銀座のうぐいすから

幸せに暮らす為には、何をどうしたら良い?を追求するのがここの目的です。それも具体的な事実を通じ下世話な言葉を使って表し、

トカゲか、鰐かー5.......精神病院に強制入院させ様と言う罠には、はまらなかった私

2014-06-10 01:10:40 | Weblog

今は、11日の午前二時です。やっと加筆はおわり、初稿だけは完成しました。誤変換はまだ多数残っていると思いますが・・・・

トカゲか、鰐か?-4・・・・鎌倉では将来は、一軒ごと個別にごみを回収するらしいが?

2014-06-09 18:55:05 | Weblog

を皆様に読んでいただきたいので、新しいもの(=未完成なもの)を公開したくないのですが、発想がわいてしまいました。その発想を安全にパソコンに入力するためには、公開しないといけないので、未完成なままに公開していきます。

副題1、『フェイスブックを追い出された事を悲しまず、園芸に、さらに、時間を割く様になった』

 2008年からブログをはじめました。だけど、それ以前の、1998年から、メルマガをやっていて、エッセイとか評論を書く事自体は、16年を超えています。メルマガは知っている人に配信をするので、最近のように重くて、残酷な内容のものは送っていません。

 でも、その代わり、ブログで、私の方が、顔や名前、住所も知らない人が読んでくださっているのは感じていて、ありがたく思っております。そのブログですが、読者が突然に増えたのは、やはり、原発について、書きはじめた2011年3月13日以来だと思います。

 で、読者数の増減は、別にして、内容として、画然とレベルアップをする時期があって、それは、苦難に出会ったときとか、大きな怒りを感じたときです。で、フェイスブックのアカウントが突然停止になったときは、その原因もわかっているので、大いなる怒りを感じました。特に泥棒に対してですね。A子夫人と付き合った事が原因ですから、彼女に対しても潜在意識の中では、怒りを感じていましたが、表面上はそれを出しませんでした。

 ところで、時系列的に言えば、まだ、語っていない事が大いにあるのですが、発想が、ぐんと新しいところに及んで書きたいとなったので、2014年6月2日の京橋のペンステーションでの午後4時ごろに戻ります。

 で、そこを書き表すために、その前に、私が園芸にさらに凝る様になったというエピソードを曝さないといけません。園芸をはじめたのは、フェイスブック加入時にものすごく、邪魔と、妨害に出会って、神経を使いぬく生活を送っていたので、神経を休めたくて、花や、野菜をめでてみたくなったのでした。

 しかし、このシリーズの3で、説明をした様に、フェイスブックを追い出されてしまったので、神経を休める必要がなくなったのですが(笑い)、しかし、凝り性の私は、いったん始めたことは、改良に継ぐ改良をして、技術を高めないと気がすまないところがあります。

 で、フェイスブックも無くなったことだし、・・・・・ここはひとつ園芸に没入してみるか。ここで、時間をパソコンの傍から離れる方向に持っていけば、やがて、絵を描き、版画をする時間も回復できるかもしれない。才能はそちらにあるのだから・・・・・と思い至ったのです。ところが妨害とか嫌がらせがあるから、相変わらず、パソコンに引っ付いていて、時間が、そちらには割けないのですが、それでも、園芸に、相当な時間を割いているのも、確かです。で、発信者としては、影響範囲が縮小してしまったわけですが、別に悲しまず・・・・・淡々として、目の前の事に集中して、生きています。こう言う事も修行のひとつですし。

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副題2、『川崎駅西口、ラゾーナと、鶴見区の江ヶ崎SCを利用する様になる』

 園芸に凝った結果、北は三田のケーヨーデーツー、、南は久里浜の同じ店、東は金沢文庫のグリーファーム、、西は平塚の花菜ガーデンと、横浜駅を中心として、東西南北、合計14店舗の園芸用品を売る店を訪ね、自分にとって、一番買い易い店は、横浜市鶴見区の江ヶ崎にあるショッピングセンター内の島忠だと思い定めます。

 サカタのタネと、グリーンファームが、一番いい苗を見つけられますが、土などを買う時に、高かったり、配達をしてくれなかったりして、不便なのです。で、鶴見の島忠に行くためには、東海道線の川崎駅を利用すると便利なので、やがて、ラゾーナなどにも出入りする様になり、そこにある丸善が、駅のホームから一番近い書店だと気がつき、気にいる様になります。1ヶ月か2ヶ月に一度、そこに行き、1万円ぐらい本を買います。そしてバスに乗って、江ヶ崎へ向かいます。4種類ぐらいの混合用土(バーミキュライトなど)を買って、それを宅配をしてもらいます。

