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清水寺2

仁王門の前まで来られると少し左を見ていただくと現在では駐車場、

昔は足として馬を使われていたので馬駐(重要文化財 ウマトドメ)があります。

この馬駐の中の金具が皆たてなのにひとつだけ横になっている。

これは多分まだ未完成である。いやわざと未完成にしてあると思う。

未完成ということは完成しているわけではないので、こわれない、つぶれない、破壊しない、ただただ成長するという意味が込められていると思います。

ほかの寺院でもよく見られる部分があります。


仁王門の前に狛犬があります。

普通お寺の中には狛犬は見られない。要するに神社のものである。

 
昔は神仏混合であった。それが明治になって神仏分離令がでた。寺は寺、神は神と分ける。

日本はもともと神の国やから原点に戻ろうと言う事でしょうね。

不必要な仏像や、仏壇なんか要らないから燃やしてしまえと言うように、


神仏分離令と共に廃仏毀釈という条令が作られた。

これでもってお寺は抑圧されていく。

すたれていったり、つぶれたりする中で売り買いが始まる。食べて行く為には宝物が需要文化財が流出していく。

仕方のないことであるが、この現象を懸念したのが岡倉天心である。

この流出を防ぐ為に岡倉天心は、資金がないために哲学者フエノロサにお願いする。

フェノロサは当時東京大学の講師として招かれていました。

しかしながらこのような重要文化財の高額なものを買い取る資金がないため、どうしたかと言うと、

アメリカのボストン美術館に頼んだ。

美術館ではこちらから資金を出すからみんなで買えば良いというので、ピゴラ博士が資金を持ってきて、

フェノロサと岡倉天心の三人で重要なものを買いあさった。

それがボストンでは70000点、メトロポリタンでは30000点ほどあるらしい。

しかしながらこれらを日本から持ち出すにあたって、朝廷と文部省に買った値段と同じ額で売るから買って欲しいと通達を出しています。

持ち出すものが日本人の血と汗の結晶であって、このようなものを持ち出すのはしのび難い。

しかしながら政府の返事は買わないというつれない返事だったらしい。

日本においてはその後大東亜戦争等でほとんど焼けました。外へ持ち出されたほうが良かったかもわからないね。

(京都、滋賀、奈良は残っています)

ボストンではちゃんと管理されており逆輸入のような形で、日本で展示されることがあります。


話が清水寺から大分それましたが、狛犬の「あ」は右側で「ん」は左です。

しかし清水寺はどちらも「あ」ですね。

これは一日を楽しく暮らしましょう。の意味で、一日を泣いて暮らすも、笑って暮らすも一緒じゃないか。

だったら笑って暮らそうと物事をいい方向に取って暮らそうと言う意味である。

この坂を男坂、向こう側が女坂である。

男坂を登ると仁王門があります。

仁王門は次回にします。乞うご期待。


     後清水3へ続きます。2週間後です。

  ところどころ思い出しながら書いていますのでこのブロクに関し意見があればお待ちしています。いわちゃんより。
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