銀座のうぐいすから

幸せに暮らす為には、何をどうしたら良い?を追求するのがここの目的です。それも具体的な事実を通じ下世話な言葉を使って表し、

石井啓一氏を国交相に据え置く限り天災は続くと、私は言い続けているのだが? 石井秀樹+TV取材殺到の理由は? アスベスト訴訟の多発は?

2019-07-03 22:01:40 | 政治

副題1、『石井国土交通大臣を、据え置く限り、日本には、天災が続くでしょう。新聞の縮刷版をみてごらんなさい。こんなに災害が、続いている、5年間など、なかったはずです。

なぜ、石井大臣がいけないかというと、例の悪人たち、鎌倉エージェントと、密接であり、彼らの悪事をサポートし続けているからです。まず、第一が、旭化成が、責めたてられた、傾きマンションの事案です』

 旭化成建材疑惑とは、謀略です。我が家が、旭化成の株を持っているので、その株価を下げてやれとして、起こされた、半分以上嘘の、事案です。

 私の鎌倉の家の、西隣の住人、白井達雄・小野寺夫妻が、・・・・・大きくかかわっている事案でしょう。彼ら夫妻は、いろ、いろ、工作(=いじめ)をし続けてくる人たちですが、・・・・・その夫の、白井達雄さんは、日本三大設計会社の、横浜支社長(または、だった)人なので、あの傾きマンションである【らら横浜】、および、【ルネ北久里浜ソラヒルズ】の両方を設計したのだと、思います。その二つは、デザインがそっくりです。

今、その写真を探している最中ですが、先に、特別番組、ドリームハウスに関する写真が出てきました。

 で、私の家の、北隣の住民、石井秀樹氏が、石井啓一国土交通大臣の親戚である模様だと、言う話に入ります。

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副題2、『私の北隣の、住民、石井秀樹氏は、テレビ取材という意味では、優遇されきっている人物である。それは、我が家の土地が盗まれてしまって、35年がたつ、アジサイ畑欺罔事件の、証拠隠滅に、その家が役に立っているからです。鎌倉駅徒歩、8分と不動産屋が言う、この地域で、47坪が一千万円で手に入ったというところから始まって、優遇に次ぐ優遇であるが、それは、鎌倉エージェントにとって、我が家の土地を盗むいきさつの証拠が残っていると、非常に怖いからである。で、石井秀樹氏が、石井啓一氏の、親せきである模様で、したがって、雪ノ下では、石井秀樹氏が、私へ、大損失を与えており、日本全国民に対しては、石井啓一国土交通大臣が大・大・被害を与えているということとなる」

以下は、ある男性の顔が写っています。彼が、立っている場所は、我が家の土地が、務すまれている場所です。この男性が主導する、グループのために、盗まれてしまったという結果があります。・・・・・これは、大変複雑な話であって、私は雪ノ下黒物語とか、折々に、分部的に語ってきています。が、彼らは、一切反省しません。ただ、ただ、私を殺そうとする方向で、解決しようとしています。元に戻れば、

安野夫人、自分の妻、などの、井戸端会議の性で、使えなくなっている土地に、立って、写真を撮らせている、あくどい姿です。だから、テレビ番組から取って、使います。左上に、ドリームハウスと、出ていますね。

 

 この写真に出ている男は、前田祝一という人物ですが、ひどい男です。自分の家は、違法に、土地を使っていて、私道部分を拠出していません。しかし、私の土地は、使えない様にさせておいて、35年が過ぎています。そのいきさつは、雪ノ下黒物語で、何度も書いて来ています。で、その土地をテレビという道具で、洗浄化して、自分たちが、いいものであると、したのが、この場面です。

 ところで、その番組に出た、特殊な家の施主さんは、石井秀樹氏と言います。このひとがたぶんですが、石井啓一、国土交通大臣の親戚です。だから、彼は、ここの土地、47坪を、たった、一千万円で、手に入れました。不動産屋には出てこないで、三菱銀行が、手配して、誰にも知らせず、元の持ち主、藤本禎子さんから直接、石井秀樹氏は、手に入れた模様です。

 藤本禎子さんが、道路に、電動のこぎりで、切れ目を入れたりしていたために、そこから、防衛をするために、我が家のアジサイ畑が犠牲になったのです。なぜ、藤本夫人が道路に切れ目を入れていたかというと、前田夫人たちが、井戸端会議をすぐ隣でやって、超うるさいし、かつ、集団で、いじめをする人だから、彼女を、通れない様にするのが、目的で、真ん中に、自分宅のフェンスを作ると、申し出でていたのです。でもね。理由が、あまりにも、見事なので、誰にも、やめなさいと、言えなかったらしいのですよ。見事な理由とは、少し斜めになっていたので、もし、雪の日に、滑って転ぶ人が出てきて、骨折をしたら、訴訟でも起こされる可能性があります。それが、私が引っ越してくる前の、この山の状況です。

