銀座のうぐいすから

幸せに暮らす為には、何をどうしたら良い?を追求するのがここの目的です。それも具体的な事実を通じ下世話な言葉を使って表し、

新宿では、警官たちが、ホームレスにたばこを配って歩いていた。吸い殻が、落ちていないから、かわいそうだと、いう事だろう。

2019-03-24 12:39:56 | 政治

 この一文の総タイトルは、夜九時までは、【日本の警察は、CIAの言うなりであって、しかも、応用力がない。国会図書館は、満州時代の日本語の新聞を廃棄とか?】でしたが、その時点で、上のものへと変更しました。

 副題1、『私が書いているブログに対して、激しい復讐行為が続いていますが、何故、そうなるかというと  信州大学の学生が、能登町の空き家で、女子高校生を殺した後で、穴水町で、車に飛び込んで自殺をしたという事件が、数多い、謀略事件の中でも、最もひどいものだからです。其れについて最近、私が、真実を、書いているでしょう。それが、悪人たちにとって、とても、痛いのです。

 しかも、それは、那須雪崩事故に対して、現地で、引率していた先生に対する処分が、発表をされたという事を、きっかけとして、書いたものだから、敵さんたちは、予想外のタイミングで、やられてしまったと、思って居て、したがって、怒り心頭で、激しい、復讐行為を私に対してやっている最中です。

 しかし、何という事だろう。私が住んでいる地域では、34年にわたって、日本戦後最大のCIAエージェントの手が及んでいて、私は、すさまじい損失を被っている、連続の日々なのですよ。それで、やっと、最近五年間、前田祝一・清子夫妻、及び、安野忠彦・智紗夫妻、白井達雄・小野寺夫妻が、行ってきている数々の、リアルな世界での、いじめと弾圧について描き始めたところです。

 すると、遠くで、異様な殺人事件が多発しています。それは、間接的な復讐であって、資産を減らそうとする向きで始まっているのですが、もう一つの流れとして、私をノイローゼにさせて、精神病院に強制収用をしてしまおうと、言う趣旨の二つの流れで、生起しています。

資産を減らそうとして、起こされたもの、

 ア)、JALの破産(?)騒動・・・・・主人と息子が株を持っている。ナショナル・フラッグ・シップ・カンパニーがどうして、破産をするのですか? おかしいでしょう。ためにする破産騒動です。で、息子も主人も何百万円がパーと、なりました。

 イ)、寝屋川のアーケード街を、真夜中に歩いていた、中一2児童殺害事件(山田浩二がやったとされているもの)最初の遺体が置いてあったのは、センコーという会社の駐車場で、私が株を持っている。センコーの駐車場は、寝屋川市にあります。それなのに、NHK他の、メディアの記者たちは、高槻市で、あったと、大騒ぎ、NHKは、嘘を報道をするのです。まあ、警察が総発表をするのでしょうが、NHKは何故、グーグルとかカーナビで、確かめないのでしょうかねえ。それからね、ネットで、あれは、高槻市に在る、全農の駐車場だと、言う説がありましたが、お金をもらって投稿をしている、スパイの一種の投稿です。全農の駐車場には、建物が付随しているので、あの駐車場ではないです。

 ハ)、横浜鴨居駅を最寄とする、都筑区の【らら横浜】というマンションで、データ、くり回し騒動が起きて、傾きが問題となり、そのすべては、引っ越して、マンションは、取り壊されたそうです。三井不動産レジデンシャルは、そう言う不祥事を起こしたのに、高麗屋三代襲名披露円が、帝国ホテルで、行われた際に、三井物産は、三井不動産の偉い方が、乾杯の音頭を取って、しかも祝儀幕を寄付しています。多大な損失が出たはずですが、内閣官房機密費で、まかなってもらったのですか?

 伊藤玄二郎達が、行う事は、谷垣禎一さんを仲買として、安倍晋三内閣が、大支援をしていますのでね。お金、ばらまき放題です。だから、安倍さんは、麻痺しきっていて、無駄な事この上ない除染だとかに、後学の金銭を投じて、都会では、六件に一軒の家の子供が、給食費を払えないとか? 足立区だったかなあ? でも、ほかの地域でも、シングルマザーの、家庭は、ひどいことになっているとか?

