活動から離れた創価内部アンチのブログ。

元バリ活の内部アンチ(3世会員)による体験記・雑記です。

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創価班会とは何だったのか。

2017-11-15 19:14:22 | 体験談・雑記

私にとって、数ある会合の中でも、創価班の会合(創価班会など)は特別なものだった。外部の人からすれば、創価学会自体がブラックボックスなので、「何をやっているのか分からない」というのは当然だと思うが、学会員さんであっても、創価班ではない場合、創価班が普段どのような会合をやっているのか知らないという人もいるかもしれない。そこで、私が経験した創価班会の様子を少し紹介し、創価班や創価班会とは一体何だったのか、自分なりにまとめてみたいと思う。

なお、あくまでも私が属していた創価班の話なので、他の組織では全く違う雰囲気なのかもしれないし、会合進行や指導の内容も異なるかもしれない。そのような可能性があることにご留意頂きたい。また、記事中に登場する名前は全て仮名・架空人物である。

 

最初に結論から申し上げると、終始笑いが絶えない楽しい創価班会など無かったと断言する(そもそも、創価班員の気を引き締めるために実施しているようなものなので、楽しい要素など皆無なのだが)。どう思い出しても毎回怒号が飛んでいたように思う。

 

まず、創価班会に遅刻した場合、遅刻してきた班員は、入室したら開口一番、「遅刻して申し訳ございません!」と大声で謝罪しなければならないという暗黙のルールがある。仕事で残業した場合であろうが、子どもが急に体調を崩した場合であろうが、事前に連絡していた場合であろうが関係がない。世間一般では「やむを得ない」と思うような事情であっても、それを回避できなかったことは全部自己責任となる。「そうなる前に手を打っておくべきだった」という理屈なのだ。

 

では、謝罪したら万事許されるか?…答えは「NO」だ。そのあとは、幹部による恫喝が始まる。

これにはいくつかパターンがあって、幹部によっては、「いや、謝らんでええよ。帰ってくれ」と、冷たく突き放したりする。そこから、徐々に語気が強まり、耳をつんざく怒鳴り声へと変わっていくのだが、これは私にとっては優しい方だった。
こんなパターンもある。遅刻してきた班員をいったん無視して話を続け、一息ついたところで、「おい、鈴木。ちょっと立てや!」とドスをきかす幹部もいる。遅刻してきた班員が油断しているところに変化球を投げ込むのだ。直角に曲がる高速スライダーなので、かなりの高確率で動揺して捕れない。なかなかの高等テクニックだ。

 

仮に、全員時間通りに集合したとしよう。

幹部が入場するまで狂ったように唱題をあげて待つ。司会の一声で会合が始まる。元気よく返事もする。怒られる要素はない。「うん、今日は大丈夫だ」と思う。そう思っていると、司会が「おい、田中。ちょっと立てや」とドスをきかす。ドスをきかせるのと立たせるのが本当に好きな人たちだ。
怒るポイントは、服装だったり、髪型だったり、何気ない振舞いだったりする。その日体調が悪いと言って午前の会合には出れなかったのに、夜の創価班会に参加できるのはなぜか?と詰めたりもする。そのようにして、まず司会によるジャブが入る。この時点で、私の心は「帰りたい」という気持ちで半分以上支配されている。

 

勤行をして、学会歌の指揮をやって、創価班通信(?)みたいなものを読み合わせして、日蓮正宗や顕正会などの「敵」の情勢が報告され、幹部指導へと移っていく。この時点でかなり気持ちは疲弊しているのだが、まだ折り返し地点である。もう少しお付き合い願いたい。

 

幹部指導が平和に終わることはほぼない。その日遅刻した班員がいれば、終始ピリピリとしたムードの中、班長に飛び杼したりもする。「お前、佐藤が会合に間に合うように祈ったか?前日に連絡したか?出来てへんやろ!」などと。その間、班長は直立不動で叱りを受け、ただひたすら「申し訳ございません!」と頭を下げる。あまりに謝り過ぎると、「別に謝罪はええから、なんで出来てへんのか理由を言えよ」となるし、何も言葉も発しないと「謝罪の一言もないんか?」と怒鳴られる。何か理由を述べると、「ただの言い訳やんけ!」と、これまた火に油を注ぐ。どうしろと言うのか。

