銀座のうぐいすから

幸せに暮らす為には、何をどうしたら良い?を追求するのがここの目的です。それも具体的な事実を通じ下世話な言葉を使って表し、

朝ドラが利用されている話。・・・山一の破綻は、お勉強になった・・・芸術家は、結婚をすべきではないと、以前から言っている私だが

2018-08-07 02:06:48 | 政治

副題1、『今BSプレミアムのアナザーストーリーという番組で、山一證券の破綻の周辺を見ていた。人間には、思いがけない、挫折は訪れるものだ。それを、再度、確認をする』  

 私はいま、鎌倉市役所の、急な移転案、しかも、とんでもない田舎への移転案について、書いている最中です。さて、たくさんの挿入がありましたが、此処で、鎌倉小町という、とても、環境の良い住宅地に存在していた、元慶応大学教授のお宅に、そのお嬢さんが、使っていたプレスというものが置いてあったというところに戻ります。(あと注1)

 プレスとは銅版画を摺る機械ですが、ふとい鉄の、ローラーの間を鉄の板が滑っていくという形で、銅板に、彫られた細い線の中に、入っているインクを紙に移動をさせる機械です。いろいろな、おおきさと、いろいろな、お値段のものがありますが、

 銅版画を始めたての人は、他人が持っているものを借りるという形で、使い始めます。神奈川県だと、町田(東京都)の版画美術館の工房と、新横浜にあるOMというところが有名ですが、後、小さな工房で、プレスを使わせてくれる場所はある模様です。また、美大を卒業直後の人は母校のプレスが使えるでしょう。しかし、私の場合、従事している版画の技法が特殊で、したがって一枚が、三万八千円という高いお値段が付くのですが、ともかく、一枚摺るのに時間がかかります。ヘイター方式という技法をやっていました。その方式ですと、準備や片付けに、一般的な銅版画とは、違って、大量に時間がかかるために、ikkai作業を始めると、8時間は連続して行わないと、だめなのです。厚いガラスの板の上に伸ばしたインクが無駄になってしまって、困るのです。インクは、20年前の当時で、鮭缶一個程度の大きさで、5000円ぐらいしました。その技法をとる限り、日本の版画工房だと、使えないのです。大体三時間が、限度で、それ以上は、使わせてくれないという形ですから。

 海外の、プロ向けの工房だと、鍵をもらって、自由に出入りできる形式が多いのです。しかし、私の方も気を使って、パリなど、朝の7時から午後一時まで使って、あとは帰るという形にしておりました。日の出時間の違いがあるので、これは、日本人の感覚だと、午前五時から仕事を始めて午前11まで、いるという形です。

  しかし、海外修行も、病気になって挫折したのです。しかも背中が、24時間、痛い病は、主人が治してくれたので、『これは、神様が、一人暮らしをやめなさい』と、おっしゃっているのだろうと考えて、妻である、鎌倉の自宅へ帰りました。引き続き、自分が、逗子の古いマンションの一回に設置したプレスのある総計24畳のアトリエは、プレスを使うために、工房は合計7年間は、キープしたのですが、金銭的な無駄があると、考えて、返却することに決め、と、同時に、プレスを手放さないとならないと、考えたわけです。これは、非常に大きな挫折でした。

 これ以降、文体を変えます。

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副題2、『創作活動をする女性と、妻であり、母であることは、両立が難しい』

 海外修行に行く事は、激しい頑張りで、実行したのだから、プレス一台を、鎌倉の山の上にあげることも、努力次第では、可能だったかもしれない。ピアノを運搬する業者を、依頼をする。それから、プレスを製造した会社に、・・・・・分解して、さらに、組み立ててください。この運搬の費用を、プレス代に、上乗せして、噂話として流すことは一切いたしませんから・・・・・と、言えばよかったのだった。