 今度、未就園児同の支払金を、すべて、国家が賄うそうです。選挙目当てのばらまきです。

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副題2、『刑事とか、警察官というのは、上司が考え出したことをその通りは、実行するが、私が想定とは、違う反応を示した時には、全く反応がないのだった』

 さて、私をいじめるために、各種の謀略が起こされてきたのですが、そのうちの、二つ目の、ラインを語る際には、芽のお前に現れた、刑事たちの特徴を知ることとなりました。それを語るので、文章が長くなるので、ブログの節だてを新しくいたします。

 暗殺する、手法の一種として、精神病院へ、収容してやろうとして、起こされた謀略的事件が、数々ありますが、其れを語る前に、前哨戦を語らないといけません。新聞や、テレビが報道する大事件の前に、私個人を狙った、前哨戦がありました。そこに現れた刑事には、共通項があるのです。

ア)、『2007年9月28日、早朝、私は渋谷郵便局の二階での、幻聴を、利用した罠』

 私は当該日の前日、午後2時から、そこで、四冊目の本、【伝説のプレス】800部の発送活動をしていました。包装紙、紐、印刷した、案内状、などを周辺に置き、宅急便や、郵便で、800冊を送付しようとするわけですから、死に物狂いです。疲労困憊をしています。そこに、午前6時ごろ、異様な音が大音響で鳴り響き、たった一人で、作業をしている、私の周囲を、背が高くて、目がぎょろっと大きい、刑事(または、警官?)が、こっちを見つめながら、ぐるぐると、周りをまわるのでした。

 私は彼の前に、背が低くて、高齢の男性が、掃除に来たので、そちらが、郵便局専門の本当の清掃員であって、二度目に来た人間は違うと、わかっているわけです。で、前夜、終わりそうもないので、主人(鎌倉雪ノ下)に電話をかけて、「27日の夜は帰らないわ」と、言って居ます。それが、盗聴をされているわけです。なるほどねえ。で、すぐさま、『私をはめてやろうとして、警察の、殺人用別動隊が、動いたなあ』と、わかるわけです。内心で、非常に、怒りました。だって、私は悪いことは一切していないのですよ。どうして、警察に虐められるかというと、北久里浜の、大詐欺事件の真相を知っているからです。それの、首謀者が、戦後最大のCIAエージェントとその代日本帝国軍時代の、陸軍参謀と、海軍参謀・益山重夫が、組んで、行ったわけですが、日本の警察は、それら、CIAエージェントの味方をして、その通りに動く、手下部門を養成しているのです。そして、彼等の弱点や、汚点を知っているものを、殺していこうとしているわけです。

 という根本の部分を解説した部分を入れて、元の渋谷郵便局へ戻ります。 

 どういう狙いがあるかというと、もし私が彼に、「この異様な音は何でしょう?」と、質問をしたと、仮定をしますね。すると、そんな音はなっていません」と、彼の方が嘘をついて、「あなたには、そういう音が聞こえるのですか? あなたは、幻聴がある人ですね』と、言い募って、ひどい幻聴がある人がここにいると奥に向かって、どなったと、仮定をします。そうすると、郵便局員に化けた、警官たちがぞろぞろっと出てきて、私を縛って、さるぐつわでもして、精神病院へ、強制的に収用をしてしまうのでしょう。

 ところで、この時の刑事(または、警官ですが)、私が2013年8月10日、母の納骨式を終えて、かつ親戚の皆さんと、精進落としの、宴会を鎌倉【アングレーゼ】8000円のコースで、行った後に、東京へ、向かい画廊巡りをした後で、疲れたので、主人に断って、秋葉原の、ワシントンホテルに、宿泊をしたことがあります。ワシントンホテルは、新大阪・他あっちこっちで、宿泊をしているので、何となく、親近感があるからでした。で、自分のパソコンも持っているのですが、仕事をするのには、二つパソコンがあった方が早くできるので、ホテルの貸しパソコンも借りました。一晩、1000円ぐらいで、貸してくれるシステムは、たいていのホテルで、常備されているのです。そしたら、其れを持ってきた、人間が、あの渋谷郵便局の、清掃員に化けていた刑事でした。

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副題3、『たいていの場合、二度、同じ刑事が、私の目の前に、現れたのだった・・・・・神奈川県警の場合、同じ人間が三度現れた』