 そこへは、たいていは一人で行くのですが、あるとき、主人と一緒に行った事があります。主人と外出するときはうきうきしてしまいます。我が家が盗聴をされているので、ほとんど、まともな話しができないので、外で、話し合うからです。で、無論、『携帯は、家に置いて外出して」と頼んであります。

 ところが、主人は携帯に、盗聴機能があるなんて、まるで信じていません。それで、馬耳東風だったのです。だが、私が性善説で、A子夫人を三年間もいい人だと信じ続けた様に、主人を疑わないので、川崎の駅からバスに乗って、島忠に向かうまで、私は日ごろたまっていた、いろいろな懸念を主人に話し続けていました。

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副題3、『その島忠で、主人と大喧嘩をした事がある』

 で、島忠で買い物が終わり、いよいよ、宅配便の手配をする事になって、その日が月曜日だったので、水曜日に荷物が届くと、店員さんから聞きました。

 ところで、私はよくブログを書いていて、徹夜します。ちょうど寝ているときに、配達が来ると、起こされてしまいます。無論時間指定はできますが、我が家は高い山の上に在って、他の家の配達があるときは、一緒に持ってくることが多くて、必ず電話がかかってきますので、『はい』といって、時間不随意で、配達してもらうことが多いのです。

 で、主人に、「あなた、水曜日、患者さんの予定はどうなっている?」と聞きました。主人は今は、鍼灸医をしていて、しかも自宅で診療をしています。来診の方だけだと、主人が家にいる事に成り、宅急便の件に関しては、安心ですが、訪問しなくてはいけない患者さんの予定が入っていると、主人は当てにできず、私は、前の夜は徹夜ができません。で、ブログを書く事に制限が加わります。

 だから、主人に質問をしたのです。すると、主人が、おもむろに携帯を取り出して、予定票をチェックし始めました。あっと驚きました。これは、今思うと、大笑いの出来事ですが、その当日の私にとっては、笑い事ではありません。だって、盗聴を信じているので、スマホが身辺に無いから安心だと、思って、全ての懸念を話しているのですから、それが盗聴をされていたら、こちらにとって、非常に大きな弱点となってしまいます。

 今これを、ここにさらしているのは、全ては、敵さんに、通々に把握をされてしまっているのだと、わかって来てしまったから、ここで、あっさりと、深い真実を曝しているのですが、その日は、本当にびっくりしました。で、『どうしようかなあ』と頭で考えて、驚くほどの強気で、喧嘩を持ちかける事にしました。でないと、主人が、また同じ事をやる可能性があるからです。それに、私の方は、我が家の室内盗聴も信じているので、主人に対して、我が家内では絶対に逆らいません。

 ところが、主人は私に甘えきっているのか、盗聴を信じていないのか、ぽんぽん怒鳴ってきます。特におなかがすいた時に怒鳴ってきます。で、毎日怒鳴られていますが、絶対に反抗しません。抵抗しません。で、ストレスがたまっているので、その発散にとって、ちょうど良かったともいえますし。

:::::::ここで、ちょっとした挿入ですが、結婚なんて、甘いものでもありませんよ。ただ、ただ、我慢の歳月です。だが、その我慢の結果、安定した老後が迎えられます。そして、70過ぎると、二人でいることのありがたさをしみじみ感じます。::::::そう言うものなのです。

 で、その横浜市鶴見区江ヶ崎の島忠内での夫婦喧嘩は、見かけは派手でおっかないものだったかもしれませんが、私にとっては、超がつくほど、理性的なもので、・・・・・鎌倉の自宅からは、一時間は、かかるこの場所には、知っている人は誰もいないのだから、・・・・・・ここで、主人にお灸をすえておかないといけない・・・・・という、そう言う目的をもって、やったことです。

 しかし、誰も知らないはずの、この夫婦喧嘩をチャアーンと、見ていた人間がいるのでした。 または、スマホからの盗聴で、知っていた人間がいるのでした。

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副題4、『その一年後、京橋で、見事に、その喧嘩が利用をされた・・・・・が、私は、裏の策略には、気がつかないのだった。それで、罠には、はまらなかった。・・・・・神様が常に、見守ってくださっている』

