社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

長澤克重「産業・職業分類の変容」『統計学』第90号,2006年

2017-10-18 21:59:09 | 6.社会経済統計の対象・方法・課題
現在の国際標準産業分類(ISIC)は第4回改訂(2009年)にもとづいて,日本標準産業分類(JSIC)は第13回改訂(2013年)にもとづいて施行されている。国際標準職業分類(ISCO)は第4回改訂(2008年)に,日本標準職業分類(JSCO)は第5回改訂(2009年)によっている。本論稿は2006年に公にされているので,ISICについては第3回改訂(1990年),JSICは第11回改訂(2002年),ISCOは第3回改訂(1988年),JSCOは第4回改訂(1997年)を前提に書かれている。  
産業分類と職業分類に関するアカデミックな立場からの研究は,近年,減少している。理論的・歴史的なアプローチによる研究はもとより,分類の改訂内容・改訂動向についてもフォローされていない。その理由として,筆者はマルクス経済学の退潮をあげている。なぜなら,産業分類・職業分類についての研究はかつて,サービス労働論,生産的労働論争などマルクス経済学の中で論じられてきた経緯があるが,マルクス経済学への関心の低下は即この分野の研究への関心の低下と結びついているからである(「おわりに」での指摘)。

筆者は本稿で,このフォローを行い,改訂をめぐる論点をまとめている。主な対象は,国内的および国際的標準産業分類,標準職業分類である。またこの間に社会経済構造の変化を分析するために作られた産業分類・職業分類を,社会経済のICT化の実態分析にかかわるものに限定して取り上げている。

<産業分類について>
ISIC(国際標準産業分類)は,1990年に第3回改訂が行われた。サービス業を中心に大分類が増加する大幅な改訂であった(11から17)。この論稿が執筆された時点では,第4次改訂の作業が国連統計委員会によって設置された国際経済社会分類専門グループによって進められていた。第3次改訂以後15年を経過し,この間に情報通信産業の興隆を始めとして各種サービス業,バイオテクノロジーなど新産業が拡大・勃興し,新たな社会的・経済的変化を反映する分類が必要とされている。また,この間,世界各国・地域で利用されている産業分類の改訂が進んだので,それらとの間で,比較可能な調整がもとめられていた(特に北米産業分類[NAICS]との調整)。筆者は基本構造の改訂内容と方法論に関わる問題のポイントを要約して掲げている。

筆者は関連して上記の北米産業分類[NAICS]について紹介している。NAICSは1997年にアメリカ,カナダ,メキシコ3カ国の共通分類として創設された。NAICSの創設は,従来,使用されていたSIC(1987年改訂版)が製造業中心の分類であったため,サービス経済化の実態を反映しきれていなかったこと,1993年の北米自由貿易協定(NAFTA)の成立によって域内の共通分類が必要になったことが要因としてある。20ある大分類のうちサービス業関連が16を占めている。NAICSは2002年の改訂で,建設業と卸売業で大きな分類変更があり,小売業および情報産業でも変更が加えられた。ISICとの比較可能性については,2桁レベル(中分類)でそれが考慮されている。

 日本の産業分類は,2002年の第11回改訂で大幅改訂があった。背景には情報通信の高度化,経済活動のソフト化,サービス化,少子高齢化社会への移行にともなう産業構造の変化がある。また,国際的分類との比較可能性の向上が視野に入っている。改訂内容は,5つの大分類項目の新設(「情報通信産業」「飲食店,宿泊業」「医療・福祉」「教育,学習支援業」「複合サービス業」)が最大の特徴である。この改訂で見送られた検討課題もいくつかあり,筆者は舟岡史雄,坂巻敏夫,片岡寛,清水雅彦の指摘を紹介している。舟岡は,(1)主として管理業務を行う本社と持株会社の位置付け,(2)大分類「製造業」の見直し,(3)大分類「林業」「鉱業」の在り方,(4)Q-サービス業の再編成,(5)国際基準との整合性確保,を挙げている(「日本標準産業分類の改訂について」[2003])。坂巻は,製造業の分類体系の問題と分類における「旧密新粗」(かつての基幹産業の分類が密であるのに対し,高度成長期以降の基幹産業の分類が粗いこと)の問題を指摘している(「日本標準産業分類第11回改訂後の製造業分類に残された課題」[2002])。片岡は今後解決すべき課題として,産業区分の曖昧さの拡大,情報産業の範囲の確定,事業所における経済活動の多面性,イノベーションの成果と既存産業区分との不整合性,販売業分野の革新と分類の在り方,物財にサービス・システム・情報を加味した「融合型」商品ブランドの分類,NPO型経済活動の評価,企業分類の設定を挙げている(「産業分類の意義と分類基準をめぐって」[2002])。清水は製造業の分類基準(品目の同質性の基準)の明確化を提言している(「製造業における産業分類について」[2003])。

<職業分類について>
次に職業分類について。国際標準職業分類(ISCO)は,ILOによって作成,改訂が行われている。本稿執筆時点のISCOは1988年にILOで採択されたものが使われ,2007年改訂に向けた作業の最中にあった。職業分類は職業を仕事の類似性にしたがって分類したものであるが,ISCO-88では仕事の類似性を技能のそれで見ている。さらに技能の類似性を「技能のレベル」と「技能の専門性」の2つの次元でとらえ,技能のレベルの判断基準にユネスコの国際標準教育分類(ISCED)を利用して,4レベルに分けている。

日本標準職業分類(JSCO)は,1997年に第4回改訂が行われた。改訂の主な内容は,前回改定(1986年)以後の職業別就業者数の増加と減少,職業の専門分化の進展,国際比較性を考慮した分類項目の新設・統合・廃止である。男女共同参画社会実現の観点から,職業の名称変更が行われた。JSCOの国際比較上の問題点に関しては,西澤などの指摘がある。
本稿執筆に先だつ10年の産業構造の変化は,世界的にICT化が基軸であった。産業・職業改訂においてNAICS,JSIC,ISIC Rev.4 draftのいずれにおいても情報通信業,情報産業が大分類として設定されたことは,この反映である。筆者はこの動向を受けて,OECDによるICT部門の定義,米国商務省によるIT産業,IT職業の定義を紹介している。前者の定義の内容は,「データと情報を電子的に捕捉,伝達あるいは表示するような生産物を生産する製造業とサービスの組み合わせ」として示されている。後者で定義されるIT産業はハードウェア(コンピュータ関係,半導体,計測器など),通信機器,ソフトウェアとサービス,通信サービス(通信と放送)から構成されている。  
 筆者は最後に,21世紀が知識・情報・技術が社会のあらゆる領域の基盤として重要性をますので,知識生産や情報処理,技術開発などと関わる産業・職業が重要になってくること,このことから産業分類・職業分類の再編,見直しが必要にならざるをえないことを述べて,論稿を結んでいる。

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