 男性の刑事は、どの人物も、だいだい、二回ぐらい使われています。神奈川県警の、若い刑事なども、同じ人間を三度見た様な気がします。三度目は、石春産業の、証拠隠滅工事の際に、作業員に化けてきて、私に向かって、「誹謗中傷のブログに、この工事のことを書くのですか?」と、言ったのですよ。作業員が、『そんな、四文字熟語を使うかしら?』と、思って、まじまじと、彼の顔を見つめたら、その男は、昔、朝、徹夜明けで、帰宅して石段を、主人に迎えに来てもらって一緒に上がっていた時に、後ろで、大音響を立てて、鉄筋を、20本ぐらい、石段に、落とした人間とそっくりでした。その時、山の上では、何も工事をやっていなかったのですよ。だから、ただ、脅かすために、大音響を発したのです。彼を見かけた別の日は、微妙なサイレンの音(これも、私を脅かす音であって、武部聡志の音楽会では、朝の、九時から、「マイクの試験中と、言う言葉とともにがされるものです)が、山ノ下から聞こえてきたときに、鶴岡八幡宮が、駐車場に建てた二つ目の作業小屋・兼・休憩場を覗いたら、湘南環工と、言う制服を着ていた、作業員がいたのですが、その人間とそっくりでした。だから、目の前に三回ほど現れたというわけです。

:::::::::::ところで、そこの作業小屋ですが、その場所に、昔、大江広元の墓があったのですよ。それでね。私は過去に、こういうブログを書いた覚えがあります。

 大江広元は、毛利家の始祖であり・・・・・父の実家は毛利家の重臣(上士で、内閣10人を形成していた家柄だった)なので、縁があるなあとか、思い、それは、ブログには書かなかったのですが、・・・・・以下のことは書きました。

 私が住んでいるこの山は、元毛利様が、もっていらしたらしい。それを、戦後、藤本真澄(元・東宝の重役)さんが、買ったらしい。毛利様は、家族制度廃止で、ほかの大名家と同じく、急に、収入がなくなったわけだから。で、藤本さんは、ただ、単に、寄付ぐらいに考えて、持っておられたのだろうけれど、彼の会社で、ストが起きて、それで、新東宝を作るとか、いろいろあって、お金が必要な時期に居たり、お売りになったのだろう。それで、藤本禎子夫人のご主人は、真澄さんの弟である可能性が高い。長男が、モダン系だが、音楽を、やっていて、そのお嫁さんが、橋本一子さんだ。そう言う結婚が、可能だったのは、藤本真澄さんと、兄弟だからだと、思って居る・・・・・と。

 その藤本真澄さんと、私の父は、旧制山口中学時代、親友でした。それを証明する写真はないのですが、同窓会で二人が、一緒に出席しているスナップ写真はあります。

 ところで、私の父はシャイな人でしたが、才能は、あって、本当は、上野の、美校に行きたかったそうですが、父の父が早死にをしていて、兄に学費を頼る立場だったのと、旧制中学の時代の美術の先生が、「美校を出ても食えないよ」と、言われたので、あきらめたそうです。石油を勉強しました。それで、油絵は、趣味としてやっていたのです。ただし、戦時中は石油が、貴重なので、父は、恵まれた立場にあり、時間もあり、給料もよかったので、中国の遺跡を絵描きに行く暇がありました。満鉄の、中央研究所というところに、勤務していて、中国満州・撫順炭鉱で、今で言うオイルシェール(当時の言葉、または、日本語では、頁油岩というのを、)研究していたのです。旅費も特急アジア号が、タダですから。で、満州文展というところで、特選を取り、その絵は、ラストエンペラーの宮殿やら、甘粕、満映・理事長の部屋や、満鉄の総裁の部屋を飾っておりました。それを語る新聞記事も多数あったのです。

 ところが、それらがすべて盗まれています。私は国会図書館にはあるだろうと、思って居たのですが、国会図書館は、満州時代の新聞はすべて、マイクロフィルム化したそうです。ところが、驚いたことに文化面だけは、採録されていないのでした。新聞が、奇数頁だと、いう事はありえないのに、奇数頁なのです。其れをブログで描いたら、何と、国会図書館は、其のマイクロフィルム化した、新聞を捨てたそうです。劣化したからだそうです。それが、順次全部、新聞記事として知らされました。

 本当に驚いて居ます。探検バクモンが、お正月特番として国会図書館を訪問しました。すばらしい資料の充実ぶりだと、言って居ましたが。それでも、CIAの支配には、屈するみたいですよ。ただ、唯、驚いて居ます。その上、私が国会図書館を訪問するときには、使う入り口に、必ず、警察車両が待っていて、いかにも、「脅かして、やるんだけんね。調べるんで、ねーよ」と、言われているみたいです。この口調は、井上ひさしと、思われる人間が、このブログに多数のコメントを寄せているのですが、その時に使う口調です。彼は、こういう口調を使って、私をさげすんでいる模様です。だから、彼等、陣営の言葉としては、常にこれを使います。警察庁長官、栗生氏が発言をしたであろう言葉としても、こういう下品な口調で、表現をいたします。

