社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

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2 調査論

2016-11-06 21:04:29 | 社会統計学の伝統とその継承
Ⅱ 調査論

社会統計学による調査論の展開は,調査論は統計利用者が統計を読み,分析するさいに点検しなければならない統計の真実性(正確性,信頼性)の検証に必要なかぎりで論じられ,その手続きは蜷川統計学によって提示された 。また,ドイツ社会統計学の系譜にあるG. v. マイヤー,F.チチェック(=F.ジージェク)のそれの紹介と検討という形で,高岡周夫 ,有田正三 ,大屋祐雪 によって行われた。

 統計調査論に関する議論は,次の主要な6点に集約できる。 (1)標本調査論(ランダム・サンプリング)批判,(2)社会統計学における調査論の展開,(3)典型調査論,(4)大屋統計論による調査論の発展的展開,(5)種々の社会調査と統計調査との関連,以上である 。
 
(1)標本調査論(ランダム・サンプリング)批判
 社会統計学の大きな成果は,標本調査法をめぐる戦後の論争を経て構築された標本調査論批判として紹介できる。この論争は推計学に関する部分と,調査技術に関する部分とに大別できる。両者は密接に関係するが,ここでは主として後者に重点をおいて解説する。前者については別稿を用意する。

 戦後の標本調査法をめぐる論争は規模が大きく,論点は多岐にわたった。推計学内部でも推計派と技術派との見解の相違があり,議論は錯綜の様相を示した 。論争の基調は推計学の理論に関わるものと,調査技術に関わるものとに大別できる 。

 この論争は北川敏男,増山元三郎が主導した推測統計学(推計派)に対する大橋隆憲の批判を契機とする。この論点に直接関係する大橋「近代統計学の社会的性格」(1949年) の意義は,推測統計学の対象が何かを,原理的に考察したこと,社会統計学が対象とする集団が「存在たる集団」で有限であり,推測統計学のいわゆる「純解析的集団」が無限母集団であると指摘したこと,である。

 次いで森下二次也は「統計調査論序説」(1951年) で,社会現象には推計学的母集団の想定も,母集団と標本との関係における確率論的図式の想定も是認しえないとして,推計学的方法の一部分としての標本理論を批判した。広田純「統計論争によせて」(1955年) ,内海庫一郎「ランダム・サンプリングに関する疑問」(1959年)も標本調査論のいくつかの問題点を列挙している 。

 社会統計学からの以上の批判を受け,坂元平八,津村善郎が「標本調査=技術論」を展開した(技術派)。坂元はストカスティック成立の場を,無作為抽出法における有限母集団と標本との間に成立する場合と,標本と無限母集団をつないで成立する場合とに分けられるとし,分析の出発点が有限母集団にあると主張した。津村は現実に実施されている標本調査にのっとって,標本調査における確率の場が抽出操作にあること,標本調査の目的は有意差検定にあるのではないこと,標本調査の母集団は調査対象として定義されたもの全部の集まりのことであると指摘した。津村は標本調査法を一つの調査技術であると性格づけた。

 「技術派」への反論は,上杉正一郎「統計調査の社会性」(1957年) によって代表される。上杉はこの論文で標本調査の論理と統計調査の社会性の対立・矛盾という面から母集団概念,回答誤差,統計の平板さの3点にわたって批判を加えている。批判のポイントは,津村が統計調査を集団測定(実測調査)と定義し,自然現象の実測で有効とされる標本調査を社会現象の認識のためにも活用できるとした点についてである。津村の認識は,統計調査・集団測定は社会の調査・測定にも,自然のそれにも共通に利用可能とする。上杉はこの見解に対し,実測調査(実測主義がとられている調査)は,自然を測定する自然科学的方法であるとした。実測と調査は,異なる。違いはデータを獲得する手段の相違(実測器具と調査票),また実測による誤差(測定誤差)と調査における誤差(回答誤差)の性質の差にあらわれる。津村調査論には,以上の認識が不足している。調査対象の社会性が問題とされれば,標本調査の適用に制約条件が加わるのは当然である。標本調査はこの制約に対応する形で,その数学的条件を後景におしやり,現実主義的観点から対象の社会性に適合しようとした。いわゆるサンプル・センサスは,標本調査の数学的条件と対象の社会性との妥協の一形態として,社会認識上一定の役割を果たしたが,難点を完全に払拭したわけではないと,上杉は結論づけている

