図説 シヴァ・サンヒター
12月の始めに新宿御苑前の日本ゴーシュ・ヨガ道場に立ち寄ったあとに紀伊国屋書店を覗いて見ましたら出帆新社発行、伊藤武著の「図説 シヴァ・サンヒター」が出ていました。5000円と高くラッピングされていて中を覗く事も出来ませんでしたが、伊藤武さんが次に本を出すとしたら多分「シヴァ・サンヒター」になるのだろうと漠然と思っていましたので迷わずに買って帰りました。
「図説 シヴァ・サンヒター」は初めに序が有り、続く第一章から第五章はシヴァ・サンヒターの翻訳と解説になっています。そしてこの序が大変面白かった、シヴァ・サンヒターの概要が書いて有るのですがハタ・ヨガ(タントラ)の歴史が簡潔に書かれているのです。ネパールに発生したタントラが南下してベンガルでゴーラクシャによって完成された(15世紀)。ゴーラクシャの先生はマッツェンドラと言う人なのですがマッツェンドラはクラ派、それを引き継いだゴーラクシャがナータ派としてタントラを完成させたのだと言います。そしてシヴァ・サンヒターはナータ派では無くクラ派の経典だそうです。そして更にタントラはインドを南下し、南インドでナタラージャ(踊るシヴァ神)の形になります。ナタラージャのナタ(踊り)はサーンキヤ哲学のプラクリティで有りラージャはシヴァ神(プルシャ)ですからナタラージャの姿はプラクリティとプルシャの合一、タントラで言えばシャクティとシヴァの合一となり、この世界の根本は合一したシャクティとシヴァとの一元論と言う事になります。そしてシヴァとシャクティがひっついたり離れたりしながらこの世界は展開するのです。
タントラは優れたヨガの体系だったのですがイギリスのインド侵攻に対して武力で抵抗して鎮圧された為にタントラのナータ派は息も絶え絶えになってしまったそうで、それからは隠れた姿で生き残ります。西洋からハタ・ヨガは野蛮、低俗の烙印を押されての暗黒の時代が続きました。ヨガのアーサナ(ポーズ)のビラバッドラ・アーサナは武術の型だそうですし、ヨガ体操のスーリヤ・ナマスカル(太陽礼拝)は武術の準備運動なのだと言いますから、こうやって武術を隠し続けた訳ですね。しかしこうやって武術的な側面を隠し続けていたヨガはその後西洋の体育運動の影響を受け、身体を重要視するハタ・ヨガとして復活します。ハタ・ヨガ(タントラ)のルネッサンスです。
ハタ・ヨガ(タントラ)は日本の年表で言いますと平安時代には既に興っていて鎌倉時代にそのピークを迎え、江戸時代には完成されていたようですからヨーガ・スートラから700年以上も経過していまして、ヨーガ・スートラの「心の働きの止滅」に、更にイマジネーションの羽を付けて見事に羽ばたいた事が良く分かります。
さて、伊藤武さんはシヴァ・サンヒターをシヴァ・スートラ(私は読んだ事が有りません)と対比させながら第一章を天才の道、第二章を秀才の道、第三章と第四章を凡才の道と位置づけ、第五章は付録(またはNG集)と判断しています。
第一章は驚くべき事に、ヴェーダーンタ思想です。タントラはサーンキヤ哲学の発展形で有り、サーンキヤ哲学のプルシャをシヴァ神、プラクリティをシャクティと見なします。また仏教はプルシャ(魂)を認めないもののプラクリティ(現象世界)については詳細に検討しており、般若心経ではプラクリティを「空」として退けますが理趣経では全面的に肯定します。ですからサーンキヤや仏教はタントラに親和性が有るのですが、世界の根本をブラフマン(梵)で有るとしてそれが個人に内在する時にアートマン(真我)と呼び、そして現象世界をマーヤー(幻)として退けるヴェーダーンタ思想はタントラには一番遠い筈なのですが、これはどうした事でしょうか。
伊藤武さんは、一神教のイスラムに対抗する為にヴェーダーンタの一元論を持って来たのだろう、そしてシヴァとシャクティの合一の姿の一元論は一般のヒンドゥー教徒には分かりにくいのでヴェーダーンタの一元論にしたのだろうと推理します。