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副題4、『NHK総合チャンネルで、ファミリー・ヒストリーが、放映されるたびに、私は、我が家から、父や、母の写真も盗まれていることを思い出す』

 彼らは、ありとあらゆる意味で、其れが、心理的いじめにあたるだろうと、見て、実行をします。NHKで、ファミリーヒストリーと、言うのを、放映をいたします。するとね。昔の写真が出てきますね。それを見るたびに、父や母の戦前の写真が盗まれているのを思い出すのです。父の実家は、武家屋敷街として観光地になっている、堀の内の武家屋敷街を抜け出て、東萩に、山を買いました。橙を栽培して、明治維新で、失った俸給の代わりとしたのです。勿論、それだけでは足りないので、みんな教師などのサラリーマンになったわけですが、その山すそに、南側にも北側にも廊下の、あるお屋敷を構えています。そこで、私の年の離れた従兄の結婚式があり、大きな石が運ばれていたのを覚えております。

 父は次男ですが、父の結婚式の時も、大きな石が運ばれており、かつ宴席は、三日続いたそうです。それで、母が言うのには、「高島田が、もう崩れてね」と、いう事でした。たしかに、高島田の、肩に近いところが、とんがっているのでした。

 それから、父が学生時代か、学生服で、ピペットを握っている写真とか(普通なら、実験時には、白衣を着るのでしょうがね。写真だけは、記念に、実際の実験とは別の日に取ったのだと、思います。昭和ひと桁の時代なんて、写真機を、みんなが手持ちするという時代ではなかったのです)。

 私が一番好きな写真は、熱河(熱河)の、ラサ寺院の前で、マーチョ(中国式人力車、柄が非常に長い。車夫の体臭が、届かない様にするためだったのかな?)に乗っている写真です。これは、人力車のそばにいる母が手持ちの自分達家族用の写真機で撮ったと、思われる写真です。

 母は、結婚後に、社会勉強の為に横浜で、お勤めに出たのですが、最初は、正金銀行で、(もしかしたら、今は、その建物はバンクアートになっているかな。または、北野武・芸大教授の、お教室に?)に勤務し、そこは、就業時間が遅いので、日産自動車に、勤務がえをしたのでした。新卒ではなくても、旧制商業中学の校長の娘だから、何でも、すいすいといった模様です。銘仙の着物と、錦紗の羽織で、勤務しているのですよ。父は、早山石油(のちに丸善石油と改名)に新卒時には、務めたのです。で、其の製油所や、本社ビルが、横浜東部にあったので、二人は生麦に住んでいたので、横浜正金銀行とか、日産自動車とか、横浜に本社がある会社に、母も、務めたのでした。

 女性が働くことは悪いことではないのです。母だって、あの時代があるからこそ、後年、女性には、普通なら許されてはいない、株の信用取引さえ、許可されていたのですから。しかし子育てと、職業の両立は、ひどく難しいと、思いますよ。

 母だって、私が、小さい頃は、仕事をしていなかったし、仕事をするといっても、下の写真に在る、実家の、しかも、この写真には、写っていない反対側の、静かな部屋で、経理の仕事をしていただけです。

  ご近所の主婦、二人と三人で、仕事をシェアしながらです。家事は、お手伝いさんが、来ていましたけれどね。母は、家の中にいたのですが、忙しいので、デスクに引っ付く感じだから、どうしても、真ん中の子供は、愛情不足だった模様です。三人いると、次子が看過されやすいのです。だから、この雪ノ下でも、富沢家の、ご次男が看過されていて愛情不足だったことは、すぐわかりました。

 ただ、現代のように、働くお母さんが、外で、高度な仕事を引き受けて、帰りが、遅いとねえ。後で、影響が出て来るのですね。保育所に、赤ちゃんの時から、いれてしまうのは、絶対に反対です。子供って、数万種類の行動をとるので、そのどれがやっていい事で、どれが、やってはいけないことなのかを、わかっていないと、将来危ないのです。そして、その数万種類に及ぶ教えないといけない事は、保育所の保母さんにも、幼稚園の先生にも教え切る事はできません。保育所とか、幼稚園というところは、お友達を作るための場所です。お友達ができたら、お友達同士を遊ばせるのが、主な、仕事の場所なのです。教えたり、影響を与えたりできるのは、母親だけですよ。そして、親の方が、子育てという苦労をしないと、順次たどっていかないと、愛情もわかないものです。愛情の総量が足りないと、後で、問題が出てきます。少学期とか中学期とかは、目立たなくてもです。野田市で、異様ないじめを自分の娘に行ったお父さんの、実母は、働いていた人ではないかなあ。で、お父さん自身が、親から、丁寧な、愛情を注いでもらっていないと、思いますよ。・・・・・・という風に、思いがけないことが、30過ぎに出てきます。