 しかし、道具を手放すという形で、挫折が訪れたわけだけれど、それが、わかっていて、プレスを手放したのには、鎌倉の家に、プレスを持ち込むと、家庭内があれるという見込みがあったからだ。そこが、結婚をしている女の矛盾なのだ。妻であり、母である人が、12畳の客間の中心ボーンと、6畳分のスペースをとる、プレスを置いてしまうと、存在感が強すぎてしまう。それは、家族の一員としてよくないことなのだ。この様にして、家族があるということと、一流の芸術家であるということとか、純粋な創作者であるということが、両立しない。

 もし、私が高校生ぐらいから、自己主張ができる人間で、父の意向に逆らって、美大へ行きます」などと、主張ができたら、結婚も、アーチストであるという事が前提で、行うので、大丈夫かもしれない。しかし、親自身が、美術に才能があるのに、別の道(技術や・・・・・今の言葉で言えば、理工系)に進んで、それが、戦時中は、よい選択だったと、感じたので、美大や、文学部系統への、進学を絶対にといっていいほど、許さなかった。で、平凡な人として、結婚をして、平凡な人として、子供を二人生んだのだった。しかし、急に父親からの遺産が、5千万円はいると、父も結局はそうだった、芸術方面への、道へ進みたいという欲望が芽生え、また、父も若い時期から、さらにさらにサラリーマン画家として、コンクールや、公募団体展へ、絵を出品していたから、私も門前の小僧、習わぬ経を読むの類であって、個展をする。公募団体展に応募する。各種コンクールに応募する、方法を知っており、かつ入選を繰り返したので、結局はどんどんどんどん、そちらへ、希望が強くなってくる。

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副題4、『私は2005年ごろから、一ノ瀬智恵乎さんの、のちの日の、三鷹ストーカー事件の、到来を予知していた』

 しかし、芸術や、創作の仕事というのは、24時間、頭が、そちらへ向いているという形なので、家族へ、寂しい思いをさせがちである。それで、こどもの思春期には、活動を、控えた。ここが私が、一ノ瀬智恵乎さんを、批判するところなのだ。私の方が年上であるので、彼女を見ていると、『今は、お子さんに、こういう手当をしないといけない』という事がわかるのだけれど、彼女はそれをやっていない。どうしてやっていないという事がわかるかというと、無神経すぎるからだった。

 特に渡辺豊重さんが、私をいじめた(これは、美術9条の会が、そういう目的で設定されているので、私がいじめていい対象となっていたせいだろうと、思うのだけれど)時に、そばにいた一ノ瀬さんが、へらへら笑っているので、本当にびっくりしたのだった。母親である人が、他人がいじめられているのに、平気で、へらへら笑っていてはいけない。そういう態度からは、母であるという事の、根本的な部分が、まだ、できていないという事が証明できる。心理的に母になっていないという事が、証明できるのだ。

 私はその時、お子さんは思春期であろうと、思ったので、『これは、将来大変なことになるだろう。この人は、将来、お子さんのことで、きっと悲しい思いをしますよ』と、感じた。実際はまだ小学生だったのだけれど、吉祥寺という繁華街に住んでいるので、お嬢さんは早熟だったと思われ、あの時点から葉山まで、来ていてはいけないのだ。私は、勘が鋭くて、たいていの予知や、予測が当たるのだけれど、一ノ瀬さんは、・・・・・お子さんがあるのに、芸術家として、立派な活動をしている・・・・・という事がセールスポイントだから、『これは、まずいですね。彼女は、自分の立場に甘えすぎです。周りが盛り立ててくれることへ、依存しすぎです』と、感じたのだった。

 それに、三鷹ストーカー事件が起きてから感じたのだけれど、鈴木紗綾ちゃんには、母親との、こころの交流が感じられない。母親のことを好きでなくてもいい。または、批判をしてもいい。でも、どこか、『こういうことをすると母親が悲しむ』とか、『母親が、嫌がるだろう』とか、『心配するだろう』と、思う気持ちが働いて、子供は、自分を抑制するものだ。それが見られないので、母親(または、母親がいない家庭だったら、父親でもいいのだけれど)から、慈しみを受けているという感覚がなかったのではないかと、思われる。

