安呑演る落語

音源などを元に、起こした台本を中心に、覚え書きとして、徒然書きます。

刻蕎麦

2010年02月15日 | 落語
*只今は一日が24時間、昔は12刻(トキ)、つまり、2時間が一刻とされておりまして、おかあさんが子供さんに 『おやつですよ』 あれは八つ刻にあげたんで “おやつ”という、今だに残っているようでございますけれども、
 その頃の江戸っ子の食べ物といたしまして、“二八蕎麦” つまり、蕎麦粉が八分でもってまざりけが二分。
いや、そうじゃない、お宝が十六文のところから 2×8の16。いろんなふうにいわれていたようで。
そしてまた、一名“夜鷹蕎麦”とも呼ばれていたそうでございますが・・・・・

蕎麦: そば~う~~ぁう~
A: おーう、蕎麦屋さん
蕎麦: へい、ありがとうございます
A: 何ができる
蕎麦: へ、花巻にしっぽくで
A: そうかい、じゃ、そのしっぽく熱くしてくんねィ
蕎麦: ありがとうございます
A: 蕎麦屋さん、寒いねェ
蕎麦: へェ、お寒ぅございますなー
A: 景気はどうだい?
蕎麦: へ、世間さま同様と申しますか、悪うございますねェ
A: そうかい、そいつァいいなァ
蕎麦: いえ、わるいんでございますよ
A: だから、そいつはいいってンだよ。いいことばかりあったって、おもしろくねェや。
いい後には悪くなる、悪い後には良くなるって、世の中回り持ちンなってんだ。がっかりしちゃァいけねえ。
飽きずにやんなきゃだめだよ
蕎麦: さいでやんすか?
A: ん、商ねえというくらいだ
蕎麦: 恐れ入りますな
A: おめんとこの行灯何だい? 的に矢が当たってんな
蕎麦: へェへェ、手前どもの看板で、「当たり屋」と申します
A: 「当たり屋」? 縁起がいいねェ。これから脇でガラポンなんてやろうってんだ。向こう行ってスポーンと当たろうて寸法だ、縁起がいいや。この行灯見たらちょいちょい贔屓にするからね
蕎麦: ありがとうございます。 へ、お待ちどうさまで
A: 早えな、おい。誂れェた途端に出てくるなんざ嬉しいじゃねえか。こちとら、江戸っ子だ、気が短えんだ。
ありがてえなァ、おい・・・おい、蕎麦屋さん、割り箸使ってんのかい? えェ? この界隈随分夜鷹蕎麦あるけれども、みんな割った箸だ。割った箸はいけねェやな、どこのどいつが食ったんだかわかりゃしねえや。そこいくてぇと、おめえんとこはな(箸を割る)、きれい事だァ、ありがてェな、おい・・・
きれいな丼使ってるね、おい。ものは器で食わせるってんだ、少々不味くったって・・いやいや、おめんとこが不味いってンじゃねえんだ。中身が自慢だって器が汚くっちゃァな。
おれァな、蕎麦っ食いだ。ずいーぶん遠くの方まで食いに行くんだ。だからね、蕎麦なんぞ匂嗅いだだけで出汁何使ったかわかるんだ(臭いを嗅ぐ)んーんいい匂いだ、おい、鰹節だよ鰹節だろ、わかってるんだよ。
ごちンなるからよ。(汁をすする)旨い!旨いね。鰹節どっさりおごったね。
蕎麦ってやつはね、細くなくちゃいけねえ。中にはうどんだか蕎麦だかわからねェのがある、そこへいくとお前ェんとこのは(蕎麦を箸で持ち上げ) 細いね~、おい、こういうのが腰がしっかりしてるんだ。
ごちンなるからよ。フー、フー(2たぐり食べる) んーん、旨い、シコシコのポキポキ。
(竹輪を摘み上げ) おい、蕎麦屋さん、随分竹輪厚く切ったな、おい。こんなに厚く切って損しねェかい?
この界隈の夜鷹蕎麦、みんな竹輪麩って麩を使ってんだィ。麩はいけねえやい、ありゃ病人の食いもんだ。
そこへいくとお前ェんとこは本物だよ (竹輪麩を食う) 旨っ、ん、一事が万事、ん、(蕎麦をたぐる)