しかし、それだけの理由でシヴァ・サンヒターの思想の肝の部分を差し替えますでしょうか。散々悩んだ末に私はバガヴァッド・ギーターに思いが至りました。バガヴァッド・ギーターはサーンキヤの二元論とヴェーダーンタの一元論の統合を主張しています。バガヴァッド・ギーターから1000年も経ったシヴァ・サンヒターの時代にはバガヴァッド・ギーターの二元論と一元論の統合は普通の事として馴染まれていて、この曖昧な二元論と一元論の統合は無理なく受け入れられていたのでは無いでしょうか。ラーマクリシュナもラマナマハリシもヴェーダーンティストですがその思想を説明しますのにサーンキヤの用語を多用しますね。シヴァ・サンヒターはサーンキヤの発展形なのにヴェーダーンタの語り口で説明した可能性は有ります。
インドでは様々な思想が発生発育していてしかも全体としては調和しています。インドは思想の熱帯雨林ですね。
シヴァ・サンヒターの第二章はタントラ全開です。この宇宙の摂理の全ては人間の身体と言う小宇宙にそっくり内蔵されているとして、無数の脈管(ナーディー)を想定します。中でも最も重要な脈管(ナーディー)としてピンガラー、イダー、スシュムナーの3つが取り上げられます。
①ピンガラー 体の右側の脈管、太陽。
②イダー 体の左側の脈管、月。
③スシュムナー 体の中央(脊椎の中)の脈管、クンダリニーの通り道。
ナータ派の説ではピンガラーは体の右側を真っ直ぐに昇りイダーは体の左側を真っ直ぐに昇りますが、クラ派の説ではピンガラーは体の基底部の右から、そしてイダーは体の基底部の左からスシュムナーの周りを螺旋形(らせんけい)を描いて相互に上昇します。クラ派とナータ派のどちらが良いのかは分かりませんが、自分自身の感覚に従えば良いでしょう。
第三章ではヨーガ・スートラでは1つしか紹介されず、サーンキヤ・カーリカーで5つが紹介されるウパニシャッドから綿々と続く5つ(プラス5つ)の風(気)が紹介されます。
プラーナ、アパーナ、サマーナ、ウダーナ、ヴィヤーナの5つとナーガ、クールマ、クリカラ、デーヴァダッタ、ダナンジャヤの合わせて10の風(気)ですが、最初の5つだけで良いでしょう。
①プラーナ 胸のあたりに位置し、前進の働きをする。
②アパーナ 下腹部に位置し、下降の働き、排せつの働きをする。
③サマーナ お臍(へそ)のあたりに位置し、食物の消化の働きをする。
④ウダーナ 喉のあたりに位置し、上昇の働きをする。
⑤ヴィヤーナ 全身に遍満し、これが抜けると人は死ぬ。
シヴァ・サンヒターはこれらのプラーナ(風、気)をコントロールするプラーナーヤーマ(調息)を紹介し、ここでついにヨーガ・スートラのヨガの8段階に入るのですが、最初のヤマ(禁戒)とニヤマ(勧戒)は割愛されています。そしてプラーナーヤーマ、プラティヤーハーラ、ダーラナー、サマーディの4つに対応する4つのアーサナが紹介されます。
そして第四章、伊藤武さんはこれを書きたくてシヴァ・サンヒターの作者はシヴァ・サンヒターを書いたのだろうと推測し、ここが一番大事な所だろうと説明します。
第四章ではムドラー(とバンダ)が紹介されていますが、中でもヴァジュローリー・ムドラーを特筆します。ヴァジュローリーはシャクティを吸い上げる性的な技術なのですが、これは「そう言うものか」と理解しておけば良いでしょう。何故ならばこれをやるには自分自身よりもっとタントラに通じた相方が必要なので、実際にはこれは無理でしょうから。
第五章を伊藤武さんは付録と位置付けていますが、ちょっともったいない気がします。それは7つのチャクラが丁寧に紹介されているからです。
①ムーラーダーラ・チャクラ 身体の基底部(会陰、私の感覚では尾てい骨のあたり)に位置し、筋肉の働きを司る。
②スワーディシュターナ・チャクラ 生殖器のあたりに位置し、生殖を司る。
③マニプーラカ・チャクラ お臍(へそ)のあたりに位置し、消化を司る。
