銀座のうぐいすから

幸せに暮らす為には、何をどうしたら良い?を追求するのがここの目的です。それも具体的な事実を通じ下世話な言葉を使って表し、

山田浩二、控訴取り下げー3・・・・・2014年秋の高校の同窓会で、行われたことをまず語りたい。それは、川名昭宣君が発案した可能性が高いが

2019-05-23 19:46:40 | 政治

副題1、『この章を公開するにあたって、お断りをしておきたい事』

 昨日のブログ(あと注1)は、総タイトルには、山田浩二と、名付けてありませんが、山田浩二が、控訴を取り下げたという一件についての、文章なので、それを、2と、させていただき、こちらをさんとさせていただきます。化粧品を泥棒していった女性のお話は過去ブログを点検することが大量に必要です。尖閣諸島問題、執念事件、高枝切り事案、すべてが、その女性と、関係してきますので、今は、ブログ化している暇がなく、後日、丁寧に、調査したうえで、再び公開するつもりです。

 で、今、わたくしは、2014年の、お茶大付属高校の同窓会について書いている最中です。十文字学園で、子宮頸がん、の講演会が開かれたと、言う事(あと注2)は、それを書かせないがための、攻撃措置でした。また、秋篠宮家の悠仁親王の、お机に、ナイフをやり状態にして置いたと、いう事件も、続報が出ていませんが、これから、下に書いていく文章と関係があります。つまり、お茶大付属高校の卒業生が、伊藤玄二郎達、鎌倉エージェントの指導、教唆の、元で、対・私への辱め行為を行ったことを、書かせないがために、大量の、事案が作成され、報道をされたのでした。

 私は、「何でもわかっていますよ」と、昔から言って居るのに、どうしてこういうばかげた、事案が考案されるのかと、不思議でならないのですが、鎌倉エージェントを構成している人間たちが、どれ程に、頭が悪くて、かつ、視野が狭いかを、語っています。彼等にとっては、冠として掲げるべき、スター主婦=雪ノ下二丁目に在住のある主婦(警察の協力者ですと、いう看板を門前に、堂々と、しかも、長期間掲げていた家の細君だが)が、警察から渡されている我が家の合鍵を使って、お化粧品を盗んでいったなどという話は、語るに落ちるほどに、彼等の下劣さを証明しています。我が家の西隣の、ご夫婦は、夫婦ともに、東大卒ですが、そのお化粧品を盗んだ女性が住んでいる家へ、2019年の6月4日、訪問をして、6時間も一緒に過ごしているのですよ。ただ、唯、どういう目をしているのだと、あきれ返りますが、・・・・・私なんて引っ越してきてから、二週間以内に、・・・・・この山に、人間関係のトラブルが続出していると、引っ越し前から、聞いていたが、彼女が癌だなあ・・・・・と、わかったのにです。

 で、本日登場するお茶大付属高校卒の、才媛主婦たちを動かした、連中も、私に言わせると、どれ程、頭が悪いのか!と、なりますが、ご本人(=伊藤玄二郎や、酒井忠康氏や、石塚雅彦さんや、栗生警察庁・長官の事)たちは、都合の悪いときは、このブログを読まないで、過ごしているらしいです。だから、ほとんど、改善がみられません。

 その途中で、突然に、・・・・・山田浩二が、控訴を取り下げる・・・・・と、いうニュースがNHKで、報道をされました。となると、わたくしがずっと、書いてきた、山田浩二は、あの殺人事件の実行犯ではないのだと、いう部分が嘘だと、言うことになってしまいます。

それで、21日は、疲れているのにも関わらず、大急ぎで、メモを書いたわけです。後注3へ

お勤めに出ておられる方は、このブログを、お読みになる時間帯が、夜の、11時過ぎだと、仮定をすると、それを、まだ、お読みいただいていないので、この新稿は公開したくないのですが、全く新しい発想が浮かんだので、それを忘れないうちに、書き始めます。すべてが、完成してから公開するのなら、明日になるとは思いますが、時々、文章が消え去ったりするので、少しずつ、できた順に、公開をさせていただきます。

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副題2.『結局、この攻撃が、狙うものは、何かというと、伊藤玄二郎にとって大切な人について、書いては困るということなのだろうと、わたくしは推察している』