 これらの議論を一歩進めた注目すべき論文は,吉田忠「標本調査による構造的変化の把握」(1962年) である。この論文は標本調査論の意義と限界を現実的な視点で,批判的に考察している。その視点とは社会統計学の側から標本論批判の上記の到達点を確認しつつ,しかし現実の各種の社会調査に適用された標本調査の結果からその有効性を一概に否定できない事実をおさえた議論展開になっていることである。
𠮷田による標本調査の評価は,以下のとおりである 。

(イ)実在の社会集団に関して,全数調査をもとにした母集団リストがあるとき,ランダムに抽出されたサンプルの標本平均値で構成される純解析的集団の確率的安定性を利用して,その社会集団の特性値の平均を推定することは可能である。
(ロ)しかし,それは確率的操作にもとづいてくみ立てた純解析的集団を媒介するという迂回的把握であるから,直接的把握である全数調査に比して種々の制約があり,その制約が社会集団の認識には致命的な場合もある。
𠮷田が当該論文の第一の課題としたのは,(ロ)でいう制約を明確にすることである。従来その論点はほぼ出尽くしていたが,(イ)の否定と連動させた議論が多く,混乱した状況があるので,整理が必要という。第二の課題は,この整理を踏まえ,農林省農家経済調査を例に標本調査の問題点を検討することである。論文のなかで吉田は標本調査のメリットについて,その技術的なメリット(迅速性,経済性,誤差の縮小)とともに,本質的メリットとして(1)標本誤差を確率的にではあるが,定量的に定めうること,(2)標本誤差をある範囲内に確率的におさめるのに必要な標本数を前もって定めることができることにみている 。詳しくは,この論文を直接参照されたい。

(2)社会統計学における調査論の展開
 統計調査論のもうひとつの成果として見逃せないのは,木村太郎の一連の論文,すなわち「一部調査論考」(1981年) ,「統計調査法の諸概念について」(1985年) 。「社会調査と統計調査」(1992年) ,「統計調査論」(1992年) をあげることができる。その意図は完全に成功したかどうかは別として,蜷川虎三以来の社会統計学の伝統的統計調査論を具体的に展開しようとしたことにある 。
木村(太)は論文「統計調査論」で統計の生産方法である統計調査の対象を社会集団(数量的観察を行うことに意味がある社会集団)であると規定し,次いでその構成要素である単位が観察に値する社会的属性を保持していなければならないとする。さらに木村は統計調査の対象である社会集団は相互に独立した単位からなる,いわゆる数えるべき集団(計数集団)であると,述べている。

 統計調査は,自明のことであるが,統計の生産方法である。それは対象である社会集団の全数を補足,観察する悉皆大量観察=全数調査が基本形態である。同時に,統計調査は量的社会経済調査をも課題としている。その課題は,これらの社会経済の活動主体が相互にどのように結合し,分解し,全体としての社会集団を構成しているかを数量的に観察することである。統計調査が量的社会経済調査でもあるということの意味は,その対象が社会経済の担い手である人間や家計あるいは事業体という社会経済活動の集団であることにある。

 社会統計学の研究者は従来,統計調査のこの二つの課題のうち,社会統計調査的側面を強調しながら,統計生産的側面に言及することが少なかった。統計調査を統計の生産という側面から見ると,社会集団の大きさや性質に関する統計だけでなく,例えば工場の集団の場合,その生産高,在庫高,生産諸設備,雇用労働者数,原料使用高などの統計がある(標識和の統計)。統計調査の重要な統計生産的課題は,こうした多様な諸統計を,統一した総体として生産することにある。