 ところで、上の写真で、黒い部分は、前の家のカゲです。そして、ほかのグレーの部分は大谷石でできています。この「大谷石だと、建て替えができない」そうです。横浜市の条例で、そうなったそうです。これも、裏から手が回された対私いじめです。それと、増築の問題です。敷地は、99坪あって、余地がたくさんあるのに、最近は、増築ができないとか、すべて、私のブログと正反対の方向での、いじめが行われています。ただ、特例は認められているそうです。特例が認められるのは、CIAエージェントと個人的なコネのある人でしょうね。そういう社会って、本当に暗いいやな社会です。

 鎌倉雪ノ下の谷戸では、人間関係が難しくて、特に安野智紗さんの井戸端会議が、開かれていた、時期は、引っ越して行く人が、多数いたのです。そして、売り物も多かったのですよ。私は、1982年ごろ、今の家とは、別の物件を見に来ています。その時の家は、余地が少ないので、買わなかったと、言って居ます。そして、今の家は、余地がたくさんあるので、買って、二年後、総二階15坪分を建てましたと、語っています。ところで、余地はあったので、それは、よかったのですが、其れだけ、買った時の古家は、小さかったのです。総二階でも、18坪で、トタン張りでした。それでね、横須賀で、大詐欺事件の横須賀市担当役目の、杉本俊一氏(当時土木課長・・・・・・結局のところ、実質的詐欺事件=公的用地、横須賀市の水道山をタダで、個人に渡した。ただ、大建産業という会社名を名乗っていたが、後程、四つの名前の伊藤忠の子会社となったそうである。でも、実質的に横須賀市は、一戦も受け取っていない。それをわざと見逃した。それゆえに、後日副市長へ出世した)の妻、杉本正子さんが、稲田恭子さんという私自身の、友人を使って、その小さな古家を見に来たのですよ。

 稲田恭子さんは、その後、帰宅して、杉本正子さんに、「川崎さん、前の家を売らないで、新しい家を買ったと、言われているけれど、全然、金持ちではないわ。見に行ったら、とても、小さな家だったの。全然、鎌倉らしくないのよ(大笑い)」と、報告をしたことでしょう。稲田夫人が、その日、銀座・和光かどこかで、買ったであろう、今なら、30万円以上はする様な、豪華な、白いカーディガンを着てきたことで、そう言う裏側がわかりました。白い毛糸でできていて、そこに白い毛糸、又は、白い絹糸、又は、白いビーズ、または、白いスパンコール、または、白い模造真珠が、植え込められている、素晴らしく美しいものでした。私と稲田夫人との友情は、主に、この種の、手仕事類、の、センスの良さで、結びついていたのに、その日は、お互いに、そんな話題に入ることもできませんでした。

 私は、稲田夫人を目の前にしても、杉本夫人の陰を感じていたからです。私の、親友を奪い、あまつさえ、私の親友を、私への、スパイに仕立て上げる、杉本夫人の悪辣さに、思いを寄せてしまっ他ので、その日は、、なにも楽しめなかったからです。杉本夫妻とは、横須賀市の吏員としては、非常に無責任なことをしたうえで、莫大な富と権益を得たのです。ああ、そういう人である杉本俊一と、正子夫人。

 私が事件の詳細を、正子夫人へ電話で教えているのにもかかわらず、夫をいさめず、夫への、批判もなく従い、さらに悪を拡大する、杉本正子さんについて、今は、これだけにしておきます。

 ただ、既に、スパイ化していたからこそ、稲田夫人は、二度と遊びに来ませんでした。鎌倉雪ノ下の家は、1087年当時で、坪100万円をかけて、建て増しをして、それから、古い家の部分は、2003年に、リフォームをして、きれいになったのです。そういう、こちらの鎌倉の家には、全く遊びに来てはくれません。「そうですか。なるほどねえ」と、苦笑いをしておきます。そして、其れからの、32年間に、稲田夫人は、三回か、四回ほど、重要な形で、スパイとして使われるのでした。全部わかっておりますよ。将来丁寧に説明をいたします。他にも大勢の友達が、池田分譲地に居ましたが、稲田夫人が最も親しいとみて使われたのか、それとも、頭がいいと、見て使われたのか? それとも、おっちょこちょいだから、簡単に言う事を聞くとみて彼女が、使われたのか? ここでも人間分析の材料を拾うことができるのです。将来丁寧に、分析をしていきましょう。今は、鎌倉雪ノ下に、こだわり続けます。

