銀座のうぐいすから

幸せに暮らす為には、何をどうしたら良い?を追求するのがここの目的です。それも具体的な事実を通じ下世話な言葉を使って表し、

フレディ・マーキュリーを聞かせないと、いういじめもあってね。モーツァルトでも同じ現象が、あったのだけれど・・・・・児島百代・私論

2019-04-30 20:19:59 | 政治

副題1、『これは、100%後注1の続きです・・・・・ただし、総タイトルの意味するところは、2019年4月29日には、北久里浜の家で、ウィンドーズ7版のパソコンゲームをやっていたら、突然シャットダウンをして、お前には楽しみを与えないぞといわれたのですが、本日30日には、命令していないのに、録画されていたクィーンの、楽曲を、テレビで、仕事をしながら、聞いていたら、”””””レコーダーを安定させるために、この番組を停止します”””””と、言われたことを指します。それに加えて、数年前、児島百代先生の指導の下に、モーツァルトのレクイエムを、練習していたころ、CDで、海外の、名演奏を聴こうとすると、とんでしまって、勉強にならなかったことを指します。それ以来、レオンスカヤの、シューベルト即興曲でも、何でも飛んでしまってラジカセが、無効になっています。2002年ごろまでは、その同じラジカセで、同じCDを毎日一回は、聞いたものでしたが、今では、ラジカセを取り換えてもダメなのです。で、パソコンで、CD再生をしたりしていますが?!?!?』

 後注1に置いた前報では、私は、・・・・・パソコンは、心を持っているかもしれないと、昔書いたが、・・・・・それは、技術的には、遠くに、攻撃用、心を持った人間がいて、其れが、力を、発揮している可能性があるからそう見えるのだ、と、述べています。

・・・・・私のパソコン画面と、同時シンクロした、その人のパソコン画面に、与えられた簡略化した、アプリ(攻撃用システムを、数段階、圧縮して、簡単にして、ある、アイコンをクリックするだけで、私のパソコンに異常を起こすことができるのです)を、用いて、異常を起こすことで、その人の復讐心を満足させるというわけです。しかし、私が書いて居ることは、すべて、あいてが先に行ったことを分析しているだけですからね。相手が、隠れた隠微な形で、私を、いじめる。私が其れの謎解きをして、やっている人間を推察する。相手は、さらに、復讐をしてくる。それも、むろん、隠微極まりない形で・・・・・という構造になっています。

 2019年4月29日は、北久里浜で、夜の20時30分ごろ見事に、一つの、攻撃を受けました。それは、ゲーム、free cellを、やっていた時です。突然、パソコンがシャットダウンをしたのです。回答へ、近づきつつあって、もう少しだと、いうところで、パソコンがシャットダウンをしました。

 これは、なかなかの問題でした。「お前には、楽しみは与えてやらないんだ」と、いう激しい悪意を目の前に突き付けられたわけですし、鎌倉で、2007年ごろ、起きていた、一日50回ぐらい、システム異常を起こされるという現象が復活する予測があるからです。

 ああ、此処でね。児島百代先生の、恐ろしい意地悪な側面(きっと、父親が働かない人であり、若いときに金銭的な苦労をした事が影響をしている・・・・・なお蛇足というところで、さらに詳述をする)とか、酒井先生(忠康氏ではなくて、音楽の方の指導者で、関東学院の先生だった方とか)、小倉君(戸塚の合唱団に入っている人が、何を聞いていじめてきているか)とか、加藤氏(酒井先生の横浜での合唱団のマネージャーだった・・・・・恐ろしいメールを突然に送ってきた人物)の裏にいる人物はだれだ?とか、横浜の、酒井先生の、後継者(美しい声のソプラノ歌手)が若くして亡くなったことが、他殺ではないか?と、思う点とか、膨大な、発展があるのですよ。妙本寺のお嫁さんの母親、遠藤夫人が、庭を掃いた、ごみを毎日60㎝低い敷地である、我が家に掃き入れていたほどの、骨惜しみの人で、小錦みたいに太っている、話とか、そのお嬢さんが、妙本寺に、輿入れしたと、教えてくれた、富沢夫人と、その高枝切り問題とか、膨大に発展をしていくのです。