直近の会合着任時に事故(班員の遅刻・ドタキャン、会員さんの忘れ物、怪我人・急病人)があったり、着任(志願)率が悪かったりすればもう悲惨だ。特定の班員を吊るし上げ、「やる気ないんやったら、創価班のバッジ外してくれてもええぞ(創価班をやめてくれてもええぞ)?」と言葉を投げかけることもある。こんな問われ方をして、「あ、じゃあ、バッジ外します。今までお世話になりました」と言える班員はまずいない(言いたいけど)。「いえ!続けさせてください!」と答えるしかない。そうすると、創価班の指針?モットー?みたいなもの(もう忘れた)を言ってみろと続ける。これが言えなかったらご臨終なので、大抵の創価班員は丸暗記しているのだが、運悪く言えなかったりすれば、そんな奴に創価班が務まるわけがないということで、創価班員としてのアイデンティティを徹底的に否定され、「会合終わりに残っとけ」と居残りを命じられる場合もある。

極めつけは、「自分たちと今の世代との比較」だ。自分たち幹部も仕事が忙しい中で創価班の着任に挑戦してきた。祈りながら知恵を絞り、どうすれば着任できるかを考えてやってきた。それに比べてお前たちはなんだ。最初から無理だと決めつけて挑戦していないだろう!…と(よく聞いてみると、その幹部は時間の融通がきく個人事業主だったりする)。

 

そのような恫喝が続き、最終的には疲労困ぱいして創価班会の幕が閉じる。私が参加していた創価班会は大体いつもこんな感じだった。マインドコントロールが解け始めていた時期だったので、感化されることはないし、着任率が悪くても何の後ろめたさもないし、反省することもなかったけれど。

 

以上を踏まえ、創価班会において(というか、創価班において)指導されていたことを、自分なりにまとめると、以下のような感想になる。

まず、誰だって仕事や家庭が大事に決まっている。「仕事をクビになってもいい」「家庭が崩壊してもいい」と思いながら、創価班をやっている班員なんていないし、もちろん幹部もそのような指導はしていない。職場でも信頼を勝ち取り、創価班の着任にも挑戦する。これが基本的な考え方だ。しかし、一応志願制をとっているものの、実質的には「全着(全て着任する)」を強要している。着任できない日があると、班長から「なぜ着任できないの?」と理由を問い質される。諸賢においては理解できないかもしれないが、仕事や冠婚葬祭のような重要な用事ですら、着任できない理由にはなっておらず、長期にわたって海外出張に行くとか、誰がどう考えても無理だと思われる事情のない限り、「何とかしろ」と無理難題を突きつけられる。これは創価班会の出席も同様である。

そのため、本当は予定の調整が出来ていないにもかかわらず、「着任します」「参加します」と返事をせざるを得ず、そのように返答した以上、本当に何とかしなくてはならない。その日、残業しなければ終わりそうにもない仕事を任されていようが、遠方に出張していようが、子どもが急病で入院していようが、自分自身が高熱を出してぶっ倒れそうになっていようが、(冒頭にも述べたが)そんなことは関係がない。そんな状況に対し、幹部は「祈って知恵を絞れ」と言うが、祈ったところで皆が幸せになれる最適解が簡単に見つかるわけもなく、結局、職場の他の同僚に仕事をお願いするとか、上司に掛け合って早めに上がらせてもらうとか、子どもの世話を奥さんに押し付けるとか、周囲の反感を買う行動を起こさざるを得ない。「そうならないように、日頃から信頼を勝ち取っておけ」と言うけれど、周囲に迷惑をかけていることに変わりがないし、そんなことを続けていけば、いずれ職場・家庭での信頼なんてなくなる。