④アナーハタ・チャクラ 心臓のあたりに位置し、呼吸と循環を司る。
⑤ヴィシュッダ・チャクラ 喉(のど)のあたりに位置し、発声を司る。
⑥アージュニャー・チャクラ 眉間のあたりに位置し、命令を司る。シヴァ神の居所。
⑦サハスラーラ・チャクラ 頭頂部に位置し、神との連絡を司る。
さて、タントラにはクンダリニーと言う概念が有ります。クンダリニーとはシャクティの事でシャクティとは女性の性的なエネルギーを神格化したものです。シャクティはサーンキヤ哲学ではプラクリティの事で、シヴァ神の妃パールヴァティーに相当します。クンダリニーは三巻半にとぐろを巻いた蛇の姿で表現され、身体の基底部に眠っています。そして眠りから目覚めると6つのチャクラを突破して上昇し、眉間に居るシヴァ神と合体して永遠の恍惚となります。そしてクンダリニーが何処に眠っているかと言いますと、ナータ派ではお臍(へそ)の下あたりに球根が有ってその球根の上に眠っていると言い、クラ派では体の基底部ムーラーダーラに眠っていると言います。これはどちらが良いと言うものでも無く、自分自身の感覚に従えば良いでしょう。同じような事ですが、伊藤武さんはムーラーダーラにヨーニ(女陰)を当てスワーディシュターナにリンガ(男根)を当てていますが、私の感覚ではその逆でムーラーダーラがリンガ、スワーディシュターナがヨーニに相当します。これも自分自身の感覚に従えば良いでしょう。
最後に壺(クンバ)について。佐保田鶴治さんも説明していましたが体のお臍(へそ)のあたりに壺(クンバ)を観想し、アパーナの気を上へ引っ張り上げ、プラーナの気を下へ押し下げて壺(クンバ)の中で混ぜ合わせると驚いたクンダリニーが目覚めて上昇を始めると言います。私自身、自分で工夫して壺(クンバ)のプラーナヤーマをやっていますので、この件(くだり)を読んで大変驚きました。
12月の始めに新宿御苑前の日本ゴーシュ・ヨガ道場に立ち寄ったあとに紀伊国屋書店を覗いて見ましたら出帆新社発行、伊藤武著の「図説 シヴァ・サンヒター」が出ていました。5000円と高くラッピングされていて中を覗く事も出来ませんでしたが、伊藤武さんが次に本を出すとしたら多分「シヴァ・サンヒター」になるのだろうと漠然と思っていましたので迷わずに買って帰りました。
「図説 シヴァ・サンヒター」は初めに序が有り、続く第一章から第五章はシヴァ・サンヒターの翻訳と解説になっています。そしてこの序が大変面白かった、シヴァ・サンヒターの概要が書いて有るのですがハタ・ヨガ(タントラ)の歴史が簡潔に書かれているのです。ネパールに発生したタントラが南下してベンガルでゴーラクシャによって完成された(15世紀)。ゴーラクシャの先生はマッツェンドラと言う人なのですがマッツェンドラはクラ派、それを引き継いだゴーラクシャがナータ派としてタントラを完成させたのだと言います。そしてシヴァ・サンヒターはナータ派では無くクラ派の経典だそうです。そして更にタントラはインドを南下し、南インドでナタラージャ(踊るシヴァ神)の形になります。ナタラージャのナタ(踊り)はサーンキヤ哲学のプラクリティで有りラージャはシヴァ神(プルシャ)ですからナタラージャの姿はプラクリティとプルシャの合一、タントラで言えばシャクティとシヴァの合一となり、この世界の根本は合一したシャクティとシヴァとの一元論と言う事になります。そしてシヴァとシャクティがひっついたり離れたりしながらこの世界は展開するのです。
タントラは優れたヨガの体系だったのですがイギリスのインド侵攻に対して武力で抵抗して鎮圧された為にタントラのナータ派は息も絶え絶えになってしまったそうで、それからは隠れた姿で生き残ります。西洋からハタ・ヨガは野蛮、低俗の烙印を押されての暗黒の時代が続きました。ヨガのアーサナ(ポーズ)のビラバッドラ・アーサナは武術の型だそうですし、ヨガ体操のスーリヤ・ナマスカル(太陽礼拝)は武術の準備運動なのだと言いますから、こうやって武術を隠し続けた訳ですね。しかしこうやって武術的な側面を隠し続けていたヨガはその後西洋の体育運動の影響を受け、身体を重要視するハタ・ヨガとして復活します。ハタ・ヨガ(タントラ)のルネッサンスです。
