活動から離れた創価内部アンチのブログ。

元バリ活の内部アンチ(3世会員)による体験記・雑記です。

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過度に物事を単純化する活動家の思考について(2)

2018-03-05 19:24:29 | 体験談・雑記

前回の続きです。

「役職を断ったから、リストラに遭った」というように、バリ活の方々は、物事を過度に単純化することによって、物事の本質を特に深く考えない極めて単純な思考回路に陥っているように思えてなりません。このような思考のことを「タブロイド思考」と呼ぶことがあり、Wikipediaからの引用(抜粋)にて恐縮ですが、タブロイド思考について次のように説明されています。

事象の本質的な複雑さを考慮することなく、また深く吟味したり分析したりすることなく、類型的な思考の分類や、決まり文句などで、その事象の原因やありようを理解したような気分になるのが、タブロイド思考である。

ものごとの根本の複雑な相互関係の分析にまで至るのは、一般的な人間の思考にとっては非常に負担が多く、困難である。しかし、「よく分からない」では、自分の無能さが露呈されるようで好ましくなく、また「分からない」という状態も不安定な心理であるため、「その答えは、即ちこれである」というような単純明快な図式的回答を、批判的態度などなく受容するような思考のことを主に言う。

タブロイド思考は、ものごとを単純化して考えるが、こういう「単純化」そのものが、一種の社会的な流行の上に乗っていることがある。政治や経済の問題から社会問題、あるいは個人の消費生活や、趣味、遊びの流行に至るまで、社会的な「標準的規範」というものが設定されるケースが多々ある。

このような規範が果たして妥当なのか否か、個人が自主的な判断や吟味を試みようとすると、資料収集や思考に大きな努力が必要となることがある。しかも、こうして主体的に考察し思考してみても、明確な答えが得られないのが普通である。このような場合、もっと楽な方法として、社会で流布し、流行しているものを、そのまま受け入れ模倣し、なぜそれを肯定するのかの理由は、「社会の常識である」というように考えると、これは思考停止の一種である

(引用元:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BF%E3%83%96%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%83%89%E6%80%9D%E8%80%83)

 

特に最後の一文。これはまさに、バリ活のことではなかろうかと。。

例えば、学会活動に一生懸命励んでいるにもかかわらず、リストラに遭ったとします。「こんなに信心を頑張っているのになぜ?」と頭を駆け巡らせたところで、原因は分かりません。人間はこういったよく分からない事象・理解できない事象に直面した際に物事を単純化しようとする傾向があるということは前回の記事で触れたとおりです。

そして、リストラに遭った原因を特に深く考えることなく、創価学会内部で流通している「転重軽受」という考え方をそのまま受け入れることにより、「リストラ」という理解できない事象を過度に単純化し、自分の頭を納得させようとします。分かりやすいうえに、周囲の学会員や幹部もそのように指導するので、そのような「創価学会の常識」に自然と染まっていくわけです。

そして、(基本的には)それ以上考えません。「学会活動に励むあまり、仕事を疎かにしていた」とか、「就業規則に反して、社内で布教活動をするなど、非常識な行動をとっていた」とか、リストラに遭った根本的な原因やそれに対する改善策を考察することを避け、「正しい信心をしているからこそ、魔が競い起こっている」とか、「この難を受けることによって宿業を消すことができた」といった、分かりやすい答えらしきもので自分自身を納得させています。

 

身の回りで起きた現象(良い結果も悪い結果のいずれも)に対して、「信心の功徳」とか「転重軽受」とか「仏罰」と思うなら、それでもいいんですよ。信心に励んでいる人に悪い現象が起きたら、それは「転重軽受」で、退転した人に同じ現象が起きたら、それは「仏罰」だとか、本当に都合の良い解釈だなーと思いますけど、そういう宗教を信じているんだから仕方ない。たぶん、根っこの部分で、そういう考え方は変わらないでしょう。

ただですね…。私は、このようなバリ活の方々に対し、「過度に単純化された情報について少し疑ってみてはどうか?」と言いたいです。「この教材を聞き流すだけで、英語がペラペラになる!」「このサプリを1ヶ月間飲み続けるだけで、10キロ痩せられる!」などと宣伝している商材を見て、真に受けますか?にわかには信じられないですよね。「重大な情報が隠されているのではないか?」「詐欺なのではないか?」と疑うのが普通です。

もし、このような謳い文句に踊らされている人がいたら、「もっとちゃんと調べろよ」と注意喚起するんじゃないでしょうか。正常な判断能力のある人であれば、過度に単純化された情報に対し、誤謬が含まれているかもしれないという危険センサーが作動するからです。普通に暮らしている限り、誰しもがこういう感覚を持っているにもかかわらず(そういう危険察知能力のない人もいますが…)、なぜ創価学会に対しては、そういう風に危険センサーが作動しないのか、私はとても不思議です。

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1 コメント

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宗教自体確たる根拠がない (半覚醒元学生部)
2018-03-05 20:46:04
どうもこんばんは。お久しぶりです。
タレパンさんの言うことももっともと思いますが
それであればもはや宗教と言うものは
一切信じられないでしょう。
宗教自体合理的に考えれば
根拠のない確証の無い話ですからね。
それをわかったうえでそれでも私は信仰を志向します。

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