「この国のかたち」的こころ

敬愛する司馬遼太郎さんと小沢昭一さんに少しでも近づきたくて、書きなぐってます。

「Doctors」  医師達の肖像 心臓専門医3 総合医療 医師の学歴

2006年10月08日 00時58分31秒 | 人々
 翌日、僕が仕事を終わって病室を訪ねると、父は北側の個室にはいませんでした。
 
 こういう瞬間を僕は嫌っています。僕は義父を一昨年亡くしました。その時も僕の知らない間に病室が移っていて慌てた経験があります。

 そして義父の場合、その病室の移動は義父にとって決して良いモノではなかったのです。

 ナースセンターで聞いてみるとすぐに親切に教えてくれました。今度はナースセンターを挟んで南側の個室でした。

 僕は病室に入るなり、母に向かって「なんだよ、随分傲ったなあ。ずいぶん良い部屋じゃないか。。よくとれたねえ。」と言いました。

 父には相変わらず色んなチューブがでてますが、酸素吸入器は昨日よりも随分小さくなったようでした。しかし体の自由は利かないようで小便は管を通して排出されていました。大便はおむつを使うとのことなので、カミさんと大人用のおむつを買いに行きました。モニターは相変わらずついています。でも僕がいる間警戒音が鳴ることはありませんでした。

 担当してくれている医師が来ました。

 医師からは今後の治療計画についての説明がありました。父の状態を見てカテーテル検査をすることを告げられました。それから今回の危機のベースとなっているはずの糖尿病をどうコントロールしていくかについて方針を決めたいとのことでした。そして今後、長生きするためには糖尿病付と上手に付き合って行かなくてはいけません。それには今まで以上に血糖値のコントロールするのに加えて、血圧の管理も厳しくしなくてはいけないということになりました。父は前にも述べましたように隣町の市立病院に通っていました。家から車で20分ほどの距離です。ですが74歳になった父にとってそこまで自家用車で通うことにストレスを感じるようになってきました。しかも一ヶ月に一度づつ診察を受けていたにも拘わらず、今回のような心臓についての検査はもとより問診さえも無かったことに多少の不満があったのでしょう。また、今回担当してくださった先生が一番向上心が旺盛そうでよく勉強しており、父の状態をよく分かっているという先生ではないのかと言うことで、診療をこちらの病院に移したい旨を伝えました。

 先生は快諾してくれました。

 頼りになるお医者さんに診てもらうことになってよかったね、と家族みんなでほっとしました。

 ただ、今回の彼が特別な存在で、もの凄い才能があるわけではありません。

 僕の街の病院の医師は殆どの場合、県内の医科大学を卒業してやってきます。地元が地元のために造った病院ですから、さぞかし優秀な人材がそだっていると言って良いでしょう。塾系の模試の総合偏差値が75以上であった人達です。その年の高校生の10%に満たない数の優秀な頭脳をもった人達でです。

 少なくとも記憶力とそれを場面に応じて正確に思い出し、応用して使う能力については秀でていると言えるでしょう。しかも本人に強い志望がないと成し遂げられません。

 もちろんこの話は国公立大学に限ったことで言わせてもらってます。

 私立大学で言えば色々な大学がありますし、例えば数学を受験教科から外した医学部もあります。どんな医師ができあがるか、国家試験を通過できるのか疑問でした。

 殊に歯学系の私立大学では成績のことは余り触れず、寄付金の額が合否に影響するのではないかと思われる大学もあります。

 またある薬科大学の理事長先生は幹部を引き連れて全国の進学校を行脚し、挨拶とともに栄養ドリンクをしこたま置いていく方がいらっしゃいますが、あのお金も結局は学生の親から出ているんでしょうね。

 父がお世話になっている病院は僕の住む街の市立病院です。少し前まで町立病院でした。父が30数年間、隣町に通い続けたのはこの病院に対する漠然とした不安でした。「田舎だから大した医師が来ない。」「若い医師の修行の場になっていてここで頑張ると良いところへいける。」「別の病院で問題を起こした医師がここへくる。」等の全く根拠が無く、しかし実にありそうな噂がこの病院の評価を創り出していました。ですから同じトラブルでもマイナスイメージはより増幅されて伝わるものと思っていました。

 田舎であることと都市であることで、病院の運営に差はない!こう思いたかったのですが実際に転院してみるとその差の大きさを痛感することになります。

コメント   この記事についてブログを書く
« 「Doctors」  医師達の肖像... | トップ | 「Doctors」  医師達の肖像... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

人々」カテゴリの最新記事