あみたろう徒然小箱

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忘れられない人々〔若い女性篇1〕 歌を紡ぐ娘 ぺー族

2014-11-03 | 少数民族あれこれ
 石宝山の宝相寺屋根下で延々と続いた歌垣。中央の娘が歌っている
 同じ村の娘達と8人ぐらいで来ていた

私が出会った中国の少数民族の中で、もっとも魅力的な女性です。
可憐で可愛くて、純粋で無垢、控えめなイメージがとても印象的でした。
気が強くて物言いが激しい中国女性を大勢見てきたので、なおさら新鮮に映りました。
言い古された言い方ですが“野に咲くヒナゲシのような”とは、まさに彼女のよう。
しかもまさに、ここは雲南省の山の奥です。

しかし彼女を魅力的だと思った理由は、容姿や表情、雰囲気からだけではありません。

彼女は雲南省大理州剣川県に住むぺー族です。
彼女をことさら魅力的にしていたのは、
ぺー族の伝統的な歌垣を延々と続けることができる類い希な才能です。

日本の古代にも、恋愛の相手を求めて即興の歌を交わす「歌垣」があります。
『古事記』『万葉集』『常陸国風土記』『肥前国風土記』などに記載があり、
特に有名なのは、『常陸国風土記』に記された筑波山の歌垣です。
いまもアジアの広い地域には歌垣の習俗が残っていて、
中国南西部からインドシナ半島にかけて、フィリピン、インドネシアにもあり、
中国の少数民族では、ぺー族、ミャオ族、トン族、チワン族の歌垣がよく知られています。
伝統的な形で現存する事例の中には、恋愛や結婚相手を探す目的のものもまだあり、
ぺー族の歌垣がまさにそれでした。

ぺー族の歌垣でもっとも盛んなのは、
大理州剣川県の石宝山という山で、年に1度行われる歌会です。
この歌会に初めて行ったのは1995年、この歌垣に出会ったのは1996年8月、
その後、97年、98年、99年の合計5回、石宝山の歌垣を取材しましたが、
もっとも素晴らしかったのがこの女性の歌垣でした。
彼女の歌垣の何が素晴らしかったのかは、
歌垣を語る要素があまりに多く、一言では言い尽くせません。
(詳しくは後ほどアップする予定の「歌垣」の項をご覧ください)
何はともあれ、それだけ素晴らしい歌垣を歌えるということは、
言葉を紡ぐ才能と歌の旨さ、語彙の豊かさが卓抜しているからです。
私達は、自分たちがその現場にいることが信じられない思いで、
その歌垣の成り行きを見守っていました。

歌垣は即興で歌を返します。
相手の歌を聞きながら、次に返す自分の歌を考え、
相手が歌い終わったらすぐに歌い始めなくてはなりません。
そういう歌の掛け合いが、4時間半も続いたのです。
このとき録音したペー語の歌をテープ起こして中国語に直し、
それをさらに日本語に直すのに10年を要しました。
テープを聴きぺー族の歌垣専門家が中国語で書き取り、それを中国人の学者が日本語に翻訳、
それを相方がさらに直すという、途方もない作業でした。
その結果、総計884首の歌の掛け合いだったということが判りました。

ぺー族の未婚の娘の衣装はピンク色で、冠からは白い毛糸の房を垂らしています。
この房は未婚であることを示し、男性がこれに触れることは“求愛”を意味します。
この女性は、歌が終わった後の聞き取りで、Liさんということが判りました。
Liさんは、同じ村の娘達8人ぐらいのグループで来ていたので、
歌う彼女を常に仲間達が取り巻いています。

ついでに書くと、彼女は歌の途中でトイレに行き、
その間は一緒にいた仲間が繋ぎ、
お腹が空いてきたからと、相手の男性陣と食堂に行って夕食をとり、
ちょっと休憩してからまた食堂で歌を掛け合うという具合。
彼女も相手の男性も、時間がある限りいくらでも続けられる様子で、
歌詞が途切れることはもちろん、歌いよどむこともありませんでした。

歌垣は相手の歌を聞きながら返す歌を考えるので、
だいたいの場合、真剣な表情で一点を見つめながら歌う人が多い中、
Liさんは常ににこやかに微笑みながら歌い続けていたのです。

私達は、その類い希な歌垣の才能に驚き、
その瞬間に居合わせた自分達の運の良さに心から感謝しました。
もう、こんなに感動する歌垣の場に居合わせることはないだろうと思いながら。
その実感はその通りになり、その後たくさんの歌垣に出会いましたが、
このような歌垣の事例に遭遇することはありませんでした。
(雲南省大理州剣川県 1996.8)

【後日談】
3年後、このとき教えてもらった村の名と名前を頼りに彼女(Liさん)の家を訪問しました。
彼女の家は、石宝山から更に奥へ奥へと入った山間の村にありました。
石宝山で歌っていたときLiさんは20歳で、この歌会の直後に結婚したそうです。
突然の訪問だったので彼女は野良仕事に出かけていて、
彼女の夫と幼い子どもに会うことができました。
両親、兄姉姉妹達の家族と大家族で暮らしていました。
歌会に一緒に来ていた彼女の姪(画像2枚目:Liさんの肩にもたれている少女)が、
重い穀物を下げて帰って来ました。
 山奥の集落に住んでいる
 10数人の大所帯。彼女の夫が子どもを抱いて自分たちの部屋に案内してくれた
 部屋には私が送った歌会の写真も飾られていた
重い穀物を背負い、歌会で一緒にいた姪が帰ってきた
 軒下に干してあるクルミ。これを砕いて油を採る
クルミを潰す用具。先端に砕いたクルミを入れ、もう一方を踏みさらに潰す

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