 副題4の二重カッコ内に書いたとおりです。それが、この章のレジメですが、これから、その詳細な中身を書いていきましょう。つまり、ミステリー小説としては、倒置法を利用します。刑事コロンボと同じで、結論は最初に来ます。だが、順を追って、その実行プログラムを再現していきましょう。それに、その当日、現場では気がつかない私は、いわゆる天然の人であって、敵さんたちから見れば、いわゆる・あ・ほ・の一種と成るのらしいですが・・・・本当にあほだろうか? そこを読者の皆様に判定をしていただきたいですね。

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副題5、『松本龍大臣を辞任に追い込んだ、脚本が、2014年6月2日、京橋で再現された』

 6月2日、京橋の上品なカフェ・ペンステーションでの、デートに、A子夫人が遅れてきたといいました。私は前日の1日(日)に、彼女の方から電話がかかってきて、『会いたい』といわれた際に、より公の仕事に思える銀座の画廊めぐりを週の最初に当てるべく、優先して、A子夫人とのデートは週の4日目に当たる、木曜日にまわしたいと、申し入れております。

 だが、非常に重荷でした。今までの章で、まだ書いていないことがあって、彼女がいわゆる人格に欠点が多いことには気がついていて、また、ぞっとさせられるのではないかと不安だったからです。で、重荷だからこそ、前倒しをしたいと思って、急に月曜日に変更しました。それが、午前11時の事で、京橋で出会うのを、午後3時に設定をしました。間に四時間がありますので、これは、無理の無い設定でしょう。

 ところが、彼女は40分か、45分遅れて来ました。私はこれを、異常なことだと思って、一度、「敵さん達との、打ち合わせで遅れたのだろう」と、書いています。後で、そのリンク先を置いておきます。

 しかし、実は5日には、『彼女は、もうひとつ別の目的があり、で遅れたのだ』と、すでに気がついていました。それは、『私を怒らせる』という目的です。そして、その流れと言うか、裏の脚本は、宮城県庁の応接室で、松本龍大臣を村井県知事が待たせて、それに怒った松本龍大臣が、罵詈雑言を発したのですが、それが、ソファーの間に挟まれていた、隠しカメラに撮影をされていて、それをまた、NHKが巧妙に利用をして、庶民・世論を誘導し、松本龍大臣を辞任に追い込んだのでした。それもまた、菅直人、総理大臣を弱体化させるのに役立ったのです。

 しかし、そう言う脚本ができていたとしても、私は、彼らの予想に反して怒りませんでした。

::::::::ところで、あの宮城県庁の事案ですが、あれも鎌倉エージェントの(表向きは、死んだ事にして、実際には生きている)井上ひさしの発案だったと思うのですが、ともかく、鎌倉エージェントが偉い・・・(それは格と量の両方で)・・・レベルで、現代日本政治を握っているわけです。

 そして、まったくそっくりな流れで、A子夫人を一時間近く遅刻をさせて、私を怒らせる事があの日の彼らの、目的だったでしょう。ところで、私の心の中を覗いてみると、どこまで、自分がわかっていたかが正確には把握できません。

 だが、A子夫人の遅刻に対して、『いらいらしては、いけない』とは、固く思い立ち、すぐ、向かいのローソンに走って、週刊文春を買ってきたのでした。そう言うものを読んで待っていればいらいらしませんから。ただその時、A子夫人と組になって、私をわなにはめるべくすわっていた女性の一人客に、全荷物を預けてローソンに走ったのですから、それはユカイといっていいほどのんきでしたね。午前11時の電話で、「ペンステーションは、部屋がエル字形になっているから、その短いほうの辺で、待っていてね」といってあります。その短いほうの座席は、その日は全て、エージェントに占められていたのでした。後で思うとそうです。三人組の男性が、京橋のサラリーマンとは思えず、引退した京橋人とも思えず、市かも、湘南信金と言う言葉を発したので、解ったといっていますが、女性の一人客も普段の京橋人とは、違っていました。

  ただ、私としては、たった、5フン程度でも、A子夫人と「すれ違ったらいけない」と思ったのでした。だから荷物を置いて出たのです。そして、その敵方の回し者さんに『見ていてください』とお願いをしたのでした。(苦笑)

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副題6、『私が、なぜ、彼らの予想に反して、怒らなかったのか?』

