安呑演る落語

音源などを元に、起こした台本を中心に、覚え書きとして、徒然書きます。

近日息子

2013年07月19日 | 落語
近日息子

父: 与太郎、与太郎!
与太: なんだい、おとっつぁん
父: なんだい、おとっつぁんじゃねぇ、ん? 硯どうした
与太: 硯ァ言われたから持ってきた
父: 持て来たってぇ、ただ置いてある。水ゥどうした
与太: ぃや、水持って来いって、言われねぇもん。ただ、硯持って来いって言われたン
父: だから、お前ぇは馬鹿だの何だの言われるん。なぁ、いいか、硯を持って来いと言われたら、
水ゥ張んのはあたりめぇだろ。これからの世の中は、そればかりじゃダメだ。
墨ィ磨って、筆ェ揃えて、『はい、お持ちいたしました、支度が整いました』
それくれェのことを言わなくちゃァダメだ。なぁ、これからの世の中てェものは、
先へ先へ考えなくちゃいけねぇ。『先繰り機転』てんだ。よく覚えてけ。
なんでも、物事は先へ先へ回って考えるン、いいな
与太: 先へ先へ回るの?おー、もう覚えた、もう忘れない
父: どうもあやしいな、おまえはな。まぁまぁいい、それで、あれはどうした?
与太: ンー、何?
父: 何じゃねぇや、芝居は、あれ、いつ始まるか見て来いって、そう言った。あれ、どうなった
与太: あ、あれは、あれだ、あのォー、明日だ
父: ・・・明日?そらおかしいだろぉ。こないだ終わったばかりだ。明日開演てこたぁねぇだろ
与太: いいや、ちゃんと見て来たン。そしたら、入り口ンとこに、こぅビラ貼ってあったン。
ん、で、『近日開演』て、書いてあったン。あれ、近日っての俺知ってるよ。あれァ近い日って書くン
だッ。今日から近い日は・・明日か昨日だ。昨日に戻るわけにいかねぇから・・・
父: しょうがねぇ野郎だな、本当に。いいか、『近日開演』と書いてあったら、明日でござい、そんなこと
言ったらほんとに馬鹿にされる、なァ。あのな、近日なんてェのは、まぁ、『これと決まった日は
ございませんが、近いうちに必ず、こうなります』・・そういう時に、近日と付けるン、なァ。
近日がついてました・・明日でござい・・・そういう事を覚えておけ、わかったな。
近日と付いたら、『近いうち』てェことだ、なァ。本当に、いちいちお前ェに、こういう事を言わなくちゃ
いけねェとなると、おめ、お前ェと話をしていると、頭痛くなった・・・
与太: ・・・なに?
父: ィや、お前ェと話をしていると頭ァ痛ぇってんだよ
与太: 頭が? 痛いの? おとっつぁんの? 頭が? 今? 近日?
父: うるさいよ
与太: あそ、そらぁ大変だ、ちょっと行ってくらァ
父: お、おい、おい、与太郎、おい。 まったくもう、わーっと出て行っちまう。あれで、鉄砲玉で
帰ってこないン。・・しょうがねぇ・・・ 
・・・はい、はい、どなた? 
医者: おー、居るな
父: なんだ、先生じゃありませんか。どうしました
医者: ぃや、どうしましたって、・・・ぃいぃや、お前の倅が来て、なに、お前の具合が悪いから、是非、
診てやってくれって、こう言われてやって来た
父: ぃぃえ、あたくしは何ともございません
医者: あーあそうか? いあ、おかしいなぁ・・・大分重いようなことを言っていたぞ、あぁそうか。
ぃやぃやぃや、それならいいが・・・しかしなんだな、折角来たんだ、薬でも置いて行こうか?
父: ぃえぃえ、結構で、本当にピンピンしていますので。
はいはい、お忙しいところ申し訳ございません・・はい。
何を考えてんだ、あのバカ・・・・
はい、はい、どなた?
