銀座のうぐいすから

幸せに暮らす為には、何をどうしたら良い?を追求するのがここの目的です。それも具体的な事実を通じ下世話な言葉を使って表し、

TV画面に、宮崎みどりと、林真理子が登場した時に、鎌倉・CIA・エージェント達は、ウハウハだった筈・・・+・・・武部聡志と、流鏑馬2018秋

2019-04-01 22:44:03 | 政治

 これは、保母、24時間、【首相官邸に入る、宮崎みどりさんを見て、「あれ、彼女、いつの間にか、太ったの?」と、思った私だったが? 新元号・発表に際して、思う事、あれこれ】と、しておりましたが、2日の夜10時に上のものへと変更しました。これは、本日の、早朝から考えていたことなのですが、お医者さんへ、行って居て、脳と、耳の検査をしてきたので、ずっと、パソコンを触れず、その時点で、変更です。

副題1、「新元号、発表の陰にも、鎌倉エージェント二人の、威勢は、反映をしているのだった』

 令和と、発表をされた新元号、私は、大勢の人が関心を持つことには、触れないと、言いながら、一つだけ、本日、改めて、知った、安倍晋三内閣が、お呼びした、有名人(知識人としての、それ)の、顔触れを見ていて、『なるほどなあ』と思ったことを語らせてくださいませ。

 私にとって、もっとも、大きな被害を与えている個人というのは、公的には、自分を死んだことにしているが、実際には、まだ、生きていて、地下潜行をしながらも、実質的な帝王として、この日本を支配している、井上ひさしです。

 で、招聘をされた、9人の、有名な知識人のうち、林真理子が入っていたので、『なるほど、此処でも、自分の威勢を示しましたね』と、感じました。特に林真理子さんへの、冠言葉として、NHKアナが、直木賞受賞者と、言うのを使いましたので、直木賞審査員だった、井上ひさしは、そこでも、自分の存在を誇示したと、いうわけです。

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副題2、『林真理子は、いのうえひさし子飼いの知識人として、選ばれているが、伊藤玄二郎、ご推薦の、有名人が宮崎みどりさんの方であろう。しかも、衣装から考えると、相当に前の、委嘱だったと、推察される』

 次に注目に値したのが、宮崎みどりさんでした。薄くて透ける白い生地で、作った、着物(ただし、・おはしょり・があったかどうかとか?、帯が、おたいこという形で、締める形式だったかどうかは、不明・・・・・後姿が、写らなかったので、不明・・・・・でも、相当に、リラックスした、新形式の着物であるのは確かだった)姿でした。その上に、ロングコートとしての、陣羽織形式の、同じ生地で、できた、羽織。

 その羽織には、紐がなかったと、思います。まさしく、ロングコート。その羽織には、大きな縞が、入っていて、ご自分をすらっと、見せる工夫のある衣装でした。その縞ですが、別の、染めの、同系統の、生地を、縫い合わせて作った縞であるか、又は、染の段階から、其れだけ、大胆な、がらとして、染めたのか? それが、よくはわかりませんでした。

 宮崎みどりさんは、奄美大島で、ホテルを経営する人の孫らしいのです。その人が、最晩年、奄美大島で過ごした田中一村の、絵を買ってあげたのか? 特に色紙類を買ってあげたのか? それで、収蔵品が多数あるので、田中一村、に関する美術館を開いていて、その館長に、宮崎みどりさんが、就任しているようです。したがって、奄美大島で、織った特殊な反物かもしれません。

 ともかく、あの衣装を準備するためには、相当に、前から、委員としての、立場への、委嘱がなされていたと、推察します。国民には知らされていない部分で、新元号が、どういう風に、決まったかを推察するのに、役立つ、宮崎みどりさんの衣装でした。林真理子さんは、紺色のスーツ姿でしたが、むろんのこと、相当に前から、準備をされていた自分にピッタリと、フィットするスーツでしょう。

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副題3、『宮崎みどりさんは、鎌倉に、縁がある有名人だ。私も実物を駅で、見たことがあるし・・・・・鶴岡八幡宮の雪洞は、トップの位置に置いてあるし』