 が、、、、、、ちょっと、本日は、そこが完成しないと、いう見込みが出てきたので、これは、中断とさせてくださいませ。  

  ただし、本日(=2019年4月30日の午前4時から、NHKBSプレミアムで再放送をされていたイギリスの音楽番組が、・・・・・私が、録画を命令していないのに、録画されていて・・・・・・途中で、妨害を受けたのも、全部、共通する原因が在る話・・・・・伊藤玄二郎、石塚雅彦、古村浩三、そして、まだ生きている、井上ひさし、仲野通巳吉、杉本正子などの、鎌倉エージェントが関係している話だから書きたかったことですがね。

 ただ、中断をします。ただ、ひっこめはしませんが・・・・・

 ここで、小倉君に言っておこう。あなたが、もし、戸塚の合唱団に入ろうとする(というか、メンバーから誘われた)私の入団を阻止した人なら、・・・・・数々の、異様な、殺人事件の陣営内に、あなたがいる・・・・・と、いう事を、将来書く事となるでしょう。きれいなテノールの声を持っていますが、その声は、将来、呪われた声となる・・・・・または、失われるでしょうから、其れを説明をしていかないといけません。声とは、神様が下さったものですよ。神様と、連動をして置かないといけません。何か、嘘を聞かされて、其れを信じて、私が悪人だと、思って居るとしたら、大変な、間違いですが・・・・・??????

 そして、読者の皆様に、常に、言って居る、私の被害は、10億を超すというのも、・・・・・戸塚の合唱団のメンバーから誘われているのにも、かかわらず、後日、電話をかけてみると、居留守を使われて、入れないと、いう事も含めば、10億円になるのですよ・・・・・と、言っておきたいです。すべてを丁寧に、説明をし終われば、皆様も、「ああ、そうですか。わかりました。その通りですね」とおっしゃるでしょう。お待ちくださいませ。

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副題2、『蛇足としての児島百代分析』

(蛇足・・・・・・ なお、これだけは、言っておかないといけませんが、児島百代先生が、意地悪なのは、伊藤玄二郎の会社から自伝を出しておられるので、その間、あれこれ、私の悪口を聞いておられたからだと、思います。「しかし、音楽の先生ですからね。あれは、ひどい、あれをやってはいけないでしょう」といういじめを、大勢の目の前で、行われました。だから、色々な、機会に、このブログの中で、先生の名前を出すのです。私は恨んで、これを書いているわけではないのですよ。大勢の人に、慕われている筈の女性が、一方で、弱いと、見る人間に対して、過酷ないじめを行う、そういう人間の、在り方を、研究したいから、言って居るのです。もし怒りや恨みにとらわれていたら、こういう文章は書けませんよ。

 そして、そういう本能の炸裂は、鎌倉の新興・画廊、ジアースのオーナー若宮さんと、全く同じ、人間性を見せたと、いう事で、とても印象深いのです。若宮さんは、実家、もしくは婚家先が、ジアースというパチンコ屋さんではないかと、思う裕福な女性です。ただ、若宮さんは、目が悪い。眼球の発達が、100%ではなかったので、極端な奥目です。そういう障害を、乗り越えたのだから、苦労は、多くて、よくできた人になったと、見るのが、公式の解釈でしょうが、違うのですよ。本能は残っているのです。しかも、其れを、さく裂させてしまうという、自制心のなさが、ある人間です。他人をいじめるという事は、性的快楽をもたらすので、大勢の人が安易に、行ってしまう行為です。

 しかし、児島百代先生が、なさったことは、立場が立場だから、とんでもない恥ずかしい事です。若宮さんの場合は、私と若宮さんと、若宮さんが、話している電話の相手と、いう三者のみ知る出来事でしたが、児島百代先生の場合は、30人が見ている目の前で、行われたのです。それを、筆力のある私の前で、おこなったという、ちょっと、安易すぎる、本能の炸裂でした。

 藤木大地の、4月29日の覚園寺の、演奏会は、レゾナンスと、いうグループが、企画したこととなっています。それは、武部聡志が代表でしょう。そして、正式に、ビジネスとして、藤木大地側に申し込んだと、思います。しかし、3月12日の方は、児島百代先生が、芸大卒の先輩として、藤木側が、交渉をされたのではないかなあ。そういう風に、いつも、推察が、働きます。そして、それは、伊藤玄二郎の悪辣さの、証明に役立つのです。だから、いつかは書く事となるでしょう。丁寧に、丁寧に。