 それは、いくつもの理由がありますが、まず第一には、主人と喧嘩をしたのは理性的な演技であって、私が喧嘩をしないひとだと言うのはとことんの真実なのです。次に、本当の事を言って、すでに、A子夫人を信頼していないのでした。だから、怒るなどと言う情熱的な事はしたくないのです。

 そして、ただ、じっと、A子夫人を観察し続けました。私が最初にやってほしかったことは、お金を返してもらいたかったことです。けちで言っているのではありません。そうではなくて、彼女の職歴が真実であるかどうかを、そこで、確認をしたかったのでした。すでに、「マンションを買っている」というのは、どうも嘘らしいとわかっていました。グーグル検索で、平尾住宅と言う、そこには賃貸しかないらしいと確認をしたのは、6日でしたが、2011年の五月から、すでに、直感的に、解っていたのです。

 彼女は、2011年いっぱいには、「常に、小遣い帳をつけていて、川崎さんからもらったお金(3万円)の収支はつけてある」といっていました。残りは一万円前後だと思いますが、それでも、私が反対の立場だったら真っ先に返します。彼女は以前と違って、裕福そうで、しかも、健康も回復しているみたいでした。

 それで、その日、私は、引き続いて、三つの話題を出しますが、全てにおいて、かの女が嘘つきであると判断をしました。それは時間的に後の話しなので、後で、語ります。

 彼らが、まず、私を怒らせて見たかったのは、次に、私に「もしかしたら、携帯を持って来ている?」といわせ、A子夫人が、「ええ、川崎さんは、ああ言ったけれど、京橋のペンステーションをググって見たかったので、もって来ちゃった」と答えさせ、そこで、私が烈火のごとく怒り出すという脚本が、シュミレートされていたと推察しています。でも、私は基本的に他人には主人に対してほど、親密にはしません。だから、まず他人を言葉で疑うなどと言うことはしません。

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副題7、『彼女はゴブラン織りだというバッグを、私に見せた。平たい小さなバッグで、いつも口が開いているタイプだ』

 彼女は話しながら、珍しいタイプの、ペットボトル入れを私に見せました。それは、極小サイズで、極小サイズのペットボトルが入る、かわいらしいものでした。そう言う珍しいものを見せながら、「自分のバッグも見」といいました。もらったものだそうですがゴブラン織りでできているそうです。ゴブラン織りは、フランスで開発をされた、どんちょうみたいな布で厚いのです。で、

  布地自体に張りがあるので、マチが入っていないのに、バッグは、自然に膨らんでいて、開口部から中が見えるのでした。もしかしたら、彼女の手の動き次第では、中が見えていたのかもしれません。しかし、私はまったく疑っていないので、中を覗き見ると言う意欲も、意志も、まったく無かったです。

 私は自分が用意してきた「東京圏バイキングレストラン特集」と言うムックを出して来て、「せっかく二人でいるのだから、一人では、入りにくいレストランに行きましょう」といいました。「焼肉なんかどうかしら」と言いました。そして、「焼肉って、女性向きのものは少ないのよ。八重洲口にあるこのレストランはどうかしら?」と本のある頁を開いて、彼女に渡しました。 私の選んだレストランは、飲み物抜きで、一人4千円と言うもので、呑み放題つき、5000円と言うところより、ちょっと、上品そうでした。

 しかし、実は、その本には、秘密の仕掛けがこめられていたのです。白い紙が織り込まれていて、その白い紙には、彼女を救いたい、または、救うことのできるある種の方法が書いてありました。私はこの期に及んでも、彼女がパソコンを破壊された被害者であることは疑わず、彼女が以前やっていた仕事を再開できる様になる事が、二人の最終目的だと信じて疑わなかったのです。

 その白い紙には、パソコン破壊へ抵抗する手法が書いてあって、それゆえに、周りに盗聴されると無効になる手法が書いてあったのです。彼女はぎょっとした模様でした。後から考えると、パソコンを破壊されたというのは、私に近づくための嘘であって、この種の私の奉仕もまったく、意に介さないというか、何のプラスにもならないと考えていたのでしょう。そこには、最後の最後まで、気がつかなかった私はそのテンではあほでしたね。

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副題8、『どうしていいか判らなくなった彼女は、トイレに行き、上司に、次の策を仰いだ』