 ところで、上の写真で、日がさんさんと当たっている私の実家の方ですが、商店ではないことは、どなたにもお分かりいただけるでしょう。しかし、グーグル地図では、商店と、記載をされていたのですよ。長年にわたって。本日もそうだろうと、思って、拡大をしてみました。しかし、スケールが、最大限5m単位になっても、商店という文字は、さすがに、本日は、消えていましたけれど。

 こういう風に「貶めよう、貶めよう」と私は、されています。小野寺夫人など、私の目の前で、『前田先生』と、祝一氏のことを呼ぶぐらいですから、その陰に、「あの人(川崎)の実家って、小さい商店なのよ」と、聞かされていて、それを信じて、私の事を前田夫妻よりも、格下だと、信じていると、思いますよ。

 ところで、私は、父の写真や、母の写真を盗まれていて、立派な家で育った人間であることを証明することを奪われていて、しかも現在の実家も、商店と名付けられていて、「低い、低い家柄の人間なのよ」と、ご近所様には、悪宣伝をさせられたうえで、次に、NHKで、【ファミリーヒストリー】を放映をして、親の結婚式の写真などを、何度も紹介して、私を、イライラさせようとしています。そう言うところからも、ノイローゼになってくれと、ただ、ひたすら願われている模様です。

 ストリートビューで見ると、我が実家と、西隣さんが、植木がいっぱいの家です。後は、昔の地所80~100坪が、二分割とか三分割をされていて、屋根だけが目立ちます。ところで、上の写真で、おくの左側に、幅1メートルぐらい、ピンクの崖が、顔を出していますが、それが真田広之さんと手塚理美さんが建てた家です。真田宏之さんと手塚さんの離婚には、いろいろな原因が考えられるけれど、まず、地域社会へ、手塚さんが、母親として溶け込もうと、しすぎたことを真田さんが、嫌ったと、言うポイントはあると思うし、その上、私独自の考えですが、その家の前の持ち主が、育てていた、武蔵野の自然林のごとき、たくさんの、樹木を、みんな伐採をしてしまったことが、大きいと思います。鉄の弾丸で、樹木を倒壊をさせているのを見て、私は、樹木たちがうめいていると、思いました。

 父は、船橋の家から成木の、植木類をたくさん持ってきたし、カキなど、綱島の果樹園から、既に実のなるしっかりした樹を植えたので、100年を超すと思います。毎年植木屋を入れて、70年になるので、幹はバカに太いです。背は、高くないけれど。私は父の、意志を継ぎたいので、「宝くじがあったったら、この家を買うから、待っていてね」と、弟に、言うのだけれど、なかなか、当たりません(苦笑)

 ところで、実家の建て直しをするときは、このままの、大谷石の、築崖ではだめだと、言うのなら、我が家でも、真田邸と、同じく、樹木類をみんな殺さないといけません。ほかの家を見ていても、コンクリートの擁壁を作るために、重機を入れるので、植木類など、一本も残さない形で、整地して、その上で、新築するみたいです。『なんだろう? これは』、と思います。非・文明化、はなはだしいと、思いますよ。

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副題5、『非・文明化という話ですが、禁煙運動・程、それに、悪い意味で、貢献をしているものはないのです』

 私への最近の復讐用ニュースとして、「孫正義氏のグループが、突然全社員に、禁煙を命じた」というのと、「すかいらーくが全席禁煙にした」というのと、「サイゼリアも秋から全面禁煙にする」というのがあります。禁煙運動は、この雪ノ下から、始まりました。特に受動喫煙防止条例は、例の鎌倉エージェントと、松沢茂文(当時の神奈川県知事)の結託によって始まりました。どうして始まったかというと、私は、鎌倉駅ホームの灰皿がなくなったりした、大昔から、喫煙者に同情をしているからです。

 また、二週間前に、私がある人と、「弟はインテルで、ソフトプログラマーをやっていて、シリコンバレーにも、しょっちゅう出張に言って居たのですよ。で、孫正義さんとも、そのころは、あったと言って居ました」と、・・・・・と語ったのが盗聴をされて、そう言うニュースになったのだと、思います。

