「この国のかたち」的こころ

敬愛する司馬遼太郎さんと小沢昭一さんに少しでも近づきたくて、書きなぐってます。

「Doctors」  医師達の肖像 心臓専門医5 インフォームドコンセントの恐怖 

2006年10月17日 23時11分09秒 | 人々
 8月28日。僕は父の担当医に呼び出されていました。治療方針について話を聞いて欲しいとのことでした。僕は母親だけでは駄目な理由を勘ぐっていました。僕が同席して父がその場にいない風景を想像していました。

 義父さんの時は、義母さんと義理の弟が義父の癌が手遅れであることを告げられたのでした。

 最悪の場合を覚悟を胸に隠しながら、先生にしてされた時間の30分前に、僕は父の病室に入りました。

 父はすこぶる元気でした。

 食欲があります。

 血圧と血糖値も以前よりは落ち着いています。

 便秘は芳しくないようですが、「今朝すこし出た」と言って安心した顔を見せていました。
 そして「担任して良いって言うかな?」と言ったので僕は少し慌てました。僕は入院した当日に父に大方の治療方針を話してあったのです。ですから父は今日の話題がカテーテル検査の話になることは知っているはずなのです。ですから僕はつい「退院は早くてもカテーテル検査の後だから、あと3日はいることになるはずだよ。」というと少し寂しそうにしながら「そおかあ調子よかったから退院できるかと思った。」と言いました。

 僕は今の父の病状はクスリで抑えているだけなので、血管の状態がちっとも改善されていないことを知っていました。そのことを口に出そうとも思いましたがやめました。そのことを言っても父の気持ちを少しも改善しないであろうことは自明の理だからです。

 そうしているウチに病室に先生が入ってきました。そうして「それでは○○さんの治療について説明します。」というので僕は思わず「ここで、本人同席のままでいいですか?」と聞いてしまいました。先生は「皆さんに聞いて頂きたいのです。」と仰いました。考えてみれば僕の質問はずいぶんと酷いものです。先生が患者本人に聞かせたくないと思ったならば病室になんか入ってこないでしょうし、そこで「息子さんだけでお願いします。」なんていわれた日には僕の方としても対処の仕様が無いはずです。

 父と母と僕は父のベッドの食事用テーブルを挟んで先生と向き合って話を聞き始めました。

 お話は父の病状についてとカテーテル検査のことが主でした。

 とにかく血管の内部で起こっていることなのでどうにも外から観察がしにくいとのことでした。そこで大腿部に部分麻酔を打ってそこから血管にカテーテルという細くて柔らかい針金みたいなものを挿入して血管内部を心臓にさかのぼり、血管のどの部位がどれほど詰まっているのかを調べたいとのことでした。カテーテル検査というのは広く病院で行われている検査法、もしくは治療法でもあります。僕の心臓検査の時にも心電図の結果が悪ければ医大病院で受けるはずの検査でした。

 検査後の治療方針としては3つあるとのことでした。

 1.手遅れの場合。

   薬物で保つだけ頑張る。

 2.最も軽度の場合。

   薬物投与だけでの改善を目指す。

 3.フーセン治療

   閉塞を起こしている箇所にカテーテルで風船を運び、狭くなっている血管の   部位で膨らませ、血管を拡げる。
 
 4.フーセンプラス金網の治療

   フーセン治療で軌道を確保してもやがて形状記憶合金のように戻ってしまう   確率が多いので、その部位にネット上の金網で補強する。

 5.心臓バイパス手術

   この場合は手術が大きくなるため大きな手術の出来る病院に転院してもらっ   て治療を受ける。

 という4つの方法が示されました。

 そして心臓カテーテル検査におけるリスク説明を始められたのです。

 カテーテル自体は柔らかい針金みたいなものであること、そしてそれが血管の内壁にぶつかりながら行くことになること、そしてその結果健康な血管が傷付いてしまう可能性があること、などでした。血管が裂ける可能性にまで言及しました。父は顔をこわばらせています。それはそうでしょう。手術をしたけど直らないという状況で死ぬのではなく。手術の前段階で命が終わる危険性を示唆されたのですから気持ちの良いはずはありません。

 でも僕は違和感を保ちました。心臓カテーテル検査は毎年沢山の人が受ける検査です。ここでのミスを僕はニュース等で聞いた覚えがありませんでした。ぼくも受けるはずの検査でそんなにリスクの高いものなのか疑問に思いました。

 僕は先生に「先生があげてくださったリスクの数々は、どの程度の頻度で発生してますか?」と聞きました。

 そうすると「殆どありません!」との返事です。

「インフォームドコンセント」という言葉があります。



インフォームドコンセント【informed consent】


〔説明をうけた上での同意の意〕
医師が患者に診療の目的・内容を十分に説明して,患者の納得を得て治療すること。


 というものです。

 40年ぐらい前までは医者や教師は「様」と付けられてある意味無条件に信頼を受ける対象であったと聞いています。

 ですが高学歴化社会や数々の不祥事や医療ミス、恩恵からサービスと言った概念変化から、医師も患者を見下すだけでは済まなくなる時代になってきました。

 そこで患者と医師が共通理解の元に治療を進めて行こうという姿勢が求められます。

 インフォームドコンセントはそうしたものを、つまり医師側の責任問題をある程度回避する目的でも行われる場合があるのではないかという疑いを持っています。

 つまりリスクの事前説明による訴訟の回避といったニュアンスです。ですから事例として起こったすべての事故をもしくは「直らない」ケースを伝えておくことが優先されてる場合もあるのかと考えたくなりました。

 それが患者やその周囲の人にとって必要以上になったとしたら、それは最早、患者に恐怖感や治療に対する嫌悪感を助長するだけのものでしかないかと思ったりします。

 先生が病室を出た後、父はいつもより無口で、しかもそれまでになく不機嫌になったことだけは確かなのです。

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