 児島百代先生が、若いとき、貧乏だったというのは、父君が働かない人だったからですが、祖父が、最高裁判事なので、其のアンバランスに、児島先生は、傷ついていたと、思います。児島先生は、その年齢(=戦前の生まれ)にしては、とても体格の良い方です。背が高いです。そして、高校時代バレーバールをなさっていたそうですから、がっちりとした体格です。そして眼鏡をかけておられます。私はほとんど同じです。骨量の多いがっちりした体格で、眼鏡をかけております。ただ、百代先生の方が、5cmから、10cm高いでしょう。

 しかし、三つぐらい違うポイントがあります。そして、それらを、児島百代先生は、直感で把握して、嫉妬しているのだと、思います。伊藤玄二郎から悪口を聞いたという事もあるが、私の方には、児島百代先生が持っていないものが三つぐらいあるからなのです。そして、児島先生の方は、其れは、もう得られないことを、自覚しておられるので、悔しかったのでしょう。

 もちろん、児島百代先生が持っていて、私の方が、持っていないものもありますよ。私は、かまくら春秋社から、本を出版してもらって居ません。それから、カソリック雪ノ下教会で、少年合唱団を指導したと、いう経歴もありません。また、北鎌倉女子学園に、音楽部を作って、その学校を、音楽の著名な学校へと育て上げ、合唱コンクールでの、常勝校へと育て上げたり、そこの出身者として能力の高い歌手を生み出したりしてはいません。

 つまり、字で、表すと、非常に分かり易い冠というものを、私の方は持っておりません。でね。そういうものしか、わからない、例の、世間に出たことのない、井上ひさしなどは、「児島百代先生に、あいつ(=私)を弾圧させれば、とても、有効だ」と、思うのでしょう。何に対して有効かというと、ノイローゼに早くさせるためにです。

  で、初対面の私に、出会う前に、いろいろ、情報を得て、自分の方が圧倒的に上だと、思って私に接触した百代先生は、実際に接触なさったら、私が、驚くべき宝を持っていることを知り、思わず、本能的な嫉妬心というのが、生まれてしまったのでしょう。

 宝は、三つあるのですが、一つは声です。児島百代先生とモーツァルトのレクイエムを、さらって居たころより、今は、もっと、いい声が出ています。しかも、さらに音量が、アップして出ているのですが、あの頃でも、既に、声を失って居た百代先生にとっては、衝撃と思われるほどの、美声だったと、思います。声は失われることがあるのですよ。若いときに美声だった人でも、しわがれ声になるケースはあるのです。児島先生がなぜ声を失ってしまったのか? それから芸大は、音楽理論を学ぶ科だったのか? 楽器を学ぶ科だったのか?によって、良い声が、無くても入学が可能な、場合もあるでしょう。だから、最初から、声が、よくなかった可能性もあります。

 でも、私の様に、音楽を仕事とする気もちが、全くない人間が、お金にはならないが、美しい声を持っているという事は、ある、うらやましさを、先生に、抱かせたのだと、思います。音楽という、もっとも、美しい分野の、芸術であっても、それが、仕事となると、其れなりにつらい筈ですよ。でも、百代先生だって、観察眼はあるのです。

 親から潤沢なお金を与えられていて、極楽とんぼみたいな生活を送ってきて、だからこそ、天真爛漫で、柔和であり、声も明るくて、まあるくて、そして、絵にかいた様な、幸福(それは、冠にはなりませんが、児島百代先生みたいな、勘の鋭い方には、わかるはずです。私は、政治問題では、苦しめられていますが、一般家庭人とか、主婦としては、恵まれている方でしょう)を、身にまとって居るのは、憎たらしいと、お思いになったと、考えます。

 児島先生は、祖父が、最高裁判事だったし、世田谷育ちですからね。東京圏の、ブランド住宅街で、育った方です。だから、他人は、すべて、敬愛をして置かないと大変なことになるのだとは、お分かりになっていると、思うのです。しかし、伊藤玄二郎からの、暗示の数々で、油断をなさったのだと、思います。

 この社会では、真に実力のある人間は、弾圧をされていて、名誉ある冠が得られません。だけど、一般的な、ルールである、東京圏では、礼儀を失しないを守っていれば、自分を守ることができます。それを、忘れたら、こういう風に、あれこれを、書かれることとなります。

 なお、天皇陛下御退位については、其れが、大勢の人が関心があることなので、触れません。それは、私の基本方針です。

 なお、このブログの、2010年より数え始めた延べ訪問回数は、5297222です。

後注1、

ええと、今、新しいものを書き始めましたが、一旦、ひっこめます。

2019-04-30 00:11:24 | 政治

 

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