(最後の汁まで飲み干し) んーん、ご馳走さん、旨かったね、おい、えェ?。いやー、蕎麦屋さんの前ェだけども、もう一杯ェと言いてんだけども、脇で不味いの食らっちまったんだ、口直しだ、一杯ェで勘弁してくんな
蕎麦: 手前どもは、もう、何杯でも結構でございまして
A: いくらかだい?
蕎麦: へぇ、種もんでございまして十六文頂戴いた・・・
A: 十六文だな、銭ァ細かけェんだ、手ェ出してくんな
蕎麦: では、これへちょうだいを(両手を出す)
A: ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ、いつ、むぅ、なな、やぁ、蕎麦屋さん何刻だい?
蕎麦: へ、確か九つで
A: とぉ、11、12、13、14、15、16、あばよ~
*ってんで、プイと行ってしまいまして・・・この光景を遠くの方から見ておりましたのが、手前ども同様と申したいんですが、手前どもよりもうちょいと陽の当たりの悪いとこでボーッと育った江戸っ子で・・・
B: あれ? あの野郎よくベラベラベラベラ喋りやがったねぇー。それもいいけど、お世辞ばっかり言ってやがった。あんまり世辞言うから、あの野郎食い逃げじゃねぇか、食い逃げだったら、おらァ蕎麦屋に義理ァねえけどとっ捕まえてぶんなぐってやろうと思ったら、銭ィ払いやがった。銭ィ払うだけ悔しいや。
いろんなこと言いやがったね。『蕎麦屋さん寒いねェ』って、蕎麦屋が寒くしたわけじゃねえや。
で、『景気はどうだい』 『悪うござんす』 『そいつァよかったね、世の中ァ回り持ちンなって、“あきねえ”』
って、うめェこと言いやがったね、あん畜生はね。
で、さんざっぱら誉めたよ、ん。行灯を誉めて、そいから今度は、早くできてありがてえ、江戸っ子は気が短けェ。で、箸ィ誉めて、丼誉めて、そいで汁ゥ誉めて、蕎麦ァ誉めて、で最後は竹輪ァ誉めて
『こんなに厚く切って損はしねェかい』 って、するわけねえじゃねえか、な。だいたいあいつは江戸っ子じゃァねえぞ。蕎麦の値を聞いてやがん。蕎麦なんてどこいったって十六文に決まってんだ。
『銭ア細ッけぇんだ手ぇ出してくんねェ』 ったら、蕎麦屋のやろうこんなでけえ手出しやがって、
『これへ頂戴します』 ったら、『蕎麦屋さん十六文だな、ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ、いつ、むぅ、なな、やぁ、何刻だい?』 『九つで』『とぉ、11、12、13、14、15、16、あばよ~』 てんで、帰ェっちめやがったけども。
あの野郎、どうしてあんなとこで刻ィ聞きやがったん? 関係無ェじゃねえかなァ。
『いくらだい?』『へい、十六文で』『ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ、いつ、むぅ、なな、やぁ、何刻だい?』
『九つで』『とぉ』 ありゃ? とぉンならねえよ。ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ、いつ、むぅ、なな、やぁ、何刻だい?とぉ・・・・・あれ、立ってとぉだよ? 寝てとぉだよ・・・おれ、指一本足んねえのかな・・・・・
おかしいなァ・・・『ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ、いつ、むぅ、なな、やぁ、何刻だい?』『九つで』『とぉ』・・・・・
あっ、野郎一文かすめやがった。うまいねェ、さんざっぱらお世辞言った挙句に・・・・・俺もやってやろう