 宮崎みどりさんは、奄美大島にも縁があるが、もう一つの、縁としては、鎌倉の人というイメージが、強いのです。実際の住所は、逗子だ?とか、又は、葉山だとか? 私は正確な住所は、知りません。女性の有名人だから、住所は、非公開のはずですし。

 鎌倉のスーパーで、食材を買って居るという姿は、見たことがないのですが、(お手伝いさんが居るはずで、買い物などしない可能性は、高いが?・・・・・または、実の両親と同居をしている可能性もあるが)、鎌倉の人であると、いう印象が強いのは、鶴岡八幡宮の雪洞(ぼんぼり)祭りのせいです。

 彼女の雪洞は、トップの位置に置いてあるのです。このトップというのは、見物するお客さん側から見ると、トップという意味であって、駅から、小町通り、又は、檀葛、又は、表参道を歩いてきて、三の鳥居を、くぐると、真っ先に目につく位置、右側だったと、覚えております。(しかし、最近は、違うかもしれません。ちょっと、最近は、見に言って居ないので、わかりませんが・・・・・すぐそばなのですが、伊藤玄二郎達、鎌倉エージェントがあまりにも八幡宮様を利用しまくるので、嫌気がさしてきていて、ぼんぼりも、2012年か、2013だったか、から、献灯しない様になっている私は、すぐそばに住んでいて、地境地主でもあるのに、ぼんぼりまつりを、見に行かない様になっているのでした。

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副題4、『2018年秋の流鏑馬で、八幡宮様は、観光客に、危ない道を、一キロも余計に歩かせるという、余計な、苦労を強いなすった。なぜだ?』

 特に、2018年度秋の、流鏑馬は、ひどかったです。すべてのお客さんは、普段より、一キロ近く、余計に、・・・・・危険な深い側溝と、車道の間の、細い歩道を、歩かされて、・・・・・しかも、見物のために、滞留することを許されなかったと、思いますよ。ひどい措置でしたが、それは、私のブログを、いじめる為でした。

 その道には、歩道用の、白いラインは、引いてあります。しかし、北へ向かう回り道を強いられていた場合、右側は、フェンスがない形で、深い側溝です。お子さん方と一緒に来た、見物客たちは、お子さん型の、手を引きたくても、横に並べないので、ひやひやしながら、歩いています。そして、左側も、ガードレールのない、車道です。一応、車とは、正反対の方向へ歩いて居ることとなるので、車を運転する人は、歩行者を見ながら運転するので、ゆるゆると、気を付けて、運転をしている模様です。しかし、この近辺は、街道の幅が狭いのです。歩行者と、すれすれに、運転することとなります。ひどい話でした。

 私はね。常に、鶴岡八幡宮様に向かって、「私のブログを読んでください」と、このブログ内で、書いています。ご自分の名前が、総タイトルに出てこなくても、読んでくださいと、言って居ます。しかしだからこそ、伊藤玄二郎と、井上ひさしは、八幡宮様に、こういうひどい措置を取らせたのです。ただし、命令とか、依頼は、鎌倉警察署から、行って居る可能性もあります。アイデアは、その二人から出ていますが、彼等は、警察と通々だから、同じことなのです。 

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副題5、『ここで、一青窈を、ヒットさせた、音楽プロデューサー武部聡志に、登場してもらわないといけない』

 この、参拝者いじめが、どうして起きたかですが、その前に、・・・・・音楽プロデューサーの、武部聡志が、八幡宮様の、音楽関係の催しの際に、朝の、九時から、異様なサイレン音に近いぷわーんという形で、大音響を出すが、それは、対・私狙いの、攻撃である・・・・・と、私が、書いたからでしょう。特に、日本イタリア修好記念オペラ【ジャパン・オルフェオ】の公演の際に、実際の発表は、土曜日の夜なのに、其の48時間前の、木曜日の、夕方五時から、この異様なサイレン音が響くので、私は音の発生源を見に行ったのです。

 すると、それは、舞殿の、東北で、石段の、直下にあるテント内でした。細い体格の、神経質そうな男性が、見た目には、シンセサイザーに近い機材をいじっているので、「どうして、48時間も前から、マイクの調整をするのですか?」と、質問をしたのです。

