アントンK「趣味の履歴簿」

趣味としている音楽・鉄道を中心に気ままに綴る独断と偏見のブログです。

カラヤンのブルックナー

2016-06-19 22:00:00 | 音楽/芸術

指揮者フルトヴェングラー亡き後、ベルリン・フィルのシェフ(常任指揮者)として君臨したのが、ヘルベルト・フォン・カラヤン。当時はチェリビダッケも後継候補となっていたらしい。しかしやはりベルリン・フィルはカラヤンを選んだという訳だ。

以前にも書いたことだが、カラヤンは、優れた音楽家であると同時に実業家だった。クラシック音楽の大衆化に尽力を注ぎ、録音や録画に熱心だった。これは、アントンKが色々な書物から得たことだが、実際に趣味として昔から感じてきた印象は、これら書物と何ら変わらない。思えば70年代は、カラヤンがドイツ・グラマフォンから新譜を発売するたびにワクワクして、その発売日を待ったもの。現代のようにネットの事前情報などなはく、月刊誌などから発売情報を得ながら待つ楽しみも今ではどこか懐かしく感じてしまう。

70年代のカラヤンの新譜と言えば、アントンKはブルックナーの交響曲全集が懐かしい。当時は自身あまりブルックナーには興味が湧いておらず、すでに自宅にあった第4のLPジャケット(鳥の羽根がデザインされた印象的なもの)が記憶に残っている。このカラヤンの第4を聴き込んでいく内に、友人からのアドバイスでベームのものを聴き衝撃を受けたことは前に記述した通り。同じ楽曲でも指揮者の表現でここまで違って聴こえることに感動し、演奏そのものに興味を持ち始めた最初の頃だった。

その後、カラヤン指揮ベルリン・フィルでブルックナーの交響曲は1曲づつ新譜として発売になった。正直初期のものまで録音してしまうとは思っていなかったが、0番を除き1番から9番まで全集として以後発売されることとなる。どの楽曲も当時としては録音は優秀であり、それぞれの楽曲を堪能するのには十分だった。しかし、のちに他の指揮者との演奏を聴き比べてしまうと、カラヤンで聴くブルックナーは、どこか無機質に聴こえてしまうことが増えていった。

カラヤンの演奏は、一言で言うと「ゴージャス」。全てのパートが美しく雄弁であり、レコードという商品としては完璧、これ以上ないと思えるほど。これには指揮者カラヤンの音楽性がとても影響しているのだろう。アントンKは、カラヤン指揮でラヴェルや、R.シュトラウス、そしてロシアものが好き。ラヴェルの小品などの美しさは言葉では表せないほどだし、R.シュトラウスの作品集がどれも素晴らしく感じている。ロシアもの、特にチャイコフスキーの交響曲は本人もお気に入りのようで、第6などは6回も録音しているらしい。

では、カラヤンのブルックナーはどうかというと、今ではブルックナーを感じることより、カラヤンを感じることが多く楽しめなくなってしまった。アントンKは、最も精神性の高い音楽にベートーヴェンやブルックナーを置いているが、この二人の音楽をカラヤン指揮で聴くと楽曲の本質が変化してしまっているように思えてならない。楽曲から感じる深さや大きさの奥底がカラヤンによってかき消されてしまっているのだ。多分アンマッチなのだろう。即興性も感じず、計算高い演奏は、この二人の作曲家には向かない。それでも、カラヤン本人もお気に入りだった第8(BPO)や、FMで実況録音したザルツブルク音楽祭での第9(VPO)などは、壮絶な演奏で聴いていて興奮したこともここで白状しておこう。カラヤンが、商品としてまとめた数々のレコードを聴いただけで「こうだ」と決めつけることは危険すぎるが、今はもう実演を聴けない歯がゆさだけが脳裏を駆け巡っている。

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