 ともかく、私は彼らの策略的シュミレーションどおりには動きませんでした。もう、凡人ではないのです。宗教的な修行を重ね続けているから、一種の坊さんとか、だるまさんとか、キリストさんの境地に達しているので、どんなに誘導をされても、怒らないのでした。で、困った彼女はトイレにたち、上司にメールか音声かは、わかりませんが、携帯で、次の指示を仰いだのだと思います。

 しかし、これは、今にして、解ることで、当日は、依然として彼女を疑わず、ただ、待っている間に、「周辺の客が、異常である」ということには気がついて、彼らについての警戒心は持つべきだと、感じました。特に場違いな、品の無い大声で、「湘南信金が何とかかんとか」といっている男性三人組は、70%のレベルで、その正体を見破っていました。

 さて、トイレから帰ってきた彼女は、「ねえ、川崎さんって、本当に困ったときは知らん振りをしてやり過ごすのよね」といいました。それで、「ええ、そうよ」と答えました。彼女は突然大人の顔になって・・・・・それこそ、素顔だと思うのですが、・・・・・「渋谷郵便局の朝も、そうだったのよね」といいました。

 私は、内心でぎょっとしました。それこそ、11日に入ってから書きますが、2007年の9月28日の早朝、六時ごろ、渋谷・郵便局の二階で、私は危うく罠にはまりそうになりましたが、上手に回避したのです。人生で最大に、驚いた現象でした。だが、因果関係が読める私は最善の方法を取ったので、無事でした。彼らは、私を音によるわなにはめて、精神病院に強制入院させるつもりだった模様です。私が書く事が全て真実なので、困った彼らは、そう言う手段で、私を抹殺させようとしているのです。

 しかし、この二日間で、間に二時間一回と、15分間一回しか寝ていないので、今、その渋谷郵便局2007年9月28日早朝の出来事を書くのは無理です。明日か、あさって、書きましょう。別に緊張をしているつもりもないし、気負っているつもりも無いのですが、このシリーズ全体を、書く事そのものに対する重い責任感があって、寝ていられない気分なのです。

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副題9、『渋谷郵便局、2007年9月28日早朝の怪奇現象』

 後で、詳細を書きます。本の発送を邪魔したい連中が仕組んだ罠でした。その前夜から、私は、私の4冊目の本の発送をそこでやっていたのでした。

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副題10、『私はA子夫人に対して、本当は、恐ろしい女で、あるか、それとも相変わらず、いい人であるかを知りたくて、各種の質問を始める・・・・・』

 副題9の内容はロングになるし、一回書いているかもしれないので、後回しにして、10日の夜に、はじめて発想がわいた部分を書いていく事に挑戦したいと思います。

 私は何を誘導されても怒らないのです。そして、彼女が実は携帯を持っていたということにも、3日後に気がつくのですが、当日は、一切気がついていません。それこそ相手方に言わせれば、あほの典型でしょう。が、こうして他人を疑わないことで、自分は神様に守られていると、感じます。

 横浜市鶴見区江ヶ崎の、島忠内で、主人が携帯を持っていたのに、気がついたのも、主人が自分で入力したメモ、または、患者さんからの着信記録を見るために、スマホを取り出したから、気がついたわけで、自分から疑うことは一切しておりません。

 ただね。渋谷郵便局のエピソードについて、彼女がそれを覚えているという事が不思議で、それには、疑惑を持ちました。と言うのもそれは、95%ぐらいの真実を語るときに出すエピソードで、このブログ内では、まだ書いていない現象ではなかったかしら?

 以前から「突然に怒り出したり、嘘をついたりすることはある」と気づいていましたが、どの程度の悪人なのか、テストをはじめる事にしました。

 そのテストという言葉ですが、結果として、テストになったというだけで、意図的に自覚してそういう質問を出したわけではないのです。ただ、あまりにもいやな感じを与えられたので、自分の名誉を回復したくて、「ねえ、根津美術館の章(後注2)は上品にできているでしょう?」といってみした。すると、彼女は、「あ、それ読んでいない」といいます。びっくりしました。「ファンです。だいファンです。いつも読んでいます」と言ってくれているのです。しかも、「会いたい、会いたい」とこちらが言われていて、「じゃあ、今週の木曜日に」と、日曜日の時点で提案をしています。で、月曜日の朝一番にそれを読んでくれていてもいいではないですか? 私が電話をかけたのが11時です。非常に楽しみにしてくれていると言うのが本当なら午前中に二時間、午後に、二時間の、あき時間があるわけですから、総計四時間のフリータイムがあるのです。「すごく好きだ」と言ってくれているのですよね。会うのが楽しみだと言ってくれているのですよね。