 私は、其れを質問をしただけであって、その人物が、NHKの人間であるか、それとも、武部聡志の、オフィスの人間であるかは、質問をしなかったのですよ。NHKは、其れを収録して、BSプレミアムか、ETVのどちらかで、放映をしたと、感じています。録画用の、大型中継車が、二台は来ていたと、記憶をしていますので。

 しかし、これが、鶴岡八幡宮の、2018年秋の、流鏑馬祭りにおける、異様な見物客いじめを招いたのでした。「お前に復讐するために、一般人を巻き込むのだ」と、言うのが、現時点での、伊藤玄二郎と、井上ひさしの方針なのです。以前からそうだったのですが、それは、電車の遅延現象だけに、限定をされていると、思って居ました。しかし、音楽に関してではない行事で、鶴岡八幡宮様を、対・私を攻撃するための武器として使ったのでした。鶴岡八幡宮様は、これ以外に、20個程度の案件で、鎌倉エージェントから、対・私いじめの、道具として、利用をされておられます。

 しかし、それらの内で、ご本人(ご本社というべきか?)にも、ブーメラン効果で、損失をもたらしているものが、三つほど、見受けられます。

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副題6、『伊藤玄二郎と、いまだ生きている井上ひさしの、二人が考案して、鶴岡八幡宮様に、実行をさせていく、謀略の数々は、やがて、ブーメラン効果を発揮して、鶴岡八幡宮を、傷つけることになるのだけれど、吉田茂穂・現・宮司様は、それに、気が付いておられないみたいだ。』

 一つ目は、神奈川県立近代美術館を追い出して、しまわれたことです。これは、戦後入ってきた異質のものだから、吉田宮司ご判断(または、白井宮司の時代に決められた事だったとしても、会社でいうなら、いわゆる専務取締役にあたるであろう、吉田現宮司の、その時の実質的な采配だと、思うのですよね。功罪半ばの、措置です。勲功としては、八幡宮の境内から、異質なものを追い払ったと、言う点です。しかし、あの建物があることによって、多くのインテリが、八幡宮にお参りしていたと、思いますよ。それが、無くなってしまって、客層が、ずいぶん変わったと、思います。

 これは、何が目的だったかというと、私が現代アート系の作家なので、いつかは、そこで、個展をしたいと思うだろうと、みなされたのと、又は、そこに、神奈川県立美術館があることによって、自宅を、本当は、プチ美術館、もしくは、画廊喫茶にしていきたいと、願って居る私の根以外を粉砕する目的があったのです。

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副題7、『露天商組合が、献納をした、素朴なコンクリート製、蛇口を、御影石の、立派なものへと、変更なさったのも、露店が、少なくなると、言う結果へと、つながり、お正月の参拝客を減らしていると、私は考えている』

 二つ目は、あの境内に、素朴なコンクリート製の、蛇口が、セッティングされて、いて、その銘文が、戦後すぐの、香具師(屋台を、ひく人たち=その当時は、露天商と名乗っていた)と、呼ばれた人々の、身分制度廃止にともなう、高揚感が、見事に出ていたのでした。露天商組合が、明文化された形で、差別をされていたわけではないのです。しかし、士農工商と、いう身分制度が、1945年までは、あって、だからこそ、朝ドラ【まんぷく】に出てきた、松坂慶子演じるお母さんは、「私は、武士の娘です」としょっちゅういうわけですが、・・・・・まあ、細かいことを言えば、武士の娘という言い方ではなくて、「私は元士族です」というのが正当だったと、思いますけれど。・・・・・そして、もっと細かいことを言えば、士農工商という四階級の上に華族様が居て、下には、この露天商組合と、言う範疇に入る人とか、そのほか、特殊な職業に対する、偏見があったわけです。また、在日に対する差別や偏見もあったわけです。「それが、無くなったぞ。空は晴れた!」という高揚した気分が、その蛇口には、見られたのでした。だって、考えてもごらんなさい。当時の、鶴岡八幡宮の宮司様なんて、華族に近いほどの、雲の上の人だったと、思いますよ。庶民から見れば、そうなると思います。そういう人に向かって、「俺たちは、きれいな水で、仕事をしたい。境内にある、公衆トイレの蛇口から、水を取るのは嫌だ」と主張をするのは、大変な勇気の居ることだったと、思います。

