銀座のうぐいすから

幸せに暮らす為には、何をどうしたら良い?を追求するのがここの目的です。それも具体的な事実を通じ下世話な言葉を使って表し、

T/boxと言う画廊が、「月刊ギャラリーの連載をやめさせろ」と言う手紙を編集長に送ったのだが△

2015-04-27 20:22:09 | 政治

これは、まったくもって、前報(後注1)の続きです。 総タイトルは、書けた内容に準じて、変え、三回目のものとして、『広島市長が、NYでデモをしたからこそ、パリでの大デモや、アルプス激突の中に存る嘘が、露顕して来る』としておりました。が、今、5月2日の午後4時に、二度目のものへと変更してあります。

副題1、『独立(日展とか二科展とかいう大きな団体展の一つ)と言うところに出品をしていた女性が、私は、そのために、1200万円使ったと言ったが、国展に出品していた私も、大体同じ程度のお金は、使ったものだった。ところで、そんなに画材を買っていた藤沢東美から、驚くほど残酷ないじめを受けたが、裏にいたのは誰だったのか?』 

 私は今、鶴岡八幡宮様のぼんぼり祭りに、献灯をすることになったいきさつを書いている最中です。鶴岡八幡宮様が、川口順子外務大臣のご実家を、お買いになることとなり、地境の点検にいらっしゃったことがあります。既に、東側は、私と八幡宮様は、昔からの地境地主だったのですが、今度は、東南の地境石・以南が、八幡宮様の持ち物になったので、その石を点検にいらっしゃったのです。

 その時、普段は誰にも見られない場所である南側の庭で、絵を描いていたり、乾かしていたりしたわけです。それをご覧いただいて、ぼんぼり祭りにお誘いをいただいたのでした。その絵ですが、公募団体展やコンクールに応募する生活をしていた2002年までは、100号以上の絵を、7~8枚、一年間に描きます。それは、大変な金額を必要とするものです。単に油絵の具を買うだけでは無くて、キャンバスを張ってもらうとか、絵を上野の都美館まで、運んでもらうとか。あ、ここで、ちょっとしたお断りですが、今、国展は、六本木の新国立へ移動をしています。でも、女流展は、上野に残っていますが・・・・・移転するか移転しないのどちらが得だったかは、分からないでしょうね。

 で、これから書くエピソードは、思い出すのも、嫌なことなのですが、大量の金額を奉仕していた画材店から、お客である私の方が、取引を断られた事がある、と言う話のです。皆様、はっきりと言いますよ。私が何かへまをしたということではないのですと。これもまた、CIAさんたちが絡んでいる悪辣極まりないいじめなのです。だって、一段階とか、二段階とか、三段階は間が入っていると、思いますが、出発点は、例の北久里浜の横須賀市の水道山の土地をただで、手に入れた瀬島龍三から、発生しているのは確かなことでしたから。

 その画材店の名前は、藤沢東美と言います。その画材店が突然に態度を変化させた時、彼らの前の段階で、具体的に動いたのは、たぶんですが、創形美術学校の卒業生である、大原光孝さんと言う人物であって、その人が、同じく創形美術学校の卒業生で画材店のスタッフのひとり(=中村さん)に私の悪口を言ったために、こうなったのでしょう。

 ただ、もう一つ別のルートが、ある可能性も残しておきたいです。それは、二人目のスタッフである市川さんが、鎌倉二階堂の住人だそうですから、同じく、二階堂の住人である酒井忠康氏から、発生したいじめだったかもしれません。

 ところで、市川さんや、中村さんがやって来たことは、単なる侮辱ではなくて、途方に暮れると言ったたぐいの、いじめなのです。と言うのも、藤沢東美は、公募団体展(=女流展とか、国展)に、私の絵を、運んでくれる業者でした。そう言う人間から、取引を断られたら、こっちは、出品ができません。100号の油絵と言うものは、たいへん大きくて、しかも重石、しかも、まだ、会員ではない人は審査を受けるので、何点も、上野まで運ばないといけないのです。それは、電車などではできないことであり、かつ、普通の乗用車でもできないことなのでした。また、それ専門の業者は、一ペンに、20数点運ぶので、2万円程度で、運んでくれますが、これが、黒猫などに頼んだら、4,5万円は取られる可能性もあるジ台だったのです。日通でも同じです。