 木村(太)はさらに,統計の対象である存在は時点的観察と時間的観察の2つの観察形式をとることを確認している。時点的な観察の結果が静態量で,時間的なそれが動態量である(この場合,対象が集団か量かは問わない)。静態統計調査にせよ,動態統計調査にせよその対象が観察単位集団であることに変わりはないが,違いは前者が静態的観察単位集団を,後者が動態的観察集団を扱う点にある。統計調査の結果が,静態量であるか動態量であるかとは別の問題である。静態的統計調査の対象である集団は,単位自体が客観的存在であり,これによって構成される社会集団も空間的大きさをもった存在である。これに対し,動態統計調査の対象である社会集団は社会経済過程の現象形態を,現象の発現の契機として観察単位とする一定の期間内でとらえた集団である(後者は客観的存在ではない)。

(3)典型調査論
 社会統計学による統計調査論の論点のなかに,典型調査論がある。佐藤博「典型調査の意義について」(1967年) ,木村太郎「一部調査論考」「典型調査論考」 が,典型調査を論じた論文である。
佐藤論文は,戦後,標本調査論(任意標本抽出調査法)がはなやかだった頃,むしろ典型調査にこそ社会学的統計調査の意義があることを主張したものである。この論文のなかで,佐藤は当時,標本調査の推奨者だった津村善郎が典型調査を質的調査であるとして,統計調査から除外する考え方をもっていたことを紹介し,この見解に批判をくわえている。論文の課題として設定されているのは,社会科学における典型認識の意義を明らかにし,これを受けて調査論における典型調査の役割を規定し,さらに典型調査と統計調査の関連を明らかにすることである。全体をとおして,統計学における典型調査の意義を明らかにする内容である。

 佐藤によれば,典型調査は大量観察代用法のひとつである。大量観察代用法は,大量観察の実施が困難か不可能な場合,また必要でない場合に実施される一部調査で,そのなかのひとつの形態が典型調査というわけであう。典型調査がそのように規定されるのは,調査が社会科学の理論によって典型的とみなされた集団を調査するからである。典型を選択し,その一般性を保証するのは,大数法則や確率論ではなく,社会科学の理論である。したがって,典型調査の信頼性を保証するものは,理論規定の正当性である。

 木村(太)は,一部調査には(1)直接的一部調査,(2)間接的一部調査,(3)地域的一部調査(間接的一部調査であるが複雑な集団性そのものが観察課題となる場合),(4)典型調査,があるという 。このうち,典型調査でいうところの「典型」という概念は諸種の型(類型)の存在を前提とし,この型として模範的なもの,代表的なものを指す。したがって,典型という概念は,社会現象にも自然現象にも存在する。典型が特定の類型について模範的か代表的であるかどうかはその単位の類型としてもつべき特定の諸性質あるいは代表的に備えているかどうかにかかっている。統計生産において典型的な単位を抽出するのは抽出される単位が類型を代表する単位すなわち典型であるからであるが,この単位について観察・測定すべき具体的な対象は基本的にこの単位を典型的なものたらしめている諸属性ではなく,それ以外の特定の諸性質である。木村によれば,重要なのはこの点の了解である 。

(4)大屋統計論による調査論の発展的展開
 社会統計学の系譜で,調査論の新たな展開は大屋佑雪の反映=模写論によって示唆された。大屋理論の内容の紹介は別途行う予定であるが,調査論に限って一言述べると,この理論は統計の作成と利用のプロセスを客観的に遂行される対象とし,その視点から統計調査論の構築が試みられた。その要点は、大屋祐雪「統計調査論における蜷川虎三」(1967年) に示されている。大屋が提起した視点は,従来の蜷川理論の統計利用者の立場からの,あるいはその系譜上にあった社会科学方法論説に立脚した調査論の方法と異なる。