 私は、その素朴な蛇口を見ながら『これは、戦後の現代史を、視覚化できる貴重な、資料だ』と、思ったのです。しかし、そういう風に書く、私のブログが、文章としても、考察内容としても、優れているからこそ、私のブログに現れた物証を壊していきたいとする、井上ひさしの、提案によって、その蛇口は、御影石の、立派なのものへと、変更をされてしまったのでした。で、今度は、其れを書きますね。というのも、井上ひさしは、ほかにもとんでもないことを提案しているからです。最もひどいのは、やまゆり園事件ですが、ほかにも、鶴岡八幡宮の境内にあった、アメリカキササゲを伐採するとか。

 で、今度は、復讐の第二段として、鶴岡八幡宮様に、ニュースとして発表をさせたのです。「境内には、屋台を入れないこととします」と。実際には、少数の屋台は、残っていました。そういう人は、元からの鎌倉の住民で、八幡宮様の誰かと知り合いであって、「これには、自分達の生活が懸かっています」と主張をすれば、追い出せませんよね。しかし、上に言う、香具師(フウテンの寅さんもその一人ですが)として、生きている人たちは、追い出されたと、思います。

 これが、どういうブーメラン効果を、八幡宮様に与えたかというと、お正月に来る屋台の数が激減したのです。私は屋台で、ものを買って食べる人ではないのですが、駐車場を左側に、見ながら駅へ向かうので、それが、わかるのです。以前はね。ジュラルミン製の箱型の、大型トラックが、びっしりと、八幡宮様が、持っている自家用車用の駐車場の、北側の方を、埋めていたものです。お正月の三が日から、時には、五日まで、そこに滞留をしていました。

 しかし、今では、バン形式の普通の車が、10台前後停車しているだけです。そして、二日目からは、夜は消えています。夜は、お客さんが来なくなったからです。で、みんな夜は、自宅へ帰って、自宅で寝るという感じに変化しているのです。それが、あってか、別の原因が在って七日は知りませんが、お正月三が日の、ロープ規制が、見事に減っています。参拝客が、お正月三が日には、激減しているのです。しかし、鶴岡八幡宮様は、正月は、5日過ぎころから、お客がまた、くる場所なので、全体の、参拝客の、総数は、変わらないかもしれません。五日過ぎに来る人は、「海外旅行をしていました」とか、「冬休みは、故郷の、実家で過ごしました」という様な、人が参拝するのです。

 これと、昨年度秋の流鏑馬祭りで、ほとんどいじめに近い、歩かせ方をさせた、事で、来春からの、やぶ様行事への、参拝客は、これまた、減ると、思いますよ。こういう事は、すべて、リアルな現象を知らない井上ひさしが、机上の空論として、これは、すれば、雨宮舜(本名川崎千恵子)の、ブログを、いじめることができるさと、思い至って、あっちこっちを使って、八幡宮様を、使役をしていると、いうわけです。

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副題8、「ジャパンオルフェオというオペラの初演、二日前の夕方に戻る。その日、八幡宮境内に、設営をされている、テント張りの、ミキシングルームを始めてみたが、どうして、二日前から、異様な音を出すかという質問に、適切な答えは、帰ってこなかった・・・・・その異様な音とは、私の孫が生まれた日が、発生の初日である。そして、その二年前の、渋谷郵便kひょくに階での出来事を、思い出させる音でもある。それは、殺人未遂を、成し遂げようとして、警察が、準備した音だった』

 ここで、ジャパン、オルフェオの時の、「マイクの調節中です」と、言う異様な音を、木曜日の、夕方五時から、行って居た男に戻ります。これは、『夏の音楽会で、何度、聞いただろう』と、言うほどの、異様な音なのですが、一番最初は、娘が孫を出産した時にさかのぼります。東横線・新丸子駅そばの病院へ見舞った後で、当時は、私もまだ、若くて、元気いっぱいだったので、むろんの事、新丸子から、銀座へ向かいました。銀座の画廊巡りをして、そののちに、母を老人ホームに見舞うと、言う行動様式の頃でした。当時は、日比谷線は、日吉発だったかな? で、東横線から、直通する、日比谷線内で、恵比寿を過ぎたあたりで、この異様なサイレン音が車内に響いたのです。

