阿見AC日記

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クラブの挑戦 パート6

2017年02月17日 | 楠康夫 理事長
クラブの感動をいかに伝え、支援を頂けるようになるか?
私の事業のポイント
1.責任のある組織形態を作りながら事業を進める
2.子供から大人までの一貫した育成システムを創る
3.365日いつ来てもそこに環境がある
4.スポンサー、個人の支援者を募る
5.正規雇用職員を採用していく

5.正規雇用職員を採用していく
クラブを発展させるためには、専門スタッフを雇用する
片手間ではなく、クラブの為に仕事をする職員を採用していく。
スポーツクラブをやっていくためには、ここが大きな境目になる。
まずは、人件費をいかに確保できるか?できないか?
悩みますね~~~これが一番大変だからな~~~~

私の場合は、2000年か1月らボランテイアクラブとしてスタートして
その4月にスポーツ少年団アスレッコクラブとしました。
ヤクルトの仕事をしながら一見片手間のように見えますが、それはそれは、命を懸けて真剣に取り組みました。仕事もやり、クラブもやる。将来辞めても大丈夫にしていく。今考えると41歳から47歳の時代だから体力も気力もあったのだろうと思います。

2004年に22年教員を務め退職した女房を第1号の雇用職員としてクラブマネージャーとして採用しました。正直、私の方が先に会社を辞めるつもりだったので、あっとまさかの感じでしたが、受け入れました。しかし、結果として、この方が良くクラブ内の業務が着々と進み始めました。

2006年4月に植竹万里絵(現荒川)さんを身内以外の職員第1号として採用しました。私もその1か月前にヤクルトを辞めていました。もう、人生後には引けない、前進あるのみと決意していましたので、改めて気の引き締まる思いを持って迎えてものでした。
経営者としての念願の一歩でもありました。

女房とマリエコーチが運営面の基礎をしっかり作り上げてくれました。

その後、正規雇用職員としては
2007年小盛栄一君(退職)
2013年佐藤慧太郎君
2013年中村仁君(退職)
2014年古江千晶さん
2015年植村真維さん
を採用しました。

採用も、マリエコーチの出身校の筑波大関係のメンバーから、クラブ出身者が大人になってきたので、そちらからの採用もするようにしました。

現在は
専属的に行ってもらうコーチ、運営、事務としての職員と菊田コーチ、三好コーチを含め8人のコアのメンバーがクラブの核を創ってくれています。
そのまわりを固めてくれている
ボランテイアコーチ
アルバイトコーチ
で構成されています。

クラブの専属の職員を採用していくことは、他の機関からの補助金もなくやっていくことは難しいことでもあります。せいぜい自分の人件費、女房、ボランテイアに支払うのが精いっぱいになってしまいます。従って、仕事をしながら空いた時間でやる。仕方がないことでもありますが・・・・
私の場合は、それに屈することなく諦めずに挑戦をしているだけです。
その気持ちが17年間続いてきているのは、人を採用したことで経営者としての血が常に騒ぎ、やる気を継続してくれています。もちろんこれからも、もっともっと頑張っていけそうです。

クラブの専属職員を採用していくことは、クラブの運営を大きくし、円滑にしていく大切な事でもあります。また、私にとっては経営とは何か?いつも責任というプレッシャーを背負い、命を懸けている。まあ、それが嫌じゃないのです。好きなんですね~~~

今日のところはここまで

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