安呑演る落語

音源などを元に、起こした台本を中心に、覚え書きとして、徒然書きます。

宮戸川

2013年05月05日 | 落語
宮戸川

お花: あら、そこに居るのは半ちゃんじゃないの
半七: なんだ、お花さん。どうしたの、こんな所へ突っ立ってて
お花: あたしねぇ、締め出し食べちゃったのよ
半七: 何、その、締め出し食べたってのは
お花: だってさぁ、友達のところへ遊びに行ったら、すごろくが面白い面白いで、ついつい遅くなっちまって、
家ィ来たらお母さんがこれなの
半七: うさぎさん?
お花: そうじゃないわよ。カンカンに怒ってンのよ。『堅気の娘がこんな夜遅くなるようじゃ、先が思いやられるから お前みたいな奴はどこへでも行っちまえ』、ってんでね、そいで、締め出し食べちゃったのよ
半七: ・・・そりゃぁお花さん、“締め出し食っちゃった”って言わなきゃいけないン
お花: そりゃぁ、半ちゃんは男だから、“食っちゃった”なんて言えるけど、あたし女でしょ・・
だからやさしく、食べたってそう言っちゃったの・・半ちゃんこそどうしたの?
半七: あたしもねぇ、相模屋さんへ集金に行ったんですよ、親父の代わりに。ところが、あすこのご主人が碁が
好きで、もう一番もう一番と悪止めされて、こんな時刻になっちまって、そうしたら親父がカンカン。
『碁将棋に凝るやつは親の死に目にも会えない親不孝者。お前みたいな奴はどこへでも行っちまえ!』
なんてね、もぅ、カンカンに怒られちゃった、えぇ。しょうがないから今夜は霊岸島の叔父さんとこへ
泊まりに行こうと思って
お花: あら、いいわ、半ちゃんとこ締め出し食べてもねぇ、あたしも叔母さんがいるの
半七: どこなんです?
お花: 肥後の熊本なの・・・
半七: おたくは、やたら親戚が遠いンだねぇ。じゃ、あなた熊本へいらっしゃい、あたしはあたしでね、これから 霊岸島へ行きますから、じゃ、ごめんなさぃ
お花: あ、ちょっと、半ちゃん待って。いえ、こんな夜更けてさぁ、一人で女がこんなところで、ぶらぶらもして らんないしねぇ、半ちゃんお願い、あたしも霊岸島の叔父さんの所へ連れてって泊めてももらえないかしら 半七: バカなこと言っちゃぁいけませんよ。あなた、あの叔父さんのこと知らないからそんなことが言えるン
お花: 知ってるわよぉ、子供の時よく遊んでもらったもの。ほら、おでこの真ん中にほくろがあって,頭の後ろに
イボがあるけど髪の毛で見えなくってさ、あ、そうそう、背中の真ん中にもほくろのある・・・
半七: そうなんですか? あたしより詳しいね・・・違う違う、そうじゃなくって、そういう外見じゃぁなくって、 中身を知らないでしょって言うんですよ。あの叔父さんはね、何かっていうとね、
『あー、わかったわかった、飲み込んだ、あとは叔父さんに任せろ!』って、そのくせ何にもわかってない。 あの界隈じゃ、“飲み込み久太”って有名なんですから。
こないだも、往来を歩いてたらね、女の人に道を訊かれたんですよ。で、教えてたら叔父さんが
偶々通りかかって、
『お、半坊、どうしたんだ、ン?アー、わかったわかった、飲み込んだ、あとは叔父さんが引き受けたー』 って、いなくなっちゃった。なんだかわかんないんですよ。
で、次の朝ですよ、まだ暗いうちに、どこで探したのかそのね、相手の女の人と、その両親て
いう人を連れてきて、『この二人は、いい仲なんだから一緒にしてやれよ』って、言いに来たんですよ。
そんな、道を訊かれただけの人と一緒ンなれるわけないじゃないですからね、あたしは。
だから、『だめですよ』って言ったんですけどね、相手の女の人が、
『まー、ほんとにありがとうございます。こんな八十五のおばあちゃんでよければ、お願いします』
って、八十五だたンですよ、
お花: その人の両親もよくお元気で・・・
半七: そんなこと言ってンじゃないんですよ。そういう叔父さんなんですから、あなたみたいなね、
女の人を連れていけませんよ。
ですからね、おっかさんに、よーく謝って入れてもらってくださいな。じゃ、あたしは行きいますから・・・ (小走りしながら独り言)冗談言っちゃァいけませんよ。こんな夜更けて女の人をつれていけませんよ・・・・ それでなくたって、あんな綺麗な人・・・叔父さんの餌食になっちゃいますよ・・・
・・・おや、何かピカって・・・降ってきそうだな・・・少し急いだほうがいい・・・
お花: そうね、急いだほうが・・
半七: 何ついてきてるんですか、あなたは家ぃ帰んなさいって言ってるでしょ
お花: そんなこと言わないで、連れてってよ
半七: いけませんよ、もう・・こうなったら駆け出しちゃいますからね・・・
いくらお花さんだって、男の足にはかなわないんだか・・・・・
あー、お花さん! あたしより、あなたの方が速いね・・女だてらに下駄ぁ脱いでしりっ端折りして・・・・ もう、嫌んなっちゃうな。後ろにいなさいよあ、あぁ、図々しいな。肥後の熊本へ行けばいいじゃないか。 叔父さんの家ぃ来ちゃったよ。
じゃぁ、あたしはあたしで頼みますから、あなたはあなたで勝手に頼んでください。
冗談じゃありませんよ、図々しいな・・・
(トントントントントン)叔父さん!(トントントントントン)小網町の半七です。(トントントントントン) 夜分すいません、開けてください、(トントントン)叔父さん!(トントントントン)こんばんは!