 私に何かを書かせたくないわけですが、それは、西隣の小野寺夫人の悪辣さであろうと、見ていました。しかし、もしかすると、違うかもしれません。お茶大付属高校の、2014年の、クラス会の方を書かせたくないのかもしれません。だって、それは、文章に書いてしまうと、面白すぎるほどの、大・大・大攻撃ですからね。

 小野寺夫人については、2014年から始まって、すでに、60回は、書いているはずですから、ここにきて、山田浩二が、控訴を取り下げた』などというニュースを、公開する必要はないのです。

 なぜ、そう推察するかというと、その時の4人の関係者の中の、【きっこさん】が、伊藤玄二郎と、面談済みなので、伊藤玄二郎が彼女を守りたいと、思っているからでしょう。きっこさんは、優美な女性で、黒田清子さんの、結婚式にも出席するほどの、上流夫人だから、栗田玲子さんより、上に置いている可能性が高いです。

 二人が、なぜ、面談済みかというと、【きっこさん】は出版社の社長だからです。伊藤玄二郎は、「自分は、タウン誌・鎌倉春秋が、日本一になった会社の社長です」と、いって近づいてもいいし、「ポルトガル国の、最高位、勲章をもらっています」と、いって近づいても、良いし、「実は、従五位・伊藤整の、子供です」と、いって近づいてもいいし、何をしても、上流社会の、住人、きっこさんに、近づこうと思えば、近づける人です。人たらしの天才ですから。

 ここで、なぜ、伊藤玄二郎が【きっこさん】近づいたかというと、わたくしが、自分で作った本を、出版社の社長をしているきっこさんに、持っていったら、【きっこさん】が、「しろちゃん(わたくしの高校時代のあだ名)は、実力があるからね」といって、一万円のお祝い金をくれて、しかも、彼女の出版社が、持っている、きれいな、カフェの、ウォールナット製の、これまた、とても、きれいな、書棚に、「推薦図書として、置いてあげましょう」と、言ってくれたと、エッセイに書いたからです。

 わたくしが非常に残念に思うことの一つは、わたくしが、きっこさんに、ついて、その、優れている資質をエッセイに書いたからこそ、伊藤玄二郎に、とられちゃった事なのです。ときえだひろこさんだって、そうです。通産省の偉い方です。しかし、そういう簡単な説明では、表しえない、優れたところを、感じ取るわたくしが、交流をしているからこそ、電話の盗聴、メールのハッキング等で、それらの、優れた人の存在に、気が付いて、裏から手をまわして、自陣営に取り込み、わたくしの、悪口を、ふきこんで、わたくしから奪い取っていってしまうということです。豊島屋の先代社長だってそうです。わたくしだからこそ、思いがけないほど、豊かなお話を、聞きとることができたのです。井上ひさしにしろ、自分で外へ出て、自分で、何かを見つけ出すということをしないのに、人が見つけたものは、自分たちの社会的、知名度の高さを利用して、奪っていくということです。ひどいと、思っています。

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副題3、『鎌倉駅の地下道で、わたくしは、きっこさんが、伊藤玄二郎に、奪われたことを知ったのだった』

 鎌倉駅って乗降客が多いでしょうに、それにしては、小さくて、シンプルな駅です。で、駅の東西の町をつなぐ道は、短い地下道一本しかありません。その地下道の、南側の壁面に、ショーウィンドーがあって、毎週何らかの展示物が、貼ってあります。二つに分かれていますが、全長、10~15mはあると思います。

 その展示物を毎週、仔細に、点検するわけでもないのですよ。ただ、ある時、その右端の、しかも上の方に、小さく、きっこさんの、会社名を発見したのでした。書物は、鎌倉の田んぼか里やまについて、調査研究したもので、エンタメものではないから、一種の、私費出版だと、思います。で、そこに書いてあるのは、著者名と、きっこさんの会社の名前だけであって、伊藤玄二郎の名前はありません。

