雑感 独り善がり

日々の思いや怒りを自分勝手な考えで綴る

”琥珀の夢”の続きが待ち遠しい。私のサントリー物語

2017-04-10 00:49:35 | 日記
日経新聞をとってるが 今、毎朝いの一番に見るのが『琥珀の夢』。
もう毎日待ち切れないくらい楽しみにしている。
伊集院静さんの『琥珀の夢』の連載が始まりますよと言う前宣伝の時から、サントリー物語だろうと
いうことは予測がついていたよ。
そして最初に出て来た自転車屋の少年『幸吉どん』が松下幸之助だってこともすぐに解った。
大阪の人間は松下幸之助さんのことは大好きだし尊敬している。出身は和歌山だが、大阪の人だ。
そう思っているものね。丁稚から世界の松下 パナソニックを作った”経営の神様”である。
ただただ偉大で人間的にも素晴らしい人だったという印象。
いっときPHPの書物もたくさん読んだ。

その松下幸之助さんが、公式の場に殆ど出掛けなくなっていた高齢の松下幸之助翁が、サントリーさんの
工場での鳥井信治郎さんの銅像の除幕式に出て来られた時のくだり、そしてその挨拶の時のお話は
読んでいて大いに泣けた。
”坊、気張るんやで”と、その昔 頭をなでてもらったことをはっきりと覚えていると。
今日のこの銅像はあの時に自分が見た信治郎さんそのものですと。
この松下幸之助氏の恩義を忘れぬ出席に当時の社長佐治敬三氏は感激し、後年松下幸之助翁の
葬儀の折には敬三氏自ら棺を抱えたとあった。
何度も何度も読み返し、胸がいっぱいだった。
何と言う大物同士の心の触れ合いなのだろう。

私がここまでこの小説に入れ込むのには訳がある。
サントリーさんはお客様なのである。それも大事な大事な別格のお客様である。
自分が今の仕事をして来た何十年の中の半分位はサントリーさんに食べさせてもらって来たと思うし、
それ以上に沢山の方とお付き合いして来て得たものが半端無いのである。

他の人は知らないが、私が感じたサントリーとは・・・。
社員同志仲が良い。
社風がとても自由。同じ苗字が何人もいる場合、上司のことでも下の名前で呼んだりしている。
それってびっくりだよね。呼ぶ方も呼ばれる方も気にしていない。
”やってみなはれ”は本当。若い人も伸び伸びと自分の思うように仕事させてもらっているって感じ。
皆紳士。業者に対してもエラソーに言わない。
サントリーさんは不特定多数に一般消費材を売っている会社だ。
”不特定多数に一般消費材”ってのは難しいと思うし怖いと思う。
風評でトレンドが一夜にして変わるってことがある。それをよくご存知だ。
別のお客様での話だが、実際にお客様にあまりに偉そうに言われて、我慢して仕事はするけれど、
あそこの商品は絶対に買わない!と怒っている同業者にたまにお目にかかるもの。

そしてサントリーさんはずっと私の師匠だった。
パソコン関連も進んでいる。グッズもいっぱいある。
うんと昔、まだ見たことも使ったことも無い様なアイテムやソフトに驚いていると、こういうものが
使えないと付いて行けないぞとか、相手にしないぞとか、次のプレゼンはどうするつもり?とか色々
教えて下さるんだよね。めっちゃ親切。
話の中に難しいワード・聞いたことも無いワードが出て来ると、私なんかは?????となる。
それもこうこうこういうことだと教えて下さるが、あと詳しいことは自分で調べろ だ。
そうやってこちらも付いて行こう・相手にしてもらいたいと必死に勉強して来た。若いうちは。

福利厚生もスゴイらしくて、女性の方も辞めない。
結婚しても子供産んでも辞めない。
何人産んでも産休とって復帰。よく働く女性なら、みんな首を長くして待っている。
多分、お給料も男女差無いんじゃないかな?
男だから女だから という見方ではお給料決めてないと思う。
だからいつも、学生が就職したい企業の人気上位なんだろうな。

私もその昔、サントリーに就職すれば良かった(入れてもらえればだけれど)、サントリーの人と
結婚すれば良かった(結婚して貰えればだけれど)とつくづく羨ましかったりしたな。
私の実家は酒屋だった。もう数年前に辞めたけれど。
私が小学校低学年の時に、既に60年位商売やっていたと言っていたから、もしかしたら規模は違えど
歴史はサントリーさんとあまり変わらなかったかも。
だから私は知っている。
今、その『琥珀の夢』で話が進んでいる”赤玉ポートワイン”の存在を。
お店の棚に1升瓶が並んでいたよ。
確か”蜂”だけじゃなく”大黒”っていう葡萄酒もあったように思うのだけれど。
そして蜂や大黒の瓶はお酒の1升瓶と同じ形だった。
でも”寿屋”の赤玉ポートワインだけ瓶の形違っていたのを覚えている。
子ども心にもお洒落だった。

長くなってしまった・・・私のサントリー物語。