ハタ・ヨガ(タントラ)は日本の年表で言いますと平安時代には既に興っていて鎌倉時代にそのピークを迎え、江戸時代には完成されていたようですからヨーガ・スートラから700年以上も経過していまして、ヨーガ・スートラの「心の働きの止滅」に、更にイマジネーションの羽を付けて見事に羽ばたいた事が良く分かります。
さて、伊藤武さんはシヴァ・サンヒターをシヴァ・スートラ(私は読んだ事が有りません)と対比させながら第一章を天才の道、第二章を秀才の道、第三章と第四章を凡才の道と位置づけ、第五章は付録(またはNG集)と判断しています。
第一章は驚くべき事に、ヴェーダーンタ思想です。タントラはサーンキヤ哲学の発展形で有り、サーンキヤ哲学のプルシャをシヴァ神、プラクリティをシャクティと見なします。また仏教はプルシャ(魂)を認めないもののプラクリティ(現象世界)については詳細に検討しており、般若心経ではプラクリティを「空」として退けますが理趣経では全面的に肯定します。ですからサーンキヤや仏教はタントラに親和性が有るのですが、世界の根本をブラフマン(梵)で有るとしてそれが個人に内在する時にアートマン(真我)と呼び、そして現象世界をマーヤー(幻)として退けるヴェーダーンタ思想はタントラには一番遠い筈なのですが、これはどうした事でしょうか。
伊藤武さんは、一神教のイスラムに対抗する為にヴェーダーンタの一元論を持って来たのだろう、そしてシヴァとシャクティの合一の姿の一元論は一般のヒンドゥー教徒には分かりにくいのでヴェーダーンタの一元論にしたのだろうと推理します。
しかし、それだけの理由でシヴァ・サンヒターの思想の肝の部分を差し替えますでしょうか。散々悩んだ末に私はバガヴァッド・ギーターに思いが至りました。バガヴァッド・ギーターはサーンキヤの二元論とヴェーダーンタの一元論の統合を主張しています。バガヴァッド・ギーターから1000年も経ったシヴァ・サンヒターの時代にはバガヴァッド・ギーターの二元論と一元論の統合は普通の事として馴染まれていて、この曖昧な二元論と一元論の統合は無理なく受け入れられていたのでは無いでしょうか。ラーマクリシュナもラマナマハリシもヴェーダーンティストですがその思想を説明しますのにサーンキヤの用語を多用しますね。シヴァ・サンヒターはサーンキヤの発展形なのにヴェーダーンタの語り口で説明した可能性は有ります。
インドでは様々な思想が発生発育していてしかも全体としては調和しています。インドは思想の熱帯雨林ですね。
シヴァ・サンヒターの第二章はタントラ全開です。この宇宙の摂理の全ては人間の身体と言う小宇宙にそっくり内蔵されているとして、無数の脈管(ナーディー)を想定します。中でも最も重要な脈管(ナーディー)としてピンガラー、イダー、スシュムナーの3つが取り上げられます。
①ピンガラー 体の右側の脈管、太陽。
②イダー 体の左側の脈管、月。
③スシュムナー 体の中央(脊椎の中)の脈管、クンダリニーの通り道。
ナータ派の説ではピンガラーは体の右側を真っ直ぐに昇りイダーは体の左側を真っ直ぐに昇りますが、クラ派の説ではピンガラーは体の基底部の右から、そしてイダーは体の基底部の左からスシュムナーの周りを螺旋形(らせんけい)を描いて相互に上昇します。クラ派とナータ派のどちらが良いのかは分かりませんが、自分自身の感覚に従えば良いでしょう。
第三章ではヨーガ・スートラでは1つしか紹介されず、サーンキヤ・カーリカーで5つが紹介されるウパニシャッドから綿々と続く5つ(プラス5つ)の風(気)が紹介されます。