(袂を払って、小声で)熊本へいらっしゃい、(トントン!) 袖引くんじゃない!(トントントン)
叔父さん、熊本へいらっしゃ・・間違えるじゃないか。(トントントン!)叔父さん!
叔父: あいよあいよあいよ、おう、わかってるよ、わかってるよ、ドンドンドンドン戸を叩きやがって、
また半坊、てめぇだろ。だらしがねぇ。何をしてやがんでぇ・・
また碁でしくじってきやがったな、間抜けめぇ。いい若ぇもんが碁でしくじった、碁でしくじった、
情けねぇな。たまにゃぁ女でしくじろや、な。『この女と一緒になりたいんですけど、間に入っても
らえませんか』って言われりゃ、『あー、わかったわかった、万事叔父さんに任せろ』ってことになるだろ。 叔父さんの若ぇ頃ぁてめぇに一目見せたかったな。
 こっちが若ぇ時分にゃぁ、表へちょっと出ると、女が邪魔で歩けねえんだ・・・
ウォ~って女が声あげて押し寄せて来んだ。その恐ろしさったらないよ、おい。
しょうがねえから俺ぁ、仲見世ェ行って“女払い棒”って棒をを買ってきて、
『はいごめんよ、はいごめんよ』って女掻き分けて歩いたもんだ・・・・・
あぁ、嘘だよ、嘘だけれどもな、それくらいのことをしろってんだ。
 わかってるよ、今開けてやるかるちょいと待て・・あ痛てててて、だらしがねぇな、歳ぃとると意気地が ねぇもんで、口先ばかりで、腰がミリミリ言う。今、婆さん起こすからね、婆さん体ぁ達者だからね、
だが、だしぬけに起こすと寝ぼけるんだ。だから、ちょいと、じわじわ起こすから待ちなよ、うん。
おい、お婆さん・・・この婆ぁよく寝る婆ぁだね、これ。寝るんじゃぁねえ、半分死んじゃうんだよ。
で、朝んなると蘇生すんだよ。・・・乱暴な寝ざまだね、寝るときゃぁ枕並べて寝たんだよ、どうも横っ腹が 痛ぇ痛ぇと思ったら、今ぁ頭向こうで足がこっちだょ。蹴飛ばされてたんだね。あの頭が朝ンなるとまた
元へ戻るから不思議なんだよ。夜じゅうグルグル回ってやがン。夜回り婆ぁってんだね。
 鼻から提灯だしたり引っ込めたりしてやがン。どっかの祭りが夕立にあった夢でも見てんのかな。
提灯が派手に広がるね、又ぁ・・提灯が消えたら、蝋が出てきた。汚ぇ婆ぁだね、ほんとに。
えぇ、歯ぎしりしようったって、歯がねぇよ。入れ歯ぎしりの土手ぎしりだよ、えぇ。
 まー、おやおや、飽きねぇね、この顔を見てると・・・これだって、若ぇ時分にゃ深川小町かなんか
言われたんだ、俺が惚れたんだよ。けど、歳ぃ取るとだらしがねぇ、まぁ、他人のことぁ言えねぇ、
こっちも汚くはなってんだろうが・・・おい、ちょいとお婆さん、お婆さん、起きなよ、小網町の半七だよ。 おい!お婆さん、小網町の半七だよ!!
