活動から離れた創価内部アンチのブログ。

元バリ活の内部アンチ(3世会員)による体験記・雑記です。

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公明党・長沢氏の議員辞職に見る進退の取り方

2017-09-26 23:44:21 | 体験談・雑記

公明党の長沢広明復興副大臣(参院議員)が、秘書・家族以外は宿泊できない議員宿舎に知人女性を宿泊させたことを認め、公明党に離党届を提出し、議員も辞職した。公明党・山口代表は「ルールをおかしたことを看過できない。衆院選への影響は最小限にしたい」とコメントしている。

通常、このような不祥事を起こして、党の除籍処分を受ける議員はいるが、それに加えて辞職するというのはあまり聞かない。比例区選出だったということもあるが、公明党としては、大事な衆院選を前にして、爆発する前の爆弾を素早く処理した形だ。

 

もちろん、党の精神に反する行動を起こしたのだから、公明党を離党するという判断は分かる。復興副大臣を辞任するというのも分かる。しかし、比例区で選出されようが、国会議員は「国民の代表」である。別に創価学会員だけの代表者・代弁者ではない。果たして、長沢氏には、全国民の代表者として、参院議員の任期を全うしようという選択肢はなかったのだろうか。

おそらく、現実としてそれは無理なんだろうと思う。まず、公明党を離党しておきながら、議員を続けるということを、創価学会が許さないだろう。長沢氏は間違いなく創価学会員の支援を受けて当選した身だ。創価学会員の支援を受けていながら、公明党を離れ、議員を続けるとなれば、創価学会員が黙っちゃいないし、創価学会としても、そのような存在を到底是認できない。もはや公明党内部の人事だけの問題ではない。

また、そんなことをするメリットも長沢氏にはない。創価学会という強力な後ろ盾のもとで、国会議員としての地位も、副大臣という役職も手に入れることができた。今後のことを考えれば、創価学会を敵に回すデメリットの方が遥かに大きいことぐらい容易に想像がつく。

 

つまり、公明党議員は、国会議員である前に、創価学会員であり、議員としての責任の前に、創価学会員としての責任がある。世間は、「議員を辞職するなんて潔い。他の不祥事を起こした議員も見習え」と見るかもしれないが、私にはそうは思えない。長沢氏にはそれしか選択肢がなかったのだ。

 

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親の行動に見るエゴイズム

2017-09-18 16:27:27 | その他

Facebookなどを見ていると、よく自身の子どもの写真を投稿している人がいる。まだ自分の足で歩くこともできない小さな赤ん坊が、無垢に笑っていたり、口元をケチャップで汚していたり、おもちゃで遊んでいたりする。私は、そういった写真を見るたびに途方もなく複雑な気持ちになる。子どものプライバシーに対する配慮はないのか?と。

SNSで写真を投稿するという行為は、近しい友人に対して、自身の子どもの写真を見せるのとは訳がちがう。それが本人の意図しないところで拡散されるおそれもあるし、そのように投稿した写真が悪用される危険性もある。また、ひとたび写真が拡散されれば、それをネット上から完全に削除することはもはや不可能だ。その危険性を認識して、自己責任で写真をあげるなら良いが、当然のごとく、子どもはそんなことを理解できないし、自身の肖像利用について同意する能力を持っていない。しかし、当の本人は、そんなことはお構いなしに、自身の子どもの写真をSNS上にアップし、友人の反応を見て楽しんでいる。私は、このような行為は、親のエゴに他ならないと思っている。

 

例えば、その赤ん坊が成長し、是非弁別を判断できる年齢になったときに、自身の子どもの頃の写真を勝手にSNS上に投稿されていたことを知って、それを受け入れるかもしれないが、「そんなことをしていたのか」と憤る可能性もある。そんなこと、子どもを持たない私ですら簡単に想像がつくのに、そこまで思いが及ばないのか、それを理解したうえで敢えてやっているのか、いずれにせよ「自分の子どもの写真をどうしようが、親の勝手だ」と思っているなら、非常に残念でならない。

このような事例は他にも枚挙に暇がない。例えば、いわゆるキラキラネームと呼ばれるものもその一種だ。どのような名前がキラキラネームなのか、明確な判断基準が存在するわけではなく、名前に接した人の価値観や美徳感にも左右されるし、名前というのはその人の個性でもあるから、珍しい名前を付けたという一事をもって、親を批判するつもりもないが、現代の社会通念からして、100人中100人が「変だ」と感じる名前は確かに存在する。そのような名前を付けられ、子どもがそれを受け入れることができれば良いが、「なんでこんな変な名前を付けたんだ」と親を恨むかもしれない。

 

別に創価家庭に限った話ではなく、親は子どもを自分の好きなようにコントロールしがちである。そして、少し考えれば、それがいずれ子どもの反感を買うことになるかもしれない、子どもが傷つくかもしれない、親子関係に支障を来すかもしれないと分かるはずなのに、軽々とその一線を越えてしまう。何度も言うが、それは、子どもの生活をコントロールできる地位にあることを利用した単なるエゴだ。

 

