銀座のうぐいすから

幸せに暮らす為には、何をどうしたら良い?を追求するのがここの目的です。それも具体的な事実を通じ下世話な言葉を使って表し、

日本を尊敬するタリバン・・・・・という古い記事が出て来るのも、白鵬が、けん責を受けたのも、例の連中の企画の筈☐

2019-04-24 06:25:17 | 政治
  これは、23日の夜に、名古屋で、書いたものです。しかし、御園座への懸念と、同じ章に置く事が、よみてにとって、「うっ、これは、何ですか?』と、成りかねないと思い、こちらを、いったんひっこめました。
 
副題2、『今の若者は、パソコンを使えないのだとか? 携帯で、すべてが可能だからだとか? しかし、スマホのGPS機能に苦しめられている私は、スマホは、自宅で、カメラとして使うだけで、持ち歩かない。
 で、インターネットは、すべて、パソコン経由で、行うのだけれど、アップル系ではないパソコンだと、最初の画面が、自動的に、MSNと、いうサイトにつながることになっている。・・・・・そこもまた、対・私狙いの言論・弾圧の場として、機能をしている。MSNは、産経新聞の、オンラインだから、右翼的だと、見做される。そして、私は、過去、ネトウヨだと、規定をされて居た。そういう時もある。それなのに、産経新聞オンラインから、いじめられているわけだから、本当に不思議な事でもある・・・・・ニヤニヤして、苦笑いをしてしまうほどだ』
 
 2019年4月23日の、夜10時ごろ、******罫線以下に置いてあるニュースを見つけました。「えっ、タリバンて、ずいぶん久しぶりに、聞く、言葉ですね。今も使われているのですか?」と、驚いて、その記事を丁寧に、読むと、十数年前の取材を思い出して、今、(または、数年前かな?)書いているものでした。
 古い古い、事実を今、蒸し返していると、いうわけです。
 では、なぜ、そういう必要があるかというと、
 
 私が、ノートルダム大聖堂は、放火であろうと、言って居ます。カソリック系の宗教施設に放火するのは、一般的には、イスラム過激派であろうと、みなされるでしょうが、私は・・・・・違う。CIAがやっている・・・・・と、言い続けています。
 
 タリバンとか、アルカイダとか、名乗っている、イスラム過激派集団の、陰の参謀は、CIAであると、言い続けています。それが、正しいからこそ、其れを、打ち消すために、タリバンを、再度、持ち出したのです。昔のことを再度持ち出したのです。
 一般、国民は、洗脳されきっていますので、イスラム過激派の後ろに、CIAが隠れていて、・・・・・今般、コロンボの、大量殺傷も、鎌倉エージェントが、裏で、起案した可能性もあるほどですよ・・・・・などと、言う論調は、まったく信じないでしょう。
 で、私は、と、同時に、膨大な、傍証づけをやって来ていたのです。
 しかし、やまゆり園事件もそうですが、大量の、情報を、私とは、反対の方向で、日本国民に向けて流されます。
 
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副題3、『強いて言えば、白鵬がけん責を受けたのが、コロンボ事件が、CIA・・・・・特に鎌倉ージェントが発案をした謀略であることを証明しています』
 
 そういう敵方の動きに、対向して、自説を主張し続けることは、非常に、疲労し、消耗することです。で、今般の、コロンボの、事件は、スケルトンとしての、自説を公開するだけにして、 傍証づけを省くことにいたしました。
 
