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梅原猛さん死去 イデオロギーを嫌い、学問を愛した人生

2019年01月14日 23時45分30秒 | 本日の我が家の話題
哲学者の枠にとどまらない、膨大な日本文化の集積から、独自の「梅原日本学」を築いた梅原猛さんが亡くなった。
イデオロギーを嫌い、学問を愛した人生だった。

哲学との出合いは旧制八高(現名古屋大)時代。ハイデガーやニーチェへの理解を深める傍ら、西田幾多郎、田辺元、和辻哲郎ら京都学派に興味を持ち、京大哲学科に進む。死を見据えたうえで存在とは何かを考える立場の礎には、名古屋大空襲や徴兵など、自身の苦い経験があった。

日本文化への探求を深め、広げていった。「今までの日本研究は総合的な視野が欠けていた。『日本のことなんかやるのは反動だ』と左寄りの批判があった」。学生運動が盛り上がった時代の世相には距離を置きつつ、権力者に対する舌鋒(ぜっぽう)は鋭かった。国際日本文化研究センター(京都市西京区)創設にあたり、中曽根康弘首相(当時)に恩義を感じながらも「私と中曽根さんとは政治的信条を異にしている。憲法改正に私は反対。この日文研では政治が文化に奉仕している」と誇った。「美しい国」を掲げた安倍晋三首相に対しては「確かに日本は美しい。しかし美しい日本人とは? 東条英機ですか? 小泉純一郎? そうではない。菅原道真であり、世阿弥であり、千利休だ。彼らはみな権力に抹殺された」。2004年には「九条の会」設立呼びかけ人の一人にも名を連ねた。

ユーモアに満ちた言説で知られ、07年の同センター設立20周年の記念あいさつでは「若いときは(柿本)人麻呂や聖徳太子の霊が乗り移っていろんな本を書いたんですが、ただ今、世阿弥の霊が乗り移った」と笑わせた。また「80になってやっと本当に学問が楽しくなった。100まで生きるのは無理か知らないが、生きて挑戦したい」と学問への尽きぬ思いを語った。


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