活動から離れた創価内部アンチのブログ。

元バリ活の内部アンチ(3世会員)による体験記・雑記です。

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

退会した人は「裏切者」でも「恩知らず」でもない。

2018-04-05 19:00:00 | 体験談・雑記

私が、創価脳に染まっている人の言動として理解出来ないことの一つに、退会した人を「先生や同志を裏切った恩知らず」などと罵って、これを批判することにあります。

他の学会員に迷惑をかけるなどして、除名等の処分を受けた学会員に向けられるのでしたらまだ分かります。しかし、創価学会の教えや方向性に疑問を感じ、自主的に創価学会を退会した人に対しても同じように批判の目を向けるのは如何なものでしょうか。少なくとも私は違和感を覚えます。

 

そもそも「恩」ってなんですかね。創価学会では、「四恩に報いることが仏法だ」などと教えていますが、両親や友人に対する恩は分かりますよ。だけど、同志に対する恩とか、師に対する恩ってなんぞ?池田氏のことを「師」と思っていない人からすれば、「師匠の恩に報いろ」などと言われても、

 

「一体なんの恩だ…?」


って感じでしょう。恩着せがましいとはこのことです。しかも、疑問を感じながら創価学会に残り続けることが「恩返し」なんですか?もし、それを恩返しと言うなら、結局、創価の教えに従わせたいだけじゃないですか。

日本人は律儀な人種なので、「恩」と言われたら、何だかこれを無碍にしてはいけないという発想になりがちですが、そもそも恩なんてないし、あったとしても押し付けられたものですよ。個人的にお世話になった方などもいらっしゃるでしょうし、そういう方に対して感謝の気持ちを持つことは大切だと思いますが、創価学会を退会するという判断とは何の関係もありません。

 

また、自発的に創価学会に入会したわけではなく、生まれたときから強制的に入会させられた2世、3世、4世会員はどうなんでしょうね。そういう生き方を一方的に強制しておいて、そういう人がいざ退会したら、途端に「裏切者」「恩知らず」って、そりゃないでしょう。

例えるならば、どのクラブに入るか全く考えていないのに、同級生が、「お前の名前で勝手に野球部に入部届を出しといたから!一緒に野球やろうな!」と、無理やり野球部に入部させるようなもの。「やってみれば野球の面白さが分かるから!」と言われ、部活に取り組んでみたものの、野球の良さが分からずに退部すると、「裏切者!」「恩知らず!」と罵られるのと同じです。これ、無茶苦茶じゃないですか?

2世、3世、4世会員からすれば、「無理やり押し付けといて、どの口が言ってんねん」って感じです。「裏切者」とか「恩知らず」などと罵っている方へ。あなたは本当にそんな偉そうに罵倒できる立場ですか?罵倒している対象は、本当にそのような批判が適切な相手なのでしょうか?ちょっと考えてみてください。

コメント (8)   この記事についてブログを書く
« 道徳の教科化と思想の押し付け | トップ | 創価学会による世界拡大について »

8 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (しおん)
2018-04-06 16:41:55
こんにちは

2世です。

親の考えで生れた子供を入会させるのは止めてほしいです。
学会本部にも、たればんさんの文章を送付して下さると有り難いです。

訪問断ってるのに学会活動と言ってやって来て、座談会でそれを活動報告してます
皆のお世話してるですって、お世話してほしくないから断ってるのにね
そのうえ、散々お世話になったのに裏切ったとか言われて、とうてい有り得ない人達です。

案の定、人に嫌われる事しか出来ないから入会も取れませんし、私の様な人間が必要とか自画自賛して、こういう方が一生学会員できます
Unknown (半覚醒元学生部)
2018-04-06 18:33:22
こんばんは。
日蓮大聖人を信じる私からすれば
私は日蓮正宗信徒でございますが
正宗から見ていわゆる「ニセ本尊」で苦しめられ
大聖人仏法に見せかけた創価学会の誤った信仰で
不幸な目に合っていると信じている私からすれば
学会には「恩」ではなく「仇」しかありません。
この前も婦人部の方とお話ししましたが
私に対して「学会に信心を教えてもらったでしょ。
だから学会に感謝の念を持たなくてはいけない」と言いました。
だから私は言いました。
「その信心を学会が教わったのは誰ですか」と。
御存じのように日蓮正宗です。
学会はその日蓮正宗に対してあらん限りの悪口雑言を吐き散らしています。
上述の学会婦人部の方も学会のウソ宣伝を信じていて
それをもとに正宗誹謗をしていました。
それが「信心を教えていただいた」正宗に対する行為か。
忘恩は創価学会の方です。
こんにちは (EMS)
2018-04-06 21:02:03
お久しぶりです

と、言っても記事は毎回、興味深く拝見させていただいていましたが

忘恩

確かに、何なんでしょうね?

