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天空の城 竹田城址@兵庫県朝来市和田山町 平成31年(2019)4月29日

2019-04-30 23:59:59 | 旅行・城歩き
今回のまとめ→こちら

平成最後の大型連休を利用して初日は「姫路城」、「城崎温泉」で一泊し二日目には「出石」そして天空の城として有名な「竹田城址」を散策しました。

古城山の登坂口に最も近い「山城の郷」駐車場は既に満車。 一旦竹田駅の辺りに戻り臨時駐車場に車を停め、徒歩で標高354mの山頂を目指すことにした。
JR竹田駅を渡ると


歴代城主の菩提寺があり、その脇を抜け山道を40~50分かけて登る。



石の階段や木材の階段を一歩ずつよじ登るが急であったり浮石に足を取られそうになる。100mごとに標識があるので励みにはなるが直線距離で354m進むのとは大違い、もはや登山である。披露困憊、全身汗だらけになり休憩しながらやっとの思いで大手門、北千畳にたどり着く。

先ほどの「山城の郷」駐車場からはバスで中腹バス停まで行き、そこから舗装路を20分ほど登り南千畳跡方面から入るルートなのでそれとはとは大違いである。帰りは絶対バスに乗ると誓う(笑)


山頂の起伏に合わせ南側と北側の千畳敷広場、その中央部に天守台がある。石垣が連なる光景は南米ペルーの世界遺産「マチュピチュ」を彷彿とさせる。


11月頃には周囲に霧が立ち込め、雲海に浮かぶ天空の城として一躍有名になった。

眼下には播但連絡道路の高架が見える


天守台跡


南千畳方向から見上げる


天守台から南千畳方面


石垣に組み込まれた巨石は敵方を圧倒する効果があったとされる。
城壁や石垣に使われている石はこの岩山から切り出されたもので、そのために山頂部が低くなったり切り出した跡が当時のまま残っている。



【歴史】
竹田城は嘉吉年間(1441~44)に山名宗全が家臣太田垣氏に作らせたのが始まり。羽柴秀吉の但馬攻めで落城した後は赤松広秀が入り、数年の歳月をかけて現在みられるような総石垣の壮大な城に修築した。しかし家康の命で広秀切腹後は廃城になった。
竹田城の縄張りは標高354mの古城山の山頂部に、羽を広げた鳥のような形で曲輪が配されている。石垣は一部改修されているが、概ね築城時のままの威容を見せている。



【竹田城】
《但馬の要衝に築かれた天空の城》


名称(別名);竹田城(てけだじょう)別名虎臥城(とらふすじょう)
所在地;兵庫県朝来市和田山町竹田字古城山169 
城地種類;平山城
築城年代;嘉吉年間(1441~44)、天正13年~慶長5年(1585~1600)
築城者;山名宗全、赤松広秀
主な城主;太田垣氏、桑山氏、赤松氏
文化財区分;国指定史跡
近年の主な復元等;
天守の現状、形態;天守台のみ現存
地図;



※出典、、、日本100名城 公式ガイドブック・日本城郭協会監修(学研)

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