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地獄地蔵 三条寺町上がる東側、矢田寺内

別名、生身地蔵、奈良時代末期、満慶上人という人が、
世の多くの人たちの苦しみを身代わりをしている坊さんを見て、
その坊さんの生き写しを刻み地蔵として祭った。
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足抜け地蔵  大宮、寺ノ内東入南側初めの路地下がって突き当り右、

江戸末期、島原遊郭にあってが、ある女郎が夜にこっそり
廓を抜け出し背中に背負って一里半の西陣灰屋路地までの
彼氏の家まで逃げ帰った以後、灰屋長屋の守り神となる。
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