『言いたいことは明日言え』って言うんやよと、昔母からよく言われた。
腹が立っても、言いたいことがいっぱいあっても、すぐに言うものでは無いと。
そのまんまの勢いで言うと、ケンカになるよと。落ち着いて、冷静になって、
よ~く考えて、そして一旦寝てと。明日になれば気持ちも変わる、言いたかった
ことも違うかも知れない、もしかしたらもういいやってなるかも知れない。
そんなことだったのだろう。私なんか明日になったら忘れてるわ。
結婚してた時のことかな。
母は私にこうも言った。『柳に雪折れなし』でっせ(大阪弁ね)と。
柳の木は、雪が降っても枝はハラリハラリと雪を払いながら、しなやかに元に戻る。
対して太い木の枝は、突っ張って突っ張って枝を張っているものだから、
雪が降り積もるとね、重みに耐えかねていつかボキッと折れるんだからと。
柳になりなさいと、母は私にいつも言った。ボキッと折れるタイプそのまんまの
私を心配してのことだったろう。
確かに母は柳だった。しなやかでしたたかで、間違いなく柳だった。父に対しても
口答えしたところなんか見たことも無く、いつも従順で明るくて気働きの出来る
いい奥さんだった。と思う。
でも私が思う母は本当は凄い強い人だった。商売もしてて、あれだけの大所帯で、
どれほど大変だったろうと思うけれど、あの人の根性は一体どうなっているのかと
思うくらい、よく働く辛抱強い人だった。でも身体は決して丈夫では無かった。
小姑がうじゃうじゃ居て虐められてた時(私の知らない時代)は
『自分は掃き溜めの鶴』だと思っていたらしい。そう思いなさいと父親に言われた
んだそうだ。おじいちゃんも大概やねぇ(;^_^A
色んな意味で超人的だったな。私には到底真似は出来ないわ。ああいう人を本当に
『根性がキツイ』って言うんだ。見かけは華奢よ。
私はおやじ似の”見かけはごっついくせに中身はアカンタレ”でいいのよ。
でも今でも時々思い出すよ『言いたいことは明日言え』と『柳に雪折れ無し』を。
ふっと折に触れて思うのだ。大事なことだと解ってはいるのだ。
そして、この歳になっても、まだそれが実践出来ていない自分を、戒めながら?
呆れながら?反省しながら、日々過ごしている。ホント成長が無いわ。
多分、この先も一生心に留めながら生きて行くんだろうなと言う気がしている。