 ただ、しいて、言えば、本日(=24日)、鎌倉へ帰宅して、ライブで、聞いたのですが、白鵬に対してけん責処分を下すというのも、私の論調が、正しいからです。コロンボ事件に対して、私の説を否定する傍ら、
 昔起きた、貴ノ岩騒動の時の、私の説をも、否定して置こうというわけです。貴ノ岩騒動の時に、・・・・・これは、ためにする大騒動で、半分以上嘘なのである・・・・・と、主張をしています。目的は、私を弾圧する為に、ご近所主婦の、安野智紗夫人とそっくりな雰囲気を持つ、藤田紀子さん(昔は、憲子と言っていた)を持ち上げる為であって、それを、する為には、貴乃花親方を持ち上げるのが最善の策であるから、貴ノ岩騒動を、起こしたわけです・・・・・と、主張をしました。
 その時に、こんなことをしていたら、日本とモンゴルの外交関係は非常に悪くなると、言って居ます。
 白鵬をいじめることは、私の説を、否定して、私をいじめる事です。では、なぜ、場所が終わって、日にちが経っている、今、なのかというと、コロンボの、同時テロも、ノートルダム大聖堂の大火災も、裏に、CIAの、ブルーカラーとしての、じつどうたいが、いるわけで、この白鵬のけん責も、コロンボ事件と関係があるからです。こういう事件を起こすタイミングは、鎌倉エージェントが、引き金を引いています。というか、彼らが決定をしています。
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副題4、『2009年ごろの、大相撲に関する大騒ぎを思い出そう。渡辺美樹氏のwikipediaには、一行も記載がなくて、奥島孝康氏のwikipedia には、一行だけの記載がある。2019年4月24日の検索であったが、伊藤滋氏の、wikipediaに、五行程度の、記載があった。・・・・・こういう風に、鎌倉エージェント、が、起案した、謀略は、私に裏側を書かれてしまうと、できるだけ、雲散霧消させていきたいと、願うのが、伊藤玄二郎の、常とう手段なのだ』
 
 あの頃、伊藤滋氏が最初に動きました。私は、伊藤滋氏が、伊藤整の実子であることを知って、鎌倉エージェントの、一方の、巨頭、伊藤玄二郎・鎌倉春秋社社長が、以前から、考えていた通り、伊藤整の、婚外子(または、庶子)であろうという説が、裏付けられたと、見ています。伊藤玄二郎の母は、インテリで、多分、編集者だったと、見ています。しかも、伊藤滋と、伊藤玄二郎は異母兄弟だが、すり寄って行く、人たらしの天才、伊藤玄二郎の努力によって、仲が良くて、
 井上ひさしが、アイデアを出した、大相撲虐め作戦を、伊藤滋氏に、やらせようと、して、依頼をしたのは、玄二郎だと、見ています。しかし、伊藤滋氏は、甘やかされたお坊ちゃまであって、政治的な発言をする事が出来ません。態度にも我慢がありません。すぐかっか、かっかとしてしまいます。
 で、「これは、駄目だ」と、なって、急きょ、奥島孝康氏を担ぎ出しました。奥島氏は、現時点(2019年4月24日現在でも、39の役職について居るそうですから、充分に・・・・狸・・・・なので、この役目を果たした模様です。しかし、高校野球界の人で大相撲とは無関係です。
 でも、何故、担ぎ出されたかというと、氏は、早稲田の総長だった人です。そして、鎌倉エージェントの、是も、巨魁の一人である、成岡庸司君が早稲田の人です。元、早稲田の革丸の、委員長です。また、石塚雅彦さんは、ICU卒ですが、多分堤義明氏と、いとこ同士です。だから、困った時の早稲田頼みで、奥島孝康氏が担ぎ出されました。
 奥島孝康氏は、フランス法が専門だそうで、従って、川名昭宣(国際基督教大学で、私と同期入学、河出書房勤務・・・・・そこで、伊藤玄二郎と知り合った可能性が大きい)君と親しいかもしれず、その川名君は、伊藤玄二郎と親しいので、そのラインで、担ぎ出されたのかもしれません。
 この時に、奥島氏に招へいをされた、渡辺美樹氏は、三本のブログ、または、ホーム頁で、委員に、選任されたことを喜び、浮かれまくっていましたが、それを切っかけにして、ブラック企業批判を浴びましたね。で、表舞台から、引き下がる事となりました。それを見ても、内館牧子さんが、言うことなど、国民がどれほど、反感を持っていたかがわかります。 急に他の処に、飛びますが、安倍総理大臣が、47%の、支持を受けているなどと言う、NHKの世論調査など、まったくの大ウソです。ダブル選挙に打って出るですって、・・・・・2012年暮れの選挙と、同じ・・・・どじょう・・・・は、二匹は居ませんよ。
 ところで、奥島氏の、wikipedia には、一行だけ、この件が出て居ました。
 しかし、NHKのニュース画面に登場した回数と、氏の扱いの大きさを考えると、渡辺美樹氏も奥島氏も、もっと、字数を使って、当時の、威張りん坊ぶりを記録して置いても、いいのではないですか?
 しかしこれほどに、情報が残っていないのは、あれもためにする、謀略だったからです。丁寧に丁寧に、委細を書いている私に対抗して、嘘をつき続けることができなかったのでした。
 