 この「それ、まだ、読んでいない」を聞いたときに、非常にいやな感じを受けました。潜在意識の中では、「ファンというのは嘘なんだ」と、気がついてました。

 これから先に、『あなたは大卒なのか? それとも高卒なのか?』と言う比較を問題にしますが、それは、彼女が、いい人か悪人かをテストするためなので、「世の中の高卒の人へ軽蔑や差別の意識を私が、持っている」ということではないというのは、御了承をくださいませ。

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副題11、『彼女は、以前とは、まるで違った驕慢さを、この日には見せた。で、以前の方が、嘘だった、と、私は、どんどん、深く気がついて来る』

 2011年から、2012年に書けて、向こうから近づいてきた彼女は、波はあったものの大体が、下手に出て私を、慕い寄ってくるというマナーの人でした。あまりにもこのブログを、高く評価してくれるので、こそばゆいというか、何と言うか、嘘をいっているのではないの?と言う感じを受けていました。が、根津美術館の章をまだ読んでいないと聞いたときに、はっきりと、「いつも口からでまかせを言う人で、いい加減な人なんだ」とも思いました。が、でも、そんな人のために、予定として、それが、必ず決まっている月曜日の画廊めぐりを犠牲にしていると言うことが悔しくて、もう一回思い直そうとしました。で、思い直すために、いつも、自分がお姉さん役をとっていたことを思い出し、以前と同じく忠告をしようとしてました。

 「ねえ、あなた、謙虚過ぎると思うの。高卒だって、あなたみたいに立派な仕事ができるのだから、頭をしゃんと上げて、堂々としていたらいいわ」と言いました。それから先は、驚くべきお話と言うか、態度が展開しました。そこには、2年強前に、私にしたいよってきた、妹役の女性の姿は微塵もありませんでした。徹底的に堂々としていて、私を凌駕する勢いがありました。

 で、そのときに、このシリーズで、後日わかったことといって、びっくりする様な真実を展開していますが、そのすべてがわかったのです。ただ、目の前に現実に彼女がいるので、そういう部分はすべて、潜在意識のたんすにしまわれていたのですけれど。

 で、私の方はすでに、出すべき話題もないと言う感じでしたが、それでも最後の砦という感じで、「ねえ、あなたが大好きだった、C子さんは、どうしていらっしゃるの?」と、質問をしてみました。その人は、このシリーズの3

トカゲか、鰐かー3、A子さん、そんな事言ったら、警察から誣告罪で訴えられるよ

2014-06-09 03:55:08 | Weblog

の副題4に出てくるよくできた女性で、警察の生活安全課から所望をされて、こういうパソコン上の被害についてのレポートを警察に提出したと、A子さんが、2年前の2011年度中に教えてくれた人です。A子さんは、「彼女は偉いのよ。なんとお勤めを始めたの」と言いました。これも単純に嘘でしょう。だけど、私は表面上は、一番大切なことを言うつもりで、「あなた、気をつけなさいね。彼女は、警察の生活安全課から頼まれて、レポートを提出したんでしょう。(そういう人はダブルスパイである可能性があるから)と、いいたかったのですが、無論、カッコ内のことは、音声には出しません。すると、突然にA子さんが、「それは、違うのよ。あれって、サークルから頼まれたの。警察からではないわ」と、言い出しました。

 しかし、二年前に、彼女が「ねえ、川崎さん、こういう被害って、警察がやっているのよね。それなのに、警察がレポートを求めるなんて、矛盾よねえ」と言ったのを、私は、しっかりと覚えているのです。

 この時点で、私は興ざめの極地に達して、デートをさっさと切り上げて、画廊めぐりの方をやりたくなりました。本当に言いたかったことは、「ねえ、A子さん、今日夕食一緒にするのいやになっちゃった」です。そして、三越の地下まで、京橋のペンステーションから歩いていって、何か菓子折りを買って持たせて帰す。 しかし、そういう大胆なことはできないのが、私です。しかし、カフェの小さなテーブルを挟んで、向かい合っているのが、すでに苦しくてたまらず、私はこの場を出たいと思いました。