*ってんで、よしゃァよろしんですけれども、その晩は細かいお宝の持ち合わせがございませんで、あくる晩細かいのを沢山用意いたしまして、待ちきれなくって少々早めに出かけて蕎麦屋の来るのを待ちます。

蕎麦: そば~う~
B: お、来た来た来た。お~ゥ、蕎麦屋さ~ん、蕎麦屋さ~ん。(手を叩き) こっちこっちこっちこっちィ
あー来た来た来た来た、気の毒な蕎麦屋さんが・・・へへっ・・・蕎麦屋さん、何ができるんでぃ
蕎麦: へいへい、花巻にしっぽくで
B: そうかい、その、しっぽしっぽ、しっぽこ熱くしてくんねェな
蕎麦: へいへい、ありがとうございます
B: 蕎麦屋さん、寒いねぇ
蕎麦: へ、今日はお暖かで
B: ・・・あァ、そうだい、今日は暖かい・・・昨日は寒かった
蕎麦: 昨日はお寒ぅございましたな
B: 景気はどうだい
蕎麦: お得意がございまして、上景気でございまして
B: おめ、やけに逆らうな・・・景気がいいの? 景気がいいったって喜んでちゃいけないよ、また悪いこともあんだよ・・・・・悪いからってガッカリしちゃいけないよ、またいいこともあるんだ、世の中回り持ちンなってるからね、商売飽きずにやらなきゃだめだよ
蕎麦: へい、商いと申しますから
B: おめ、知ってたの?それおゥ・・・あ、そうかい、おめんとこの行灯だァ・・・あー、的に矢が・・・
当たってないね・・・なんてェの? 
蕎麦: へい、手前どもは “はずれ屋” と申しまして
B: よぅ! はずれ屋なんぞ縁起が・・・は、はずれ屋? 普通当たってんじゃないの?
蕎麦: へ、食べ物商売ですんで、当たるとあぶないんで
B: うめェこと言う・・・・(独り言で)感心してる場合じゃないよ・・・
(気を取り直して) いいんだよ、別に行灯食うわけじゃねえからな・・・
でもよ、おめえの前だけど、蕎麦なんぞは江戸っ子の食いもんだよ、誂えた途端に『お待ちどうさま』 
なんて気分がいいから・・・・・・・・あ、まだかい? 
蕎麦: 誠にどうもすいません、ちょいと湯を冷ましてしまいまして
B: あ、そう・・・いいんだ、ゆっくりやんな、ゆっくり・・腹が減って旨く食えようってんだ。
江戸っ子でも俺北千住の方だから、気の長い江戸っ子なんだ・・・・・
んっ、どうでもいいけど遅すぎるねェ、おれァ住み込みで蕎麦食いに来たんじゃねんだけどなァ・・・
なんか、手伝おうか?
蕎麦: へ、どうもお待ちどうさまで
B: おう、ありがてえな、え? 蕎麦屋さんのめェだけど、この界隈随分夜鷹蕎麦もあるけどもね、みんな割った箸使ってんだ、割った箸はいけねェよ、どこのどいつが食ったかわからねェんだ、そこへいくとお前んとこの箸ァ・・・・・あ、割ってあらァこれァ・・・・・いいんだよ、この方が。割る世話がねえんだよ・・・先が濡れてネギが付いてる・・・これ、洗ったの? 洗いましたァ?・・・いいんだよ、(箸を着物で拭いて)こうすれば・・・・・
蕎麦屋の前だけどもね、ものは器で食わせるってんだ、中身が自慢だって器が汚くっちゃァな、そこへいくとお前ンとこのどんぶりは・・・きた~ねェな~・・・あ、縁が欠けてら・・(丼をまわす)・・・
え? お茶の心得があります? そうじゃねえよ、欠けてねえとこ探してんだ・・・・・見事に満遍なく欠けてんね、でも、いいんだよ、のこぎりにもなるって便利だし、丼食うわけじゃねえから・・・
蕎麦屋の前だけど、俺ァ蕎麦っ食いだよ、匂嗅いだだけで (嗅ぐ) いい匂いがするね~
出汁おごったね、鰹節を・・ごちんなるから・・フー、フー、(すすり、吐き出し) ちょっと湯たしてくれ。
甘口、辛口ってのはあるけど、苦口ってはじめてだよ。いいんだよ、問題は蕎麦だ。お前の前だけど蕎麦なんてのは細くなくっちゃいけねえよな。中にはうどんみてぇのがあるけど・・・・・
太いね~オイ、これうどんじゃねぇの? いいんだよ、コシを味わえってんだろ・・・
(食う) にちゃにちゃ、しょうがねぇな、オイ、いいんだよ、俺ァ病人なんだ、消化がいいやな。
あとは、楽しみ竹輪だけんなっちゃった
(竹輪を探す) おい、竹輪入れ忘れてねえかい? いれましたァ? さっきから探し・・・あった!
丼にへばりついてた。俺ァ丼の柄かと思ったよ。(つまみあげ) どうでも良いけど、薄くきったね~
向こうが透けてみえるよ。かんなで削ったんだろ? 包丁で切りました? いい腕してるね~その腕をどうして蕎麦に生かさないかね。でもね、いいんだよ薄くったって。この界隈、みんな竹輪麩って麩ゥ使ってるんだい。そこへ行くとお前んとこは・・(食べ) 麩だ、本物の麩。いいんだよ、俺ァ病人だから・・
(蕎麦を食う) もうよそう、蕎麦屋さん、悪いけど脇で不味いの食らっちまったんだ、一杯で勘弁してくんな。
蕎麦: へい、何杯でも結構で・・・
B: いくらだい?
蕎麦: へ、種物でございまして 十六文になります
B: 十六文だな。まってました、こん畜生め。銭ァ細けえんだ、手を出しな
蕎麦: へい、では、これへ
B: 十六文だな。ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ、いつ、むぅ、なな、やぁ、蕎麦屋さん何刻だい?
蕎麦: たしか・・・四つで
B: 四つゥ・・いつ、むぅ、なな、やぁ・・・・・
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