9月8-9日は、東京の小金井市桜町にある福音史家聖ヨハネ布教修道女会の修道院で召命黙想会があり、行ってきました。
この修道会は、1939年に47歳の若さで帰天した戸塚文卿神父が、カトリックの医師として設立した桜町病院を引き継ぐために、マザー岡村ふく(1899-1982年)が奔走し、1944年に創立された日本の修道会です。戦中のまさにたいへんだった時期に、このような修道会が生まれたことは本当にすばらしいと思います。
今回の黙想会の参加者は女性ばかり9名と、スタッフのシスターが4名、そして養成中のシスターが2名でした。
おかげ様で、自分にとってもよい黙想の機会をいただいいたと思います。
それにしても、戸塚神父が帰天したのは、ぼくのいまの歳と同じとき。いろいろと考えさせられます。いただいた「戸塚神父伝」と「岡村ふくの生涯」を読んでいるところです。
さて、写真は8月末、長野に帰省中に行った上高地です。長野市から上高地行きの直通バスがあり、日帰りで行ってきました。
河童橋に近いバスターミナルに11時ごろ着き、帰りのバスの出る3時半までの間、梓川の両岸を明神橋まで歩いて帰ってくるだけのことですが、十分に楽しめる散策です(片道普通に歩いて一時間半のコース)。
あいにく、山頂付近は雲がかかっていましたが、すがすがしい北アルプスの空気をいっぱい吸って、とても心地よい時間を過ごしてきました。
下の写真は、梓川に流れ込む小さな支流。
この修道会は、1939年に47歳の若さで帰天した戸塚文卿神父が、カトリックの医師として設立した桜町病院を引き継ぐために、マザー岡村ふく(1899-1982年)が奔走し、1944年に創立された日本の修道会です。戦中のまさにたいへんだった時期に、このような修道会が生まれたことは本当にすばらしいと思います。
今回の黙想会の参加者は女性ばかり9名と、スタッフのシスターが4名、そして養成中のシスターが2名でした。
おかげ様で、自分にとってもよい黙想の機会をいただいいたと思います。
それにしても、戸塚神父が帰天したのは、ぼくのいまの歳と同じとき。いろいろと考えさせられます。いただいた「戸塚神父伝」と「岡村ふくの生涯」を読んでいるところです。
さて、写真は8月末、長野に帰省中に行った上高地です。長野市から上高地行きの直通バスがあり、日帰りで行ってきました。
河童橋に近いバスターミナルに11時ごろ着き、帰りのバスの出る3時半までの間、梓川の両岸を明神橋まで歩いて帰ってくるだけのことですが、十分に楽しめる散策です(片道普通に歩いて一時間半のコース)。
あいにく、山頂付近は雲がかかっていましたが、すがすがしい北アルプスの空気をいっぱい吸って、とても心地よい時間を過ごしてきました。
下の写真は、梓川に流れ込む小さな支流。