和尚: ナムアミダブ南無阿弥陀ぶ
父: あ、和尚じゃありませんか、どうしました
和尚: おぉー! お前、生きとるな・・・・・あらぁー、あらら。いや、お前の倅が、今、お前が亡くなったと・・
父: いえいえ、あたしは、この通りピンピンして・・
和尚: あぁ、そうか、あぁあぁあぁ、いやいやいや、そういう間違いならナ、あべこべじゃ困るが、そういう
間違えなら、結構結構、ん~・・・ただ、わしも折角来たから・・そこへ寝な。一つ二つお経を・・・
父: いらない、いらない・・・・まぁまぁまぁ、今、お茶を入れますから、こちらへ
何を考えておりますかね、あのバカは、本当に・・・
・・・ハイ、どちらさまで
葬儀: え、葬儀屋でございます
父: あのぉ、縁起でもないから帰っとくれ・・・・・しょうがねぇな、あの野郎。あ、ぃや、うちの倅、
どうしようもねぇんだ。先繰り機転てぇのを教えたらこれなん、ま、ほどてぇことを知りませんで、
困りましたなぁ
A: 聞いた? 
B: 何が、どうしたぃ
A: どうしたじゃねえやな。あ、あの、大家さ、死んじゃったぞ
B: それだよ、当たりめぇだよ、それでみんな集まってんだ、お前ぇ一番あとに来たンだよ
A: そう・・やっぱりそう・・あぁ、驚い、えぇ?本当に?それで皆集まってんのか、そう・・・
いや、びっくりしちゃったぁ、ぃや驚、ぃや、だってさぁ、ぃや、信じらんない、だって、ゆんべだよ、
ゆんべ、一緒に蕎麦食ったの、それでねぇ・・・
B: また始まりやがった。え?ぃやぁあ、そうじゃねんだ。この野郎は目立ちたがり屋でさ、こうやって
みんなで集まろうったら遅れてくるン。で、『は、俺が俺が』 って、嫌な野郎だな、おめぇは
A: そうじゃねぇやな、いや、本当だって、ゆんべ蕎麦食ったんだ
B: いいじゃねぇか・・・蕎麦ぁ食ったっていいじゃねえか・・それとも、なにか?
おめぇと前の晩に蕎麦ぁ食ったら翌日死んじゃだめだってのか
A: そうじゃねぇけどさ・・ねぇ、ねぇ、みんな、そう思うよね、そ、そ、そうじゃねぇけど、だって、
ゆんべの蕎麦はいいけど、今朝、お湯ぅ一緒だもの・・それがポックリって、おかしいだろよ
B: いいじゃねぇか・・・なにが嫌なの? じゃなにか、お前とその日にお湯ぅ入ったらその日死んじゃ
だめだっての?
A: この野郎、おめぇは
C: 待て、待て、待て。どうも、この二人は、犬猿の仲ってんで・・やめろって、顔ぉ合せりゃそうやって
喧嘩ンなる、よせ!こんちくしょう、あ~?ぃや、確かにそうだ、おかしいやな、俺だって、おめぇ、
ついさっきだよ、ピンピンしてるとこ見たんだもの。それが、おめぇ、今、あれだろぉ?
わからねぇ・・なんだろうなぁ・・病かなんかだろうなぁ、あれなぁ・・・
B: 俺が思うに・・テング熱だと思うね・・・
A: 聞いた? な? この野郎はね、俺のこと、目立ちがり屋だの、なんだのかんだの、そうやって
いちゃもん付ける、この野郎こそ、そうなんだ。何だって、間違える、言い間違いが多いの。
この野郎、おめぇは馬~鹿。なんだその、テング熱って、なんだそのテング熱って、
天狗ンなっちゃうの? 顔が真っ赤ンなんの?鼻が伸びるの?バ~カ。そうじゃねぇやな、な、
それを言うなら、デング熱って、よく覚えときな。デング熱、わかったかぃ?
B: その熱でさ・・・
A: な、な、な、な、何なのその言いぐさは、なぁ。今、間違ゲぇたんだよ、お前。ン?
