日々、あんのん。

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『断薬の決意』

2019-07-06 23:02:00 | 本の紹介
晴天の一日。こういう天気予報のはずれ方は大歓迎ですね。
 
藤家さんの新刊『断薬の決意』。
 
この本は、誰にでもあるかもしれない、日々の暮らしでの体調の不具合を解消するために薬で支えてもらいはじめた藤家さんの服用から断薬までの歴史です。
 
 私は割と丈夫なので薬のお世話になることがありません。
 
でも、亡くなった父は、最初の大腸がん後の抗がん剤の薬で、痒みや内臓の不具合など副作用に苛立つ日々を送っていた時期がありました。
 
また、義母は骨折で入院後、しばらくして意識が朦朧とした感じになり、口から出る言葉がネガティブな愚痴のようなことばかりになりました。お見舞いに行った夫は薬の可能性を懸念していました。
 
また義父と義母は「弱いやつ」と言いながら睡眠薬も服用しています。これも服用歴を考えると長期にわたっているように感じます。そして、睡眠薬を飲んでいるけれど、睡眠が足りないのか、会ったときの義父は昼間も寝ていることが多い気がします。
 
薬のせい、とは言い切れないかもしれません。でも、病院で「治療の一環」として出された薬を服用していたことは確かなことで、普段の様子が副作用なのか、本人の性質由来のただの習慣なのかはわかりません。
 
私の父に関しては、抗がん剤だったので、「飲まねばならないもの」という意識が強く、生き死にに比べれば、痒みくらいは我慢しなさい、くらいの対応をされていたように思います。
仕方がないので痒くなると保冷剤で痒いところを冷やす日々を送っていました。薬に暮らしを支配されていた父は、苛立ちや諦観するように日々を過ごすようにも見えました。
 
終わりの見えない薬の服用に、家族としては「いつまで飲み続けるのか」「症状は快方に向かうのか」ということが脳裏に浮かぶのは自然なことです。そのことに誠実に対応してくださるお医者さんにも薬剤師さんにも巡り会うことは、残念ですがありませんでした。
 
さて、藤家さんは、仕事、執筆、講演会と日々忙しく過ごされています。その傍らに薬の服用があり、その日々を支える薬による症状と戦いは断薬での症状とはまた違った大変さだったことをこの本は教えてくれました。
 
でも、その大変な中に藤家さんの暮らしはあり、リハビリがてら外出したり、自立への努力や就職に向け行動を起こしと、そのときにできることを見つけて最大限に努力しようとする姿に、心を動かされました。
 
それにしても、薬の恐ろしさは、自分の良い状態が薬の上に成り立っているのか、そうではないのかが、長い服用期間を経てわからなくなること。
 
そして、自分で自分に疑心暗鬼になり、薬のやめ時について、思考停止状態になることではないでしょうか。
 
自分や周りが不具合と思う症状を押さえても、ただ、単に、薬の作用で症状を隠すだけで、根本的な治療に向かわない薬。
 
薬との主体的な関わり方の大切さをこの本は教えてくれます。
 
薬を勧める立場の方、勧められた薬を飲ませる立場の方、生活の中で薬が必要な方など、
どうぞこの本を読まれてください。
 
薬に頼ろうとする前に、その症状の原因を取り除く方法はある時代です。
 
藤家さんは、自分で「断薬する」と決めることができ、言葉でそれを伝えることもできました。でも、言葉で自分の思いを伝えられない人、子はどうしたらいいのでしょうか。
 
思いを表現できない、伝わらない人の中にも思いはあります。もし、薬の副作用で苦しんでいたら?苦しいという表現でなく、暴れることでそれを表現したら?正しく薬の副作用と判断できるでしょうか。暴れなくする薬が追加される可能性があることを知っておかなくてはいけないですね。
 
飲む本人が苦労する現実をしっかり見つめて、
薬について考える大切な一冊です。
 
ぜひ、読まれてください。
 
 
 
 
 
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