 しかし、わたくしには、この書物を仲立ちにして、きっこさんと、伊藤玄二郎が何度か面談をしたであろうと、推察が付くのでした。伊藤玄二郎は、出版社の社長同士の名刺交換会で、きっこさんが、黒田清子さんの結婚式に、出席していることを知ったのか、わたくしのホームレスについて書いた、一本目のエッセイで、それを知ったのかどちらかは、わかりませんが、ともかく、きっこさんと、言う上流人と、伊藤玄二郎は、すでに、面談済みで、しかも、こと、わたくし=雨宮舜に関しては、きっこさんを自家薬籠中のものとしてしまったと、思われます。

::::::::::ここで、スピンオ〇に入らせてください。きっこさんは、マンションに住んでいます。しかし、それは、ご自分が、一棟まるまる保有するオーナーズマンションで、あり、そのどこかの、区画に、黒田清子さん、ご一家は、住んでおられるのではないかと、思っているのです。きっこさんの実家は、知っています。大勢の人がその地名を知る有名な場所にありました。しかし、明治時代に創設された名門出版社の社長の一族である、ご主人の住まいの方は、わたくしは、知りません。でもね。明治時代から、東京、文京区に住んでいる一族さんであろうと、思うし、したがって、敷地は、広いのではないかしら。で、マンションを建てられるのです。黒田清子さんは、ご結婚後、ほとんどマスコミに、取材されないで、おられます。これは、賢いきっこさんが、守ってあげているからであろうと、思っています。:::::::::::

 ところで、社長といっても、わたくしに言わせれば、ご主人の会社の人員が、暇なときに、「自分の方の、本も、(編集や、制作を)手伝ってくださいね」と、言う形で、始まったと、思うので、それほどには、苦労がない形で、出版社社長となった人です。だから、今まで、このブログに、登場した、女・社長族、長谷川智恵子、塩見和子(ただし、日本財団のトップであるということ)、残間理恵子、栗田玲子などとは、ずいぶん違った〇んいきのひとです。控えめで、上品です。でもね、多士済々の、お茶大〇属高校の昭和36年度卒業生の中では、もっとも、好みの良い、そして、高価なお洋服を、着ているレディですから、さすがの伊藤玄二郎も気圧される感じは、受けていて、自分よりは、目上だとも、感じていて、したがって、わたくしに、きっこさんについて、あれこれ、書かれるのを恐れていると、思います。それが、山田浩二の、控訴取り下げというニュースにつながったという可能性も感じています。

 これが、第一の前哨戦です。きっこさんが、伊藤玄二郎に取り込まれていると、言うのが、わかっていたからこそ、わたくしが罠に引っかかったときに、みんなの前で、取り乱さないで、済んだ、一つの原因です。

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副題4.『同窓会には、出席したことのない、松元(これは、旧姓です)庸子さんが、珍しくも、来ていた。しかも、・・・・・きっこさんが誘ったので、出席をした・・・・・ということだった。これが、第二の前哨戦となって、事前に、罠の配置を察知したので、わたくしは、ひどい恥をかかされたのにもかかわらず、平静でいられたのだった』

 庸子さんというのは、お茶大の、付属から、お茶大へ、進学した人で、頭脳は、明晰で、優秀です。しかし、劣等感のある人で、したがって、他人をいじめます。わたくしは、高校時代には、彼女にさんざんにいじめられました。でもね。ほとんど、気にしませんでした。というのも彼女自身から、打ち明けられていましたが、両親が不仲なので、お父さんが、家に生活費を入れてくれないので、奨学金をもらっていると、言う、ことでした。この高校は、銀のさじをくわえて生まれてきた人が多いので、奨学金をもらっているということは、相当に、肩身の狭いことであろうと、思い、劣等感も深いだろうとは、理解していました。劣等感があるからこそ、コンペンセーション(補償作用)も必要で、そのサンドバックになっていると、わかっていましたので、気にもしませんでした。悩みもしませんでした。

 当時は、新幹線がない時代で、四泊五日の、修学旅行は初日と最後の日は、列車の旅だったのです。しかし、間の三日間は、京都と、奈良を巡るのに、ずっと、同じ観光バスを使い、ずっと、同じ運転手とガイドで、同じ座席配置でした。私は運転手の左側ガイドさんの、席の真後ろの、二人掛け椅子の、通路側に座り、窓側に、庸子さんが座っていました。三日間、ずっと、ちびりちびりと、いびられ続けの会話でした。私は何の反論もせず、泣きもせず、ただ、黙って耐えていたので、ガイドさんが、時々、私の方をちらっと、見ましたが、助けを求めることもせず、ただただ、三日間を絶えたのでした。

