阿南神召キリスト教会 礼拝メッセージ

徳島県の阿南神召キリスト教会の礼拝メッセージです

ヨルダン川を渡るイスラエルの民

2017-08-12 23:59:33 | Weblog

2017.8.13.「ヨルダン川を渡るイスラエルの民」

聖書 ヨシュア記3:14~17

題  ヨルダン川を渡るイスラエルの民

 

暗唱聖句 (ヘブル11:6)

「信仰がなくては、神に喜ばれることはできません。神に近づく者は、神がおられることと、神を求める者には報いてくださる方であることとを、信じなければならないのです。」

 

はじめに

イスラエルの民は約束の地にやってきました。ヨルダン川の水は雨季のために溢れんばかりの水をたたえています。季節は春、過ぎ越しの祭りの時期でした。大麦の刈り入れが始まる頃でした。ヨシュアは2人の偵察隊を送って、エリコの町を調べました。偵察隊の報告は良いニュースでした。「神があの土地を私たちの手に渡された。あの地の住民は私たちの事で震えおののいている。」という報告でした。二人の内の一人はかっての偵察隊の一人であったカレブと思われます。

1.3日間、ヨルダン川の川岸で宿営した。(神の声を聞く、戦略を考える。)

偵察隊の報告を聞いて、シティムを出発しました。そして、ヨルダン川の東側の川岸で3日間、そこに留まったのです。そこにはイスラエルの民が60万人の男子とその上に女、子供がいます。総勢、200万人ぐらいの人々でしょう。何も準備なしに、カナンの地に飛び込むわけには行きません。向こうにも闘う兵士がいます。十分な戦略が必要です。ヨシュアは3日間、何を考えていたでしょうか。おそらく、断食して祈っていたと思われます。神の声を聞くことなしに、次に進むことはできませんでした。神はヨシュアの求めに応じて、ある戦略を示されました。

2.神の戦略とヨシュアの応答

ヨシュアは神の戦略の全部はわかりませんでしたが、神が語られたことに信頼して従順に従う決心をしました。そして神が語られたことを民に告げました。契約の箱には主の臨在がありました。契約の箱は彼らにとって、神と等しいものでした。ヨシュアは言いました。「主の契約の箱を見て、レビ人の祭司たちがそれを運んでいるのを見たら、あなた方のいる所を立って、その後ろを進まなければならない。」そして、「契約の箱と人々の間には2000キュビット(約1キロメートル弱、1キュビットは45.72センチメートル)の間を開けなさい。そうしないと、道がわからなくなるから。この道はあなた方が通ったことのない道だから。」と言いました。確かに近すぎると見えなくなる場合があります。また遠すぎても、見えなくなることがあります。この契約の箱はイスラエルの民を導く道しるべになってくださいました。ヨシュアは民に身を清めるように言いました。「身を清めよ。明日、主が不思議を行われるから。」

 

神はヨシュアに言われました。「大いなることをしよう。私がモーセと共にいたように、あなたと共にいることをイスラエルの民に知らせよう。イスラエルの民は、この奇跡を通して、わたしがあなたと共にいるということを知るようになる。祭司たちにわたしの言葉を命じなさい。『ヨルダン川の水際に来た時、あなた方はヨルダン川の中に立たなければならない。』

ヨシュアはイスラエル人たちに言いました。「神の言葉を聞きなさい。生ける神があなた方の中におられ、カナンの地に住んでいる原住民をことごとく追い払われることを次の事で知らなければならない。」

神は約束されたことを成就される時には何かのサイン、しるしをくださいます。ヨシュアとイスラエル人に約束の地を与えると約束された主は、それが真実であることを、ヨルダン川を渡る方法を通して示されたのです。ヨルダン川はガリラヤ湖から死海に向かって流れています。200mくらいの落差がありますので、結構流れは速く、しかも水は川いっぱいに溢れている時でした。そんな時に、神は人間では考えられない方法を示されたのです。

(ヨシュア3:11~13)「見よ。全地の主の契約の箱が、あなたがたの先頭に立って、ヨルダン川を渡ろうとしている。

 3:12 今、部族ごとにひとりずつ、イスラエルの部族の中から十二人を選び出しなさい。

 3:13 全地の主である【主】の箱をかつぐ祭司たちの足の裏が、ヨルダン川の水の中にとどまると、ヨルダン川の水は、上から流れ下って来る水がせきとめられ、せきをなして立つようになる。」

