社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

石原健一「指数論」『統計学』第69・70合併号,1996年

2017-10-07 11:05:18 | 9.物価指数論
経済統計学会の指数論研究(1986-95年)をサーベイした論稿。筆者はこの間の指数論研究は,それ以前の10年間と比べて,研究者が少なく,総じて低調だったと総括している。それにもかかわらず個別的には重要な成果がみられたので,その紹介となる。全体は次の7節に区分されている。「1.指数の経済理論および対象反映性」「2.ディヴィジア指数」「3.地域差指数」「4.銘柄規定の変更。本質変化」「5.消費者物価と卸売物価の乖離」「6.国際比較」「7.寄与度・寄与率」。   

 「1.指数の経済理論および対象反映性」では,主として岡部純一「物価指数論から物価指標体系論へ」(1989年)が紹介され,筆者のコメントが付されている。岡部は物価指数の両義性(「物価指数としての役割」と「生活費変動の統計的測度の役割」)を指摘する。また,①いわゆる一般物価指数の測定から派生し,最終需要段階の測定へ特殊化されていく側面と,②家計調査等の生活費調査が生計費指数へと定型化されていく側面とが接近していく過程に着目する。さらに物価指数論における客観価値説と主観価値説という対立図式でみると,前者は不定標準指数であり,後者(消費者選択理論の指数論)は生計費指数に近いがゆえに,両者の議論はかみ合わず,それゆえ消費者選択理論の指数論はその主観性ではなく,客観性によって批判されるべきと言う。

消費者選択理論の指数論およびCPI論は,一方で消費主体から独立したマクロ的消費標準物価指数へ,他方で実質賃金算定指数に妥当な生計費指数の要求へと二方向の統計目的に分裂している。そして,CPIを実質賃金算定指数の指標として利用すれば,(1)その「対象と消費支出は賃金というで購入される生計支出とずれている」ために生計物価指数といえず,(2)「消費者疎外の動態を隠蔽している」ため,同一生活水準維持指数でもない,と結論付ける。

筆者は岡部が上記①と②のプロセスを並立に扱ってCPIの性格を論じることに,また岡部のいわゆる「生計費」の内容が明らかでないので,使用される「生計費指数」という用語の性格が不明確であることを指摘している。
 玉木義男は内閣統計局生計費指数と総務庁統計局消費者物価指数を比較検討し(「生計費指数について」[1987年]),前者はその誕生から物価指数そのものを測定するものであり,決して生計費そのものの変動を測定するものではなかった,と結論づけている。そして,生計費指数の諸類型が明示され,いずれの指数を選択するかは「生計費」の捉え方と指数の利用目的によって規定される,としている。この時期には他に永井博のカジネッツ指数論の検討,山田貢の「関数論的物価指数論の一解釈」(1985年)がある。    

 次に筆者は「2.ディヴィジア指数」でディヴィジア指数を紹介している。この指数はソローが技術進歩の測定に用いてから,消費理論,生産理論,および貨幣需要理論へと応用領域を広げた。しかし,この指数は経路依存性(価格が基準時点から比較時点までどのような経路をたどったかに依存するとする説),不変性(所得と効用が一定で個別価格だけが変化する場合,物価指数は変化しない,とする)など価格指数として不都合な性質をもつ。そのため,ディヴィジア指数は消費者物価指数に適用されない。
「地域差指数」では川副延生の業績をとりあげている。その内容は,中国統計資料から4都市の価格およびウェイトの資料を収集し,総務省統計局の地域差指数の算式にしたがって小売物価地域差指数を計算するというものである。筆者はこの種の消費者物価地域差指数を作成する場合,その作成目的が①各地域市場の物価水準差を表す指標,②各地域住民の消費支出を実質化するためのデフレータ,のいずれであるかが重要であると,コメントしている。また指数の精度を高めるには,大規模な価格調査が必要で,品目別価格として銘柄指定方式と実効単価方式のいずれを採用するかも重要な問題になると述べている。

物価指数の理論を検討するには,銘柄規定と品質変化の問題を避けて通れない。川副は上記の作業をとして,銘柄規定の問題およびその変更に関しての特徴を把握するには,小売物価指数の精度を評価する場合に役立つと指摘し,筆者も同意している。
また,調査品種が新しいもの変更される理由のひとつに「品質変化」があり,これを捕捉するための方法としてヘドニック・アプローチがある。筆者は「ヘドニック価格指数の基本問題」(1981年)でこの方法の検討を行い,その基礎にあるランカスターの「新しい消費者理論」がもつ問題点を浮き彫りにした。その結果,考慮しなければならない問題点として,「『新しい消費者理論』では,『特性』を明示的にとり入れることによって品質問題を分析するが,その新しい品種とは,旧来の財と比べて,含まれる特性の比率が変わる財のことである。既存の特性以外の新しい特性を含む財が出現した場合,それは全く別の商品とみなされ,以前とは異なる効用関数を想定しなければならず,異なる特性を含む新商品が消費者行動に及ぼす影響を分析することはできなくなる」ことを指摘している。

山田貢は同一品目内の銘柄変更より,品目改正の場合に,CPIはより根本的問題を内在させていると言う(「消費者物価指数における銘柄変更問題と指数の意味」[1988年])。その問題とは,CPIが生活構造を一定として生計費の変化をはかるとしているので,新商品の出現はすべて生計費の変化ととらえられ,指数に反映されないことである。また山田は商品の「本質的な」品質変化を取り除くことは重要であるが,効用理論からアプローチすると主観的要素が入りやすく,結果として実質的価格変化をも逃すとして,ヘドニック・アプローチを批判している。
その他,消費者物価と卸売物価の乖離の問題を長く分析しているのは,学会の会員ではないが水野裕正である。購買力平価(PPP)の領域の研究を行っているのは,宍戸邦彦である。寄与度・寄与率の研究では,関弥三郎の業績が顕著である。
筆者は最後に,西友物価指数,アメリカのR.E.ハル(R.E.Hall)による合理的期待仮説の消費者理論の成果に触れ,後者が消費者物価指数の経済理論(関数論的物価指数論)に何らかの影響を与えるのではないか,との予想を表明している。

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