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副題5、『山田洋次監督に、光が当たるのも、鎌倉エージェントの、井上ひさしと、同じく、共産党シンパだからである。2009年ごろ、大相撲が、破壊作戦と、言うほどに、苛め抜かれたが、その時に、横綱審議委員に、山田洋次監督がいるのを知って、「どうして、監督は黙っているのですか?」と、私は疑問を呈している。』
 
 私は、山田洋二監督に多分ですが、2009年の、夏ごろかな? 上の二重ガッコ内の、事を、苦言として、呈しています。するとですね。その一年後ぐらいから、山田洋次監督に大きな光が当たる様になりました。小さいお家で、ベルリンの、銀熊賞(ただし、主演の黒木華に与えられた)を取って、それが、今年に入ってからかな、NHK BSプレミアムで、放映をされました。今、調べたら、3月15日でした。
 私は、それも、対私のブログ弾圧の一助だからと、ずっと見なかったのですよ。ところが、ついに見たら、夫役の、片岡孝太郎が、良くてね。其れには、びっくりしました。
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副題6、『私は、歌舞伎俳優としての、片岡孝太郎は、批判をしている。しかし、映画、小さいお家の中の、サラリーマン、しかも、妻とは、再婚であって、セックスがないと、言う役はお見事でした。男性の、役で、しかもマッチョではない役が、見事でしたよ』
 
 片岡孝太郎は、子供のころ【太陽の帝国】に出ています。その後、どうなったかは、知りませんでした。ところがある日、その少年が、歌舞伎俳優片岡孝太郎と、言う大人に成長していることを知りました。もしかしたら、孝太郎が、離婚をした時の、ゴシップ記事の中に在ったのかもしれません。
 しかし、あの【小さいお家】の中では、抜群のレベルで、適役でした。私は孝太郎は、歌舞伎座で、この4年間、何度も見ていますが、『父親が仁左衛門にしては、駄目だなあ』と、思っていました。
 まあ、偉大な父親を持つと大変だと、よく言いますし、偉大な父親が居ると、いい役がもらえるので、どうしても安易になると、言う事があるのでしょう。
 しかし、この映画の中では、抜群の出来でした。上品で軽くてね。だから、コキュと言うみじめな役をやっても、悲惨さがなくて、見ている方が救われます。明るいまじめさと言うか、明るい正直者と言うか、だまされている人なのだけど、みじめではない。そこが、お手もよかったです。
 ただ、映画、そのものは、井上ひさし主導のいつもの連中が、身内だけで、おいしいパイを、分かち合っているモノでしたけれど・・・・・
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副題7、『そういうわけで、いつもとは、違って、ご近所主婦の動きを、傍証づけに使うという事をしないのだけれど、ノートルダム大聖堂の大火も、コロンボの、六ケ所の、同時多発テロも、両方共、鎌倉エージェントが、提案した謀略であるという説には、揺るぎがない。鎌倉エージェントの、うち、特に井上ひさしが、大きくかかわっていると、推察している。彼は、公的には、自分を死んだことにしていますが、未だ、生きていますよ』
 