 だから、出品できなくなります。そういう風にして、いじめて来るのでした。もちろんのこと、運搬については、すぐ、次の人を見つけて、そちらに、お願いをしました。ただし、ずっと以前から、大金を消費しているわけではない業者さんです。そちらは、絵の具などを販売しませんので、ただ労賃を払うだけですから。ですからね。10年以上をかけて、油絵の具を買い、キャンバスを買う業者から、取引を断られたというのは、すごい話なのです。数百万円を貢いでいるのに、断られたというのは「お客様は神様です」と言い、中国人などから圧倒的にほめられている日本の商道徳から考えると、驚天動地の出来事でした。

 すさまじい時期でしたね。だって、こういう事すべては、何度もいう様に、瀬島龍三の悪を目撃してしまった私を、間接的に殺したいという目的で行われている事ですから。

 でも、彼らのあくどいところは、一方で、からかっても、来ると言う点なのです。そのからかいの極地だったのは、私がメンターとして仰ぎ見ている大切な先輩(女性)を通して、「絵に専念せよ。文章を書くな」と命令をして来た事でした。これはね。文京区関口台にある、東京カテドラルを仲立ちとした話で、井上ひさしが、裏で、動いたケースです。無論のこと、2003年ごろは、公式にも彼は生きていましたので。彼らは、人間をゲームの駒のごとく扱って、苛め抜いてくるのでした。自分たちだけは、特権の中にぬくぬくしているくせに。

 ところで、私は、その頃は、ただ、ただ、我慢をして、じっと耐えたのですが、『これほどの、悪辣な事をやってくるのだから、絶対に、神様に見放されて、藤沢東美には、将来、悪い事が起きるでしょう』と思っていたら、やはり、つぶれました。私はつぶれた当時には、何もやっていません。メルマガ時代でしたが、この事は書いておりません。一番大きな原因は、安売り画材で有名な世界堂が、藤沢の駅ビル・ルミネ内に出店したことにあるでしょう。だが、私が世界堂・経営陣に、「出店なさいませよ」と、働きかけたわけではありません。だから、偶然の結果として、藤沢東美がつぶれることになったわけです。それが真実にせよ、私から見れば『ああ、やはり、神様はいらっしゃるのだ』となり、感慨が深かったですよ。で、あの、二人は、基本的な生活の糧を失ったのです。あの程度のランクのアーチストだと、大学の先生とか、カルチュアセンターの講師にも使ってもらえないと思いますが、今、二人は、何のお金で生きているのでしょうか?

 このケースは商売が立ち行かなくなったケースですが、いじめてきた相手が、命を落としてしまうケースも、既に、私が気が付いただけで、三例もあって、それで、私は、【自分が、神様に見守られていること】を知る事となっていきます。何も手を打たなくても、相手がこの世から消えていってくれるのです。しかも、いじめてきた時期とその死の間が、段々に、短縮されて行っているので、復讐をする必要を感じなくなりました。ただ、思考は重ねます。思考の結果として、文章は書きます。~~~~~~~~~~~~

副題2、『藤沢東美の中村さんが、修復家O家の前で、私を、にらんだので、このケースを、絶対に、将来、文章化しようと決意する』

 小町通りに、昔から家を持っている人が、200坪かの土地を相続で、三分割したことがあります。そのうちの一軒修復家O家の門前で、中村さんが、偶然通りがかった私を、向こうから、にらんだ事があるのです。その時に、『あ、なるほど、これは、大原光孝さんのせいで、こうなっているのですね。だから、相棒の市川さんが、ひどい仕打ちをして来たのも、大原さんが原因ですね』とは、分かったのです。ところで、大原光孝さんが、飛んだり跳ねたりして、私をいじめるのも、裏では、創形美術学校の同窓生である有名版画家の柄沢斉氏が居て、そういう行動を取らせている可能性があって、そのさらに奥には、酒井忠康氏が居る可能性も、あり、それは、後日丁寧に語ります。ただし、ここで、語っている藤沢東美での、嫌な思い出は、15年以上前のことだったと思います。