お婆: はいはい、でございますから、お爺さん、ご先祖さま・・
叔父: また始まりやがった。お前は目ぇ覚ますとお位牌もって駆け出すけど、どういう訳なんだよ、
えぇ?どうしたんだよ
お婆: だって、お爺さん、今、小網町で半鐘が鳴ったてぇから
叔父: ばか言え、半鐘が鳴ったんじゃねぇ、小網町の半坊が来たてんだよ
お婆: まあ・・お爺さん・・早くそう言ってください、あたしゃ、びっくりしちゃって・・・・
まあ、半坊、しばらく見ないうちにすっかり老けたねぇ
叔父: おれだよ、じれったいね、半坊はまだ表に居るんだよ
お婆: あらお爺さん、寝ぼけちゃだめ
叔父: お前ぇが寝ぼけてんじゃねぇか。しょうがねぇな・・わかったわかった、半坊!いま叔父さんが行く。
おっと、あたたたた、だらしがねぇな、歳は取りたくねぇもんだ、口先ばかりで・・・・・おい、半坊、お入り半七: ・・こんばんは
叔父: いいよ、挨拶はあとだ、早くお入りよ
半七: はい、・・・・・だからあたしがね、嫌なんだよ
叔父: おい、何寝呆けてやがん・・内で婆ぁ寝呆けて、お前が表で起きて寝呆けてちゃ、
話がまとまんないじゃねぇか。何を今更嫌なんだよ、嫌なのは夜中に起こされるこっちが
よっぽど嫌だよ、え。早く入ぇれてんだよ。
半七: ですから叔父さん、あたしゃぁ、熊本行けって、そう言っ
叔父: 誰が熊本へ行くんだよ、今時分。ふざけんじゃねぇや、こんちきしょうめ、え。
さぁさぁ、早く早く、早く入ぇれ・・・入ったらあと位閉めろ、親しき仲にも礼儀あり。
いいか、あと閉めなくちゃ、いつまでも、ねんねでしょうがね・・・
・・・・・ほぉぉぉぉ、日陰の豆もはじける時分にゃはじけるてぇが、てめぇとうとうやったな、おい、え? ィや、何か言うんじゃねぇ、わかったわかった、飲み込んだ、あとは叔父さんに任せろー!
野暮は抜きだ、どちらのお嬢さんか知りませんがね、こんなむさ苦しい家でございます、
えー、遠慮なくお入んなさい
お花: はい、・・・今夜は、夜分遅く半ちゃんにご無理を願いまして
叔父: いいですよ、こういうことは夜分遅くに限るんだ。わかってんだ、あたしなんぞ若ぇ時分にゃ毎晩
ご無理願っちゃったんだ。ご無理の塊がこの婆ぁだ。まあまあ、いいじゃありありませんか。
さ、(手を引いて)暗いですから足元気を付けて・・・どんどん入んなさいよ。
二階へあがってください、二階へ。えて梯子って急な梯子ですから気を付けてあがってくっださいよ。
 おい、半坊、お手を取ってやんなお嬢さんのお手をな。上から引っ張ってやれよ、親切にしてやれよ、
え?二階へ、寝ちまいな、ふたりで、布団は一組しかねえから・・・明日は、起こすまで起きちゃ
いけねぇぞ。・・いいんだよ、何にも言うな、わかってんだから、あとは叔父さんに任せとけって。
 はっはっはは、(小声で)おい、お婆さん、おい、お婆さん・・・なにふくれっ面してんだ
お婆: だって、今、嬉しそうにお嬢さんの手を握って・・・
叔父: なに焼き餅焼いてんだ、まったく、もうすぐ自分の骨ぇ焼かなくちゃなんねぇのに・・・
こっちぃ来な、こっちぃ、こっちぃおいでってんだ
お婆: いけません
叔父: いけませんじゃないよ、ちょっとおいで
お婆: いけません、お爺さんたら若い者に刺激されて・・・・・
叔父: お前勘違いするんじゃないよ。お前、耳が遠いから傍へ来いてんだょ。
あら、婆さん勘違いもいいとこだよ、目が輝いてるよ。どうしてそうなんだよ、俺ぁ死にてぇよ、本当に。 ばかだね、本当に・・・どちらのお嬢さんかね、い~いご器量だね
お婆: 何を言ってんの、お爺さん、あたしはチラっと見てわかりましたよ、ありゃ船宿の娘のお花ちゃんよ
叔父: お花坊か。へ~え、俺ぁあの子が小せぇ時分には、よく遊んでやったもんだよ。それが、あんなに
綺麗んなって・・・こっちぁ歳ぃとるのは無理はねぇなぁ、えぇ?お婆さんよ
お婆: だけどお爺さん、ああいう若い人を見ると、つくづく、お爺さんとあたしの若い頃を思い出しますよ、