信教の自由なんですから、個人の自由だと思うのですが、寛容な団体ではありませんね

私なんぞも青いときには、分かったふりして、先生に対する反逆だなどと、部活で後輩メンバーに言ってましたけど

恥ずかしい限りです
返信遅くなりすみません。 (たれぱん)
2018-04-08 20:44:57
▼ しおんさん

コメントありがとうございます。

本当に学会ってそういうところですよね。。
非活部員さんが全く望んでもいないのに
こんなことをして「あげた」、あんなことをして「あげた」と恩を押し付け、
挙句、学会を退会すると、「恩を忘れたのか」と意味不明なことを喚き散らす。
いや、だからあなた方の世話なんて望んでないってば…という感じですね(笑)

こんなことを続けていけば、社会からの信用は自然となくなります。
そこに気付かないとは哀れでなりません。

>学会本部にも、たればんさんの文章を送付して下さると有り難いです。

学会にはネット上の情報を監視している部署があるらしいので、
その職員さんが見てくれることを願います…(^_^;)
まあ、何も思わないでしょうけれど…。


▼ 半覚醒元学生部さん

コメントありがとうございます。

確かに、今の創価学会があるのは日蓮正宗のおかげですね。
あーだこーだと理由をつけて、自分たちを正当化していますが。

自分たちが受けた恩は、無理やり自己正当化して、これを仇で返してもOK。
だけど、自分たちが与えた恩は、どんな事情であれ、仇で返すことは許さない。

というスタンス。激しい疑問を感じますね。。


▼ EMSさん

お久しぶりです。
コメントありがとうございます。

私は、活動家時代に、
「池田先生は、青年部の活躍を心より楽しみにして下さっている」
と、散々言われ続け、その思いにお応えすることが「恩返し」だと指導を受けてきましたが、
今振り返ってみると、知らず知らずのうちに「師の恩」を頭にインプットさせるための口弁だったようにも思えます。
指導していた幹部はそんなこと思っていなかったと思いますが。

EMSさんに限らず、活動家であれば、誰しもが池田先生から受けた恩を口にしなければならなかったし、
師匠のご期待にお応えしていきます、と決意発表しなければいけなかったし、
信心の道を外れることは、師に弓を引く行為だと叩き込まれてきました。
それを部員さんに押し付けることもあったでしょう。
そういう組織の中で思考が停止していたんだと思うのです。

やむを得なかった…という一言では片付けられませんが、
おかしさに気づいた今、おかしいことはおかしいと声を挙げていくことが大切なのではないかと、
私自身、常々感じています。
Unknown (ミカツ)
2018-04-15 17:38:48
こんばんは。

私個人の考えですが、
学会に限らず、日本に根付いている思考の一つに、
会社や部活など、今までいた組織・集合体を去るという事に対して、
‘負け’‘裏切り’的に見る傾向は、一部あるように思います。

私は学内云々とは別に、同級生繋がりで、とある文化部の友人知人が多かったのですが、
その部活は、どこの学校も、大体女子が多いという事もあって独特の全体主義的めいた雰囲気があり、
辞める時は、辞める理由をみんなの前で話しOKをもらうとか、
辞めたら、今までの部活の仲間は、校内で会っても無視。とか、
ごく一部ですが、嫌な習慣がまま見られる文化があると聞きました。
何か既視感をビンビン感じたのは言うまでもありません(笑)
女子が多く、全国大会に向けて本気で燃える体質がある部なので、
一本気が強すぎてそうなってしまう一面もあると思うのですが…

