あんなに嫌いだったのに

平成29年10月に夫がすい臓がんで先に逝ってしまいました。
定年したら離婚しようと準備していたのに・・・

癌との毎日 その55(最後の一日その4)

2018-05-23 21:46:40 | 主人のこと
会話だけを聞いていればかつてのごく普通の過去何度もあったやり取りではあったが、私も娘も最期を感じていたのでいままでのように悪態も混ぜ返答をするが、それでも着替えようとする主人を止めようと嘘八百を並べて思いとどませる。

「もうじき△△(長男)も□□(末っ子)も学校や会社から帰ってくるよ。久しぶりに家族5人が揃うんだから家族みんなでどこかに美味しいもの食べに行こうよ。ダメ?」と私が苦し紛れに言うと主人の手が止まった。
「あいつら帰ってくるの?そうか、じゃあ✖✖のラーメンでも食べに行くか」と私と主人の宿題となっていた有名店の名前が出た。
私が「いいね、行きたかった店だよ。行こう行こう」と賛同すると「帰りに足を伸ばして〇〇でシウマイを買って帰ろうよ、今夜はそれで一杯飲みたいな。」と言った。
「うん、そうしよう」と返事をすると「じゃ、あいつらを待つか」と起こしかけていた上半身をベッドに戻し目を閉じた。
体は辛かったんだと思う。ベッドに体を預けたとたんにウトウトとしはじめた。

娘と目を見合わせて「うん、帰ってきたら教えるから少し寝なよ」と言うと「うん、頼むな」と静かに言った。

ウトウトしているように見えても眠れているわけではなく、なにか物音を立ててしまうと目を開ける。私と娘がいるのをみるとまた目を閉じる。そんなことを繰り返していた。

ただ娘と二人ベッドの両脇に座り手を握ぎっていた。


ほんの少し、10分もないと思うが静かにマスクをつけ寝ていた主人が「水が飲みたいな、飲んだら(看護師に)怒られるかな?」とつぶやいた。
せん妄ではなく正気に戻っていた言葉だった。
飲ませてあげたかったし、もう今更あれはダメこれもダメとは言いたくなかった。ので、「いいよ、水ね」とストローを刺したペットボトルを主人の口元に持っていくと「いや、勝手に飲むと怒られるから。また吐いて苦しいのは嫌だしちょっと(看護師に)聞いてきてよ」と言う。意識がクリアになっていた。
「聞いてきてよ」と言いながらも自分でナースコールを押してしまい、すぐに看護師が病室に来た。
自分で水のことを聞くのかと思ったら「レスキューをいれてください」とお願いした。
看護師は血圧を見て「ごめんなさい、この血圧じゃ入れられないです」と申し訳なさそうに主人と私を交互に見た。

せん妄が出ている時には嘘を並べてやり過ごせるのに、正気に戻っている主人にかける言葉がみつからずに黙ってしまった。

看護師が病室を出ていくのを追いかけ、「水が飲みたいと言っているんですが飲ませちゃダメですか?」と聞くと「先生(医師)からは飲ませないようにと指示が出ています」と言われた。
電話をくれた看護師ではなかったのであくまでも医師の指示が一番といった感じの返答をされてしまい「そうですか、わかりました」と病室に戻った。
が、すぐに電話をくれた看護師が来てくれて私を病室の外に呼び出した。

「今(病室に来てくれた)看護師から話を聞きました、たしかに医師からはそう(飲ませるな)指示が出ていますが、私は飲んでもらってもいいと思います。飲んだからって必ず吐くわけではないし、ご家族が最期をわかっていらっしゃるのならもう我慢はさせなくてもいいと思います。ただ、こちら(病院)としてはリスクがあるのに『はい、どうぞ』とは言えなくて・・・」と、とてもとても申し訳なさそうに言った。

癌との毎日 その54(最後の一日その3)

