙(郵便振替用紙) と 関西青葉嶺会総会のご案内 が同封されています。

どうぞこちらもご理解ご協力をお願いいたします。 総会の方は締め切りは10/17となっております。多数のご参加をお待ちいたします。

管理人