 弟の家が、擁壁をコンクリートにしないと建て替えができないと、言うのは、まさしく、弟いじめですが、インテルが、日本から、事務職以外の、製造部門としての、つくばの拠点を引き上げてしまったのは、弟いじめだったと、今では、言えますね。

 それからねえ。すかいらーく全店舗、又、サイゼリア全店舗なども、全面禁煙にするというのは、国民いじめです。誰が動いているのかといえば石塚雅彦さんが、経団連会長とか、堤義明ラインを使って、こういう締め付けをしてきていると、思います。そして、両方とも、結局のところ、真実を言えば、私狙いの、いじめです。私は、喫煙行動は、これ程、縛るべきではないと、思って居ます。喫煙行動とは、キセルが、歌舞伎の助六の重要な小道具である様に、日本でだって、500年ぐらいの歴史があるでしょう。

 ヨーロッパでもチャーチル首相が吸って居た様に、歴史の深いものなのです。麻薬成分を楽しむと、言う趣もあるかもしれないけれど、ある意味で、思考・行動様式の手助けになるから、みんな、手を出しているのですよ。タバコを吸いながら、構想を練っているのは宮崎駿さんです。それが、ないと、白昼夢に浸っている様に見えて、ほかの社員には、遊んでいる様に見えるでしょう。個人が一人で、仕事をしている時だって、思考の助けに、たばこはなるのですが、集団で仕事をしている場合、タバコをふかしながら、思考をするのは、ごく普通の事なのです。日本人には、考えるのは、ぜいたくで、必要がないと、思われているのでしょう。被・植民地国家だから、仕方がないのかなあ。

 しかしびっくりしたことに、新宿の駅の北側にある地下道そばの、十字路に座っていた、元、宝塚のスターか?というほどに、美しい、かつお化粧をばっちりとした、ホームレスの女性に、若い警官二人組が、たばこを一本上げていた。ひどく驚いた。これは、2007年か羅、2009年の間の事だったと、思う。本づくりをしていて、自宅では、あまりにもシステム異常が起こされて、仕事にならないので、一種の、ノマド生活者として、新宿や、池袋、又は渋谷で、本の編集をしていた時期なので、2007年から、2009年の間だった。当時の警察庁長官が、人情があったのか、それとも、警視総監が人情があったのか、それとも新宿警察署所長が、人情があったのかは、わからないが、ホームレスになる様な人は、善人で、お金がなくかつ、意志も弱いので、禁煙などに取り組むはずもないと、思って、配っていたと、思われる。ところで、当時の新宿警察署所長名を知りたかったが、書く、警察署所長名は、非公開の模様だ。ただ、新宿警察署って、日本一大きいとは、知った。本日初めて、それを。

 ところで、それほどに、警官がやさしい新宿なのだけれど、そのほかの地域では、ホームレスよりも数の多い、普通の人が、いじめられきっている。 されリーマンをして、税金を支払って居る類の人が、いじめられきっている。指定された場所でしかタバコを吸えないそうだ。恐ろしい、監獄のような国だ。これも、私の文章を読んでいて、常に、私が発言をしている方向と、反対に勧めようとする、井上ひさしに浅はかな提案に、伊藤玄二郎が乗り、そして、谷垣さんに、訴えて、国会にまで、拡大をしている現在だ。

 ところで、私道部分をコンクリート打ちをされてしまったので、道路で、園芸の仕事をすることがあるのだけれど、それを、していたら、狙う様に、小野寺夫人が近づいてきて、たばこの害に、ついて、教唆する様な演説を、私に対してぶった。何も野田。この人間はと、あきれ返ってしまい、私としては、珍しく、「用事がありますので、此処で、失礼をしますね』と、こちらから、切り捨てた。リアルな世界で、喧嘩をしないという主義だが、彼女が、びっくりして傷つこうが、どうしようが、屁の河童である。彼女には、同じ形式で、四回ぐらい大きく威張られきっているが、其れゆえに、もう、何を書いても、私は、平気である。西隣であろうが、何であろうが、悪魔のお友達として、認識しているので、バリバリ、思うことを書いている次第だ。

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副題6、『処で、上にあげた、実家の写真をこのブログの画像内で、アップした筈だと、探していたら、猫の葬儀のころの写真が出てきた。この猫は、ずいぶん元気で、丸々としていて、メスで、体格が小さいのに4キロか、五キロほどの、体重があった。ずしんと言う感じだった。それが、2016年の七月、急に死んでしまった。 

 そのころ、私は三つの文章を書いている。そして、その三つの文章で、経過した日時は、とても短い、二週間か、三週間だった。挿入を間に入れて、次の→へ     :::::::::::::