 たまたま、二つほど、この思い出を、今、書くべきだと思う悪い刺激が、最近、ありました。それは、この月曜日に銀座でいろいろ嫌な事があって、その原因は、その時点で曝している文章の中で、『私は、酒井忠康氏の審美眼を疑っている』と書いた事にもあるでしょう。それは、新美術新聞社の社長、油井一人さんの表情にそう書いてあったのですが、それを文章化すると、 『あいつ、とうとう、へまをやりやがった。(または、虎の尾を踏みやがった) 美術評論家としては、社会的な認知度も、ランクも圧倒的に彼女(=私のこと)より、上である、酒井忠康氏の「審美眼を疑う」だって。書くも書いたりだね。ここで、銀座の画廊街の総力を挙げて、あいつをぶっ潰してやろうぜ』という感じの目であり、表情だったのです。それに対して、私は内心で、こういう風に考えておりました。・・・・・『あ、そうですか? なるほど、ただし、私は、(上にあげた、エピソードみたいに)、ほぼ、15年以上も前から、酒井氏にひどい仕打ちを受けて居ります。それを、復讐したことはありません。ただし、大きな興味と注目を、酒井氏に対して、抱きました。ずっと、15年間、注目を続けています。観察し続けております。その結果、審美眼を疑うという言葉が出たのです。たとえ、酒井忠康氏が、江戸時代の有名画家、酒井抱一の子孫であろうとも、今の段階では、あまりにも主体性がない動きがみられるので、まず、人間そのものが信頼できないのに、どうして、そういう人が審判する結果を信頼できるでしょうか?』・・・・・と言うことなのでした。で、前言を翻したり、訂正をする必要は感じておりません。

 ただ、『審美眼が変ですね』と、そう判断をした具体的な作家である【通称、よよ(これは、現在、彼女がNYで、自分を他人には、そう呼ばせている愛称で、一種の実名です)】について、詳細を未だ述べておりません。その生活と、制作態度と、その作品のなかにある欺瞞性と幼稚さと、こけ脅かしな、態度などについては、まだ述べておりません。ので、このブログの読者が、私の方が悪人だとか、僭越だとか?と、誤解をなさる可能性については、否定は致しません。私に言わせれば、そのNY在住の女性・・・・・「【よよ】の作品に、評価を与えるなんて、酒井氏の目は節穴もいいところです」・・・・・となりますが、これは、将来、丁寧に書きます。

 しかも、もう一つ、この手の文章を書く動機が出来(しゅったい)したのです。 それは、上の方で、ちらっと名前が登場する大原光孝さんが、最近でも、ちらっと、動くのですね。小細工を弄してくるのです。一回や二回という数ではないので、とうとう私の方が、堪忍袋の緒が切れたというわけです。最近の、そういう動きは、酒井氏の教唆と言うよりも、前田祝一氏のアイデアに基づいていると考えますが、ともかく、私は小細工っていうのが、大っ嫌いです。そして、すべての裏側も、読めに読めます。だから、大原氏を、現在パシリとして使っているのが前田氏だということもすぐわかります。

 前田氏一派のする事には、深い軽蔑を感じています。2014年の6月から始めた「トカゲの、のうみそ」というシリーズで、「バカみたいだ」と既に、けなして書いているのに、何度も同じ形式で、小細工を、やって来るので、もう、うんざり、仕切っていて、憐憫の情も抱くこともなくて、『ああ、そうですか。だったら、すべてを書きましょうね』と、思っております。~~~~~~~~~~~~~ 

副題3、『市川さんは、10年以上続いた商取引を、業者側から断ってくると言う驚天動地のいじめをして来たのだが、さらに、ひどい事も、裏ではやっているらしい。それが、分かるエピソードが銀座で発見できた』