間違えたの、お前は。デング熱とテング熱を間違えたの。そして、俺が教えてあげたの。
そしたらお前、『あ、そうかそうか、悪いね、テング熱じゃねぇデング熱だったね、御免なさいね、
それでさ』って言えねぇんだ。何で、無かったことにして『その熱でさ』って、そりゃおかしいだろよ、
それが俺わからねぇ
B: はっ、そんなことでいちいち人の首取ったような・・
A: 鬼の首!・・・・それを言うなら鬼の首です。なんだその人の首って・・人殺しでしょ、それじゃ。
鬼の首。
B: だから、その首がサ
A: 何で、なんで、そぅスッと行っちゃうんだよ。そこをちゃんとしめろよ、ばかやろう
B: だから、いちいちそうちっちゃいことで、頭からヒゲ出すな
A: 湯気ぇ!!頭からヒゲ出ない、アゴから・・湯気
C: うるせぇな、お前ぇたちは、や、や、やめろって
A: いや、でも、この野郎、この野郎勘弁ならねぇ。何がって、そうだ、この野郎、いつだって
そうなんだよ。この野郎の言い間違いでね、随分と俺たちゃ嫌な思いしてんだよ、そうだよ。
糊屋の婆さんが死んだ時だってそうだ、な。 この野郎、婆さんが死にましたって、さぁ、
どうしようってみんなで集まって、これからこんな風にしよう、とか、じゃぁ、まぁ、こういう風に
しよう、色々話してる時にこの野郎が後から来て、『何、糊屋のばぁさん死んだんだって?』
『そうだよ、ポックリ亡くなっちゃったんだ』って言ったら、枕元へ来て『あぁあ、あの嫌味な
婆さんも死ぬときゃ死ぬんだね』 なんて言いながら、布ぇめくって、『かぁぁ、こんな顔して、
生きてる時も嫌な顔だったけど、死に顔も嫌な顔だな・・』 その後に言った台詞が、この野郎、
『あー、でも、なんだなぁ、今頃この婆さんもサンドの川を渡ってんだろうな』・・・
で、何べんも三途の川ぁ渡んなくっちゃなんねぇ・・そうじゃねえ、そりゃ、三途の川だって
俺は教えてやったん。そしたら 『ん、その川な』 って、言いやがった。
『なんで、この野郎、いい加減にしろ、今、間違えたろぉ』ったら、
『俺ァ間違えちゃいねぇ』 『間違えたろ』 『間違えてねぇ』
もう、俺ぁ、腹ぁ立ったから、そこにあった薪ざっぽを持って『こんちきしょうー』って、殴りに
かかった。そしたら、この野郎は、あろうことか、なかろうことか、そこに寝ていた糊屋の婆さん、
うぉー、って持ち上げて、盾にしやがんの。なー。で、俺も、もう止まらねぇもの、糊屋の婆さんの
頭コツーン・・・したら、
死んだはずの糊屋の婆さん生き返ってきた・・・その所為で生き返っちゃったんだよ、お前ェ。
この野郎、放っとくってとな、折角死んだ大家さん生き返っちゃう
C: よせ!この野郎・・聞こえるから、よしなよ、お前ェ・・・どうして、そう・・・やめろっての、
喧嘩ンなるから、な。兎に角、今、みんなでワッと、アレに行かなくちゃなんねぇ・・・え~っと、
あれ・・・えーっと、なんつたっけ・・・
B: 『イヤミ』
A: 悔やみ!!こういうこと言う。おまえ、しゃべんな、な。お前がしゃべると間違えるから、
しゃべるな
B: お、お前、そう細かいことにナメクジたてるな
A: 目くじら!!
C: もういいよ・・あのぉ、お前うまそうだからいってこいよ
D: あそ。・・・・・・はー、どうもこのたびは・・・・・
父: いらっしゃい
D: ・・・・・・へっ
C: どうしたぃ。行ってきた? 早かったな、おぃ。え?悔やみ言ってきたンだろ?
D: (首を横に振る)
C: どうして
D: いゃ、どうしてって・・・・・ちょっと、言いにくくって
C: 何が言いにくいだ・・・まったく。いいいい、じゃ、お前が行け、お前が
F: ・・・・・え、ごめん下さいませ。ま、本当にこのたびは、あんなに元気な・・・・・
父: あぁあ、お上がり
F: ・・・・・失礼いたします
C: 言ってきた?お前ぇも随分早かったな。えぇ、言ってきたの?