  鎌倉エージェントの中の重要人物=井上ひさし=は、公的には、自分を死んだことにしているが、実際には、まだ生きていて、こういう謀略を企画して、提案しています。そして、世界中で、自分が思った通りの、事件が起きるので、うはうはなのでしょう。
 だから、このブログに最近、立て続けに、六本ぐらいのコメントをよこしています。手に取る様に、彼の、気分というものが、わかります。
 本当にうれしがっている模様ですよ。
 24日に、傍証づけに使ったのは、副題3から、副題6までの、部分でした。が、23日に、傍証づけに使いたかった、二つの生地があり、それを、****罫線以下と、&&&&&&罫線以下に於いておきます。
 では、本日はこれにて、明日、推敲をします。
 その後、署名と書いた日付を入れます。尚、推敲は、済んではいないが、文章を書くのを止めた時の、恒例のしるしである、☐を総タイトル横につけて置きます。
 
 なお、このブログの、2010年より数え始めた延べ訪問回数は、5282838です。
 
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msn経由

“ロシアと戦って勝った日本” タリバン兵が我々メディアに求めてきた驚きの一言とは 

FNN.jpプライムオンライン        
 
2019/04/23 18:30
 
 © FNN.jpプライムオンライン   
「タリバンと組んでアメリカを倒さないか」
© FNN.jpプライムオンライン   
フジテレビ・アフガン支局で過ごす最初の夜。テントの中は思いのほか暖かかった。明日の打ち合わせをしていると、自動小銃を持ったタリバン兵が突然テントの中を覗き込み、そして許可なく入ってきた。一瞬緊張が走ったが、顔はまだあどけない青年だった。タリバンとは、敬虔なイスラム教徒で、教育程度も高いと聞いていたが、彼はおもむろにこんなことを言い始めた。
「日本はロシアに戦争で勝った。そして、アメリカには戦争で負けたが、その廃墟から、アメリカを脅かすほどの経済復興をなしとげた。我々は日本を尊敬している。」
昔からロシアは、不凍港を求めて何度となくアフガニスタンに侵攻していた。そのロシアを破った日本。そして、今現在、この国を圧倒的軍事力で制圧しようとしているアメリカと戦争し、敗れはしたものの、経済復興をとげ、アメリカと経済摩擦を起こすまでになった日本。
「タリバンと組んでアメリカを倒さないか。タリバンの精神力と日本の技術力があればできる。どうだ」
僕らは、タリバンと組むも組まないも決定する権利はないが、銃を持った相手を目の前に完全否定もできなかった。
「日本は憲法で戦争を放棄することが定められている」僕はそれだけを答えた。
施設の中のタリバン兵は自動小銃を持っていた© FNN.jpプライムオンライン  施設の中のタリバン兵は自動小銃を持っていた  
爆撃機が飛ぶ音と爆弾が落ちる音を聞きながら
タリバンの若い兵士は、理解したのかどうか判らないが、あっさりとテントから出て行った。その日も、遠くで爆撃機の飛ぶ音と、爆弾が落ちる音が聞こえた。慣れるにはまだ早いが、初めて聞くときほどは動揺しなくなっていた。CNNのテントの横だから大丈夫だろうと自分に言い聞かせながら、いつしか眠りに落ちた。
会見するタリバンのスポークスマン© FNN.jpプライムオンライン  会見するタリバンのスポークスマン  
翌日、タリバンのスポークスマンを名乗る男が会見を行った。周囲を警戒する若く頑強な姿のタリバン兵もいつの間にか多数集まっていたが、それとは異なるエリートらしい風貌だった。会見は英語だったが、なまりがキツく、聞きとりにくかった。今後もビンラディンとの関係を続けるという。その内容を盛り込んで昼ニュースの中継を終えた。
相変わらず、近くの住民が電線にとまった鳥のようにずらりと塀の上に座っていた。
塀の上から会見を見守る市民© FNN.jpプライムオンライン  塀の上から会見を見守る市民  
昼食を終えて夕方のニュースに向けての準備を進めていた時、ドスッドスッツと石が飛んできた。外国メディアを空爆を続ける敵と同類と判断したのか、一斉に投石してきたのだ。僕らのテントは塀から遠いところにあり、いくつかが近くに届くかどうかだったが、身の危険を感じるのには十分だった。間もなくタリバン兵が、空中に威嚇射撃を行い、投石住民は蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。その一部始終は、カメラマンが撮影していた。