 鎌倉には昔、文人バーと言うのがあり、喫茶店にも文人が集う喫茶店と言うのがありました。それらのうちで、門と言うのがインテリアも美しく、店内が画廊風で、格が高いとみなされていました。ここに、市川さんの作品が長期間展示をされていました。ただ喫茶店は、ビル建て替えによってすでに、消滅していて、2,015年5月となった今では、市川さんの作品を小町通りで見る事はできません。 ところで、中村さんには、すれ違いざまにらまれただけですが、市川さんの方には何度も出会うのです。その違いは、中村さんの方が美大を出ているのにもかかわらず、制作をしていないからなのではないかな? つまり、作家としては、有名人ではないのです。市川さんの方が、作家として、すでに、出世していて、銀座の画廊で、個展を開くまでになっています。で、何度も出会うわけです。で、或る時に、私が、「市川さん、東美つぶれたみたいだけれど、どうして、いらっしゃるの?」と、生活費の出所を聞いたら、かれが、「川崎さん、お金は天下の回りものと、言って、僕、お金、あるのよ」と言いました。この二つの事例から、彼の裏には、酒井忠康氏のサポートがあると、私は感じ取りました。

 彼は、私より若いのか、年取っているのかは知りませんが、子供っぽい話し方をするのです。しかも、ころころと、タンクみたいに太っている人です。ただ、純真な人間かと言うととんでもないレベルで、悪人でもあって、彼は、銀座の画廊で、私に関する悪口を言い触らしたらしいのです。私の方はプライドがあるので、彼の悪口をリアルな世界で言ったことなどありませんよ。

 悪いことを自分の方がしておいて、どうも、後ろめたいのか、さらに、悪口を言って歩くのですから、低級極まりない人物です。 それも、ひどく、深刻な悪口であったらしくて、その結果、月刊ギャラリーに、私の連載をやめさせろと言う手紙が、彼から、届いたらしいのです。~~~~~~~~~~~~

副題4、『T/boxと言う画廊が、「月刊ギャラリーの連載をやめさせろ」と言う手紙を編集長に送ったのだが・・・・・しかし、だからこそ、ドイツ格安航空機の事故の真実がはっきりと、見えて来るのだった。高橋氏に感謝しているぐらいだ。<あほさん達め、ふ、ふ、ふ>と、内心でいつも、笑っている私だが』

 すごい話なのですが、こういう事も、私が、今、この種の文章を書いて、堂々と発表をしている理由の一つなのです。それは、北久里浜における道義的な大詐欺事件(公的な土地を、ただで、取得をする。ただし、書類上はつじつまを合わせているので、犯罪として、立件はできない)の実行者たちが、私を暗殺しようとしている事の、一つの明瞭な、証拠ですから。高橋盛夫氏は、勝ったつもりになっているでしょうが、反対なのでした。で、元気いっぱいになってしまいます。

 しかも、同じ連中が、シャルリーエブド事件を起こし、ドイツ格安航空機をアルプスに激突させています。かつ、広島市長が、安倍さんの渡米と合わせて、ニューヨークで核廃絶を望むデモをしたなどと言う現象もありました。それらも、すべて、私の文章と関係があります。私の文章が真実であるからこそ、次から次へと、策謀を重ねて、それを否定しようとしているのです。

 広島市長のニューヨークデモは、シャルリーエブド事件が起きた際に、Je suis Charliのゼッケンを胸につけてパリで、115万人がデモをしたとか、全世界で、340万人がデモをしたという(田原総一郎言う)件が、嘘であるという私の文章への補正なのです。そのデモは、まず、数において嘘があるでしょう。その次に、イスラム過激派と言うのは、その裏側に、CIAが居て、イスラエル援護の動きをしているものですから、シャルリーエブド事件に怒ってデモにたった人々言うのは、洗脳され教唆されたおバカさんたちなのです。で、あのデモは、アルジェリアで起きた日揮襲撃事件の際に、オランド大統領がバカげた、しかも軽い行動をとったのですが、私がそれを批判をしていますから、オランド大統領の名誉を回復するために起こされた、謀略なのです。

 その1月7日に、実際に、銃をもって、シャルリーエブド社を襲撃した人間はいるでしょう。だが、射殺をされています。で、死人に口なしとなります。それから、9人死んだそうですが、葬儀の映像は、一人しか出てきませんでした。フランスでは、死亡者の、個人名がきちんと報道をされたのでしょうね。日本では全部は発表されておりません。そして、パリ在住の人が、「大いに違和感がある」と言っていました。「パリは、そういう風な騒乱の中にあるとは思えない」と。その通りでしょう。オランド大統領の、権威を、見せつけるために起こされた事件ですから。普段には、イスラム過激派の起こす騒動なんてない街なのです。