 で、「A子さん、五時に焼肉レストランに行っても、スケスケにあいていると思う。そういう席に、座っていると後から来たお客が、盗聴器を隠し持っていることがあるから、もう満員になっているところ入りこむ形で、入っていった方がいいのよ。だから、一時間ぐらい余裕があるから、銀座の画廊めぐりをしたいんですけれど、つきあって、くださる?」と。

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副題12、『二年前は、彼女にサポート役を頼んだ。しかし、今回は頼まなかったのだけれど、頼まなかったのに、銀座の画廊が異常な動きをした・・・・・そこから、すべての裏がわかった』

 この『トカゲか鰐か?』のシリーズの4と、5の間には、3年の月日が流れています。その間、特に、2011年の秋から、2012年の初夏にかけては、「非常に、仲よしだ」と、私の方は思っていました。だから、このシリーズを書き始めるにあたって、良心の呵責を感じたほどです。で、そのころ、私の方では、本当に奉仕をしているつもりがあったので、『ひとつか二つ、それを仕事として頼んでもいいだろう』と、思っていました。彼女の回復の最終段階は、<<<<<パソコンが壊れたから、やめざるを得なかったと言われる公認会計士事務所への復帰です。そこへの道筋をつけてあげるつもりでした。その地ならしとして、パソコンを使う小さな仕事を頼んで、それで、毎月三万円ずつ、一種の月給を払う>>>>>つもりでした。

 私自身は、収入がないのですよ。それなのに、つきに三万円ずつ、母からもらった遺産を、分かち与えるつもりでした。私は福島県の浜どおり一帯に住んでいる人へ、その人が元農家なら、「早く全国各地の休耕田等を取得して、そこへ入り込んでしまいなさい。そして、その土地が生むGDPをシェアの精神で、分けてもらいなさい」と言っています。私は東京圏に住んでいるわけですが、その進むべき道は、同じことで、『余裕のあるものは、余裕のない人と分かち合うといいのではないか』と思っているのです。その実践例のひとつとして、銀座で、お若い画家の絵を買ったりしているわけですが、このA子夫人に毎月三万円ずつ支払っていくと言うのも、二つ目の実践例として覚悟をしていたのです。でも、女同士は難しい。結構分裂しがちです。肌合いが合うとか、合ないと言うこともある。で、いろいろなことを一緒にやってみるべきだと考えました。

 で、私は、「銀座の画廊へ一緒に行ってくれない。言論弾圧のひとつの仕組みだと思うのだけれど、銀座の画廊で、いじめられていてね。特にそのレベルが強いところがあるのだけれど、そこに一緒に行ってくださると、あなたがね、一種の目撃者となるわけよ。そしたら、ひどいことはできないでしょう。だから、とても助かるのよ」と告げました。

 あのね、皆様、私が本当の悪人で、他人を利用する人だったら、そういう裏を言わないで、単純に誘ってしまってもいいわけです。でもね、私は他人をおもんぱかる人なのです。彼女は、私よりだいぶ若いです。母みたいに、93歳まで生きると仮定をすると、あと30年間もの間、600万円で生きないといけないと聞いています。そういう人に向かって「銀座の画廊めぐりを、一緒にやりましょう」というのはあまりにも残酷ではないですか?

 今では、すべてのなぞが解けています。彼女は本当は貧乏ではないと思いますよ。3年前の言葉は、ほとんどがうそだったろうと思います。だけど、仕事として頼むのなら残酷ではないでしょう。そういう風に、私は考えて、考えて他人が快適に暮らせる様に、振舞う人間なのです。

  彼女はしごととして頼んだ、銀座画廊めぐりの日(二年前)には、とても、楽しそうでした。その日の私は、「ああ、よかった。かの女にも楽しみになったみたいだ。さすが、元三菱商事勤務の女性だ。腐っても鯛だ」と思ったのでした。

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副題13、『驚いたことに、彼女と、銀座の画廊のオーナーたちの間には、私の知らない紐帯が、すでにあったみたいだ』

 でも、副題12に書いたことは、すでに、遠くに過ぎ去った二年前の話です。2012年、かの女は、何の断りもなく、私の目の前から去った人です。その間、私はその別離の、意味についても、いろいろ考えました。そして、彼女のうそやら、人格にある欠点にもすでに気がついていました。