 ところが、大人になってから、これは、ひどい、本当に、傷ついたと、言う出来事が、別に、起こりました。すさまじい罵りの手紙をもらったからです。何を、きっかけとしたからかというと、わたくしが、自分で作った六種類の本のうち、どれかを送ったからでした。

 一筆箋、五枚ぐらいが、罵りの言葉で埋め尽くされていました。で、それを、氏名を出さずにメルマガで書きました。すると、井上ひさしなどは、瞬時に飛びつくのですね。で、庸子さんを攻撃用弾丸として、利用をしようと、思いつくのです。で、鎌倉の田んぼの、本を作る際に、親しくなっていて、言うことを聞かせられるほどに、自家薬籠中のものとしているきっこさんに、庸子さんを、招く様に、依頼をしたのでしょう。

 どうして、そういう風に分かったかというと、陽子さんは、私には威張りかえっていましたが、ほかの人には、劣等感を抱いていたので、この学校の同窓会には、ほとんど、出席をしない人だったのです。だから、来ていること自体が、おかしいし、しかも、きっこさんが招いたとなると、瞬時に、悟物があるわけです。」

 で、わたくしは、二つめの、警戒警報を、心の中で、発令をしたのでした。「今日はなんだか、おかしいわよ。気をつけなさいね。ともかく、鎌倉エージェントのにおいがするもの」と。

 わたくしは、ここまでの、ことを、今までは、書けませんでした。どうしてかというと、きっこさんに、ほめてもらった過去がありますね。その上、お祝い金を一万円もらっています。また、本の町、神保町の中にあるきれいで、高級な、きっこさんの喫茶店に、わたくしの本を一時期ですが置いてもらっています。

  でもね、今般、山田浩二の、控訴取り下げと、言う大規模な、大規模な、攻撃に出くわしました。こうなると、ともかく、自分を守るために、真実を描くほかはないのです。それで、小学校の、同窓会のことも、さらに、深くえぐって書きますが、その前に、2014年度の、罠も描かないと、いけないのです。ところで、わたくしは、その2014年度の同窓 には、庸子さんを見ても、ほとんど、傷つきませんでした。深く、神様を信仰していたので、庸子さんに、すでに、神の叱責の一つが落ちているのを感じていましたから。それは、お子さんを亡くして居る事を指します。さて、そういう事前の気付きを入れて、当日の罠へ入っていきます。

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副題5、『罠の実態を倒置法で、書いてしまうと、お歌を、歌うことを楽しみにしていた、私の、その楽しみを奪って、しかも、もっと、上手な、人間が、同じ、集団の中に居るのだと、いう事を示し、私の恥をかかせ、万座の人から、嘲笑をされる様に仕向けられたことだった』

 私は、1975年ごろにすでに、お歌の力を知っていました。特に自分が歌うと、自分に対するたすけになることを知っていました。幼稚園の、PTA会長をしていましたが、其の幼稚園では、夏冬の先生方のボーナスを父兄会が、行う、バザーの収益、(=当時の金額で、110万円)で、まかなう必要がありました。という事は、総売り上げは、450万円近くないと、いけないので、父兄には、一家で、一日、一万円をバザーの会場で、使ってもらわないと、いけません。これは、大変な任務で、50人の役員さんは、獅子奮迅の働きをしないといけません。そんな中で、前のPTA会長は、キャデラックを運転する女性で、お店も経営しているという事で、大物感がいっぱいでしたが、比較すると、私は、小物であって、どうして、あの人が会長なのかは、わからないと、役員連中から馬鹿にされていました。