 子供はご飯を食べさせて、お洋服を買ってあげて、学費を出して、学校へ通わせて居れば、見かけ上は成長していく。だけど、早熟な子供は、12歳ごろには、思春期が始まって、性への関心も高まるからこそ、そのころから、母親は、意識して、子供と、今までとは、違う形での、かかわりを持ち始めないといけないのだ。

 三人お子さんがある別の画家が、「私は、何にも問題がなかったわよ」といったケースがある。私は、それに対して、何も説明をしなかったのだが、そちらは、派手なことをしない。たとえば、一ノ瀬さんが行っている様な渡辺豊重さんのアクセサリー役として、葉山の美術館のオープニングパーティに出るという様な遊びの部分がない。その上三人お子さんを生んで育てたという部分は、すでに、母親としてのわきまえができているという事を語っている。そういう種類の母親の子供だと、母親との、心理的なきずなができている。その上、子供が、三人いると、兄弟同士で、助け合い、影響しあい、協力をしあう。したがって家族として安心な関係が生まれやすい。おかしな方向へ踏み込みがちな、ほかの兄弟を、引き戻す役目もするだろう。悪い言葉で言えば監視だが、よい言葉で言えば、自己抑制という意味で、サポートしあうという事となる。

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副題5、『私はなぜ、渡辺豊重を批判をしないのか?』

 一ノ瀬智恵子さんに対して、三鷹ストーカー事件の予知をした日には、そばに渡辺豊重さんがいたわけだ。そして、いじめてきた主役は渡辺さんの方だ。だが、私は渡辺豊重について、字数を割いてこなかった。どうしてだか、今日語りたい。とよしげさんと、みんなが呼ぶ。彼は、とても人懐っこい。だから、いじめてきたときは、ちょっと驚いた。しかし、政治が、からんでいるのは、すぐわかるので、彼に直接抗議もしていないし、復讐もしていない。

 ただ、私をいじめてきたりしたら、どうして、そうなるのかという分析は始める。ただ、単に、美術9条の会だけではない部分を分析する。結局のところ、彼が、・・・・・美大を出ていないが、美的センスが高くて、一流の立場になっている・・・・・という事が、原因だと、なってくる。で、他人の嫉妬を浴びる。それを、防衛するために、常に女性を連れて歩くのだ。セクシャルな関係はない、類の連れ合いだが、作家ではなくて、「画廊関係者です」とか「ファンです」と、いうケースだと、そういうことに付き合っても、許す気になるが、作家というしっかりした主張を持っているべき女性が、単なるアクセサリーとして、機能をしているのを見ると、『あれ、この人ってバカではないの』と、思ってしまう。

 ともかく、『他人に利用をされていますね』という事があからさまにわかる状態に、自分を置くなどとは、一ノ瀬智恵子さんは、わきが甘すぎる。特にお子さんを放っておいて、そういう付き合いに励んではいけない。

 渡辺豊重さんの方は、そういうこと種類の、処世術を身に着けた人だという事になる。これは、小さいころ貧乏だった結果なので、責めるのは酷だ。だが、私は、いじめられた途端に、『あら、馬脚を現しましたね』とは思った。『ノブレスオブリッジなどという言葉からは遠い人ですね』とも、思った。それは、言っておきたい。

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 副題6、『朝ドラ【半分青い】の諒ちゃんだけど、芸術家のある一面をよく表していると思う』

 北川悦吏子さんの脚本は、超スピードで進むので、説明不足だけれど、諒ちゃん(さん)の描出は、傑作だったと、思う。世間ではだメンズ状態が素晴らしいと、評判だそうだが、私は、芸術家とか創作家の一面をよく表していると、思っている。