 大屋のこの議論は方法論の提示に留まらず,自身による戦後日本の統計制度の確立過程をあとづける実証研究と並行して行われたところに特徴がある。なお濱砂敬郎の一連の研究、すなわち調査員問題(濱砂敬郎「統計調査の現状」,1980年) ,統計環境の悪化に関する研究(濱砂敬郎「統計環境の地域分析」,1979,1981年) ,プライバシー問題(濱砂敬郎「統計調査におけるプライバシー問題の新局面」,1984年) は,大屋理論による方法論的な後押しがあって取り組まれ,有益な成果を生んだ。

 蜷川統計学に始まる「統計学=社会科学方法論説」に比較的早い時期から異を唱えたのは,大屋祐雪である 。大屋理論に関しては節を改めてとりあげるが,この理論は,要約すれば,統計実践(統計調査と統計利用)を社会現象ととらえ, これを「客観の視座」から研究対象とするのが社会科学としての統計学の使命とする見地である。社会現象としての統計調査, 統計利用は, 一般的には調査主体, 利用主体の主観のもとに統計方法を使って実践されるが, 社会科学としての統計学はこの調査, 利用のプロセスを客観的に遂行されるプロセスと捉え, 統計学の研究対象はここにもとめられる(反映=模写論),とする。大屋による蜷川統計学の評価は下記のようである 。

 蜷川は基本概念としての「大量」を統計調査論の基礎にすえ,その大量の観察に「理論的過程」と「技術的過程」とがあるとした。また,この大量観察が一定の社会関係(調査者と被調査者)のもとで成立することを強調すると同時に,大量観察の両過程が統計の「信頼性」と「正確性」に関わるものとされる。
大量観察の「理論的過程」は大量の4要素(時,場所,単位,標識)が大量観察の4要素として規定されるところまで,この過程で統計の信頼性の検討が行われる。大量観察の理論的過程に続く技術的過程の考察は,調査票自体の問題と調査票の運用の問題として取り上げられる。特徴的なのは,蜷川にあっては以上の問題意識から調査票の考察が実体論と形式論に分けて考察されていることである。実体論とは,調査票の構成に関わる問題であり,形式論は調査者関係事項と被調査者関係事項とを峻別した問題である。

 大屋の蜷川統計学の評価は、次のようである。蜷川統計調査論では、目標定立の過程が歴史的側面からのみ特徴づけられ,もう一つの側面,すなわち統計調査における抽象的一般的方法行程としての特徴づけがなされていない。すなわち,蜷川理論では統計が必然的におびる事物認識の経験批判論的性格が統計の一般的な論理として定式化されていない。また,蜷川理論では大量観察の理論的過程では,部分集団の構成に関係する「群」および「統計の表示形態」に関する「決定」がその過程の基本要素として論じられていない。実際の作業行程を考えれば明らかなように,「群の確定」は「分類」と「集計」のための論理的決定であり,その組織的・技術的決定とともに「整理計画」の骨子なので,統計調査論における「理論的過程」の問題として定式化されてしかるべき性質をもつ要素であるが,それがない。「統計の表示形態」にも同様のことが言える。そうなってしまったのは,蜷川理論が統計から大量を追及するという統計利用者の立場にたっているので,「群」は部分集団として,「統計の表示形態」は統計値として統計表そのもののなかに具現し,それらは吟味・批判の素材となっても,4要素に加えられる性質のものとならないからである。