 私も本当は、なりたくないのですが、下の子の方が担任に虐められるので、(これは、ほら、よく言って居るでしょう。母親の方が、先生に嫉妬されるケースで、子供がいじめられる)仕方がなくて、毎週、5千円程度の、菓子折を、園へ、もっていったりしていたのです。で、なりたがっていると誤解を受けたこと。それと、私が、ものすごく、賢いことは、経営者兼園長である人にはわかっていたから、トップに祭り上げられたのでした。その金儲け主義に対して、批判の、運動が、父兄の中に起きない様にするために、前年度、平役員の時代から、正論を吐いてきた、私をトップに祭り上げると、批判できないはずだと、思われたと、感じています。でもね。キャデラックを乗り回すという、見るからに、「一段上ですよ」と、わかる女性と比較すると、私は、一般人で、しかも、」サラリーマン家庭の、妻ですから、さえないわけです。でも、打ち上げの時の、お歌の奉仕で、すっかり、挽回しました。大きな人気を得て、「なんで、川崎さんが、PTA会長に選ばれていたか、やっと、わかった。全然普通の人とは違う」と、言われました。

 でね、お歌を歌う事は、自己顕示欲だと、思われやすいのですが、違うのですよ。

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副題6、『私は、自分が真の芸術家だから、歌で、スピーチの代わりをすると、決めていた。芸術家とか、創作をする人間とは、エネルギーが、格別高い人間だと、自認をしている。エネルギーとは、心情的に言えば、愛にあたるのだけれど。芸術家のの愛とは、個人へ向かって、不倫とかをするのではなくて、不特定多数に向かう愛なのだ。 それらの人に自分のエネルギーを分かち与え、元気にし、リフレッシュをさせる。そういうものが、芸術家だと、思って居る。そして、1998年~2003年の間に、ICU食堂で、行われた、川名昭宣君が主催した同窓会で、マイクを使って、【ハバネラ】=オペラカルメンの中で、もっとも、有名なアリア、ただし、私の場合は、歌詞は覚えない主義だが、メロディだけでも、表現力は、満帆に広がっていると、思う)をうたったことが、大成功だったと、思う。

 その日、其の歌唱がどれほどに、成功したかを証明するエピソードもあるのだけれど、それよりも、その際に、川名昭宣君が、それを聞いていて、此処をつけば、雨宮舜=本名、川崎千恵子は、参ってしまって、ノイローゼにさせうると、伊藤玄二郎に、提案した可能性を、今は、感じている

 ICUで、大規模な、クラス会が、開かれました。2003~5年の間だったと、思いますが、川名昭宣君の主催で、今回の、クラス会の主たる目的は、1967年か、1968年に退学処分を受けた、入江多喜雄君の、名誉を復活し、彼を受け入れる会だとのことでした。で、大勢の人が集まりました。

 しかし、私の、心の中を言えば、それは、ちょっと、驚くべき事案だなあというほどの会でした。というのも入江君というのは、1995年に、大学紛争を、ICU内に持ち込んで、1967年度の入学試験を中止にさせた、人間なのです。

 そして、それを機縁として、ICUは、急に、人気を落としていくのです。そういう大トラブルを、ICUへ招いた、入江多喜雄君を、どうして、一介の同期生である、川名君が、救済できるのでしょうか? 不思議な話でした。

 しかし、その時から、15年以上を経た今では、もっと、もっと、事情が鮮明になってきています。川名昭宣君は、新卒時、河出書房に、入社しています。彼は、1962年入学組ですが、在学中にフランスへ、留学を果たしているそうですから、1967年に卒業して、河出書房へ、入社をしたと仮定をすると、伊藤玄二郎と同期入社となります。

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副題6、『川名君が先に、フランスで、リクルートをされ、先に、CIA、エージェントとなり、その上で、伊藤玄二郎を自陣営に引き込んだのか、それとも、反対だったかは、わからないが・・・・・ともかく、彼は、今では、伊藤玄二郎とは、通々の間柄だと私は、見ているが??????』

 すみません。ここで、本日の、力が付きました。続きの部分は、お待ちいただきたく。

@@@@@@@ここが、書きかけ中の最先端です。以下はメモです。

加奈子さん、北久里浜に来る。私の歌声を聴く。ただし、反省したわけではない。でも、北久里浜に加奈子sンが来るなんて、だから、いじめが、CIAエージェントが行っていることがわかる。

 

 後注1、

 

後注2、

子宮頸がんの講演会、十文字学園で    2019-05-13 21:06:42 | 政治

後注3、

また、一億に千万人を相手に戦わないといけなくなった。山田浩二被告が、控訴取り下げたとNHKがいうので。   2019-05-21 22:57:16 | 政治

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