 で、私がそういう文章を書いたからこそ、アルプス激突事件は起こされました。それも直後にオランド大統領が、「真剣に捜索し、捜査いたします」という記者会見を行ったので、すぐ裏が読めたのですが、これもまた、オランド大統領の名誉を、確立するための偽物の事件です。どういう風に実行をされたかと言うと、こういう飛行機は、すでに、パソコンそのものなので、外部から操作することが可能なのです。で、パイロットと、副操縦士が見つめている計器類は、正常な動きを見せるように動かして置いて、実際の運航は、9分間で、8千メートル急降下する様に、設定したのです。

 周南市の平成の八墓村事件でもそれが、同じことが、見られる様に、<庶民を、巻き込んで、殺すことなど、屁とも思っていない>・・・・・CIAとは、そういう連中ですから、格安航空機に乗っていた150人など虫けらのごとく殺されたのでした。それ以降の種々の事件も、すべて、鎌倉エージェント(=特に今、2015年には、前田祝一・清子夫妻と、安野忠彦・智沙夫妻が、救うべき存在として、重点的にフォーカスされ、フレームアップされている)を助けるために、起こされているものだということが露呈をしています。

 特に、シャルリーエブド事件が起きた直後から、2週間も連続して、前田家では、二階の天井灯を煌々とつけて意味ありげに脅かして来たので、そういう一連の事件がすべて、鎌倉エージェントを助けるために起こされている事が、明瞭になりました。そして、この4月に入ってからも、何度も、同じ現象(二階の天井灯を、煌々と点ける)をやって来ています。

 それは、何故かと言うと、この広島市長のNYデモや、その他を画策したことで『絶対に、こっちの方が勝ったぞ』と、あの夫婦は思っているわけです。特に、ぱしりとして、大原光孝さんを使って来ていて、それが、『成功している』と、思い込んでいるからです。どういうことかと言うと、下書きとしては、相当に重いこと(=前田夫妻や、安野夫妻がやって来た悪事の詳細)をすでに書いているのですが、一回、ひっこめております。それが、10本以上、この4月だけでもあります。で、彼らは、私がひっこめた理由を誤解しているのです。『やはり、ビビっているのだ。だから、脅かせば、二度目としては、アップしないはずだ』と。しかし、それは、誤解です。私側の実情は違うのです。リンク先を探したいと思っているから、再度のアップを先延ばしにしているのです。

 北久里浜の詐欺事件にしろ、何にしろ、一度すでに書いています。で、「再び、同じことを書くよりも、過去文章を、見つけた方がよい」と思っているのですが、総タイトルのつけ方に工夫をしていて、わざと主題からは、ずらして付けているので、見つけにくい事、見つけにくい事。で、時間がかかっていて、再度のアップが、スムーズにはできないという図式になっております。

 大原光孝さんが、今回、特に、使役をされて来ているのは、彼は男性であって、根は、純真です。で、私の方が、むげにはできないところもあります。そこを狙われています。読者の中のある方が、「かわいいと思っているのでしょう」とおっしゃったが、確かに大原氏に限らず、私は人間存在そのものは、いとしいものだと思っておりますよ。ただね、私への扱い方が、間違っているから、なおさらに、怒っているのです。『これほどの、文章を書いていても、まだ、分かっていないですね。私は小細工が嫌いだと言っているし、すべての小細工の裏が読めます』と言っているのにもかかわらず、小細工を打ってくるから怒っているのです。

 しかし、彼らの打ってくる小細工のうちに、暗黒度が高いものと、低いものはあります。暗黒度が高いものは、許せないですね。画廊T/boxのオーナー、高橋盛夫さんが、やったことなど、彼らエージェントたちに『日本人(特に高橋さんみたいなおっちょこちょいの庶民)など、軽い。軽い。いくらでも洗脳できるのだ』と思わせて、どんどん、どんどん、悪い方向へ事態を進めさせています。だから、彼の罪は大きいです。

