活動から離れた創価内部アンチのブログ。

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百家争鳴の創価学会

2017-07-10 16:15:48 | 体験談・雑記
私が、「創価学会は正しくない」と思う根拠のひとつとして、学会員さんの間で教義に関する確たる統一的思想や見解がないという点がありました。

例えば、本尊義ひとつをとっても、人によって言うことがバラバラです。「本尊は必要・重要ではない。大事なのは南無妙法蓮華経というお題目を唱え、これを弘めることである」と述べる人もいれば、「本尊は必要であり、信さえあれば、学会の本尊であっても境智冥合を果たすことができる」と述べる人もいます。そんな深いことは考えず、「文証・理証の問題ではない。現証があるのだから正しい」と言う人もいるでしょう。

私は、このような百家争鳴の状況について、同じ宗教を信仰しているにもかかわらず、自分たちの信仰の根本教義に対し、人によって主張が異なるのは明らかにおかしいと思っていました。「天に二日なし」のはずだからです。

しかし、人によって主張が異なるにもかかわらず(あるいは、よく分かっていないにもかかわらず)、内部分裂もないですし、学会が教義に関する統一化を図ろうとしているようにも見えません。
教学を学ぶ機会もありますが、自分たちに都合の良い御書だけを引き、矛盾している部分については絶対に学会員さんには見せません。

要するに、学会としては、学会員さんがどのような見解・解釈を持っていたとしても、最終的に「創価学会は正しい」とさえ言ってくれればそれで万事足りるのです。

まあ、宗教的正当性を失った創価学会からすれば、深く教学を追求されると非常に困るので、とことん現証にこだわり、「文証理証なんてどうでもいいんだよ。難しいこと考えずに学会活動に励もうよ。現世での御利益さえあればいいでしょ?」というスタンスに終始せざるを得ないのでしょう。
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