 私の実家の北側に、真田宏之さんと手塚理美さんが、家を新築して、小さいお子さんがたを育てていた時期がある。その家なのだけれど、真田さんの趣味を反映して、地下室があり、そこで、ドラムをたたいても大丈夫な様な防音装置が付いているという話だった。しかし、外壁を見る限り、その家では、手塚さんの方の趣味が、勝っている様に見えた。ピンクのタイル、が、ふんだんに使われているからそう思った。南隣の家の住人として、母は、頂き物をしたりして、とても感じがよいご夫婦よと、言っていた。その後、離婚という事になって、テレビ取材が、押し寄せたそうだが、母は、絶対にドアを開けなかったと、言っていた。

 ところで、この離婚だけど、それこそ、芸術家、真田宏之と、普通の人である手塚理美の、生活方針の違いがあって、真田さんは手塚さんの、やり方につかれたのだろうと、思っている。手塚さんは、お子様方の将来を考えて、ご近所住まいの人々の様に、サラリーマンとして育てたいと、思っていたのではないだろうか。ご近所づきあいを積極的に行っていた。お子さまが小さいので、それは、まっとうなことだけれど、「町内会のお餅つきに、あなた参加をしてください」と理美さんから、いわれたら、真田宏之さんの方は、「自分は、此処に住んでいてはだめになる」と思ったのではないだろうか? それが二人の離婚の真因だと、思っている。

 それとonajiコンセプトが、朝ドラ【半分青い】の諒ちゃんに、よく出ていると、思う。諒ちゃんは、批判をすべき対象ではない。特に男親だから、ありえる設定だと、思われる。また、元は金持ちの家であって、祖父は、帽子づくりの人であり、外に女性を作ったなどと、芸術家を生む要素がいっぱいな環境設定だし、・・・・・

 ただ、彼が、元住吉翔平という年上の先輩と、同居ができるというのが不思議だが、映画人というのは、そういうところがあるのだろうと、許容している。 

 実は元住吉というのは、親せきがすんでいる町であって、それを、意識させようとしていると、思われるが、もっと、意識せよと、言われているのが、最後に、主人公雀が、発明をして成功するという筋書きであるらしい点だ。

 これこそ、私を脅かしてやろうと、井上ひさしたchiが、案出し、北川悦吏子さんに、強く依頼をしたポイントだと、思われる。 

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副題4、『NHK朝ドラは、私を意識して作られている。私の友人には、実際に発明が大好きな女性がいる。彼女は、これまた、慶応大学の教授のお嬢さんで、頭がいいのだ。で、発明品が、どんどん、生まれるそうだ。ただ、彼女は、すずめちゃんとはタイプが違う。都会のお嬢様育ちで、背が高くて、ノーブルという言葉が、そのまま、人間化した様な顔をしている。

 日吉に、【葡萄の家】という喫茶店があった。今はなくなっているが、6年前まではあったと思う。そこで、5~7年前のどこかの時点で、友人と楽しく二時間程度、お茶をした。小学校時代の友達だ。素直なお嬢さんだったが、今でも、当時の面影そのままの話しっぷりだった。お顔が、とてもきれいなので、小さい頃は、お勉強には熱心ではなかった。しかし、慶応大学内では、非常に有名なスター様と結婚をした。その後なのだ。さすがは、慶応大学の教授のお嬢様だ。地頭がよい。したがって、発明品が次から次へと出てくるそうだ。

 一方で、私の方は、リアルな世界には疎いので、買う方では、新商品を、買うが、発明など、できはしない。で、珍しく、自分の方は口を挟まず、二時間、ずっと、彼女の話を聞いていた。楽しく聞いていた。彼女は、うれしそうで、はずんでいたからだ。で、楽しい気分がこちらにも伝染をしてくるのだけれど、一方で、同じ場所で、二時間もお茶をしていたら、盗聴をされるだろう。大丈夫かしら。彼女の発明人生に、断るという形で、意地悪が押し寄せてて来ないかしら? と、不安になった。