 私達一般人も、ルビッツ副操縦士の、自殺願望で、飛行機が急低下したと、信じれば、まだ、気が楽です。

 が、実際には外部からの操作に拠って、最近の、操縦桿のないジェット機は、簡単に、しかも、いつでも自由に、彼ら悪人が望むときに、撃墜ができる。それが真実ですが、彼ら悪人は、それを実行しておきながら、その嘘が(私の文章を読むと)ばれているらしい』となったら、突然に、人為的なミスだったと、これもまた、嘘の修正をしてくるのです。ただし、真実の方を信じると、本当に、この世は暗闇です。だけど、彼らに『そう言うところまで、実行しても、いいのだ』と、思わせた【軽はずみさ】が、高橋盛夫さんには、あるのです。画廊のオーナーって、きれいな仕事ですから、彼本人は、プライドいっぱいでしょうが、やったことによって、判断すれば、彼は、とんでもない、おっちょこちょいです。だから、彼には、アルプス激突事件で死んだ人々に対する道義的責任が、全体のうち、一万分の一程度はあると思いますよ。~~~~~~~~~~~~~

副題5、『銀座の画廊街で、版画を展示する画廊の一つに、Oギャラリーと言うのがあるが』

 ここで、少し、版画について、一般的な話に入らせてくださいませ。 日本ではアメリカやフランスなどにはない公募団体展と言うのが発展をしています。これは、茶道・華道などの、家元制度を、美術の世界に導入している仕組みであって、昔は文部省が支援をしていた日展をはじめとして、在野と言う方を、入れれば、数多く存在します。そのため、スケデュール的に、上野の都立美術館だけでは、展示しきれなくなって、六本木に新国立美術館ができました。しかし、運営上、貸し画廊としての機能しか持たないという事なので、いわゆる箱モノの典型です。で、全部の団体展を、収容することもできないという話なので、くじで、決めました。しかし、裏がありそうですね。 ともかく、私が知っている限り、日本版画協会、春陽会、国画会の団体展に、版画が展示できる部門があります。日本版画協会の賞ですが、私が知っている12年前までの時期には、養精堂、シロタ画廊、ギャルリー東京ユマニテの、三つの画廊が、出していて、それをもらった人は、その画廊の専属作家と言う趣になって行ったと思います。ただし、現在では、若い美術系作家は、専門分野を決めていないケースも多くて、版画以外の作品も作るので、だんだんと、別の画廊でも、個展をしたり、グループ展に参加したりします。

 その三つの画廊とは別に、版画をよく展示している画廊として、Oギャラリーと言うのがあります。そこは、展示室を二つ持っているので、さらに版画を展示しやすいのです。小さい部屋は、小品を展示するのに向いているからです。版画はたいていは、油絵に比較をすると、小さなサイズです。その画廊が、まだ、新橋近辺のビルを使っていたころ、入室すると、突然に市川さんに出会ったので、非常に驚きました。作品も市川さんのもので、個展をしているとのことで、さらに、驚き入りました。私は、事前に先入観を持たないで、画廊で、絵を見ることを主是としているので、画廊の玄関にある看板も見ません。ただ、今週が先週と同じ催しものだといけないので、看板に張られている絵そのものは見たりしますが、それ以外は、一切の情報を頭に入れないで、見物します。だから、なおさらのこと、驚きました。

 その時は、あまり、長話をしないで、画廊を出ましたが、出てから、考えました。『何かが、変だ』と。それは、どういうことかと言うと、私は、実のところは、湘南地方の作家名と、作品をほとんど知っているのに、今まで彼の存在には気が付いたこともなかったからです。彼は、すでに50代になっているのに、今まで顔も名前も見たことない作家だと言うのが、変でした。私は、表向きは、「作家(美術系)の名前は覚えません」とは、言っております。だけど、それは、鑑賞する姿勢を、清らかなものにするための方便(一種の嘘)であって、神奈川県に住んでいる美術家なら、ほとんどの人を知っています。  