にもかかわらず、「全着しろ」「職場・家庭での信頼も勝ち取れ」と言うのは、矛盾というか、不可能を強いているようにしか思えない。しかも、それが出来ないと、上述のように創価班会や着任後の総括などで吊るし上げを食らう。どう足掻いても達成できないノルマを課せられる体育会系のブラック企業と同じだ。家庭訪問もしないといけない。折伏もしないといけない。選挙もお願いしないといけない。そのうえ、創価班の着任もしないといけないという多忙を極める中で、激しい叱咤を受けるとなれば、組織はどんどん疲弊していく。

 

創価班の先輩が、「昔はこんなもんじゃなかった」と色んなエピソードを披露し、「最近の若い世代はついてこれない。随分優しくなったもんだ」など、何とも言えない表情を浮かべながら語る人もいるが、体罰が大幅に許されていた時代を懐かしむスパルタ教育者のそれと同じである。それが、体罰やパワハラといったコンプライアンス上問題のある言動であるという認識もない。付いてこれない脆弱な奴が悪いという論調で全て片付けようとする。

現代社会は、コンプライアンス意識だけでなく、夫婦共働きが当たり前となるなど、家庭環境や働き方も変わってきている。少子化の影響もあるし、創価学会では特に若年層において人材難だ。時代背景や社会情勢が移り変わっていく中で、昔と比べること自体がナンセンスだし、そんなことをしても意味なんてない。創価班のような厳しい人材グループの考え方が残存し続ける限り、創価学会の幹部候補生は疲弊し、人材難は加速するだろうと思う。もはやそんなことを言っても仕方ないのだが。

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4 コメント

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確かに異常でしたね (EMS)
2017-11-17 14:46:33
こんにちは

私は牙城会でしたが、Sは確かに異常でしたね

Sじゃなくてよかった~って、活動家の頃から思ってましたよ
Unknown (たれぱん)
2017-11-17 18:18:03
>EMSさん
コメントありがとうございます。
今から冷静に振り返ると「異常な環境だったなぁー」としみじみ感じます。

ちなみに、ご存知かと思いますが、創価班では、よく文化班や牙城会を引き合いに出して、「自分たちの方が厳しい訓練を受けている」と悦に浸っている人がたくさんいましたよ(^-^;
Unknown (009)
2017-11-17 22:35:54
初めまして。
「静かに創価学会を去るために」のkメントで紹介されていたので立ち寄りました。

関東在住50代前半、昨年家族で脱会済の元創価班(13期)です。
記事を読ませていただきました。
自分の役職としては34歳の時に分県の役職でした。
自営(当時)と家庭に支障をきたし、引っ越して非活(内得信仰)になりました。それから15年後に家族で脱会というケースです。

たれぱんさんの文章はとても伝わりました
まだそんなことをやっているんですね(笑)

自身はあまり非人道的な総括はした事はありませんが、思い出したくない過去です。
本部運営創価班は、さらに悲惨だったかと思います。
「本門の弟子」という訳の分からない指導性がありましたねw

若い世代の方がブログで情報を発信される事は、とても意義があると思います。
陰ながら応援させていただきます。頑張って下さい。

普段は「世界一楽しい創価アンチブログ」という
かなりパンチの効いた“極”アンチ覚醒者のブログにいます。
少し年齢が上の方たちですが楽しくやっています
興味があったら覗いてみてください。
替え歌を歌ったりもしてますw

替え歌「着任」
https://www.smule.com/recording/p/1071327831_1783089874

長すぎましたが、一言ご挨拶まで。
Unknown (たれぱん)
2017-11-18 23:39:39
>009さん
わざわざお立ち寄り頂き、ご丁寧にコメントまで書いて下さり、ありがとうございます。

ご家族揃って脱会されたのですね。おめでとうございます!
今から思い返すと、「本門の弟子」とか言っていましたね(笑)

自分の世代でしか伝えられないことなどもあると思いますし、これからもブログは続けていこうと思います。ブログ拝見させていただきますね(*^^*)

P.S.替え歌「着任」最高でした!w

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