たれぱんさんのおっしゃるように、
内部でお金や男女関係などゴタゴタさせて辞めたとかいう人なら、あまり良い気持ちはありませんが、
それなりに考えて、違う道を行くと言うのなら、
‘残念だけど、元気でね’と言いこそすれ、
何で‘裏切り’と罵倒になるのか理解に苦しみます…

私自身も未活だけに、正当化する訳ではありませんが、
学内の皆様が仮に脱会していたとして、
元気でやっていれば何よりだと思いますし、
何処かで会ったら、声をかけ合えたら…と考えます。
ミカツさんへ (たれぱん)
2018-04-16 00:22:54
こんばんは。
コメントありがとうございます。

大変示唆に富むご指摘をありがとうございます。
確かに日本社会全体として、ミカツさんが仰るような風潮はどこかにありますね。

アメリカなどの欧米社会では、自分の働きやすい環境を求めて転職するのは普通ですが、
日本ではひとつの組織にとどまって働く人の方が偉いという風潮が色濃くあるように思います。
だからこそ、日本社会は、“conformity(人と違う行動をとることを控え、皆と同じ考え方や組織の考え方に従う社会)”だと、
欧米人から揶揄されているわけなんですが…。
(どっちが良いとか悪いという話ではないですけれど…)

>辞める時は、辞める理由をみんなの前で話しOKをもらうとか、
>辞めたら、今までの部活の仲間は、校内で会っても無視。とか、
>ごく一部ですが、嫌な習慣がまま見られる文化があると聞きました。

凄い部活ですね…(^_^;)
私が書いた記事にも確かに通じるものを感じます。

例えば、友達同士のコミュニティにしても、別の友だちグループと仲良くしようとすると、
元のグループの人から疎まれたり、「裏切り」と見なされるようなケースもありますよね。
たまたま一緒に行動する頻度が多かっただけで変な仲間意識が形成されてしまって、
もっと交友関係を広げようと思ってもそれが出来なかったり、
何と言いますか、日本社会独特の息苦しさと言うんですかね。
そういうものを学会に対しても私は感じてしまうんですよ。

>それなりに考えて、違う道を行くと言うのなら、
>‘残念だけど、元気でね’と言いこそすれ、
>何で‘裏切り’と罵倒になるのか理解に苦しみます…

全く同感です。
そもそも創価学会は価値観や思想の多様性を乗り越えて、
友好の連帯を世界に築こうとする平和主義の団体のはずです。
方向性や思想の違いゆえに組織を離れるという人がいたとしても、
その人に対して友好関係を維持できなければ、
私には、創価学会の言っていることは詭弁に感じます。
なぜ、「お互い進む道は違うけれど絶対幸せになろうね」と言えないんでしょうか。
なぜ、「退転すれば仏罰が下る」と脅すのでしょうか。
私には、全く理解できません。

長々と失礼しました。
大変参考になるコメントをありがとうございました。
今の創価学会 (プロフェツサー樋口)
2018-04-20 23:01:33
こんばんは。プロフェツサー樋口と申します。若い頃から遊び人のペンキ屋雨の日は朝からパチンコ屋に入り浸りの壮年部本部長から「君は将来退転するタイプだからね。役職には付けられ無いよ。折伏しないとね。駄目だよ」と言われた瞬間「もう創価学会は駄目だな」と確信しました。この事は地元の副会長、横浜の昔馴染みの仲間にも伝えました。人材が居ません創価学会は。これが地方の組織の実態です。詳しい事は次に書き込みます。明日もあるので。
プロフェツサー樋口さんへ (たれぱん)
2018-04-23 19:34:44
はじめまして。こんばんは!
コメントありがとうございます。

>若い頃から遊び人のペンキ屋雨の日は朝からパチンコ屋に入り浸りの壮年部本部長から
>「君は将来退転するタイプだからね。役職には付けられ無いよ。折伏しないとね。駄目だよ」と言われた瞬間
>「もう創価学会は駄目だな」と確信しました。

随分と上から目線の決めつけですね(;^_^A
私なんかは、もう創価学会を退会しても良いと思っているタイプですが、
幹部の立場にいる人が、「退転するタイプ」と認識している時点で、
確かに創価学会に未来はないように思えます。
学会活動を頑張っていこうと思っている人かもしれないのに。。

是非、現在の組織の実情など、コメント頂けますと幸いです♪

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

体験談・雑記」カテゴリの最新記事