 それは、2007年は、過ぎた頃でした。2007年、9月28日の早朝、渋谷郵便局の二階で、四冊目の、本、800冊の発送を行って居る、私の目の前で、刑事または、優秀な警官が、変装した、清掃作業員がうろうろして、そして、六時ごろからウオーンという形で、この異様なサイレン音が響いたのです。私は、その清掃員に変装した刑事より前に、本当の清掃作業員が来て、本当の掃除をしたのを見ていますので、だまされませんでした。本当の清掃作業員というのは、やはり体格の小さい老人でした。刑事が変装した清掃員は、40代で、体格がよいのです。そう言う人間が、清掃作業みたいな、アルバイト的な仕事に売筈がないではありませんか? そういうところに、現実社会を知らない空論の、人の瑕疵が、見事に表れているのです。だから、このケースも、井上ひさし発の、対私用弾圧であった可能性があるのです。で、誰が発案者であろうと、日比谷線内での、異様な音には、むろんの事、私は、反応しませんでした。

 それは、渋谷郵便局での、あの、刑事の様子から、もし、私が、「この変な音は、なんですか?」と、彼に質問をしたと仮定をしてみましょう。すると、彼は、「そんな音は、なっていない。あんたには、幻聴がある」と、言い始め、その声に呼応して、さっきまで、本当の郵便局職員が詰めていた、ゆうゆう窓口に、警官が変装した、人間たちが数人待機していて、私の周りを取り囲み、清掃員に変装した刑事の、「この人間には、幻聴がある」と、いう声に呼応して、「その通りだ」と、いいあって、私を、強制的に拉致して、精神病院へ収容をしたと、思います。そして、家族には何も知らせません。もし捜索願が出たとしても何も知らせません。そして、米軍機などで、韓国か、中国か、米国の精神病院へ運んでしまって、薬を使って殺してしまうと思います。

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副題9、『私が、安野家の次男は、通信簿に、1と、2しかないのに、海上保安庁の、職員として、一章を保証され、一億五千万円の、生涯賃金をもらって居ると、書く原因の一つが、この異様なサイレン音に、ある』

 ところで、この異様なサイレン音にまつわるエピソードは膨大に膨らむのです。書きたいことは、いっぱいあります。特に伊藤玄二郎の愛人であることを誇る、石川和子さんが、わがまますぎて、私の猫が、彼女よりも私の方を好きだと、言っただけでパニックに陥って、警官を呼び、警官たちに、「あそこのご主人に、向かって、彼から、奥さんを叱ってくれる様に、命令してください」という風に、とんでもないお願いをしたことが、真因です。

 しかも、このサイレン音は、安野家にも発生装置が置いてあるらしくて、そちらからも聞こえるときがあります。で、孫の出産を機に発生した出来事だから、「孫を、いじめるぞ」という脅かしだと、思っております…

 そういう音を発生させる安野家の方では、どういうことがあるかというと、おなり中学で、1と、2しか、通信簿に、記載がないという事で、有名で、「おいちに、おいちにのあひるさん」と、呼ばれていた安野家の、次男が、どうしたことか、国立大学の付属高校にご入学あそばしたそうで、しかも、海上保安庁勤務となり、(大学卒ではないはずだが)、一億五千万円の生涯賃金を保証をされていることを、何度も書く事となったわけです。裏側を知らない人は、私の方が意地悪だと、思っていらっしゃったのではないかな? 平木さんとか、小野寺夫人は、そう考えているのではないかな? そして一般の読者もそう考えているのではないかな? でもね。「孫の出産見舞いを機に、こういうサイレン音が響き始めて、常に、脅かされているのです」などとは、書けませんよ。私は常に言って居ますね。「こちら側の被害については、語ることをしないのです」と。

