活動から離れた創価内部アンチのブログ。

元バリ活の内部アンチ(3世会員)による体験記・雑記です。

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マスコミの過熱報道と創価学会による誹謗中傷

2018-05-08 19:00:00 | 体験談・雑記

TOKIO山口さんをめぐる一連の実名による過熱報道を拝見していますと、正直なところ、私は、「有罪判決を受けたわけでもない特定の個人を、ここまで叩く必要があるのか?」という思いが拭えません。

 

刑事裁判においては、無罪の推定が働くにもかかわらず、有罪判決が下される前の捜査段階において、被疑者・被告人が有罪の確定判決を受けた犯罪者であるかのように「推定有罪」の報道がなされることにより、被疑者・被告人の名誉が侵害されるだけでなく、被害者のプライバシーを含めた生活の平穏が害されるなど、種々の問題点が惹起されるおそれのあることは周知のとおりです。

なお、山口さんは罪を認めており、被害者との間で示談も成立していますが、被疑者・被告人が罪を認めているからといって、有罪になるとは限りません。裁判において自白の証拠能力が争われるケースもありますし、自白の証拠能力を争わなかったとしても、自白を唯一の証拠として有罪にすることはできないからです(いわゆる補強法則。憲法第38条第3項、刑訴法第319条第2項)。

また、山口さんが弁護士と相談した結果、責任能力の有無など、別の法律上の争点を主張する可能性もあります。実際に、裁判官が「有罪」と判断するまで、どうなるかなんて分からないんですよ。マスコミはこの点が全然わかっていない。

私は、決して山口さんの肩をもつわけでも、山口さんを擁護するわけでもありません。しかし、このような過熱報道の末に、日本国民の敵意・悪意が山口さんに向けられる結果となりました。このような状況において、社会復帰を目指そうと思っても、多大な困難がつきまといます。芸能界への復帰はおそらく無理でしょうし、芸能界以外の仕事に復帰しようと思っても、「犯罪者」というイメージは一生ついてまわります。山口さんが自らの将来に絶望し、自殺してしまうかもしれません。そうなったら、一体誰が責任を取るというのでしょうか。

 

前置きが長くなってしまい申し訳ありません。

私は、TOKIO山口さんに対する過熱報道を見ていて、創価学会による特定の個人に対する誹謗中傷も似たような問題構造を抱えていると思っています。

創価学会にも言論の自由があるので、例えば、元職員3名のブログや告発本に書かれていることが事実と異なるというのであれば、自らの機関紙において、そのように反論すれば良いし、自らの言い分があるというのであれば、再批判を行うことも勿論自由です。そうやって、双方の意見を戦わせて、周囲が評価・判断すれば良いだけの話です。それが民主主義です。

しかし、そのような批判の域を超えて、実名を挙げたうえで、罵詈雑言を浴びせるのは一体何なのか。日蓮正宗の日顕上人に対する誹謗中傷のほか、創価学会を退会した ”反逆者” に対しても同様に辛辣な言葉を投げかけており、実際に名誉毀損の裁判において敗訴することもあります。創価学会に敵対する人物であったとしても、対話による平和を目指そうとしている団体が、民主主義のルールを逸脱するような言論活動によって、特定の個人を追い詰めることが何故正当化されるのか。

 

つい昨日も、当ブログに対し、汚い言葉で罵るようなコメントが寄せられました(普段このような誹謗中傷コメントの公開は承認しませんが、今回は敢えて公開させて頂きました)。

批判コメントが寄せられるのは当然のことですが、その大半は、至って冷静なご意見・ご指摘であると認識しています。このブログは、悩みを抱えてらっしゃる2世・3世会員の方を念頭に置いていますので、そういう方にとって両方の意見があった方が参考になると思いますし、むしろ有難いことです。なので、私はほぼ例外なく公開しています(※)。

しかし、ただの誹謗中傷コメントとなると、コメントをされた方にとっても、私にとっても、何のメリットもありません。そのコメントを読んで、「創価学会は、平気で汚い言葉を吐く非常識な団体」という印象を世間に与えることになりかねませんし、不愉快な思いをされる人もいるでしょう。有益な指摘でもないので、2世・3世会員の方にとって何の参考にもなりません。

(※)ただし、ブログ記事と無関係の内容だった場合等は公開しないこともあります。それは、アンチさんからのコメントであっても同様です。

 

創価学会という組織に長きにわたって身を置いていると、汚い言葉で罵倒することや、敵対する者を徹底的に追い詰めることを普通に感じるようになってしまうのかもしれませんが、私には、感覚が麻痺してしまった可哀想な人たちに映ります。

学会員さん全員がそうではないと思いますし、良識ある方もたくさんいらっしゃる一方で、上記のような人たちを生み出すことになった創価学会の罪深さを感じざるを得ません。

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1 コメント

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Unknown (山口達也)
2018-05-09 10:12:47
貴殿が抱く、TOKIO報道への見解からして、すでに偏っている。

創価とジャニーズの関連性は薄く、手前味噌にすぎない。

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