 蜷川理論は調査手続きとしての反映=模写の過程が,反映=模写の世界観(認識論)にもとづいて理論構成されている。大屋は蜷川の大量観察法が統計的反映=模写論であると特徴づける(p.178)が,それは蜷川が世界観としての反映=模写論を統計方法そのもののなかにもちこんで統計調査法を構想したからである。大屋はこのような一面的な反映=模写論の統計学への適用に疑問を呈している。要するに蜷川にあっては,統計の吟味・批判の見地に対応する側面,すなわち統計調査の歴史的社会的側面の少なからぬ部分の考察が成功的に理論化されているが,一般的方法行程論の側面の考察は軽視されている。両者が統一され,相互に補完されてこそ,正しい統計調査論になる。

 先の論点である標本調査論の理解で,大屋は技術派の見解をとる(大屋祐雪「標本調査法の技術性について」1957年 ;同「大屋祐雪「標本調査の論理」1964年 ) 。大屋によれば,標本調査法は応用数学であり,その数理の組み立ては「出現の確からしさ」という確率の判断形式がそこに含まれていることを容認するならば,問題となる論点は全くない。問題は標本調査法の適用をめぐる理解の仕方である。この点での検討課題が3点示されている。第1は,標本調査法の論理は社会調査に適用できるかである。第2は,それが適用された場合,統計活動の過程でいかなる役割を果たすか,である。第3は,その役割が自然科学的に合理的なものか,それとも社会的適合性か,である。第1の設問に関する筆者の回答は,標本調査の論理は抽出集計の論理と原理的に同じだが,標本設計の実際には固有の制約があるということ。第2の設問に関しては,技術派は標本調査法をもって社会調査の技術と規定している。第3の設問に関しては2つの解釈があり,一つは標本調査法の役割を物質的生産における労働手段の役割に擬して理解する数理統計学者の間に一般的に見られる見解であり,他の一つは津村善郎に代表される指導的地位にある統計の専門家の考え方である。

(5)種々の社会調査と統計調査との関連
 社会経済現象の量的側面を計測する調査には,統計調査(全数調査),標本調査,事例調査,実態調査,などがある。これらの関係をどのように理解するかという問題を,直接に取り扱った論文に,吉田忠「統計調査論ノート」(1977年) ,木村太郎「社会調査と統計調査」(1992年) がある。

 吉田はこの論文の最後の節「事実資料の利用過程における統計資料と実態調査」で,非統計的資料としての実態調査(事例的ないし典型的実態調査)の問題を,統計資料を含む事実資料の社会的組織的な利用形態との関連で検討している。𠮷田の主張は,社会科学研究で統計資料が一定の意義をもつとはいえ,それだけでは十分でなく,この限界を克服するには種々の事実資料と結合させて統計資料を整理加工しなければならないこと,そのことによって統計の正確性,信頼性をたかめうること,ときには事例的典型調査の結果を尊重しなければならないことが必要である,と述べている。𠮷田には実際に農業分野でのこれらの諸資料の使い方を論じた「農業統計資料と農業・農村の実態調査」(1987年) があり,非常に参考になる。

 他方,木村(太)は上掲論文の末尾で,このテーマの結論を次のように要約し,社会科学的社会調査論体系のあるべき基本的方向を示唆している。すなわち,社会科学的社会調査は,社会全体の全数(悉皆)調査によって行われるべきである。社会のこの全体的調査は,数量的観察によって果たされる。ここから脱落する質的側面に関する観察は部分的な観察や調査(実態調査)によって補完されなければならない。この部分調査は一部調査(事例調査)と混同されてはならない。この種の調査は社会の構成要素の個別的な観察にすぎず,本来的意味における社会の部分的調査の代わりにはならない。統計に対する補完的認識資料として必要なのは,本来的部分調査=実態調査である。この部分的実態調査の多くは,個人的研究家や研究者集団の調査能力に依存せざるをえないが,政府行政諸機関が積極的に実施してもよい。戦前には現にこの種の部分的実態調査が,行政機関によってしばしば行われ,価値ある実績を残したが,戦後その関心は専ら標本調査だけに限られてしまった。アメリカ的社会調査論の悪影響のひとつである,と。

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