 その上、その日の京橋カフェ内での疑惑とうその数々です。本当にうんざりをしていて、その日は彼女には何も頼むつもりはありませんでした。ただ、ただ、ひとえに、二人で、お茶をし続けることがいやだったのです。そして、さらに重要なことは、私はすでに、人間を頼らず、神様だけを相手にしている境地に立っています。だから、そういう意味で、不思議な強さに満ちているから、A子夫人の力など、借りなくてもいいのです。そして、なんと忌々しいことに、画廊に入ってしまえば、私はまた、サービス精神いっぱいになって、彼女に署名を勧めたりするのでした。親切な女へと変化してしまうのです。お人よし、中のおひとよしです。だが、その私でさえぞっとする真実には気がつかざるを得ませんでした。

 30年も通い続けていて、しかも銀座で何回も古典をした私より彼女のほうが画廊のオーナーとは親しいのです。

 ・・・・・その2014年の6月2日(月)の訪問のときに、画廊が異常な行動を示したので、A子夫人が、スパイであると、気がついた・・・・・と、このトカゲか鰐か?シリーズの最初期にいっています。といっても、別にたいしたことがあったわけではありません。ただ、微妙にいじめられたのです。だけど、最近、私をいじめる画廊は少なくなっていて、実はそれ(=いじめ)は、すでに、収まっているのですよ。それが、いつもより、もっと、大げさにいじめられるのです。最初は「三軒で、異常だったので、わかった」といっていました。だが、いじめてきたわけではないが、微妙にも微妙に、普段と違う態度をとった画廊を含めると、6軒に増えたのです。そこが異常なのです。

 こうなると、無論のこと、そこに意味が出てきます。どういう意味か? ただ、それを、私は、A子夫人にはいいません。ただ、自分ひとりで考えます。どうしてこうなるのだろうと。

 そうすると、おのずと結論が出てきます。敵さん連中と、A子夫人の方に、より緊密な紐帯があるのだと。もちろん、午前11時に、京橋で会いましょうというデートの約束を取り付けたあとで、彼女がじきじきに、その六軒の画廊に電話をかけたり、メールを送ったわけではないでしょう。間にたつ連絡係がいるのです。その連絡係の前に、起案者がいます。ホワイトカラーとしてのエージェントです。

 そして、彼ら、および、A子夫人はともに、こういう風に考えたでしょう。『川崎千恵子さんは、また、利用をしようとしている。二人で行けば、力が、つよ苦なるから、最初は、木曜日に、鎌倉の川崎宅で会いましょうという約束だったのに、京橋へ変更したのだ』・・・・・『そんなことはとっくにこちトラにはお見通しですよ。だからスムーズに画廊めぐりなどさせたらだめなんだ。大いにいじめてやれ。そういう風にして、自分が企画することは、すべてうまくはいかないのだと、気がつかせるのだ。そうしたら、彼女はうつ病になるさ』と。

 私は、ここで、もう、今日は、もう、画廊めぐりをやめようと思いました。後、三分の一程度の軒数が残っていました。だが、A子夫人とのデートという気重い義務を果たした上で、三分の二ほどの、画廊を回れたのです。望外の喜びというものでしょう。私は、その日、いやなことに10回ぐらい遭遇しましたが、常に明るい方向へ考える人間なのです。『今日は望んだ以上の収穫がありましたね』よかったと。その日は前の日によく寝ていました。だから持ったのでしょう。

 しかし、気を張って、気を張っていても、やめると決めたとたんに、どっと疲労感に襲われ、まだ一度も行ったことのない八重洲口のお高い方の、焼肉レストランに行く気はうせました。特にお酒を飲むことになると思います。どうしても、そうなると思います。しかしA子夫人と一緒にお酒など飲む気には、なれません。それで、タクシーに乗り日比谷のよく使っているレストラン、柿安ダイニング(ビュッフェ)にへんこうをしました。しかしそこに行くまで、または、行ってから、またまた、驚くことに遭遇をするのでした。もちろん、マイナスの意味で、驚かされ続けるのです。

 なお、このブログの2010年より数え始めた伸べ訪問回数は2253529です。

(後注2) 根津美術館、新館建設の費用捻出・秘話・・・そうか、一部は中国へ帰ったのだ。良かったね△   2014-06-01 20:48:19 | Weblog

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トカゲか、鰐かー3、A子さん、そんな事言ったら、警察から誣告罪で訴えられるよ

2014-06-09 03:55:08 | Weblog

さん、そんな事言ったら、


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