社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

木村和範「キエールの代表法」『標本調査法の生成と展開』北海道大学図書刊行会,2001年

2016-12-28 11:26:27 | 1.蜷川統計学
「代表法とその社会的背景-任意抽出標本理論前史」(『経済論集』[北海学園大学]第45巻第1号,1997年7月),「キエールの『代表法』をめぐる論争-G.v.マイヤーとL.v.ボルトキヴィッツの見解」(『経済論集』[北海学園大学]第46巻第1号,1998年7月)をもとに著作の一章として編まれた論稿。(1)キエールの代表法を必要としたノルウェーの社会状況とそれを可能にした統計機構の整備状況,(2)その代表法の概要,(3)代表法にたいする2つの批判,がその内容である。

 構成は次のとおり。「はじめに」「1.代表法の社会的背景:(1)資産・所得調査の背景,(2)統計機構の整備」「2.代表法:(1)調査法の選別,(2)1891年資産・所得調査[ノルウェー],(3)代表標本の代表性」「3.キエールにたいする2つの批判:(1)マイヤー[1841-1925],(2) ボルトキヴィッツ[1868-1931]」「むすび」。

 筆者は「むすび」で本稿の内容を要約しているので,それを骨に本文の叙述で肉づけし、以下に本稿の中身を説明する。

キエールの代表法は,以下の事情を背景に成立した。ノルウェーでは19世紀に入って,保険基金の創設のために,資産・所得調査を全国的規模で行う必要があった。この必要性は、「近代化」によって農業破壊,都市問題が招来し,一連の社会・福祉政策がもとめられたことと関係している。キエールは,こうした状況のなかで、関連する調査を全国的規模で行わなければならないという要請に直面し,短期間で意味のある結果を得るにはル・プレ流のモノグラフ法が不適切であると判断した。キエールは「対照標識(コントロール)」を用い,全数調査結果と代表標本を比較・対照することで,モノグラフ法に代替する代表法にもとづく調査を考案した。それは全数調査ではなく,一部調査の方法の積極的利用であった。

他方,ノルウェーでは中央統計局の設置をはじめ,統計機構が整備され,この過程で地方統計業務が中央に組み込まれることになった。キエールはノルウェー中央統計局局長をはじめ同国の統計行政に深く関与していた。この時期に実施された機構整備によって,ノルウェーでは統一的な全国規模の人口調査が可能になり,資産・所得調査の基礎資料を得る基盤が形成された。

 筆者は以上の背景説明を行ったのち,キエールが全国的な資産・所得調査で代表法を選択した理由,1891年調査(実施は1893年1月)の内容(調査方法,調査票とその記載例,集計段階でのホラリス集計器の利用,代表性の点検)の紹介を詳しく行っている。

 ノルウェーでの経験をもとに,キエールはISIベルン大会(1895年)で「代表調査にかんする観察と経験」と題する報告を行い,そこで短時間で全国的規模での資産・所得調査の結果を得るには悉皆大量観察ではない,代表法による調査を行わざるをえなかったことを示した。同報告の内容は結果的に,既存の全数調査への権威に対する疑問の提示,そして批判につながるものであった。

 キエールの見解に対して,マイヤー,ボルトキヴィッツから反批判がなされた。マイヤーは,同じISIベルン大会で,一部調査が悉皆観察の代用たりえないとして,全数調査の正当性を主張した。マイヤーによる反批判は,ヨーロッパ諸国に設置された国家統計機構による全数調査を背景にもつ19世紀統計調査論にもとづく批判である。その意味で,マイヤーの批判は当時の支配的見解であった。くわえてマイヤーの意図には,一部調査から全体を推測する計算の手続きに対する批判があったのではないか,と筆者は述べている。マイヤーの批判に対して,キエールは論文1897年のノルウェー科学アカデミー紀要に掲載された「代表法」で,部分的にマイヤーの指摘に同意しながら,現実には悉皆調査が不可能な場合には一部調査を利用せざるをえないとし,その有効性を以下のように強調した。キエールの考え方をまとめて知ることができるので引用する(p.21)。

(1)在来の統計やモノグラフの他に社会科学の分野には一部調査の広範な応用領域がある。この一部調査を採用しない妥当な理由はない。
(2)代表法によって一部調査の価値を高めることができる。
(3)標本は,代表性の度合いにもとづいて評価されるべきである。
(4)代表法は,全数調査統計と比較対照できるように企画されなければならない。
(5)代表性を確保した一部調査が可能となるように,理論面と実際面の両面からの研究が必要である。
(6)調査結果が代表性をもつために,どれだけの大きさの標本が必要かについて研究することが重要である。
(7)代表法による調査の結果と在来の手法による全数調査の結果が一致するようになるにつれ,代表標本への信頼は高まる。
(8)代表標本を選出するときに,センサス結果を活用することには利点がある。

他方,ボルトキヴィッツによる批判は,代表法を確率論で基礎づけることが狙いで,この考え方は20世紀に普及した任意抽出標本理論の萌芽である。彼は1901年に開催されたISIブダペスト大会で,キエールの批判者として登場した。すなわち,ボルトキヴィッツはキエールの代表法を「対照法」と名づけ,その統計学の方法論上の意義を認めながら,「対照」の仕方が主観的であると言明した。代表性を評価する方法は,主観の領域から抜け出した方法に,すなわち確率論によらなければならない,というのが彼の考え方である。関連して部分から全体を推測するときに,数理統計学の公式を応用して,誤差の源泉を方法論的に考察することが提言された。

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