ほら、いつでしたか、まだ二人が世間の噂で、一緒になるちょっと前でしたよ。
清元のおさらいがあって、お爺さん「やすな」を語りましたら、あたしの三筋、チャンチャンチャンチャン チャンチャンときざんで幕がスーっと開くと見物衆が声をそろえて、
『よぅよぅよぅよぅ、ご両人!ご夫婦できました』 なんと言われた時には、お爺さん、あたしは嬉しいやら 恥ずかしいやら、体がブルブルッと震えて・・・・・あの時少~し・・チビッた
叔父: 汚ねぇ婆だね
お婆: 帰りに、蕎麦屋の二階でいろいろ話をして、あんまり遅くなると親がうるさいからって言うと
お爺さんが、『いや、お前が帰るとさみしいから、もう少しいなよ。まだ別れたくない』 なんてそう言って、 お爺さんがあたしの袂を持ってツーって引いたでしょ、惚れた弱みってのはひどいもんで、あたしゃ
ふらふらふらってなってお爺さんの膝の上へドカって腰を下ろすと、すかさずお爺さんがあたしの
このへんをチョコチョコって・・・・・思えば、お爺さん、あの頃から助兵衛
叔父: 何をばかなことを言ってン・・・
お婆: でも、不思議なものですね、あの時お爺さんが二十歳、あたしが十八の二つ違い・・未だに二つ違い
叔父: 当たり前だ
半七: 傍へ寄っちゃぁいけません、寄っちゃぁいけませんよ。冗談じゃありません。だからあたしがあれほど
そう言ったでしょ、あの叔父さんてのは物分りがよすぎて困る人。明日ンなりゃ、うちの親父ンとこへ
掛け合いに行きますよ。『お花と半七はもう一緒にしてくれ、ありゃぁ出来てる』 そんなばかなことを
言われたら、あたしがね、本当に勘当されますよ。
碁ぐらいだったら明日詫びにいきゃぁ何とか済みますがね、冗談じゃありませんよ。
何で傍へよるんですよ・・・フーッ!
お花: 半ちゃんだってさぁ、ごろごろごろごろ雷鳴って・・あたし雷が怖いんだもの
半七: あたしは雷よりお花さんのが怖いよ・・・それに、雷は勝手に鳴ってんです。あたしが鳴らしてンじゃないン いいじゃないですか
お花: いいじゃないですかって、そんな冷たいこと言わないで、半ちゃん。怖いのよ
半七: いけませんよ、だめですよ、そんな傍へ寄っちゃぁ・・じゃ、じゃ、いいです、線を引きます。
ここに線を引きますよ、いいですか、この線からこっちは、あたしの陣地ですよ。この線からそっちが
あなたの陣地ですからね。いいですか、この線越えちゃいけませんよ。いいですね、だから、来ちゃ
いけませんよ。線を越えるとあなたに大変なことが起きる…
お花: 半ちゃん怖いの、雷が近づいてくるの・・・
半七: 平気で越えて来るね・・じゃ、この線です、この線です、この線を越えると・・あぁあ、だめだめ
だめですよもう、壁ンなっちゃう
※木曽殿と背中合わせの寒さかな・・・何となくジリジリしている
・・・そのうちに雷がガラガラガラー、ピカッーとしているうちはまだいいんですが、どうかすると、
ピカッ!カリカリカリカリッ!とくる。このぐらい世の中に怖いものはない。
ピカッ、カリッ、ザ~~~と来た時には、お花はもう、怖い怖いで恥も外聞もない、
『あれ~~っ!』っと言いながら、半七の胸元へ身をげてくる。
冷た~いビンの後れ毛が半七の頬を“す~~”っと撫でる。
髪の油の匂いと白粉の匂いが半七の鼻へ “ツ~ン” と来て、半七の脳下垂体を刺激する。
木石ならぬ身の半七、思わずお花の背中へ回した手に “グッッ” と力がこもる。
燃え立つようなひじり綿の長襦袢の裾が、“パラッ” と肌ける・・・・・
ピカッと光った稲妻に、ふっと見ると、キリマンジェロの万年雪のような真っ白なお花の足がスーとなって ・・・・・・
お花: 半ちゃん・・
半七: お花さん・・
※ふと、前を見ると、二階の様子が心配になってのぞきに来た叔父さんと目が合う
半七: あーっ、叔父さん
叔父: 半坊、わかったわかった、万事叔父さんが…いやいや、あとは自分でやれ
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