社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

広田純「ダブル・デフレーションの落とし穴」『統計学』第67号,1994年9月

2016-10-09 18:03:16 | 6.社会経済統計の対象・方法・課題
広田純「ダブル・デフレーションの落とし穴-「長期遡及推計」の提起した問題-」『統計学』(経済統計学会)第67号,1994年9月

 ダブル・デフレーション(以下Double Deflationとする)とは,国民経済計算における生産系列実質化の方法である。 この方法は粗付加価値(国内総生産)の算定について,まず産業別(経済活動別)に産出額と中間投入額とを推計しその差額としてもとめるが,実質粗付加価値値についても産業別に産出額と中間投入額を別個にデフレートし,その実質産出額と実質中間投入額との差額として算定するという生産系列実質化の措置をとる。Double Deflationによって実質化された産業別の粗付加価値の合計は,定義によって実質国内総支出と一致する。

 筆者の疑問は,次のとおりである。産業別の実質産出額の算定も,実質中間投入額の算定も,それ自体では通常のDeflationでとくに問題はないが,問題は前者から後者を控除し,その差額を粗付加価値の実質値とする点にある。産出額と中間投入額の差額を粗付加価値と呼びうるのは,当年価格を前提とした名目値の場合に限られるはずである。Double Deflationでは,その定義にしたがって,実質粗付加価値率は「1-実質中間投入率」に等しくなる。実質中間投入率は,基準年における産出財と中間投入財の相対価格に依存するので,同じ年の値が基準年の改訂によって変わる。Double Deflationでは,実質付加価値率の方も,それに連動して逆方向に同じ幅で変化する。粗付加価値率はその年の経済の条件によって決定される一つの価値関係であるから,当年の相対価格を前提としてのみ意味をもつ。Deflationの本来の意味は価額としてとらえられる経済量を不変価格で評価替えし,その変動から価格変動による部分を除去することである。Double Deflationは,この意味での実質化の役割をこえて資料に実質的な変更を加える操作である。

 Double Deflationに対して,産業別の粗付加価値実質化の方法として直接Deflationが考えられる。これは名目粗付加価値を直接に対象として,産出額のデフレータで実質化する方法である。この方法によれば実質化の経済的意味は明確であるが,反面,産業別の実質粗付加価値の合計は実質国内総支出とは一致しない。

 筆者はDouble Deflationの以上の問題点を数式で展開している。そこでは,Double Deflationによる実質粗付加価値額と直接Deflationによるそれとが一致しないこと,その差が中間投入額と「基準年までの期間における産出財の物価倍率と同じ条件での中間投入財の物価倍率」の差に依存することが示されている。したがって,中間投入財の物価上昇率が産出財のそれを上回るような場合には,Double Deflationによる実質粗付加価値額は直接Deflationによるそれより小さくなり,逆は逆である。

 実際に行われた国民経済計算の長期遡及推計における生産系列の実質化で,問題が生じたことがあった。それは1988年の推計のおり遡及を1955年までとしたのであるが,Double Deflation法をそのまま使って遡及に適用すると付加価値額がマイナスになる産業(電気機械)が生じたのである。結局,この推計では一貫型のDouble Deflationをあきらめ,「接続型」のDeflation(基準年の異なる実質系列をリンクして実質化の基準を統一する方法)を採用して問題が回避された。

 筆者は次に,産業計と大分類の製造業と建設部門の2部門,製造業の中分類のうち食料品,化学,電気機械の3部門,都合6部門についてDouble Deflationによる実質粗付加価値と直接Deflationによるそれを1955年から90年までのデータの推移を比較し,Double Deflationによる実質粗付加価値がマイナスになった部門があるとしている。製造業の化学と電気機械である。この2部門は1985年の基準年にはDouble Deflationによる実質粗付加価値と直接Deflationによるそれとがイコールであるが,それ以前は一貫して後者が前者を上回っている。しかも,過去に遡るにつれ,両者の開差が直接Deflationによるそれと比較して相対的に拡大している。ということは,同時期にDouble Deflationによる実質粗付加価値の増加率が直接Deflationによるそれを上回ったということである。

 また,Double Deflationのもうひとつの結果である国内総生産デフレータについてみると,一般にDouble Deflationによる実質粗付加価値は直接Deflationによるそれより小さい場合は国内総生産デフレータが産出デフレータより大きくなり,逆は逆である。1965年以前の化学と電気機械以外では,およそこの傾向がみられる。化学と電気機械では1970年と1965年の間で,国内総生産デフレータが乱高下していることが確認できる。

 筆者はさらに産出財・中間投入財の相対価格の変化を,産出デフレータと中間投入デフレータとの比較で検証している。その結果,上記で指摘したDouble Deflationによる粗付加価値と直接Deflationによるそれとの開差,それぞれの増加率の相違が産出デフレータと中間投入デフレータの上昇率における相違の別様の表現であること,この相対価格の変化がDouble Deflationの計算によってその方法による実質粗付加価値額の値にもとこまれたものであることが分かったとされている。加えて電気機械と建設業について,産出財の価格の上昇・下落の動きが,その単位量当たりの要素別の価格・コストの動きによって左右される過程が例示され,財貨の価格がこのような過程をつうじて,結局その価値によって規制されることが明らかにされている。当年価格を前提とした粗付加価値率が意味をもつのはこのためである,とされる。

 筆者は補足として,名目粗付加価値率と基準年次別の実質粗付加価値率の比較を示し,最後に「一貫型」Deflationから「接続型」Deflationへと展望し,本稿を閉じている。筆者の結論は次のとおりである。生産系列のDeflationは産出額と中間投入額のDeflationに限定すべきである。実質産出額と実質中間額との差額をとって,それを実質粗付加価値額として扱うこと,すなわちDouble Deflationの方法には理論的意味がない。粗付加価値額から物価上昇率の影響を取り除く必要がある場合には,産出額のデフレータで直接デフレートすればよい。国民経済のマクロの成長率をみる場合には,実質国内総支出を使えばよい。Double Deflationによる実質粗付加価値の算定はミスリーディングであるだけでなく,無用のことである。

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