私は、引っ越してきたばかりなのですが、みんながあまりにも困っているというので、自分のアジサイ畑を犠牲にすることを、いったんは、了承をしたのです。

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副題3、『ところがそれを依頼してきた人物中谷共二という人は、蝙蝠も蝙蝠で、驚くべき裏切りをやってきた。それは、藤本夫人が勝手に入れた、違法な地境石を、正しいものと、世間に向けて、了承させるために、私側の持ち物でもある、自然な山を、無許可で、崩したのだった。したがって、私は、土地を提供することを、了承していないと、言っている。しかし、ずるがしこくも、私の主人を手なづけて、名義上は、おたくの、ご主人の土地だから、ご主人が了承すれば、それでOKではないかと、言いだしてきている。しかし、1985年に、この手すり工事が行われた時は、主人は、松阪の、セントラル硝子に単身赴任をしており、この山にはいなかったのだ。

 道路の真ん中に、藤本夫人のフェンスを作る代わりに、私の家側に、手すりを作った。それを、前田祝一は、例の共産党固有の方式で、町内会お当番制で、ペンキ塗りをいたしましょうと提案をしたのだった。数の論理を駆使している。

 ところで、問題の手すりが、非常によくわかるグレースケールの写真がある。これは、イメージだけの段階の、いくつめかの、証拠隠滅用i石段改修工事が、行われる前に、白井達雄さんが作ったものだが、手すりが、非常によくわかるので、使わせてもらおう。

 この写真の右側に、土の部分がある。それが、石井秀樹氏用の、私道部分で、今(撮影後4年)は、いろいろな植生が、植えられている。山野草風の、植栽ができている。たとえば、白花ヤマブキ等。

 左が、問題の手すりで、しかも花輪夫人がペンキ塗りをしている最中に、安野夫人が現れたので、彼らの悪辣さを語らないといけなくなった(後注1)と、しているが、続きを書いていない間に、危険崖の設定として、我が家の土地価格が、1000万円程度、下げられる工作がおこなわれている。県主導とのこと。ただし、同様の条件下にある安野邸と、前田邸と他数軒は、免除である。この問題の忌まわしさも、いつか語るが、ここでは、

 上のグレースケールの写真を反対方向から、撮影をした、写真を次のものとして、置かせていただきたい。

 左に回転   拡大 拡大   右に回転
こちらは、上と同じ道路を、西側から見たもので、石段改修工事の前の様子なのだ。
上と、同じサイズに、したいのだが、そうならない。邪魔されている。
 しかし、これは、石井秀樹邸の工事が始まる前なので、見事な証拠が、いくつか残っている。
まず、左側、三分の一のところに、電柱があるが、その左側の、築地が、鋭角にとがっている。

 これが、中谷氏が、「藤本夫人が気違いなので、川崎さん、協力をしてください」と、泣き落としをしてきた際の、大きな論拠のひとつだった。一般的な造成地とは、築地の角は、鋭角にとがらせていない。しかし、・・・・・藤本夫人は、きちがいなので、鋭角に、自分で尖らせた・・・・・・との中谷氏の言葉だった。数年後、というのは、1985年の数年後ということ、1990年代の話、に、事情が私にも呑み込める様になる。藤本夫人が、鎌倉で、個展を開き、その案内状をくれたからだ。私は、最初の20年間は、誰に対しても丁寧にあいさつをしていた。安野夫人は、返してこなかったが、私はそれでも、こちらは、彼女にまで、声をかけたほどだった。今は、相当に違う方式をとっているが、最初の20年間は、そうだった。藤本夫人からは、相当にいやなことをされたが、見ていると、弱いところがあるゆえのツッパリだと、解ったから、刺激を与えない様にして、丁寧に、礼儀正しく接してきたつもりだった。したがって、個展の案内状を彼女は私にくれたのだった。
 小町通りに在る画廊(しかし、普段は、観光客目当ての、エスタンプ=ふつうの版画より、やや、手間を多く加えて、高く売るモノ、しかし、なんでも鑑定団に将来出せば、一万円ですと、言われてしまうものを、数十万円で売る類の版画。それを主に扱っている)での開催だった。便利な場所だが、専門家、および、それを目指す人が、個展を開く場所ではない。そこで、見た作品なのだが、セメント製の彫刻であった。で、なるほどと、思う。藤本夫人は、実は大金持ちなのだが、土木作業は、自分でやるのだった。一般的な私企業では、引き受けない様な、工事を依頼するからだろう。
 で、上の写真でも、道路に、何本もの切れ目を入れている。左側の、白い部分は、ごく最近(=2008年、県が上水道管を取り替えると言って掘り返した、部分で、それで、藤本夫人が入れた、電動のこぎりのラインが一本消えている。
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副題5、『ここで、アスベスト訴訟が、頻繁に起され、賠償を命じる判決が多数出ていることを取り上げないといけない』
 藤本夫人が道路に、2本、入れた切れ込みの、一本目を隠すために、上水道管工事が、県主導で、行われた。2007年から打診とか、説明会が、何度か行われたが、最初から、私が書いていることの証拠隠滅だと、は、明白だった。
 理由は、上水道管は、アスベストで、まかれているので、健康被害をもたらすので、取り替えるとのことだった。が、実際には、古い感は撤去されていない。というのも、タイ私狙いの、いじめだから、健康被害など、どうでもいいことなのだ。旧藤本邸前、現在は、石井秀樹氏宅前に、2本の切込みがあっては、私が言っていることが確かなことになるから、それを消し去りたいというわけだ。
 上の写真の、左側の、コンクリートが白くなっているのは、そのせいである。