3.神の民の従順

イスラエル人はどう応答したでしょうか。ヨシュアの言うことを信じたのです。

(ヨシュア3:14~17)

「3:14 民がヨルダン川を渡るために、天幕を発ったとき、契約の箱をかつぐ祭司たちは民の先頭にいた。

 3:15 箱をかつぐ者がヨルダン川まで来て、箱をかつぐ祭司たちの足が水ぎわに浸ったとき、──ヨルダン川は刈り入れの間中、岸いっぱいにあふれるのだが──

 3:16 上から流れ下る水はつっ立って、はるかかなたのツァレタンのそばにある町アダムのところで、せきをなして立ち、アラバの海、すなわち塩の海のほうに流れ下る水は完全にせきとめられた。民はエリコに面するところを渡った。

 3:17 【主】の契約の箱をかつぐ祭司たちがヨルダン川の真ん中のかわいた地にしっかりと立つうちに、イスラエル全体は、かわいた地を通り、ついに民はすべてヨルダン川を渡り終わった。」

水がアダムという地域の川のところでせきになって止まったというのです。若いイスラエルの民はこのような大自然を動かされる神の御手を見たことはありませんでした。しかし、ヨシュアとカレブは、知っていました。40年前、イスラエルの民がエジプトを出た時、紅海の海を分けて、乾いた地を通らされたあの偉大な奇跡を覚えていました。信仰は体験することによって強くなっていきます。

 

4.神の応答、紅海を渡った時と同じ奇跡をもって、信仰に答えてくださった。

 神はイスラエルの民に、ヨルダン川を二つに分けて、川底を見せ、その所を乾かし、その中を歩かせられました。大群衆です。200万人ぐらいの大群衆ですから、時間がかかります。その間、祭司たちは、じっと契約の箱をかついで川の中に立っていました。川に足を浸す前の彼らの信仰はどうだったでしょうか。川の水に飲まれるのではないかとさえ、思ったことでしょう。しかし、神の事を信じて、応答した時、彼らは偉大な神の奇跡を見たのです。この奇跡は神がイスラエルの民と共におられるということの証拠でした。このことによって、城壁の町であるエリコの町を征服する勇気が与えられたのです。神は私たちが信仰を持って、前向きに歩むことを喜ばれます。

ヘブル11:6「信仰がなくては、神に喜ばれることはできません。神に近づく者は、神がおられることと、神を求める者には報いてくださる方であることとを、信じなければならないのです。」

若い人は特に信仰を持って、神がくださったビジョンに向かって進んで行くべきです。神は前向きの信仰を喜ばれます。

 

5.イスラエルの民の感謝を現わす記念の石

イスラエルの民が全員ヨルダン川を渡り終えた時、神は言われました。「川底から12の石を拾い上げて持ってくるように。そして今晩の宿営地にそれをすえよ。」この石は結構大きな石でした。背中に背負えるほどの石ですから、小さい石ではありません。この石を積み上げて、このヨルダン川を渡った時の記念とするように、神は言われたのです。そして将来子供たちが「これは何のしるしですか。」と聞いた時、「この時に神がなされた偉大な神の業を未来の子供たちに語って聞かせなさい。」と言われました。信仰はきくことにより始まります。「『ヨルダン川の水は、主の契約の箱の前で、せきとめられた。箱がヨルダン川を渡る時、ヨルダン川の水がせき止められたのだよ。』と子どもたちに伝える義務があります。信仰を証をたくさん伝えましょう。契約の箱を担いでいた祭司たちが、ヨルダン側から上がってくると、ヨルダン川の水は元通りに勢いよく流れだしました。

 

6.神はヨシュアの立場をリーダーとして固いものにされた。

神はヨシュアをこの奇跡によって大いなる者とされました。モーセがあまりにも偉大な器でしたから、ヨシュアの存在はあまり目立ちませんでした。ヨシュアは普通の人でした。モーセはエジプトのパロの宮殿で、王子としてあらゆる学問を教え込まれた人でしたが、ヨシュアはエジプト人の奴隷として働いていたイスラエル人でした。ヨシュアの良いところは忠実さでした。また神への従順でした。そこで、神はこの奇跡を通して、神がモーセといたように、ヨシュアとも、一緒におられることを示されたのです。イスラエルの民はこのことを通して、ヨシュアを恐れるようになりました。一生の間、ヨシュアを恐れ、従いました。