 私は父が戦時中からサラリーマン画家だった(そして、11紙もの、新聞に記事が出るほどの賞ももらっている・・・・・ただし、その新聞の切り抜きが盗まれている)ので、美術界のことは、よく知っていて、公募団体展が持っている矛盾も知っておりました。で、公募団体展には所属せず、最初から一気に銀座での個展へ持ち込んだのでした。しかし、個展を、数年おきに開催しても、『いずれ、お客様の招待の面で、行き詰まる』とは、推察ができました。美大の出身ではないので、招待状を出しても、友達にとっては「おつきあいで行きますよ」と言う感覚になるでしょう。それは、『あなたの為だけに、時間やお金を早々は出せませんよ』となるのも、早晩に、ありえる事でした。

 で、結局は画廊街でたむろしている、社交的な集団である、人々を見ていて、彼、彼女らが、公募団体展に所属していることを知り、やはり、公募団体展に出そうと、思うわけです。で、公募団体展に出すための100号以上の大作を作ると、結局はコンクールに応募することにもなりました。そこのパーティでは、いろいろな分野や、いろいろな年齢の作家と知り合うことになりました。それを、1980年代から、すでに、30年間続けているのです。だから、名前を覚えませんとは言っていても、ずいぶんと作家のことは知っているのですよ。で、『変だ。市川さんの事は、今まで、一豪も、知らなかったのに、急に大物扱いを受けている』と、そういう風に感じました。~~~~~~~~~~~

副題6、『市川さんって、外貌は、作家とは見えないのに、作品は見事ではあった。それには驚いた』

 私は国画会版画部の作品は毎年見ているわけです。1991年から、2003年まで12回かな? それに春陽会の上野での展覧会は、国展と、同時期開催だったので、10回以上は見ていると思います。そこにも版画部はありますから、版画協会以外の作品はずっと見て来ているわけです。それらと、比較をしても、市川さんの作品は立派でした。子育ての際に、『川崎さんは、公明正大だから、預けていて安心なの』とよそのママから、言ってもらったことのある私ですから、ここでも、公明正大に言えば、・・・・・ 市川さんの作品は、ミニマムアートと言っても、良いほど、形が、さっぱりとしていて、切れ味のある、したがって、洗練度の高い作品です。無論のこと、現代アート(一般の人の言葉でいえば、抽象系の版画)の図形で、額(または、パネル)のサイズや形は、不定形な独特のもの。それは、額を作る仕事もしていた、彼だから自家薬籠中のものでしょう。・・・・・となります。

 ところで、上の方で書いてあるエピソードをここに再び、こと上げします。商取引を商売人側である、市川さんから断られるという激しいいじめを受けてはいました。で、突然に、Oギャラリーで、彼の個展を発見して、『ああ、なるほど、そういうわけですか』と納得がいく思いがありました。バーター取引なんだと。それは、同じことが渡辺幸子さん≪ICUでの、私の2期上の、存在)の青木繁大賞受賞の際にも、しみじみと同じことを感じたのですが、まったく同じ現象をOギャラリーで発見をしたのです。渡辺幸子さんについては、そのいきさつの、15%程度を書いたものがあるので、そのリンク先を後で、見つけておきます。

 『なるほどねえ』と、思います。 酒井氏が直接にOギャラリーに電話をかけて、市川さんを、紹介をしたかどうかは、知りません。酒井さんは、間に人を挟むのは得意でしょう。自分のいうことを聞いてくれる人材には、事欠かないでしょうから。版画芸術の編集長? または、他の美術評論家? それとも、別の作家さん? ともかく誰かの紹介で、Oギャラリーと言う銀座での、有名画廊で、個展でデビューできるという幸運に、市川さんはめぐり合わせたというわけです。

 が、しかし、上野の都美館で、行われている数々の展覧会と、そこに出品をしている作家たちを見てきた私でも、その時まで、市川さんほど、太っている芸術家は見たことがないので、本当に驚きました。作家と言うのは身を削るので、やせて来るのです。それは、制作の面でも身を削るからでもあるが、交渉事でも、身を削ることがあるからです。公募団体展に属していたら、それはそれなりに、気を遣うことがあるし、独立独歩でやっていれば、それは、それなりにです。だけど、市川さんは、そういうものをすっ飛ばして、Oギャラリーでの個展と言うものを手に入れたのでした。