F: ・・・んンん。あーぁ、悔やみをな、・・ぃや、言おうと思ったんだよ、俺も・・(Dに)だけどなー、
D: な
F: な、言いにくいよな
D: な、言いにくいよな
F: 言いにくいんだよ
C: 何が、言いにくいン
F: だって、本人だもの・・・ダバコふかしてた・・・
C: 馬鹿野郎ぉ、当人がタバコふかしてる家がどこいあるんだよ、お前ぇ。
そんなことが、ある訳ぁないんだ。この野郎は、あわててんだ。ったく、どけ、ちきしょう、
俺が言ってくらぁ。
・・・どうも、ごめんください。・・・ぃやー・・・こんちは
父: あぁ、お上がり
C: っへっへ・・・だけど、なんでござんすねぇ、その~・・まさかねぇ、・・ゆんべ蕎麦食ったり、
今朝、湯ぅ入ったりねぇ、・・あっしも見てたんすよ、ちょろちょろちょろちょろ目の前通った、
あの元気なあなたがねぇ・・・・・でたぁ~!
父: おぃおぃおい、何をあわててるン、戻って来い、あぁ? どうしたン、何ださっきから、
長屋の連中が、え、何、あたしに、悔やみでも言ってンの? まさかあたしが死んだと思ってン
C: いぃえ、いぇ、だって、生きてンですか
父: 生きてる、この通りピンピンしてるよ。あー、この通りですよ。あー、また、うちの倅がなんだ
かんだ言ったんだろ、なー。ぃや、他の人達だったらわかるけれどもさ、長屋の連中だったら
わかりそうなもんじゃないか、うちの倅のことなんだから
C: ぃや、そう言われても、だって・・みんな死んだと思いますよ、そりゃぁ、なぁ。
だって、見てたら、与太郎がパーって血相変えて出かけてって、で、入れ違いに先生が
入ってきて、で、今度は首かしげながら出てったら・・今度は入れ違いに和尚がこうやって
入ってって、出てこなくなって、で、しばらくしたら葬儀屋が入ってって、出てって、そうでしょ?
いや、あのね、そうじゃないン、大家さん、そこに座ってるからわからねぇン。
表ぇ出てごらんなさい、みんな、そう思いますって。 うちの周りは白と黒の幕でワーっと
囲ってね、花輪がこう三っつ四っつ出てね、そぃで、ワーって客がいてね、で、目の前に早桶が
あって、で、玄関にゃ、すだれがひっくり返ェしてあって、『忌中』って書いてあるン・・ね?
ひっくり返して、忌中って、これが書いてありゃぁ、だれだってそりゃぁ、大家さん死んだと
思いますよ
父: ・・・・・ここまで手が回ったか・・・あのバカ、ちきしょう・・和尚、どうします
和尚: あとは出棺を待つばかり
父: しょうがないな・・・・・あのー、与太郎はどうした
C: 与太郎どうしたって、あれ、香典もらってますよ
父: 何をやってン。 与太郎、与太郎!
与太: あー、はは、何だ、おとっつぁん
父: 何だ、おとっつぁんて、何だこの騒ぎは
与太: 何だこの騒ぎわって、『先繰り機転』だから、ん。おとっつぁん頭痛ぇってから、先へ先へ回ったら
ここまで来ちゃった
父: この、馬鹿野郎、あー?皆さん忙しい中こうして、大変な思いをしてンだろ。聞いてみりゃ、何、
すだれひっくり返して『忌中』としたてぇ。そんなもの『忌中』と書いてありゃ、誰だって、
そりゃお前、あたしが死んだと思うだろ
与太: え!何、あれ、みんな、あれ読んで来たの?・・あー、だったら、みんなの方が悪りいよ
父: どうして
与太: どうしてって、よーく見ねぇんだもの。ちゃんと『忌中』の脇に『近日』としてある・・・
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