(ヨシュア4:14)「 その日、【主】は全イスラエルの見ている前でヨシュアを大いなる者とされたので、彼らは、モーセを恐れたように、ヨシュアをその一生の間恐れた。」立てられた指導者を敬い、従うことはその人に平安と祝福を与えます。

 

7.割礼をうけた(5:2~9)

イスラエルはヨルダン川を神の介入によって、渡ることができました。ヨルダン川の西側にいたエモリ人の王たちはこの話を聞いて、震えあがり、戦う前に、戦う勇気を失ってしまいました。

 その時、主はヨシュアに言われました。イスラエルの民に「割礼」を施すように言われました。割礼はイスラエルの男性が受けるアブラハム契約のしるしです。男性性器の先の方の皮ふの皮を切り取ります。これは生れて8日目になされるもので、成長してから行うものではありません。成長してから行ったら、耐えられないくらい痛いものです。しかし、神のお言葉ですから、ヨシュアはギルガルで民に割礼を施しました。理由は荒野で生まれた2世たちは割礼を受けていなかったからです。ここには「傷が治るまで、宿営の自分たちの所に留まった。」と書いてありますから、辛い経験だったと思います。しかし、この割礼をうけることによって、アブラハム契約の祝福を受けとる霊的な準備ができました。

アブラハム契約の中に「カナンの地を受け継ぐ」という土地に関する約束があります。(ヨシュア1:4)「 あなたがたの領土は、この荒野とあのレバノンから、大河ユーフラテス、ヘテ人の全土および日の入るほうの大海に至るまでである。」

今まさに土地を受け継ぐために、闘おうとしているところですから、その身にふさわしく整えるべきだったのでしょう。この行いは非常に信仰が試される時でした。なぜなら、敵の陣地にきて、割礼を授けるというのは危険なことでした。もし、この割礼で傷が痛んでいる時、敵が攻めてきたら、難なく滅ぼされてしまいます。ヨシュアの信仰はヨルダン川を渡らせてくださった神の御業を見せていただいて、高められ、強められていたのだと思います。そして主を信頼する強い信仰が湧きあがっていたのだと思います。

 

8.民はイスラエルの地の産物を食べた。マナが止んだ。

イスラエルの民は割礼をうけ、それからその月の14日に過ぎ越しの祭りをしました。過ぎ越しのいけにえをささげました。エジプトを出てから3度目の過ぎ越しの祭りでした。過ぎ越しのいけにえをささげた翌日、彼らは「その土地の産物」、「種を入れないパン」といり麦を食べました。

そうすると、彼らはその地の産物を食べた翌日から、マナが降らなくなりました。そして彼らはその年の内にカナンで収穫したものを食べたのです。

これは確実に約束の地に入ったことを意味しています。彼らの荒野での旅は終わりました。約束の地に立ったのです。ハレルヤ!

 

9.結論

 ヨシュアは信仰によって、ヨルダン川を渡ることができました。神は、ヨシュアの信仰に答えてくださいました。そして普通の人だったヨシュアを立派な指導者として堅固なものにしてくださいました。神が証明してくださいました。「神が共におられる」という保証ほど素晴らしいものはありません。

イスラエルの民はヨシュアとともにおられる神をみて、ヨシュアを恐れて、一生の間、彼を敬い、従って行きました。そして、約束の地であるカナンの地を征服して行ったのです。

 彼らの中にあった素晴らしいものは、神への従順と信仰でした。私たちも神に喜ばれる信仰を持ちましょう。そして前向きに生きていきましょう。

(ヘブル11:6)「信仰がなくては、神に喜ばれることはできません。神に近づく者は、神がおられることと、神を求める者には報いてくださる方であることとを、信じなければならないのです。」

私たちの神はモーセに紅海を渡らせ、ヨシュアにヨルダン川を渡らせた神と同じ偉大な神です。大胆な信仰を持って、信仰の馳せ場を走りぬきましょう。

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