 しかし、私が、こういう風に書いているからこそ、アスベスト訴訟が、幾度も起こされた。共産党が、協力をすれば、集団訴訟が、容易に生起できる。そのたびに、勢力を拡大する前田祝一氏を、目の前で、つぶさに見続けたからこそ、彼ら夫妻は、共産党員だと、確信をしている。そんな家の奥さま清子さんを国学院大学のご紹介して、講師にしてあげたから、鶴岡八幡宮の大銀杏は倒壊をした。
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副題7、『北久里浜のごみ出しで、意地悪をされているので、ここで寝ないといけなくなった。で、途中だが、終わりとさせていただきたい』

 ええとね。皆様、この章は終わってはおりません。
 しかし、逃げるのではなくて、健康を守るために、パソコンを閉じて、寝ようと思います。

 今のわたくしは、北久里浜にいます。明日、木曜日に、燃えるごみを、ごみ集積場に、出さないといけません。もし、鎌倉雪ノ下で、よくそれをやる様に、徹夜で、午前、五時過ぎまで、ブログを書いていたら、ごみが出せません。北久里浜では、夫婦で、住んでいません。主人と私が、通例は、日帰りで、しかも、交代で、園芸の仕事をやりに来るだけです。しかし、数か月に一度、草ごみを出さないといけません。大木に育った桜があって、その下が、たい肥制作場所に、なってはいるのですが、そこへ到達できないほどに、手前に夏草が茂っています。それを抜けばいいのですよ。2メートルぐらいの距離です。しかし、高さが、一メートルぐらいで、密集していますので、体力がいる上に、畑にしている部分の、草取りで、いつも精一杯です。一応ですが(笑い)、敷き地の、広さが、60坪あるので、76歳の老人の身には、手入れが大変です。主人と一緒に暮らしている雪ノ下の家なら、草ごみは、水曜日に、出す仕組みになっていて、火曜日の夜に、出しておいていいのです。特に、夜出さなくても、主人が早起きの人なので、任せられますしね。
ところでね。この岡には杉本俊一、雅子夫妻が住んでいるので、なおさらに、意地悪をされていて、草ごみ一つだすのも、ルールが、ひじょうに厳しくなっています。それから、横須賀市の条例で、駅には、ごみ箱を置いてはならないとなっています。G20に関係がなくですよ。

 でもね。この章でも、
 らら横浜(=傾きマンション)と、ルネ北久里浜そらヒルズは、外観がそっくりなので、白井達雄さんの会社が設計を請け負ったはずで、したがって、グラフを持っているので、通例は、看過される、グラフの使い回しを見咎めたと、見ています。
 旭化成建材の直属の上は、日立エンジニアリングでした。ところが、日立エンジニアリングには、何らおとがめがなくて、そのさらに、上に位置する、三井不動産れじでんしゃるが、謝罪をし益した。そのうえに、すでに、そのマンション群を撤去したそうです。
 誰がお金を出したのでしょうかねえ。官房・機密費だったりして。

 私が言っていることが正しいのですよ。でも、だからこそ、それ以降、日産自動車をはじめ、数企業が、データ問題で、謝罪をしているではないですか? アンナの必要がないことなのですよ。
 ともかく、ルネ北久里浜空ヒルズは、土地代が、ただです。

 そこは、元、横須賀市所有の水道山でした。そこを目隠しをした中で、開墾して行って、ただで、自分のものにしたのが、益山重夫、+、瀬島龍三です。益山夫妻は、すでに他界をしていますが、義弟の仲野通巳吉が、ここに住んでいます。我が家から、20メートル南側に。そして、横須賀市側で、私が電話で、委細を正子夫人に、教えているのにもかかわらず、看過して、ただで、土地を譲り渡したのが、杉本俊一です。
 今、グーグル地図で、調べたところ、スケールを、一単位、20メートルまで、拡大をしないと、ルネ北久里浜そらヒルズは、出てきません。先ほど、そこを開いたら、地図上の上部に、27という数値が打ってありました。そここそ、私が今座っている場所です。我が家の地番は、今は、根岸町、2ー27-34となっています。
 ところで、その地図だと、今は、トモ美容室というのが、唯一の近隣目印です。その左上に、27という数値が出ています。そこら辺りをまず、航空写真でご覧になって、27のところに、ちらっと浮かぶカメラ記号をクリックしていただけると、見事に、我が家がストリートビューとして、パソコンの画面に、表れます。非常に大きくです。
 主人は、売らないと言っているのですが、二つの家を、維持する労働に、いささか音を上げているわたくしは、貸したいと、思っています。が、だめですね。主人が頑として、言うことを聞かないので。主人にとっては、デンというものでしょう。隠れ家というわけです。というか一戸、まるまる、27坪を、隠れ家というか書斎として使えるから、手放したくないわけです。
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