タリバンのスポークスマンは、役目を終え、施設の門を出て右に曲がり、カンダハールの方へ帰って行った。会見があまり面白い話ではなかったこともあり、夕方のニュースの中継はカメラマンが命がけで撮影した投石をされた映像を使い、我々がタリバンの施設の中にいて自由に出られる状況にないことや、パスポートを取り上げられていること、そして投石にあったことも言及した。
日本から帰国命令
国境地帯の市場© FNN.jpプライムオンライン  国境地帯の市場  
東京はこの中継の内容を「危機」と判断した。僕は、タリバンのスポークスマンと同じように、門を出て右に曲がりカンダハールに向かうことも考えていて、出発前に市場では2週間分の水と食料を買い込んでいた。
ところが東京からすぐにパキスタンに戻るように指示が降りてきた。来るときは部長の説得をはねのけたが、僕は命を預けてくれたカメラマン、VEと相談して戻ることにした。一緒に行った契約のジャーナリストはこの施設にとどまり引き続きアフガニスタンで取材を続けたいといったので、水と食料を渡した。
僕らは、シングルビザで大見えを切って出国したので、通常の手続きではない方法で入国をする必要があった。イスラマバードの日本大使館からパキスタンの外務省・法務省に要請してもらい、東京でも外務省から在東京のパキスタン大使館に働きかけてもらった。そしてパキスタン政府から特別の書類を作成してもらったのだ。
ここで、ビザなしでパキスタンとアフガニスタンを往来できる部族地域出身の不良イスラム教徒のシャーの出番だ。この書類を持って国境地帯のアフガニスタ側に行き、それを受け取った僕らが入国審査を受けるという計画だ。
僕らは門を出て左に曲がり、パキスタンの方向に向かった。途中でパスポートを取り上げられた入国審査を受けた民家に立ち寄った。ドアを開けると来た時と同じようにいろいろな国のパスポートが床一面に広げられていた。数は多かったが、僕らの赤いパスポートを探すのは簡単だった。僕・カメラマン、VEの3つ分確かにある。しかも3冊のパスポートホッチキスで一つに綴じられていた。
国境地帯の難民キャンプ© FNN.jpプライムオンライン  国境地帯の難民キャンプ  
さっさと引き取って僕らは国境へと向かった。こころなしか難民キャンプが拡大しているような気がした。いよいよ国境というところで、シャーと再会した。得意げにパキスタン政府の書類を僕らに広げて見せた。
入国審査に現れたのは、「戻れない」と言われ「イランに抜けるから大丈夫だと」返した、あの職員だった。憶えているかいないのか、かれはパキスタン政府発行の書類を見たあと、トントンとんと、パスポートにハンコを押してくれた。僕らは、タリバン占領地域のアフガニスタンからパキスタンに戻ってきた。
近くで買ったテントのアフガン支局© FNN.jpプライムオンライン  近くで買ったテントのアフガン支局  
それから3年後に、僕はアフガニスタンのカブールに行く機会を得た。北朝鮮も参加する会議が中東であり、日本の外務大臣がカブールに行き、ハミド・カルザイ大統領と会談をするので、そのまま同行取材をすることになった。カブールには空路入ったが、空港の滑走路はところどころ爆撃の跡が残っていた。空港からの移動は、大使館の用意した車。爆弾テロにも耐えられるように車の底に厚い鉄板が入っているという。
大統領府の近くは直線道路をわざわざ障害物を置いてジグザグ走行でしか近づけないように障害物が設置されていた。さらに自動小銃で武装したアメリカ兵が周囲を固めていた。他国の兵士に最も重要な施設を守ってもらわないといけないくらい政情は不安定なのだ。
会談を取材後に大統領府の施設を見学していると、遠くから爆発音が聞こえた。アフガニスタンの平和はまだまだ遠いなと思ったが、その状況はそれから10数年たった今も変わっていない。
パキスタン側に戻ると鉄道で戦車が運ばれていた© FNN.jpプライムオンライン パキスタン側に戻ると鉄道で戦車が運ばれていた  
【執筆:フジテレビ FNNプロデュース部 森安豊一」
「平成プロファイル~忘れられない取材~」すべての記事を読む© FNN.jpプライムオンライン  「平成プロファイル~忘れられない取材~」すべての記事を読む  
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スリランカ同時爆破テロ 実行犯は外国で軍事訓練受けたか

