ALQUIT DAYS

The Great End of Life is not Knowledge but Action.

姉と弟

2018年04月24日 | ノンジャンル
同じ母親のお腹から生まれてきたのに、姉と弟は
まるで真逆である。

幼い頃は、姉が弟を可愛がって、弟も姉を二人目の
お母さんのように慕っていた。

ところが、段々とその真逆な性格がぶつかるように
なり、ケンカをすることが多くなった。

どちらかというと感性豊かな姉は右脳系、
論理的な弟は左脳系と言える。

姉にすれば、細かいことにうるさい弟が
うっとうしく、弟にすれば適当で大雑把な
姉が許せない。

思春期の一時期は、二人してリビングに居ても
一言も言葉を交わさないような状態が続いた。

性格の違いはあっても、親からすれば同じ
子供なので、私や家内がいれば、それぞれとの
会話は弾むのだが、姉弟二人の会話はない。

通るべき成長の時期であると知っている親は、
険悪な関係にも別段心配もせず、成り行きに
任せていた。

いつの頃からか、どちらからかはわからない。
おそらく、どちらとも徐々に二人の違いが、
互いに自分にはない要素だという事に気づいて
いったのだろう。

姉は、弟に、「そこにこだわるんや」と
笑うようになり、
弟は姉に、「それで気になれへんねや。」と
笑うようになっていた。

リビングで二人きりになっても、いろいろと話を
するようになっていった。
今では、昔の仲の良い姉弟に戻っている。

水と油かというほどに真逆である私と家内の、
これまでの履歴の縮図がそこに見える。

水と油は混じり合わないが、交流という攪拌を
継続的に行っていくと、エマルジョンという、
新たな様相を呈していくものなのである。

混ざるまで攪拌し続けるか、途中でやめて
分離のままかということなのだろう。