 だけど、警察に虐められるのは、石川和子さんが、伊藤玄二郎の虎の威を借りて、あまりにもわがままいっぱいだったことに起因をしているわけですから、私の怒りは深いです。原因はあくまでも、私の猫でありますよ。自分の猫でもない猫が、自分より、本当の飼い主である、川崎千恵子(ペンネーム、青山舜)を、好きだと、言っただけで、鶴岡八幡宮様の周辺の人が、「この頃の八幡宮様って、おかしいわね。うるさい。あまりにもうるさい」と、噂しあうほどの、異様な音を、・・・・・ほぼ、10年間にわたってお出しになるのです。石川和子さんが、警官を呼んだのは、2005年の夏です。そして、ジャパンオルフェオが、公演されたのは、2016年だったかしら? ほぼ、10年以上にわたって、鶴岡八幡宮様は、伊藤玄二郎の復讐行為に、加担をしておられるのです。

  実際に音を出しているのは、武部聡志か、そのオフィスの社員でしょう。しかし、聞こえる場所が、鶴岡八幡宮だから誰だって、八幡宮様が音源だと、勘違いしますよ。私だって、ジャパンオルフェオの公演の、48時間前の木曜日に、その、音の発生源たるテントまで行ってみて、『あれ、この人って、写真よりはやせているけれど、武部聡志本人ではないかしら?』と、思い至るまで、ずっと、八幡宮様が、この音の発生源だと、思いこんでいましたもの。

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副題10、『石川和子さんは、警察を巻き込む大失敗をしたので、がんを発見されて入院したという謀略で、殺されたと、推察しているが?・・・・・大口病院、点滴殺人事件は、むろん、石川和子さん殺しと、関係がある』

 石川和子さんは、この時の大失敗によって、例の連中、(警察の殺人用別動隊? などか?)によって、病院内で、殺された可能性があります。2007年の12月の末、元気で、太っていて、普通に、小町通りを、知人らと一緒に歩いていた、彼女が、次の年の、三月にがんで、死亡するなどという事はありえないからです。60過ぎの女性としては、ありえないことだからです。彼女は背の高さが、160㎝を超えていました。しかも、体重も、60キロに近いほどあったと、思います。堂々たる体躯の女性でした。伊藤玄二郎は、そう言うタイプが好きなのでしょう。かまくら春秋社内で、右腕として、動いている、田中愛子さんも、2001年ごろまでは、タンクみたいな小太りの、体形でしたよ。しかし、それだけの大女が、たとえ消化器系の癌だと、仮定しても、三か月では、死亡しないです。ソクラテス顔貌といううほどにやせるまでには、三か月以上、一年ぐらいかかるはずです…ご本人の意思もあるから、並行して食べるわけでしょう。…で、真相は、点滴内遺物混入などで、殺されたのだと、思って居ます。一つには、警察を巻き込む大失敗をしたその超本人ですから、一種の、証拠隠滅として、殺されたと、言う考えがあります。

 と、こういう文章を書くと、大口病院の、点滴殺人事件が起きました。数年置いて、又、同じことを書くと、若い女性看護師が、自分がやったと、自白をしました。私は彼女の自白とは、怪しいと、思って居ます。未だ、裁判も、始まっていませんしね。・・・・・と、こう書くと突然に、裁判が始まったりして?????

 女性看護師の逮捕のタイミングを考えても、彼女は、真犯人ではないと、思います。

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副題11、『ここで、武部聡志、事務所の、職員の、男女比について、創造をしてみる私だった』

 ここで、2018年の秋の流鏑馬に戻ります。どうして、その年だけ、あれほどの、いじめを参拝客に対して、行ったのでしょうか? それは、その直前に、私が武部聡志について描いたからでしょう。伊藤玄二郎達は、本質など、問題にしていないのです。そして、人的コネを使って、政治を行います。で、武部聡志とは、相当に親しい間柄にあると、思います。で、その部分をつかれると、痛いと、思う人間でしょう。自分が依頼をしたのだけれど、それが、見破られていてこのブログの世界で、委細を書かれると、武部聡志に、迷惑をかけたと、いう事になるからです。

 ところで、ジャパンオルフェオの,公演の二日前に、ミキシングテント内で、音源を調節する男を、私は、初めて、見たわけですが、写真で、見るよりも、やせているので、武部聡志本人ではないだろうと、当時の、私は、このブログ内で、言って居ます。しかし、内心では、熟考をしていて、武部聡志本人であることをも、考えていました。なぜかというと、音楽事務所など、収入が安定していないから、そこにしっかりした男性社員を入社させるのは、危険な事だからです。