スリランカの最大都市コロンボを中心に起きた同時爆破テロ事件で、スリランカ政府は実行犯のグループが外国で軍事訓練を受けていた可能性があることを明らかにしました。捜査当局は、過激派組織IS=イスラミックステートとのつながりがあった疑いを強めていて、外国の捜査機関からの協力も得ながら、事件の全容解明を進めています。

スリランカでは今月21日、最大都市コロンボとその郊外などにあるホテルとキリスト教の教会、あわせて6か所でほぼ同時に起きた爆発などでこれまでに321人が死亡、およそ500人がけがをしました。

スリランカのウィクラマシンハ首相は23日夜、記者会見を開き、今回の事件は国内のイスラム過激派組織による自爆テロだと指摘したうえで、実行犯グループが外国で軍事訓練などを受けていた可能性があることを明らかにしました。また、グループの大半のメンバーの身元をすでに特定しており、このうちの男1人は過激派組織のリーダーとみられるということです。

事件をめぐっては、過激派組織IS=イスラミックステートが23日、インターネット上にISの戦闘員による犯行だと主張する声明を出しています。捜査当局は、実行犯グループがISとつながりがあった疑いを強めていて、アメリカのFBI=連邦捜査局など外国の捜査機関からの協力も得ながら事件の全容解明を進めています。

「法的に拘束できる十分な証拠がなかった」

今回の事件を受けてスリランカのシリセナ大統領は、23日夜、テレビで国民向けの演説を行いました。

この中で、「自爆テロを実行した組織については、2年前に情報を得てから、監視対象としていた」と述べました。そのうえで「組織のメンバーの海外渡航など行動を監視していたが、法的に拘束できるまでの十分な証拠がなかった」として、結果的に取り締まることができなかったことを明かしました。

そして、「このメンバーを海外で訓練したのは国際テロ組織だ」と指摘して、事件には外国のテロ組織が関与しているとの見方を強調しました。

イスラム教のモスクで不安の声

爆破テロが起きたコロンボ中心部のセント・アントニー教会から200メートルほど離れた住宅街には、イスラム教のモスクがあります。23日はおよそ20人の信者がモスクに集まり礼拝をしていましたが、事件を受けて、信者のなかには嫌がらせを懸念している人も多いということで、礼拝に訪れる人の数はふだんより少ないということです。

このモスクの聖職者を務めるナワスディーンさんは、「とても悲しくて何をしていいのか分からない。このようなテロを起こした人間は必ず罰せられるべきだ」と話していました。そのうえで、「事件のあと、周りの人たちが私たちイスラム教徒を見る目が変わったと感じる。私たちに報復しようとする人がいるかもしれない」と不安を口にしていまし
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