社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

三潴信邦『物価と物価指数-CPIと生計費指数』教育社,1978年

2016-10-16 17:19:29 | 9.物価指数論
三潴信邦『物価と物価指数-CPIと生計費指数』教育社,1978年

 政府が公表する物価指数の成り立ち,問題点を指摘し,原点に立ち返って当時の東京都が行った(著者も関わった)独自の生計費指数の意義を示した入門書。入門書ではあるが単なる啓蒙書ではなく,問題提起の書である。構成は以下のとおり。「はじめに(統計と数字/「消費者物価指数」をめぐる論議/統計利用者の反応)」「第1章:価格と物価」「第2章:物価指数」「第3章:総理府統計局のCPI」「第4章:CPI批判と生計費指数」「第5章:生計費指数の具体例」「あとがき」。

 最初に「価格(p)」と「価額(p×q)」の意味の相違,貨幣の購買力(物価指数の逆数)=「お金の値打ち」,貨幣の値打ちが商品の一定量で表される意味,価格変動の要因,価格変化を指数で表す意味,物価指数の計算方法(総和法,平均法),ウェイトの加味(ラスパイレス式,パーシェ式)が解説されている。

 物価指数の歴史の歴史では,17世紀のイギリス人ヴォーアン(1638­72),シュックバーグ・イーブリン(1755­1804)の物価研究,アーサー・ヤング(1741­1820)の加重平均法の紹介があり,次いで日本の物価指数の歴史の紹介がある。ここでは,貨幣制度調査会の1873­94年(明治6­7年)の卸売物価指数(公表1895年[明治28年])物価指数,日本銀行の明治20年卸売物価指数(公表1897年[明治30年]),日銀小売物価数(明治37年以降)に始まって,「朝日新聞社全国生計費指数」(大正3年7月基準),「大阪市労働者生計費指数」(昭和5年基準)という生計費指数が紹介されている。

 以上は民間の調査であるが,内閣府統計局は1937年(昭和12年),「生計費指数資料実地調査令」を公布し,それにもとづいて生計費指数を算出した(1945年[昭和20年]以降算出中止)。また家計調査については,高野岩三郎「東京月島における20職工家計調査」(1919年[大正8年]),内閣統計局の1926年(大正15年)調査などが生計費指数を計算するために不可欠な統計として実施された。この頃の家計調査は常に特定の低所得者層に対する調査として行われた。

 戦後になると内閣府の生計費指数は,消費者物価指数にとってかわられた。この名称と内容の変更は,戦後の連合軍占領下の日本で「消費者価格調査(CPS)」が実施され,労働者階級だけでなく全消費者を対象とした生計費指数がもとめられ,国際的にもILOの同様の動きが背景にあった。このCPSの購入数量をウェイトとして消費者物価指数(CPI)がフィッシャー式で計算された。現行CPIは1949年(昭和24年)に,1948年(昭和23年)基準,採用品目195,価格データとウェイトはCPS,指数算式はラスパイレス式でスタートした。その後CPSは,「小売物価統計調査」と「家計調査」に独立分離した。

 筆者はこの現行CPIが生計費指数としての性格を失ったが,「なんとなく生計費指数の仮面」をもっていると述べている(特殊指数も作成されている)。生計費指数とみなすと(現に賃金スライド,年金給付金改訂の目安に使っている),そこには消費支出以外の支出が含まれないので問題がある。多くの批判があるが,それらは物価上昇が生計費に圧迫を強く受ける特定階層の指数を作成すべき,指定品目が生計費全体をカバーすべき,費用分類を用途分類に徹底すべき,品目,銘柄,価格の代表性を再検討すべき,実際の購入価格にすべき,価格調査の見直しをすべき,家計調査の対象,家計簿式を再検討すべき,などである。これらの現行CPI批判の追い風を受け1974年(昭和49年),国民春闘共闘会議は独自の家計調査を実施した。また東京都は1972年7月からそれまでの「東京都生計調査(典型調査)」を「東京都生計分析調査(標本世帯を無作為抽出)」にあらため,さらに1978年から本格的な新家計調査「東京都勤労者生計指標」の作成を始めた。後者は社会階層別に特定のグル―プについて一定の要件を満たす典型的な世帯のみを対象とした。典型調査方式をとったのは,家計調査の実施とともに生計費指数の作成を意図していたからである。この調査の内容をみると,まず「生計費指数の対象範囲」は,「消費支出」+(直接税・社会保険料・生命保険料)+(土地・家屋購入関係費)となっている。「生計費指数の種類」は,「小企業・生産労働者世帯グループ指数」「中企業・生産労働者世帯グループ指数」「中企業・販売サービス労働者世帯グループ指数」「大企業・事務労働者世帯グループ指数(比較対照用)」である。対象世帯は,世帯主年齢30­49歳,有業人員1名(常雇),夫婦と子供2人,子供は幼稚園・保育園児から高校生までに限定されていた。(巻末に試算結果,現行CPIと東京都の企画した生計費指数の相違を対比した資料が掲載されている。)

 現行物価指数を批判するだけでなく,実際にそれに代わる指数作成を行った筆者ならではの,説得力のある本である。

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