スマホのご機嫌がナナメだったので、一か月ほど、画像を載せることができませんでした。
夏休み時期は、仕事が忙しいので、筆を持てませんでしたし、ちょうど良かったかな。
9月号の雑誌が届いたので、読んでから筆を持とう・・・と思っていたのですが、
雑誌の解説がいまいちピンと来ませんでした。ちょっと臨書について思ったことを述べます。
臨書には、形臨と意臨があり、簡単に述べると、形重視、気持ち重視という事ですが。
どう重視するかによって、作品の書き方は違くなります。
雑誌を読んでいて、個性重視の現代だからといって、いきなり気持ち重視でいいのかなぁと。
古典には、真似できない素晴らしさがあるからこそ、千年以上も残り続けている訳で、
形を真似ようとしても、その真の形には、すぐには近づけない。
例えば、王羲之を讃え、王羲之の書を真似よう・臨書しようと思っても、そんなすぐに
ソックリ書けません。
最初から意臨が大切・・・これでやってしまうと、それは担当審査員の解釈とか、
臨書している御方のクセが入り込んでしまい、純粋に古典そのものの追及が
できないのではないかと思いました。
まずは何枚も、形をとことん追求すること。古典の他の書物に目を通すこと。そこから古典の気持ちを知り、
臨書する人なりの解釈が生まれてくるものではないだろうか。
愚痴っちゃいました。乱筆失礼しました。
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