「送るわね」
と、ギャリーが言ってやっと二人きりになった。
手を繋いで、並んで歩く。
電灯に照らされた二人の影は昔より少し縮まったが、やはり凄く差がある。
(こんなの昔は全然気にしなかったのに)
二人とも同じ事を思い、でも口には出さない。
「少し遅くなったわね。夕食に間に合えばいいけど」
「ママに連絡したから大丈夫よ」
たわいない会話でお茶を濁す。
その時、ギャリーの視界に何かが過った。
「あら、蝶…?」
微かにイヴが身を強張らせたのを感じて、ギャリーはわざと笑って見せた。
「…な訳ないわよね。蛾よ。蝶は夜飛ばないもの」
「今年はいつもより蝶が多い気がしない、ギャリー?」
「うーん、どうだろ。花屋にいると解んないわ」
「ピートも捕まえたわね」
カーテンや床に飛び散った青い鱗粉。青い蝶はこの地方では、ごく稀だ。
だが、今年はよく見る気がする。
「でも、噂は紅い蝶なんでしょ?大丈夫よ」
「そうね。考えすぎかも」
イヴはギャリーの手を握った。これだけで安心する。
美術館の頃からずっとそうだった。
この手を握っていれば、何でも解決できる。頑張れる。
イヴは気を取り直し、笑った。大きく伸びをする。
そうすると、影も少し伸びた。ちょっとだけギャリーに近づく。
「私、早く大人になりたいな」
「焦る事ないわよ。もう中学生じゃない」
家の灯が見えてきた。
イヴは手を放し、トトトッと先を歩いて振り返る。
「…ホントにそう思ってる、ギャリー?」
その顔は真剣だった。そらすのを許さないまなざし。
だが、ギャリーはいつもの笑みを浮かべた。
早く大人になる事などないのだ。子供でいられる幸せは過ぎてから気づく。
今でしか作れない思い出が一杯ある筈だ。
「ええ、イヴ」
(…四年待ったのよ。まだまだ待てるわ、アタシは)
「そう」
イヴはその返事が気に入らないようだった。
仕方ないとギャリーは思う。
中学になったばかりの少女の人生を箍に嵌めてしまう事などギャリーには出来ない。
もっと色んな経験をして、色んな物を見て欲しい。
ギャリーが願うのは、イヴの幸せだけだ。
「おやすみ」
イヴは身を翻して走り出す。
「…おやすみ」
その小さな背をギャリーは微笑んだまま見送った。