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学生部時代の楽しかった御書講義

2017-09-13 19:40:00 | 体験談・雑記

あまり詳細には書けないが、学生部の頃、幹部の方の中に、ひたすら御書を研鑽されている方がいた。肌身離さず御書を持ち歩き、暇さえあれば御書を開かれていたように思う。他の幹部たちが、池田センセーの指導しか引用しないのに対して、その方は、逆に御書しか引用しないぐらいだった。

 

ある時、その方が中心となって、御書の勉強会が定期的に開催されることになった。最初のうちは、「どうせ難しい話なんだろ?」と毛嫌いされ、参加者もまばらだったが、その当時の時代背景を掘り下げたり、現代で起こっている問題などに置き換えたり、その人のユーモアも手伝って、「〇〇さんの御書講義、めちゃくちゃ面白いよ」と評判になり、瞬く間に大盛況になった。

事実、学生部のその他の会合には参加しないが、その方の御書講義は聞きたいという部員さんもいるぐらいで、私も毎回参加していたが、本当に為になる話だった。

 

何というか、その方の御書講義は、我々が考えなければならない生命の根幹部分の話をされている気がして、自然と聞き入ってしまうのである。「あ、これは他人事じゃない。ちゃんと聞かなきゃ」と。「戦うぞー!」「勝つぞー!」と精神論・根性論だけを振りかざす他の幹部の話とは明らかに違った。その方の御書講義にしか参加しないという部員さんも、他の幹部には見当たらない「何か」を感じ取っていたのかもしれない。

 

そして、非活・アンチとなった今、「まあ、そりゃ、池田センセーの指導ばかりを引用する幹部の話なんて面白いわけがないわな」と心底思うし、その方の御書講義にしか参加しないという部員さんの姿を思い出し、日蓮仏法のことなんて何一つ分からないという人たちであっても、池田センセーの指導なんかより、日蓮大聖人の仏法を学ぶ方が、自分の為になるということを本能的に感じ取っていたんだろうなと思う。

 

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学会の表向きの発言について

2017-09-11 20:00:23 | 体験談・雑記

以前、フジテレビのニュース番組が、創価学会の本部を取材し、施設内の様子を撮影したり、広報担当者などにインタビューをしていたことがあったが、その際、広報担当者は、選挙支援について、「学会員さんのご理解を頂いたうえで、応援してもらっている」とか、財務については、「お布施はない」「浄財は真心でやって頂いている」などと説明していたように思う。

まあ、別にこの取材で初めて明らかになった事実でもなんでもないが(創価学会のことをよく知らない人にとっては初めて知る事実かもしれないけれど)、これが表向きの学会の公式見解・基本姿勢だ。要するに、全部学会員が任意でやっていることであり、学会側は公明党支援や財務(浄財)を強制していないと。

 

これが本当に事実なら、その通り事実を伝えれば良い。ただ厄介なことに、私には、この広報担当者の発言が事実だとは思えない。少なくとも、私が属していた組織において、「公明党支援はあくまでも任意だから」とか、「財務は強制じゃない。真心でやるものだから、やりたくないならやらなくてもいい」とか、そんな説明を受けたことはない。

公明党の選挙支援については、こちらの政治思想などお構いなしに、毎回強制的にFのノルマを課せられていたし、財務についても、1口1万円の振込用紙を渡され、「今年もよろしく」としか言われたことがない。何を勘違いしているのか、「当然やってくれるよね?」というスタンスで接してくる。財務に関して、「真心でやるもんなんだろ?その気持ちがないから、やらない」と親に告げ、財務を拒絶したことがあったが、「じゃあ、私がお金を出すから、あんたの名義で財務をしておくわ」と言われたことすらある。「感謝しなさい」という一言も添えられたが、意味が分からなかった。もはや、そんなの「真心」でもなんでもないじゃないか。

上記広報担当者は、そんな学会員の状況を全て把握しているわけではないと思うが、現に私のように、学会から何の説明もなく、その意図を理解できないまま、公明党支援や財務を押し付けられたと感じている人もいる。果たして、何の根拠をもって、学会員の「理解を得ている」だとか「真心」などと言い切れるのだろうか?

 

このことから、上記広報担当者の発言や、学会の表向きの見解を考察するに、彼らの発言は全て、「学会の考え方に賛同してくれる熱心な信者」や外部に向けられたものであって、私のような内部アンチのことなど微塵も眼中にない(まあ、そりゃそうか)。テレビ局のインタビュアーが、「公明党支援や浄財に対して、組織として強制しているような事実はありませんか?」と質問していたとすれば、「そのような事実はありません。あくまでも、学会員さんが自らの意思で応援して下さっていると認識しております」などと、平気で嘘ぶいたと思う。

そのような発言をして反感を買うとすれば、内部アンチだけであり、熱心なバリ活学会員からすれば、内部アンチの気持ちなどどうでもいいし、学会内部の実情を知らない外部の人は、「そうなんだ」ぐらいにしか思わないだろう。私には、このような学会の表向きの発言は、「付いてこられる人だけ付いてきたらいいよ」という決意表明に感じる。

 

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