2018-05-10 19:57:33 | 主人のこと
息子二人に電話をしてすぐ来るように言った。
長男は「もう意識はないの?」と聞いてきたが意識は全然ある。
「意識はあるよ、でももうせん妄も出てきているし、血圧も上がらない。呼吸もままならないから苦しいはず。『呼吸が楽になる薬』を入れてもらうから、入れたらもう自発呼吸はできなくなるからその前に来て」と。
「わかった、すぐ行く。」と長男の返事を聞いて病棟に戻った。
病室に入る前に夜勤の看護師さんに「これ以上辛い苦しい思いはさせたくありません。今息子に連絡したので家族が揃ったら(薬を)入れてください」とお願いした。

「わかりました。夜勤の医師に連絡しますね。」と言われ「お願いします」と頭を下げると「大丈夫ですか?」と看護師に背中をさすられた。
こらえていた涙が溢れた。
顔が上げられなくなり頭を下げたまましばらく(と言ってもきっと1分ほど)必死に涙を拭き顔を上げるとその看護師も涙を流していた。
こんな仕事をしているのだからいろんな方の死に際もみているだろうにそれでも涙を流してくれる看護師にちょっと驚き、そしてありがたいと思ったら“最後はちゃんと看取ってあげよう”と覚悟が決まった。

大きく息を吸い込み「はい、大丈夫です。2、30分ほどで息子達が来るのでよろしくお願いします。」と気丈に答えたつもりだ。

病室に戻ると娘が主人に再度酸素マスクを促していた。
やはり話をするのに邪魔なようですぐにマスクを手でずらしてしまう。ずらせば酸素濃度は落ちる。それを娘が「お父さんちゃんとつけて、鼻から大きく息を吸って」を繰り返していたようだ。

娘の隣に座り小さく「二人(息子たち)が来たら(薬を)入れてもらうから」と主人には聞こえないように伝えた。
娘が「トイレに行ってくるね」とすぐに離れた。見たわけでもないし聞いたわけでもないが多分泣きに行ったのだろうと思っている。

主人の手を握り「大丈夫?痛くない?」と声をかける。
せん妄と正気を行ったり来たりしている主人が「痛いよ、ナースコール押して、レスキュー入れてもらって」と言った。
体についている血圧計の数値はやはり100はない。
その数字を主人に見せて「まだ血圧が100まで行かないよ、レスキューは入れられないから頑張って(どうやって?って話だが)血圧をあげようよ」と言うと「そうか・・・」と目を閉じた。

もう何日も食べていないし水分さえもろくに摂っていない、せめてすこしでも眠れたならと思っていたがどうやらとても敏感になっているようで娘が病室に戻る音を聞き目を開けた。
が、一瞬目を閉じた間にせん妄が始まった。
主人のなかでは自宅でウトウトしていたようで、娘の顔をみると「おかえり、お疲れ」と声をかけた。
「さて〇〇(娘)も帰ってきたし俺はちょっと出かけさせてもらおうかな」とパジャマのボタンに手をかけ脱ごうとしはじめた。
娘と二人「え?どこ行くの?」と聞くと「こんなにいい天気だし家でゴロゴロしてるのは勿体ないからちょっと(自転車)行ってくるよ」と言い「俺のジーパンどこだっけ?」と顔を左右に振ってなにか探していた。

一瞬娘と顔を見合わせた。
すぐに娘が機転を利かせて「お父さん、今私が帰ってきたのに出かけるの?なら私が帰ってくるのを待ってなくたってよかったじゃん」とかつて自宅であったやりとりを再現した。

その背景には娘が就職して少し経った頃に車通勤の娘が信号待ちをしているところに車が追突してきた事故があった。
完全な相手有責の追突事故だった。
幸い娘にも相手にも怪我ひとつない事故だったが、その事故の後主人が明けや休みで家にいる時に娘の顔を見てから自転車で出かけるというやり取りが何度かあったためだ。
主人なりに心配もしていたのだろう。
娘としては自分は悪くない事故だから家にお父さんがいようがいまいが関係ないのだから「いちいち恩着せがましい」と悪態をつき主人は「ハイハイウザイお父さんは消えますよ」のようなやり取りがあった。