プラーナ、アパーナ、サマーナ、ウダーナ、ヴィヤーナの5つとナーガ、クールマ、クリカラ、デーヴァダッタ、ダナンジャヤの合わせて10の風(気)ですが、最初の5つだけで良いでしょう。
①プラーナ 胸のあたりに位置し、前進の働きをする。
②アパーナ 下腹部に位置し、下降の働き、排せつの働きをする。
③サマーナ お臍(へそ)のあたりに位置し、食物の消化の働きをする。
④ウダーナ 喉のあたりに位置し、上昇の働きをする。
⑤ヴィヤーナ 全身に遍満し、これが抜けると人は死ぬ。
シヴァ・サンヒターはこれらのプラーナ(風、気)をコントロールするプラーナーヤーマ(調息)を紹介し、ここでついにヨーガ・スートラのヨガの8段階に入るのですが、最初のヤマ(禁戒)とニヤマ(勧戒)は割愛されています。そしてプラーナーヤーマ、プラティヤーハーラ、ダーラナー、サマーディの4つに対応する4つのアーサナが紹介されます。
そして第四章、伊藤武さんはこれを書きたくてシヴァ・サンヒターの作者はシヴァ・サンヒターを書いたのだろうと推測し、ここが一番大事な所だろうと説明します。
第四章ではムドラー(とバンダ)が紹介されていますが、中でもヴァジュローリー・ムドラーを特筆します。ヴァジュローリーはシャクティを吸い上げる性的な技術なのですが、これは「そう言うものか」と理解しておけば良いでしょう。何故ならばこれをやるには自分自身よりもっとタントラに通じた相方が必要なので、実際にはこれは無理でしょうから。
第五章を伊藤武さんは付録と位置付けていますが、ちょっともったいない気がします。それは7つのチャクラが丁寧に紹介されているからです。
①ムーラーダーラ・チャクラ 身体の基底部(会陰、私の感覚では尾てい骨のあたり)に位置し、筋肉の働きを司る。
②スワーディシュターナ・チャクラ 生殖器のあたりに位置し、生殖を司る。
③マニプーラカ・チャクラ お臍(へそ)のあたりに位置し、消化を司る。
④アナーハタ・チャクラ 心臓のあたりに位置し、呼吸と循環を司る。
⑤ヴィシュッダ・チャクラ 喉(のど)のあたりに位置し、発声を司る。
⑥アージュニャー・チャクラ 眉間のあたりに位置し、命令を司る。シヴァ神の居所。
⑦サハスラーラ・チャクラ 頭頂部に位置し、神との連絡を司る。
さて、タントラにはクンダリニーと言う概念が有ります。クンダリニーとはシャクティの事でシャクティとは女性の性的なエネルギーを神格化したものです。シャクティはサーンキヤ哲学ではプラクリティの事で、シヴァ神の妃パールヴァティーに相当します。クンダリニーは三巻半にとぐろを巻いた蛇の姿で表現され、身体の基底部に眠っています。そして眠りから目覚めると6つのチャクラを突破して上昇し、眉間に居るシヴァ神と合体して永遠の恍惚となります。そしてクンダリニーが何処に眠っているかと言いますと、ナータ派ではお臍(へそ)の下あたりに球根が有ってその球根の上に眠っていると言い、クラ派では体の基底部ムーラーダーラに眠っていると言います。これはどちらが良いと言うものでも無く、自分自身の感覚に従えば良いでしょう。同じような事ですが、伊藤武さんはムーラーダーラにヨーニ(女陰)を当てスワーディシュターナにリンガ(男根)を当てていますが、私の感覚ではその逆でムーラーダーラがリンガ、スワーディシュターナがヨーニに相当します。これも自分自身の感覚に従えば良いでしょう。
最後に壺(クンバ)について。佐保田鶴治さんも説明していましたが体のお臍(へそ)のあたりに壺(クンバ)を観想し、アパーナの気を上へ引っ張り上げ、プラーナの気を下へ押し下げて壺(クンバ)の中で混ぜ合わせると驚いたクンダリニーが目覚めて上昇を始めると言います。私自身、自分で工夫して壺(クンバ)のプラーナヤーマをやっていますので、この件(くだり)を読んで大変驚きました。







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