 いくら男女平等ですと、言ってもですね。今だに、男女差別は、あります。女性は、特に、いいところのお嬢さんだと、結婚をして、専業主婦になる可能性が高いので、その社員の、一生の人生を、自分が引き受けるという傾向は、少ないのです。で、新しい新卒の、これまた、女性を雇えば、適当に、循環ができて、社長としては、楽なはずです。となると、あの、異様な音は武部聡志が、発生させていたと、考えるのもありです。しかし、実際の音楽会は、夜7時から始まります。で、朝の九時から、八幡宮に詰めているのは、きつい話です。束縛がきつすぎる。

 しかし、ですね。ホテルに宿泊するとかいう、工夫をすると、苦にもならない仕事となります。八幡宮の至近距離にあるホテルとしては、紅屋(=ベニヤ)の上の階があります。ホテル森とか、hotel new kamakura など。または、八幡宮様の社務所の、一室を、提供してもらって、そこで、休憩を取る様に、セッティングをしてもらって居れば。午前中だけ、ぷわーん、ぷわーんという音を発生させて、後は、休んでいればいいのです。ノートパソコンなどを持ち込んで、前に作曲していたモチーフを、発展させていくなどすれば、午後の、五時間ぐらいあっという間に過ぎるでしょう。で、私はすんでのところで、武部聡志本人があの異様な音を発生をさせていると、書くところでした。

  書かなかったと、思いますよ。だけど、将来其れを書くだろうと、予測をした伊藤玄二郎は、鶴岡八幡宮様に、対・私への復讐用工作を持ち掛けたのです。それが、流鏑馬の時に、正門を封鎖して、そこからは、入らせないと、いう作戦でした。

 しかし、これもブーメランの様に、八幡宮様へ、帰ってくることとなると、思います。お客が少なくなるのです。もうすぐ、春の例大祭が来ます。その時の流鏑馬は、どうなるのでしょうか? まあ、待っていましょう。

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副題12、『女性へ、委嘱するのは、伊藤玄二郎と、井上ひさしにとっては、絶好の機会としての、自分達の権勢を誇示するチャンスでもあった』

 延々と、八幡宮様と、音の関係を書きました。だが、その八幡宮様の、ぼんぼりまつりにおいて、最上級の、お気に入りであるのが、宮崎みどりさんです。それが、この章のツボになります。それで、八幡宮様からの、推薦で、あの委員に、委嘱をされたというつもりはないのです。ただ、伊藤玄二郎が谷垣禎一さんを通じて、安倍さんに、宮崎みどりを入れてくれと、頼んだ可能性は大きいのです。

 ここで、9人の委員の内、初めて加入した女性委員が、二人いたけれど、二人とも、鎌倉エージェントの息がかかっているという事が、重要です。

 こういう委員は、六か月以上前に、選定されて、そちらには「内々に、しておいてください」と、言われても、千人は、六か月以上前に行われたと、見るべきでしょう。それが、宮崎みどりさんの、特殊な和服を見ていると、わかるわけです。

 すると、林真理子を、推薦したであろう井上ひさしと、宮崎みどりさんを推薦したであろう、伊藤玄二郎は、この新元号決定において、自分が、其の機軸をまわしていると、言う気分にもなるでしょう。すごく、威張ったらしい気分になると、思いますよ。

 ところで、其れが、あったからこそ、すさまじいいじめを私の行うのに、やぶさかではなかったというわけです。自分たちはン能陛下が、退位したいと、おっしゃった、そのタイミングについても、選任をしています。退位したいと、言うお気持ちは、天皇陛下御自身のものです。しかし、其れを、発表なさるタイミングについては、彼らが選び取り、榊原節子さんか、羽毛田元宮内庁、長官を通じて、天皇陛下に、今、発表をなさってくださいと、お伝えしたと、思います。

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 ところで、女性の委員を選任するとして、美貌と知性で言うのなら、旬の人は、中野信子さんあたりだと、思うけれど、宮崎みどりさんになったことは、そここそ、伊藤玄二郎の、思惑が反映をして居るところなのでしょうし。

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