こんにちは。
安 乗 神 社 で す
本日は月次祭が執り行われました
7月です。もう、既にかなり暑いです・・・
皆様、体調を崩されたりしていませんでしょうか?
熱中症などにはご注意くださいね


前回の旧八幡宮の記事で書きました
九鬼嘉隆の朝鮮征伐に際して
安乗神社にて戦勝祈願をし武功をたてたという話が広まり
安乗には神威高き武勇の神が座されていると崇拝され
日清、日露の両役に際して、当時出征勇士はは当社に武運長久を祈願して出立しました
(日清戦争1894~1895)
(日露戦争1904~1905)
日清戦役に際しては出征軍人多数あり、出立に際して当社に武運長久を祈り
神主、家族も一心に祈願したる為、全部めでたく凱旋した
日露戦役にも多数の出征軍人ありたるも、
日清戦役同様、武運長久を祈願して
家族は 朝夕参拝した
神のご加護によって 尽忠奉公の誠を致して全員無事凱旋し
中には金鵄勲章を下賜(天皇など身分の高い人が身分の低い人に物を与えること)された勇士も居る
八幡大神の徳澤が十分行き渡っていたのである
支那事変に際しても
出征勇士は、武勇長久を祈願し 御神符、御守及び神社写真を身に帯し、
武運長久になることを信念に持ち勇躍征途に上った
出征軍人は120余名の多数に上るも事変1周年を経る時点では全員盾となり城となって国を守っていた
(安乗神社誌の発行は昭和13年。戦争中。終戦の昭和20年、西暦1945年の7年前である)
当時、当村に1名も戦死者が無いという事実の噂がひろがると
三重県外からの遠方より戦勝祈願に参拝者多数来たりという記録があります
」