猫が、階段を上がるのを、億劫がる程度がただならないので、瓜南さんの最後を思い出したりして    2016-06-27 22:32:35 | 政治

 猫が失禁をしていたので、ダッカ事件について、書く時間がありません。     2016-07-05 22:03:26 | 政治

 猫が死んだ、次の日に思った事。        2016-07-08 23:03:06 | 

  これは、実際には、9日の夕方に書いています。猫は、7日に死んでいますから、二日後に書いたと言う事です。しかし、アップの日付だけを、8日の、深夜と、変更をさせてくださいませ。

 ::::::::::::挿入から戻って、此処に続く。→

 前の猫、ちびちゃんの時は、階段を土丹土丹と上がり降りする音に気が付いて変だと思い始めてからでも、六か月程度、おもらし(尿も大便もトイレでは、しなくなった)期間が続いたのであまりにも手がかからないさびちゃんには、驚いたし、これは、変だと考えた。誰かに毒を盛られたわけではない。きちんと老衰化の経過はたどったが、時間があまりにも短い。それで、ふと、内心でだけ、安野忠彦氏が、合いかぎを使って、我が家の室内に入るときに、私と猫が二階に居ても、一階に、実際に侵入してくる紫色が買ったトータシェル(たもと草風の模様。ロシアンブルーが入っているので、紫がかって見えるのだと思う。ペルシャも入っている模様で、長毛種でもある)が、一緒に入ってきて、追い回すので、激しいストレスを浴びたせいだと、考えたのです。押し入れの炭などに隠れて、息をひそめて彼らが去るのを待ったりしたのでしょう。

 そういえば、石川和子さんが、さびを探す際に、押入れを探すのです。私が室内にいるときは押し入れに入って寝たりはしないのですが、石川和子さんに家に入っていたのは、2004年までですね。そのころ、既に、安野氏は、合いかぎを使って、侵入して居たのか知ら。それで、我が家の猫は、私がそばにいないときは、石川和子さんの家という安野氏が侵入しないはずの、家でも、おしいれに隠れる習慣が付いたのかしら。ここらあたり、急に上書き保存になったので、正しいことを書いていると、思います。書かせてやらないぞと、言うCIA側の決意の表明です。上書き保存になるとグーブログでは直す手段を、教えていないので、苦労があります。ただし、その時描いていることが正しいことだと、わかるのです。

 さびちゃんは、私が家にいるときは、押し入れではなくて、必ず、私と目が合う場所で、寝ていました。

 私の方では、嚆矢て、主人が入院中に、激しいストレスを浴びた可能性のあるさびちゃんに、死なれてしまったのです。安野家の猫がテリトリー争いの勝利するために、我が家内で、我が家の猫を追い回した可能性があるからです。夜に侵入してくるので、昼間も侵入してくるでしょう。当然。ただし、私は、それに気が付いてからは外出するたび二,重い、動の花瓶を入り口に置いて、猫だけなら、絶対に入れない様にして出かけていたのですが、安野氏が、合いかぎを使って、堂々と玄関ドアから入っていたら 防ぎようもないですしね。

 今日は、此処まで書いて大部疲れました。

 で、これから先に書く予定のことをメモっておきましょう。まず、白髪の刑事が、二度現れたという点

 もう一人、非常に陰険な白髪の人間が居ます。2003年3月31日、丸の内、中央郵便局の旧社屋のロビーで、歴史の勉強をしている老人と、若い女性が居たのですよ。私はプリントアウト類を、郵送する作業をそこでやっていたのですが、二人が、一言も会話を交わさないことと、真夜中の、郵便局で、歴史を勉強して居ることの不思議さを、びっくりして、問い合わせたのに、答えはありませんでした。

 これは、これ以降も何度も見聞する、警察官とか、刑事というのは応用力が全くないという事を、知った初めての機会でした。

 しかし、それ以上のことを書くと、将来、其れについて描くのをひどく妨害をされる筈なので、此処には目盛るのを止めますめます。それをいつ書くかは、いまは、まだ

、お約束ができませんが、

 ところで、これだけは、今言っておきましょう。安野夫人は、何科政府に助けてもらった時は、又、柏手を打って、自分の猫を呼ぶのです。全山に響く声で、〇〇ちゃーん。おかえりなさいーいって。

 で、私はそれを聞くと、さらに一歩、現代政治の真実について、踏み込んでいくのですよ。なるほどねえ。こうなっているのかと、すっきりとわかってくるからです。

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