 バーター取引です。私をいじめたから、ご褒美として、その手の出世が可能になったのです。だって、敵さんたちは、電話の盗聴等で、市川さんが、私に対して行ったことを詳細に知っているわけです。私は、次の運送業者を探すために、電話をかけたり、いろいろ、交渉事を再開したし、一方で、大原光孝さんを通じて、市川さんが、私との商取引を断ったということは、酒井忠康氏、または、伊藤玄二郎たちにはツウツウに伝わっているでしょうから。・・・・・と、私は感じたわけです。そして、ここで、そのパターンを読んだので、ああ、これも、同じパターンだと、気が付くことが、続々と続きます。

 「私は自分の被害については語らない主義です」と、言い続けて来ました。が、こういう風に、自分の知人が、自分に損失を与えて、その裏で、どんどん、ご褒美やら、収入を得て、出世していくのを、苦い思いをしながら見つめてきた13年ほどがあるわけです。そして、70歳を超えた時に、アートの世界で、世界に通用する作家になるという夢と、決意を捨てました。で、やっとですが、そういう種類の嫌がらせを気にしなくなったのです。

 だから、ダメージも無くなりました。だからこそ、今、ここまで書けるのですよ。気にしていたら、みじめすぎるので、語れません。今は、一切が、淡々と、進んでおり、「そういう事が、あった」と現象だけを、淡々と語ることにしています。でもね、結構生々しい被害の記憶である市川さんについて、ここで、語ったのは、たまたま、この2週間の間に、6回以上かな? こすからく、動き回る、大原光孝さんに、ちょこまかした、策謀を、見せつけられたからです。それに対する深い怒りがあるから語ったわけです。ただし、もっと近しい人が、利用されているケースについては、まだ、今日は語るべきではないと思います。いっぱいありますよ。ひどいなあと、感じるケースが。 ~~~~~~~~~~~

副題8、『小町通りに存在した、喫茶店、門に、市川さんの作品が展示してあるのを見つけたことがある』

 本日の文章を書いている最中に、4度ぐらい、文章が突然に消えるという妨害に出会いました。『何が問題で、敵さんたちは、これを書かせない様にしたいのだろうか?』と、考えてみると、結局のところ、この一文が、酒井忠康氏の、やって来たことを暴く文章になっているのだからだと思います。酒井忠康氏とは、わが家の真下にある神奈川県立美術館を葉山に移転させる時の、決断を下した人だと思います。それは、新美術館は、葉山の旧高松宮邸を、利用したものらしくて、広くなりました。建物も、美しいものです。ただし、行くのが不便です。したがって、その美術館は性格を変化させてしまいました。つまり、今までは、美術を好む人、または、美術を学ぶ人のための学習用・施設だったのに、今では、富裕層向けの、観光名所となっています。

 ところで、私は2009年まで着実に本を作っておりました。パソコンでデータを作り、印刷所にそれを渡すという形ですが、自宅ではあまりに大きな妨害を受けるので、ノマド生活を強いられておりました。自分のノートパソコンを持って出て、ありとあらゆるレストランや、喫茶店を次から次へと、使って行った時期です。

 ある時に、それらのノマド生活をやる喫茶店として、鎌倉小町通の門を、選んだところ、壁にたいへん良い版画が飾られていたので、マスターにだれのものかを聞いてみると、市川さんでした。ところで、市川さんが、この有名な喫茶店で、数か月にわたって展示ができるほど、社会的な知名度は高くはないと思われたので、これは、無論のこと、酒井忠康氏の紹介と言うか、彼に頼まれた美術館・学芸員の推薦によるものと思われ、だからこそ、上に言ったバーター取引の、存在をさらに信じ始め、推察を、強めました。

  市川さんが、藤沢東美と言う拠点を失っても、生きていかれるのは、酒井忠康氏の、何らかの保護があるからだと、ますます、感じることとなります。 なお、このブログの2010年より数え始めた延べ訪問回数は、2869424です。

雨宮舜(本名 川崎 千恵子) この文章は、4月28日に書いたものを、5月2日に推敲をしております。そして、アップの日付に限り、27日とさせてくださいませ。

後注1  辻惟雄氏が、TVに出るときは、必ず背景が緑の樹木だが、そのわけは? + 故・針生一郎氏

2015-04-26 03:23:47 | 

 

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