 これは、パソコンを使うときに,nandomoonajikotowokeikenして居るので確かなことだった。パソコンは、今も激しいシステム障害が起きているが、なにか、私が重要な真実を開示した、時に、こういう風になる。それでノマド生活に入った。自宅では、仕事をせずに、喫茶店とか図書館とか、ネットカフェで、仕事をする様になった。しかし、その時も同じ場所で、二時間もいると、自宅と同じ障害が起きてきて、仕事にならないのだ。したがって、頻繁に河岸を変えた。したがって、莫大なお金がかかった。私はその様にして身銭を切って、自分を守ってきた。

 反対に、伊藤玄二郎側に立つ人は、金銭と名誉が大きく降りてくる。安野智紗夫人など、その典型なのだ。小野寺夫人も、私をいじめることで何らかの収入を得ていると、推察している。

 発明を好きなお友達との会話は、やはり、盗聴をされていた。彼女は「千恵子ちゃん、千恵子ちゃん」と、したってくれて、「発明品を世に出して、それを商品化するお手伝いをしてほしい」とまで、依頼をしてくれた。とてもありがたかったが、伊藤玄二郎達にnanimokamo,bougaiを受けてイル身では、何もお手伝いができない。

 それを言ったので、かえって、彼女が、敵方に、奪われたと、考えている。富沢夫人も同じだ。私が迷惑をかけることを恐れて、それを言うと、相手が、敵さん方にリクルートーとをされて敵方の人となってしまう。

 で、こちらの慶応大学教授のお嬢様の人慶応大学教授のケースでも、そうなってしまい、そのお友達には、よいことがたくさん起きる様になり、そのことが電話で報告をされる様になった。と、同時に彼女はwatakusiwosakeru様になった。

 そのエピソードをさらに拡大し、そのときのきずを再度なめさせようとして、北川悦吏子さんが、発明をする女性を主人公にする、朝ドラ【半分青い】を、書くさまに依頼をされたと、私は考えている。

 ただ、彼女との関係には救いはあった。私たちは、すべて、75歳だから、みんな、なにがしかの病を持っている。したがって、気弱になっている。で、もし、彼女がどこかから、命令を引き続き受けていたとしても、そのあらわれ方は、とても緩やかになっている。

 この間の同窓会では、屋根の話で、盛り上がった。日吉の私の実家から、垂直距離にして、15mは下、水平距離にして、300m南側に、彼女の家があり、それが、毎日、私の目に入ってきた。間に、田んぼがあり、今は、マンションが建っているので、見えないが、60年以上前は、南側が、慶応の普通部まで、見晴らすことができたのだ。普通部は、一キロは離れているが、同じく、一キロは離れている駅だって見えたのだから、・・・・

 ところで、あのころ、彼女の家では女中さんとか、書生さんというものを置いていたのではないだろうか。平屋だけど、ものすごく大きな屋根だった。日吉の線路の西側では、最も大きな屋根だったと、思う。

 私が、この屋根のことを話題として出すと、彼女は、「そうよ。真ん中に廊下があったのよ」という。私は驚いて、「え、本当。あのね。父の実家では、北と、南に、2本の廊下があるのよ。でもあなたのおうちって、三本もあったの?」というと、そうよ。本当に三本あったのよと、彼女は答える。大いに笑いあった。小学校の校舎並みのお宅だ。個人の家なのに三本も廊下があるなんて。戦前とは、土地が安かったのだと、つくづく思う。今の日吉で、そんな家は建てられない。

 あとで、想像をしたのだが、南北に、7間、東西に、12間、は、あったのではないだろうか?

 そうすると、84坪となる。なんだか、おとぎ話の世界の、様で、心がホックりした。屋根というどこでもあるものでも、笑える話題になって、本当に良かった。

 

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